「願いがかなうぐつぐつカクテル」(16回公演の7回目)
○7月16日(木)19:00〜21:20
○新国立劇場小ホール
○RB29番(2階上手バルコニーほぼ中央)
○原作・上演台本:ミヒャエル・エンデ
〇翻訳:高橋文子
〇北村有起哉、松尾諭、森下能幸、林田航平、あめくみちこ、花王おさむ
〇演出:小山ゆうな

演劇界の願いをかなえるぐつぐつカクテル

  新国立劇場も新型コロナウイルス感染症の影響で長らく休演を余儀なくされていたが、7月に入ってようやく演劇公演から再開することとなった。その第1弾はミヒャエル・エンデが1989年に長編小説として完成させた「魔法のカクテル」を自身が戯曲化したもの。正にこの時期に上演するにふさわしい。
 体温測定、手の消毒をして入場し、連絡先カードを提出、自分でもぎって客席へ。空いた席には天使や妖精のイラストが背中に置かれ、座らないでほしいが荷物は置いてもよい旨のメッセージを発している。ちなみに私の両隣は「ひらてんし」と「かちょうてんし」。ただし、舞台と客席の間は空けていない、つまり最前列まで客を入れていた。
 本作は「こどもも大人も楽しめるシリーズ」として位置付けられており、客席には親子連れもチラホラ。

 舞台中央奥に大きな丸い穴。時計盤である。上手端にはイルヴィッツァー博士の仕事場、テーブルの周りに本や実験器具などが乱雑に置かれている。その横には書き割りの壁、スケッチできるホワイトボードが埋め込まれ、回転して裏表が使える。後方に出入口。
 下手端には書き割りの壁が2枚、前の壁には動物たちの絵、後ろの壁には「きけんごみ」と書かれている。壁の絵は全てモノクロ。
 開演前のアナウンスもイルヴィッツァー役の北村が担当。「イルヴィッツァー博士の実験室へようこそ。」から始まって、接触確認アプリやスマホの電源などの注意事項が伝えられる。

 第1幕、大晦日の夕方、暗闇の中雪が降っている。博士はたくさんの本を抱えて上手の出入口から登場。黄色い薄汚れた白衣を羽織り、マウスシールドをしている。テーブルの上に置いて探し物をするうちに前の床に探していた本を見つけ、テーブルから身を乗り出して上から手を伸ばして取ろうとする。取った勢いで前に1回転。お見事。
 時計が午後6時を告げるが、鐘の音の代わりにいちいち「イテ!」と叫ぶ。
 上手からアタッシェケースを持ったマーデ登場。スーツ姿だが少々サイズが大きく、シャツのカラーが顔より二回りほど大きく、丈も長過ぎて口元を覆わんばかり。悪魔との契約期限が迫っているのにノルマをまだ果たせていないことを告げる。博士はあれこれ言い訳を試みるも聞き入れられない。左右から2枚の壁が交差すると、マーデは消えている。
 猫のマウリツィオが登場。大きな鼻で口元を隠している。貴族風の出で立ちだが立派な尻尾が首下までピンと立っている。猫の胴体くらいあるキャットフードの箱から餌を与えられ、毛糸の玉で遊んでもらう。
 下手から烏のヤコブが登場。羽根がほとんどなく、透明なくちばしで鼻から下を覆っている。叔母である魔女ティラニアがもうすぐ来ることを告げると、博士は煙たがって上手から退場。
 残ったマウリツィオとヤコブのやり取り。2人は動物上級委員会から自分たちを絶滅に追い込もうとする動きを探るためのスパイとしてそれぞれ送り込まれているのだが、魔女の企みをすっかりお見通しのヤコブに対し、飼い慣らされているマウリツィオは博士は善人だと言い張って聞かない。
 そうこうするうちに中央の穴の奥に魔女ティラニア登場。肩と尻が異常に膨らんでいる。大きなお尻を覆う黄色と黒の縞模様のスカートが目に付く。マウスシールド着用。札束の詰まった立方体のジュラルミンケースを持っている。
 マウリツィオとヤコブは「きけんなごみ」箱の中に隠れる。
 仕方なく出てきた博士、魔女から何でも願いがかなうカクテルのレシピの上半分を入手したので、下半分を売ってほしいと持ち掛ける。魔女の助手(花王おさむ)が札束を追加で持ってくる。
 博士と魔女とのやり取りを聞くうちに、マウリツィオは自分が博士から餌と一緒に睡眠薬を飲まされていたこと、自分の仕業を知られないために騙されていたことを知ってショックを受ける。
 博士と魔女は腹の探り合いから始まって互いに自分が有利になるよう駆け引きを続けるが、結局悪魔との契約で同じような窮地にあることを知り、最終的に協力してカクテルを完成させ、12時の鐘が鳴る直前に飲んで願いを口にする(ただし実現したいことの反対の内容でなければならない)ことで、それぞれのノルマを果たすことで合意。サン・サーンス「死の舞踏」に乗って踊る。
 2人が退場後、ゴミ箱から出てきたマウリツィオとヤコブ。ヤコブがカクテルのレシピの上半分を魔女が残していったのを見つけ、マウリツィオが暖炉に入れて燃やそうとするが、逆にレシピの紙に身体をぐるぐる巻きにされてしまう。
 そこへ博士と魔女が戻ってくる。2人はマウリツィオとヤコブを証人としてカクテルパーティへ招待することにする。2匹は承諾し、下手へ退場。
 博士と魔女が半分にちぎれたレシピ2枚を暖炉に投げると、ついに1枚につながって戻ってくる。喜ぶ2人。上手へ退場。
 雪の街中、中央に壁が2枚並べられ、その上を平面人形のマウリツィオとヤコブがさまよっている。壁が取り払われ、人形を持ったまま2人のやり取りが続く。互いに自分の素性を明かし、同士として博士と魔女の計略を阻止すべく何かできないか、話し合ううちに中央の穴の奥に教会があるのを見つける。てっぺんにある鐘を12時より前に鳴らすべく、マウリツィオはヤコブが止めるのも聞かずに外壁を昇り始める。平面人形の猫が教会の半ばくらいまで昇ったところで、ヤコブに助けを求める。

 休憩のアナウンス、再開前のアナウンスも北村が担当。後者は「また私の実験室へ来たんですか?物好きですねえ」から始まる。

 第2幕、教会てっぺんの鐘楼。丸い穴の奥に鐘が見える。穴の外からマウリツィオが這って入ってきて、下手で力尽きて倒れる。続いてヤコブも登場。マウリツィオを見つけて起こそうとするが彼も力尽きる。
 上手に石像のように立っていた聖ジルヴェスターが動き始める。マウスシールド着用。先に輪っかの付いた杖を2匹に当てると、2匹は元気を取り戻す。てんでバラバラに事情を話す2匹の話を聖ジルヴェスターはよく理解するが、2匹の望みはそのままではかなえられない。あれこれ考え、ときどき恍惚状態(両端奥に天使たちが現れる)に陥りながらも、聖ジルヴェスターは鐘の一つを玉にして2匹に与える。カクテルに入れれば口にしたことがそのまま実現されるようになるのだ。2匹は喜ぶが、博士の実験室に戻るだけの体力がない。そこも聖人の力を借りて実験室へワープ。
 博士の実験室、中央のテーブルの上に大きな釜が置かれ、ぐつぐつ煮立っている。最後の材料は4次元世界の言葉で書かれているため、「LSD」を飲まねばならないが、飲む量を間違えると2次元になったり、5次元になったり、2.5次元になったりするという。博士が客席ともやり取りしながら解説。
 2人が4次元世界へ行っている間にヤコブとマウリツィオが戻ってくる。ヤコブがくちばしに加えた玉を釜へ入れようとするが、くちばしが凍って玉が離れない。マウリツィオが必死で暖めて何とか入れることに成功。
 そうとは知らぬ博士と魔女、戻ってきてついにカクテルを完成させる。ヤコブとマウリツィオも呼ばれ、博士がどこかの総理みたいな口調で挨拶。2人が交互にカクテルを飲んでは自然が回復すること、動物たちが生存し続けること、金儲けばかり考える会社が潰れること、戦争でなく平和が訪れること、などのノルマ(と逆の意味の願い)を次々と唱える。
 しかし、結果がわからない。そこで2人は近くにいるヤコブとマウリツィオに向かって、それぞれ黒々と羽の生えた立派な烏と白毛で歌のうまい貴族猫になるよう唱える。すると2匹ともその通りの姿に変身するので、2人がびっくり。今度は互いに相手に向かって善良な美男美女になるよう唱えると、今度は2人が19世紀の貴族に変身。すがすがしい気持ちを味わうのも束の間、ノルマを全く果たせなかったことに気付くが、カクテルは既に底をついている。絶望してテーブルの前にへたり込み、眠ってしまう。
 時計が12時を告げる。マーデ登場、2人に宅配便の伝票発行機のような機械から打ち出した「さしおさえ」のテープを貼り、地獄へ連行。
 場面は教会に戻り、ヤコブとマウリツィオは役目を果たしたので、それぞれ本来の役割に戻ることにする(つまり鳥と猫の敵対関係)。お別れの記念に、イタリア語で一声歌うマウリツィオ。上手でその様子を見ていた聖ジルヴェスターが一言、「この歌の意味は、「終わりよければすべてよし」」。

 わずか6人の登場人物だが、6人の俳優たちがそれぞれ持ち味を発揮。北村の悪徳博士ぶり、あめくの魔女ぶりは堂に入ったものだが、朝ドラ「エール」にも出演している松尾が意外にも(失礼!)軽々とした身のこなしと名調子を披露。
 小山の演出は、書き割りの壁に囲まれた博士の実験室を薄っぺらな世界に見せ、大きな時計=時間(エンデの好むモチーフでもある)が聖人を含めた万物を支配していることを見せつける。感染防止対策を意識しながら衣裳にそれとなく飛沫拡散防止策を組み込むほか、役者同士も一定距離以上近付かないような動きの配慮も感じられる。それでいて、子どもでも楽しめるエンタテイメント性を維持しながら、作者の込めたメッセージを明確に発信することも忘れていない。

 演劇に関しては、当面少人数の登場人物による作品を、三密回避に配慮しながら上演していくことになるのだろう。試行錯誤が続くだろうが、新たな公演スタイルが創造されることを期待したい。

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