新国立劇場「夏の夜の夢」(5回公演の3回目)
○2020年10月8日(木)18:30〜22:05
○新国立劇場オペラパレス
○3階3列43番(3階3列目上手側)
○オーベロン=藤木大地(CT)、タイターニア=平井香織(S)、パック=河野鉄平(B)、ライサンダー=村上公太(T)、ディミートリアス=近藤圭(Br)、ハーミア=但馬由香(MS)、ヘレナ=大隅智佳子(S)、ボトム=高橋正尚(Br)、クインス=妻屋秀和B)ほか
〇飯森範親指揮東フィル
(6-4-4-3-2)、TOKYOFM少年合唱団
〇レア・ハウスマン演出(デヴィッド・マクヴィカーの演出に基づく)

冷たい秋雨の夜の暖かい夢

 新型コロナウイルス感染症の影響で事業休止を余儀なくされていた新国も、演劇を皮切りに再開され、今月はようやくオペラ公演が復活することとなった。米国のメトロポリタン歌劇場が今シーズンの全公演休止を発表して世界のオペラファンにショックを与えただけに、新国にはぜひ頑張ってほしいと思う。
 いつもの来場者登録と検温、消毒などを済ませて客席へ。販売していない席にカバーなどは掛けていないが、1席ずつ空けて約半分の客席数にしているようだ。
 注目の再開公演の演目はブリテンの「夏の夜の夢」。演劇では「リチャード2世」も始まり、来月はダンスで「Shakespeare THE SONNETS」も予定されている。つまりシェイクスピアの作品を3部門で取り上げるという趣向。ウェブサイトなどにさりげなく書かれてはいるが、もっと大々的に情報発信すべき。

 それはともかく、舞台には墨絵風の草木や花を思わせる模様が描かれたカーテン。これが下手へ開くことで始まる。
 下手上方に竹で編んだような網戸が覆い被さり、その破れ目から手のような巨大な枝が伸び、その先の空に不自然に大きな満月。森の設定だが、枝に昇る梯子やソファ、物干し台などが雑然と置かれている。
 上手奥にはタイターニアの宮殿。上手手前はアンティークな物置棚。

 第1幕、低弦のグリッサンドが主導する不穏な響きから音楽は始まる。
 どこからともなく妖精たちが現れて合唱。すると枝の上にパックが現れる。白髪交じりの長髪に粗末なマント姿。
 上手からタイターニア、下手からオーベロン登場。タイターニアは2,3メートルはありそうな長い上衣を引きずっている。オーベロンは黒一色の衣裳。
 オーベロンの要求を拒否するタイターニアは妖精たちを率いて宮殿へ。観音開きの扉が開くと、中は金色の木々や花々に覆われている。
 オーベロンは、魔法の花を取ってくるようパックに命じて行かせる。自身も退場。
 下手からライサンダー、続いてハーミア登場。ライサンダーは白シャツに黒ズボン、ハーミアは赤いワンピース姿。
 2人が中央奥へ退場すると、入れ違いに下手からディミートリアス、続いてヘレナ登場。ディミートリアスは白シャツ黒ズボン、ヘレナは白っぽいワンピース姿で眼鏡を掛けている。ヘレナから逃れてハーミアを追うディミートリアスは上手へ退場。ヘレナも追う。
 職人たちが折りたたみ椅子を持って登場。舞台前面のスペースに横1列に並んで座る。スターヴリングは犬(車の着いたおもちゃ)を引っ張ってくる。中央のクインスが役を割り当てるたびにボトムが「それは俺が得意だ」と横取りしようとする。
 何とか打合せを終えて職人たちが左右に退場すると、オーベロンとパックが登場。オーベロンはパックに、つれないギリシャ男の目に魔法の花の汁を塗るよう命じる。
 2人が退場すると、ライサンダーとハーミアが中央奥から登場。疲れたので休むことにするが、ハーミアはライサンダーが近寄ることを拒み、離れて寝るよう促す。思わぬところで「コロナウイルス対策」が顔を出す。ハーミアは下手端の椅子に座って、ライサンダーは上手の洗濯桶を引っ張り出し、棚の一番下から枕とシーツを取り出し、桶の中で眠る。
 枝の上にパック登場。ギリシャ男を探しているとライサンダーの姿を見つける。降りて彼の目に汁を塗る。
 中央奥からディミートリアス、続いてヘレナ登場。ディミートリアスは上手へ退場し、ヘレナが舞台中央に立っているときにライサンダー目覚め、ヘレナに告白を始める。侮辱されたと感じたヘレナは上手へ退場、追うライサンダー。
 ハーミアが起きるとライサンダーがいない。彼を探して中央奥へ退場。
 宮殿からタイターニアと妖精たちが出てくる。タイターニアは棚の前で丈の長い上衣を脱いでネグリジェ姿となる。上手に天からバスケットのような形の、草と花で覆われたベッドが降りてくる。タイターニアはそこに入って眠る。
 妖精たちは見張りを1人置いて散らばって退場。パックが現れて見張りの妖精を叩いて追い払い、タイターニアの目に汁を塗る。ベッドは徐々に上がっていく。

 第2幕、夜の静寂を思わせる穏やかな弦の合奏で始まり、パックが幕をゆっくり開ける。中央奥から妖精たちが、人が乗れるくらいのロバの人形を押してくる。
 職人たちが集まって稽古。奥でパックが見ている。ボトムが上手へ退場すると、パックがロバの人形を押して上手へ消える。しばらくするとロバ頭になったボトムが出てくる。職人たち、怖がって散り散りに逃げる。ボトムのみ舞台に残る。
 中空に吊されていたベッドが降りてきてタイターニアは目を覚ます。たちまちロバ頭のボトムに夢中になり、妖精たちにもてなしをさせる。枝の下の立派なひじ掛けのソファがひとりでに前に動いてきて、そこに座らせる。ボトムは妖精たちに頭を掻かせたりする。
 さらにソファは動いて宮殿の前へ。タイターニアはボトムを中へ招き入れ、妖精たちも一緒に入る。
 オーベロンとパックが登場。パックの間違いを指摘し、誤りを正すよう命じて行かせる。
 中央奥からヘレナ、続いてライサンダーとディミが追ってくる。上手からハーミア。4人が横1列に距離を取って並び、大喧嘩となる。男2人は奥へ、女2人は上手へ退場。
 上手の棚の上にオーベロンが現れ、パックに混乱の解決を命じる。
 枝の上にライサンダーが現れる。下手のパックがディミートリアスの振りをして呼びかける。ライサンダー、声の方へ行こうと破れ目の中へ退場。上手にディミートリアスが現れると、パックはライサンダーの振りをして呼びかける。ディミートリアス、声を追って上手へ退場。
 下手から登場したライサンダー、洗濯桶を下手の(ハーミアが寝ていた)椅子近くに移動し、眠りに落ちる。
 上手から登場したディミートリアスは、棚のそばにある横幅1.5メートルくらいのトランクを開けてその中に眠る。
 ヘレナは上手から登場してディミートリアスのそばで、ハーミアは第1幕と同じ椅子で場所で眠る。2人とも走り詰めで暑くなったのか、服1枚脱いだ姿。
 妖精たちが現れて合唱。中央奥からパックが現れ、元通りになる花の汁をライサンダーの目に塗り、自ら幕を閉じる。

 第3幕、朝日を思わせる弦の微かだが明るい合奏で始まる。月は消え網戸から日光が漏れている。
 宮殿の前のソファにボトムが座ったまま、その傍らに寄り添ってタイターニアが眠っている。オーベロンが元通りになる花の汁を彼女の目に塗る。
 目覚めたタイターニアはオーベロンに導かれて中央前方へ。仲直りしてふと後ろを見るとロバ頭のボトムに気付き、ぞっとする。
 オーベロンはボトムへの魔法も解くようパックに命じ、タイターニアとともに中央奥へ退場。パックがボトムの前で魔法を解くと、ボトムは自分でロバの頭の被り物を外す。仲間を探して上手へ退場。
 4人の恋人たちも目覚め、横1列に並んでの重唱。
 オペラカーテンが降り、華やかな雰囲気の舞台転換の音楽。カーテンが上がるとさらにすぐ奥に書き割りのオペラカーテン。その手前に軍服姿のシーシアスと花嫁衣装のヒポリタ。下手からライサンダーたちも新郎新婦の衣裳で登場。
 職人たちが芝居の準備を始めると、シーシアスとヒポリタは下手の椅子に座って、ライサンダーたちは上手に立って見物。芝居の登場人物たちの出入りが彼らと交錯する。その様子が、芝居に対して茶々を入れる音楽上のやり取りとよく合っている。
 芝居と仮面舞踏が終わり、深夜零時の鐘が鳴ると、人間たちは左右に分かれて退場。
 書き割りのオペラカーテンが上がると、満天の星空。宮殿、枝など地上にあるものにも星々が輝いている。オーベロン、タイターニアと妖精たちの歌と踊り。人間たちも中央奥から現れ、彼らの間を通り過ぎてゆく。
 オーベロンたちが宮殿の中へ入っていくと、パックが登場し、客に向かって締めの口上。大河ドラマ「おんな城主直虎」のテーマ音楽終盤を思わせる、目まぐるしい動きの音楽で終わる。

 初演時のオーベロンは、往年の名カウンターテナー、アルフレッド・デラーが歌ったそうだ。今回の藤木も役柄にぴったり。色気と妖しさを兼ね備えた声が、聴く者の耳へ忍び込むように響いてくる。平井もハイCを超える高音を無難にこなし、品格ある女王ぶり。河野も動きが多い中でまずまず安定した歌いぶり。恋人たち4人もしっかり歌っていたが、大隅の声が頭一つ抜きん出ているだけでなく、pからのクレッシェンドの響かせ方など表情の付け方が抜群に巧い。第2幕で男2人に追われる場面など、魔法の花の汁ではなく、彼女の声が2人を狂わせたに違いない。職人役の歌手たちも、妻屋を筆頭に芸達者たちが揃い、彼らのアンサンブルは実に愉快。

 終演が遅れたせいかカーテンコールには現れなかったが、TOKYOFM少年合唱団の歌も聴き応え十分。単にソリストたちの演奏を支えるだけでなく、このオペラに欠かせない登場人物としての存在感を発揮している。

 このオペラの音楽は、主に木々を表現する弦、恋人たちの歌に合わせる木管、主に職人たちの歌に合わせる金管、そして妖精たちの歌に付けるHpと打楽器という役割分担になっている。しかもOb,Fg,Tp,Tbが各1人という小編成でできている。にもかかわらず、各パートに割り当てられた音楽はどれも一筋縄ではいかないものばかり。
 この複雑怪奇と言っていい音楽を飯森指揮の東フィルは見事に演奏。特に木管と金管は歌手たちと一緒に歌っているかのような一体感と、しばしば自分たちの方が主役といわんばかりの主張をしながら場を盛り上げる。私が近年新国で聴いた東フィルの中では特筆すべき名演と言っていいだろう。
 冷たい雨降る秋の夜に、神秘的な夏の夜の夢。醒めるのが口惜しい。

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