エプタザール セレクトコンサート第46回 生誕250年記念〜ベートーヴェンの世界〜
○9月12日(土)16:00〜18:20
○エプタザール(狛江市)
○2階最前列中央やや上手寄り(座席番号なし)
○ベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ長調」Op12の1
 同「同第5番ヘ長調」Op24(春)
 同「同第9番イ長調」Op47(クロイツェル)(約39分)
(繰り返し全て実施)
+ボーム「カヴァティーナ」、ゴセック「ガヴォット」、ボーム「カンツォーナ」
〇V=佐藤久成、P=高橋望(「高」ははしご高)

ロックンロール・ベートーヴェン

 狛江市、小田急線狛江駅から10分弱歩いたところにエプタザールという120席ほどの小ホールがある。我が家から歩いて行ける、最も近いコンサートホールで、これまで何度かプライヴェートで使ったことがある。小さいながらも天井が高く、音響が素晴らしい。実はホール主催のコンサートも行われているのだが、残念ながら今まで行く機会がなかった。初めて一聴衆としてこのホールのコンサートを聴くことになり、何だか妙な気分。しかし、高橋君が弾くとあっては行かないわけにいかない。
 客席数は約半分に減らしている。

 第1番の第1楽章冒頭から、ガツンと来る。ヴァイオリンの重音と言うよりドラムが一発鳴った感じ。しかし、5小節目からのpのフレーズになると弓で弦を撫でるような弱音に。以後も強弱の差を極端に付けながら、全体的には速めのテンポでぐんぐん進む。
 第2楽章では各変奏の曲想を大胆に変えながら弾いてゆく。特に短調の第3変奏と長調の第4変奏のコントラストが際立つ。
 第3楽章、頻繁に登場するsfを強調しながら、ノリノリで進んでゆく。若書きの曲だが、様々な実験を試みていたことがわかる。

 第5番第1楽章、pで始まる冒頭の主題がやや頼りなげに響く。ピアノが主題を奏でる11以降のオブリガートなどほとんど聴こえないくらい。しかし、24から一気のクレッシェンドで25の一発へ。テンポはほぼ標準的だったが、28から急に速くなる。70以降の細かいフレーズなど目が回りそうになる。
 第2楽章もピアノが主題を弾いてヴァイオリンがオブリガートという形がしばらく続くので、やはり消え入りそうな音で弾いている。10以降のヴァイオリンの主題は比較的落ち着いた弾きぶり。
 第3楽章、スケルツォ主部の軽いノリとトリオの目まぐるしい動きとのコントラストが耳に残る。
 第4楽章は躍動感あふれる演奏で、この日初めて音楽に浸れる感じ。ところが、中盤を過ぎたあたりで「ブチッ」という鈍い音が。ヴァイオリンの弦が切れてしまい、交換のため演奏中断。数分後改めて冒頭から弾き直し。切れる前と全く変わらぬスタイルで今度は無事弾き通す。

「クロイツェル」、第1楽章冒頭の序奏を拍手が止まないうちに弾き始める。ヴァイオリンに応える5のピアノの和音が豊かに響き渡り、そんな些細な出来事を一瞬にして忘れさせる。イ短調の主題が始まる18のプレスト以降、鋭く刻むヴァイオリンに対し、36のピアノのアルペジオも心地よい。あとは速めのテンポでどんどん進めてゆく。
 第2楽章、主題は比較的落ち着いたテンポで進むが、第1変奏ではピアノ・ソナタに変わったのかと錯覚するくらいヴァイオリンの音がかすかに。第2変奏では一転して世界記録を目指す短距離走の選手のようなテンポで弾き切る。短調の第3変奏はたっぷり歌わせ、長調に戻る第4変奏はまたほとんどピアノ・ソナタに。
 第3楽章、冒頭のピアノの和音でパッと日が差す。速めのテンポで一気呵成に。

 佐藤は演奏中あちこち動き回る。高橋に触れるくらいまで近付くこともあれば、下手の方を向いて弾いたり、ピツィカートで楽器をあごからほとんど外しかけたり。演奏スタイルは正に自由自在という感じで、強弱やテンポの差を極端に付ける。それが前半は楽譜から逸脱しないぎりぎりの線を保っていたが、「クロイツェル」になるとわずかな音程の乱れが現れるようになる。
 アンコールでは音楽史に埋もれた作曲家の作品を発掘するという彼のライフワークの一端を紹介すべく、19世紀後半から20世紀前半に活躍したドイツの作曲家、カール・ボームの作品を2曲披露。どちらもロマンティックな内容だが、曲の魅力を伝えようというまっすぐな心が演奏に現れ、素直に心打たれた。(間に挟まれたゴセックはほとんど遊びのような演奏だったが。)
 ベートーヴェンにもボームに対するようなアプローチを取ったら、また違った演奏になるように思うのだが。

 高橋は佐藤の演奏スタイルに必死で食らいついていた。彼がピアノ・ソナタを弾いたら絶対に採用しないような弾き方の連続で、さぞ消耗したのではなかろうか。

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