昭和音楽大学オペラ公演2020「ドン・ジョヴァンニ」(2回公演の初日)
○2020年10月10日(土)14:00〜17:25
○テアトロ・ジーリオ・ショウワ
○1階17列15番(1階13列目中央やや下手寄り)
○ドン・ジョヴァンニ=程音聡(Br)、レポレッロ=上野裕之(B)、ドンナ・アンナ=木村有希(S)、ドンナ・エルヴィーラ=仁戸部桃子(S)、ヅェルリーナ=來崎寛未(S)、ドン・オッターヴィオ=高橋大(「高」ははしご高)(T)、騎士長=田中大揮(B)、マゼット=宮村春樹(Br)
〇松下京介指揮昭和音楽大学管弦楽団
(10-8-6-5-3)、同合唱団(27-17)
〇マルコ・ガンディーニ演出

困難乗り越え教育成果を示す

 新型コロナウイルス感染症は大学教育にも深刻な影響を及ぼしている。講義の多くはオンラインやオンデマンドでの配信となり、キャンパスはいまだに閑散としているところが多い。そのような状況の中で、実技教育が中心、いや不可欠とも言える音楽大学にとって、教育活動をいかに継続し、いかにその成果を対外的に発信するかは、極めて重い課題である。実際学生による公演を断念している音楽大学も見受けられる中で、昭和音大は、セミ・ステージ形式としつつも、今年も例年通りのオペラ公演の実施に踏み切った。もちろん感染防止策は欠かせないわけだが、具体的にどうやって上演するのか?

 雨が降り続ける中、劇場入口では傘をビニール袋に入れ、消毒をし、自分で半券を切って箱に入れる。検温は求められなかったが、ホワイエの中央に据えられたカメラで入場者の体温を測定しているようだ。
 客席はオケピット分を除き前から3,4列は空けているが、それ以外は全部使用する方針のようで、詰めて座っている客たちが多い。
 オケピットは板で覆われて使われないが、両端に舞台から降りる階段が設置されている。オケは舞台中央に並び、その前にスペースと、オケのすぐ後方を1段上げて紗幕を張り、幕の奥にも演技スペースがある。下手端は奥のスペースと階段でつながっている。
 オケのメンバーは前舞台の両袖からと、ピットの両端の階段から入場。しかも階段から上がってきたメンバーは交差しながら(ヴァイオリンは上手→下手、ヴィオラは下手→上手)席に着く。

 序曲、ピットの上手端からジョヴァンニが昇ってきて立つ。紗幕の下手側に赤い1点の光。地獄の炎の予兆だろうか?しばらくして退場。
 第1幕第1景、レポレッロが奥舞台を上手から下手へ早足で歩きながら歌い、下手階段から手前に降りてくる。黒の上下に白シャツ姿。人の気配がするのでピット下手端の階段に隠れる。上手からアンナ、ジョヴァンニ登場。ジョヴァンニも黒の上下に白シャツ、アンナは紺の衣裳。アンナが下手へ逃げると上手から騎士長登場。黒の上下。殺陣は1回剣を合わせた後ジョヴァンニが騎士長を刺す。騎士長、上手で倒れる。
 第2景、ジョヴァンニ、ピット下手からレポレッロとともに退場。
 第3景、入れ違いに下手からアンナ、オッターヴィオ登場。オッターヴィオはタキシード姿。従者たちが黒布を持って上手から登場、死体を布に巻いて運び出す。
 第4景、奥舞台でレポレッロとジョヴァンニのやり取り。
 第5景、ピット上手端からエルヴィーラが大きなトランクを両手に持って登場、床にドスンと置く。ワインレッドの衣裳。ジョヴァンニとレポレッロは下手から手前に降りてくる。レポレッロに言い訳させている間にジョヴァンニはピット下手端から逃げる。
 レポレッロ、肩掛けカバンからスケッチブック大のカタログを取り出し、床に広げてみせる。表紙には「1003」と書かれている。しゃがんで目録を見ながら嘆くエルヴィーラ。カタログを片付けて歌い終わるとピット上手端から退場。
 第6景のエルヴィーラのレシタティーヴォは省略しない。上手へ退場。
 第7景、村人たちは奥舞台、ヅェルリーナとマゼットは下手から手前へ登場。ヅェルリーナは花柄のタンクトップにスカート、マゼットはタキシード。
 第8景、下手からジョヴァンニとレポレッロ登場。レポレッロは奥の村娘たちに近付こうとして階段でけつまづく。
 第9景、2人きりになったジョヴァンニとヅェルリーナの二重唱だが、2人の距離は保たれたまま。
 第10景、上手からエルヴィーラ登場。アリアの後ヅェルリーナとともに上手へ退場。
 第11景、下手からオッターヴィオとアンナ登場。
 第12景、上手からエルヴィーラ登場。4人はときどき位置を変えるが距離は保ったまま四重唱。歌い終わるとエルヴィーラは上手へ退場。ジョヴァンニ、遠くからアンナに挨拶して(通常なら手を取るなどの接触がある)上手へ退場。
 第13景、ショックを受けるアンナを気遣うオッターヴィオもあまり近付かない。アリアの後アンナ、下手へ退場。
 第14景、1人残ったオッターヴィオのレシタティーヴォとアリア。奥舞台にアンナが立ち、そのシルエットが2つ、大きく紗幕に映る。
 ここで、感染防止対策として休憩が入る。連続した演奏時間を60分までという方針のようだ。

 第15景、前舞台の下手からレポレッロ、上手からジョヴァンニ登場。アリアの後2人、上手へ退場。
 第16景、奥舞台上手からマゼットとヅェルリーナ登場。歌いながら前舞台に降りてくる。ヅェルリーナのアリアの後、奥舞台にジョヴァンニ登場。マゼット、ピット下手の階段に隠れる。
 第17景省略。第18景、ジョヴァンニが前舞台に降りてきてヅェルリーナに言い寄る。マゼット、階段を上がってジョヴァンニの前に現れる。3人、下手へ退場。
 第19景、上手からヴェネチアン・マスクを持ったアンナ、オッターヴィオ、エルヴィーラ登場。三重唱の後、奥舞台にジョヴァンニとレポレッロ現れる。レポレッロが前舞台の3人に声をかけて招待する。
 第20景、3人そのまま残った状態で下手からジョヴァンニ、レポレッロ、ヅェルリーナ、マゼット登場。前舞台の両端にヴァイオリンとコントラバスの奏者が2組立って、スタイルの異なる舞曲を奏でる。レポレッロは長い棒を持ってオケに向かって指揮。マゼットを上手へ呼んで踊らせようとする。その間にジョヴァンニがヅェルリーナを下手奥へ行かせ、後を追う。それを見たレポレッロも下手へ退場。
 レポレッロが下手から走って出てきて中央に倒れる。剣を持つジョヴァンニが従者を咎めるが、アンナたちが正体を見せて詰め寄る。ジョヴァンニは剣を抜いて振り回し、彼らを遠ざけてからピット上手階段から逃走。
 ここで2回目の休憩。

 第2幕第1景、奥舞台下手からレポレッロ、追うようにジョヴァンニ登場。2人、前舞台へ移動。服を交換することにした2人だが、共にピット両端の階段を降り、そこでジョヴァンニは黒のマント、レポレッロは黒のマントと赤いマフラーをそれぞれ羽織る。ジョヴァンニがレポレッロのマントの匂いを嗅いで嫌な顔をする。
 第2景、奥舞台にエルヴィーラ登場。ピット上手階段でジョヴァンニ歌い、下手からジョヴァンニ姿のレポレッロが歌に合わせて仕草をする。
 第3景、エルヴィーラが前舞台まで降りてくる。後ろを向いたまま答えるレポレッロ。ジョヴァンニの大声で2人は下手へ退場。残ったジョヴァンニ、ピット上手の階段からカンツォネッタを歌う。
 第4景、奥舞台にマゼットと仲間たち。前舞台に降りてくる。ジョヴァンニを見つけるが、彼はレポレッロの振りをして応対。アリアを歌って仲間たちを遠くへ散らばらせる。
 第5景、ジョヴァンニはマゼットから銃を取り上げ、それで彼を殴り、そのまま上手へ退場。
 第6景、上手からヅェルリーナ登場。「薬屋の歌」では、「さわってみて」と歌いつつも、マゼットは手を出さず、ヅェルリーナも自分の手で胸を当てるなど、場所を示す仕草もしない。
 第7景、上手からレポレッロとエルヴィーラ登場。レポレッロ、下手へ逃れようとするが、アンナとオッターヴィオが現れるので引き返す。
 第8景、上手からマゼットとヅェルリーナ登場。彼らに囲まれたレポレッロは正体を明かす。
 第9景、許しを請うアリアを歌うレポレッロ、走って上手へ退場。
 第10景、オッターヴィオのアリア省略。第10d景のエルヴィーラのアリアも省略。
 第11景、奥舞台にジョヴァンニとレポレッロ。騎士長の像は後ろ向きで首がない。
 第12景、下手からアンナとオッターヴィオ登場。アンナ、アリアを歌って下手へ退場。オッターヴィオ、レシタティーヴォ歌って下手へ退場。
 第13景、上手からジョヴァンニとレポレッロ登場。従者たちが上手から長テーブル、椅子、食事などを運ぶ。長テーブルの右端がちょうど舞台中央。そこに置かれた椅子に座って食事を始めるジョヴァンニ。ピット上手の階段に隠れて盗み食いするレポレッロ。
 第14景、エルヴィーラ、下手から登場。ジョヴァンニに生き方を変えるよう懇願するも受け入れられず、下手から退場しかけるが、悲鳴を上げて上手へ走り去る。迎えに行ったレポレッロも恐怖に駆られて戻り、ジョヴァンニが自らで迎えに行くと、ピット下手階段に隠れる。
 第15景、下手から石像登場し、テーブル中央に座る。レポレッロはピット下手階段に隠れる。ジョヴァンニはテーブルの上に立ち、しばらく歩いて降りるなど、挑発的な仕草。石像が手を差し出すと、ジョヴァンニ、離れたまま手を出すがあまりの冷たさに驚く。奥舞台では地獄の炎が燃え上がり、その中で合唱が歌われる。ジョヴァンニはピット上手階段へ追い詰められ、とうとうそこから下へ。文字通り「奈落の底」へ向かう。
 最終景、ジョヴァンニと石像以外の登場人物たちが舞台に揃う。彼らが歌う間にテーブルなども片付けられる。歌い終わるとアンナとオッターヴィオは互いに手を差し出し、マゼットとヅェルリーナは親しげに向かい合う。その2組をエルヴィーラが上手端、レポレッロが下手端で挟む形で幕。
 第2幕も一部のアリアを省略することで60分に収めようとしたようだが、若干オーバー。ただ省略されたアリア(エルヴィーラとオッターヴィオ)は通常は必ず演奏される曲なので、聴けなかったのは何とも惜しい。

「セミステージ形式」とは言え、十分な演技スペースはあるし、舞台装置は映像でおおむね代替。紗幕に場面ごとにスペインの街並みの風景などの映像が映し出されるが、水辺や運河などどう見てもヴェネツィアではないかと思われる場面もしばしば。どこの国かよりも各場の雰囲気を伝えるために使われているのだろう。
 むしろ本来もっと人物たちが接触していた演技が全て離れて行われたことで、どこまで本来の内容が伝えられたか、特に初めて観た人にはどう見えたか、気になるところ。

 程は中国出身、新進歌手交流オペラ・プロジェクトによる参加者で、現在新国のオペラ研修生でもある。大柄で舞台映えするし、明るい声で楽天的なジョヴァンニ。上野は最初の曲こそ無理に声を張り上げるところもあったが、以後は安定した歌いぶりで重唱でも存在感を示す。宮村もソロこそ少ないが、騎士に抵抗する農民の必死さが伝わってくる。他の歌手たちも、原石のきらめきを感じさせる歌いぶり。
 今回ソリストたちは全員フェイスガード(ガードとバンドの間に隙間があるタイプか?)を付けて歌う。劇場内に十分声は伝わるが、時折こもって聴こえることがある。

 オケは弦楽器奏者の約半数がマスク着用。譜面台は1人1台だが、奏者間の間隔はあまり空けていない。
 連続しての演奏時間の制約がどこまで影響したかわからないが、全体的に非常に速いテンポ。それ自体は悪くないが、元々速いジョヴァンニの「シャンパンの歌」までさらに速くする必要はないのでは?このときだけ鼻歌のような発声になっていた。

 気になる点はたくさんあったが、とにもかくにもこのような形でオペラを上演したこと自体の意義は大きい。ここでの経験は大学としてはもちろん、オペラ界にとっても貴重な財産である。今後の音楽大学の教育や各地でのオペラの上演に向けて追い風となることを期待したい。
 

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