東京二期会スペシャル・オペラ・ガラ・コンサート「希望よ、来たれ!」
〇2020年7月11日(土)15:00〜16:30
○東京文化会館
○1階L4列6番(1階下手側4列目)
○ベートーヴェン「フィデリオ」より序曲、「悪者よ、どこに急ぐのだ〜希望よ、来たれ!」(S=木下美穂子)
 プッチーニ「トスカ」より「星は光りぬ」(T=城宏憲)
 ロッシーニ「セヴィリヤの理髪師」より「今の歌声は」(MS=中島郁子)、「私は町の何でも屋」(Br=黒田博)
 モーツァルト「魔笛」より序曲、「イシスとオシリスの神に感謝を」(B=妻屋秀和)
 ベルク「ルル」より「ルルの歌」(S=森谷真理、ダンス=中村蓉)
 プッチーニ「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」(T=福井敬)
〇沖澤のどか指揮東響(10-8-6-5-4、下手より1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)

音楽への希望よ、来たれ!

 新型コロナウイルスは広範多岐にわたる分野の人々に影響を与え続けているが、中でも最も深刻な影響を受けたのが、舞台で生の音楽を届ける人々である。さらにその中でも絶望的な状況に置かれているのが声楽家たちである。彼らが、ウイルス感染拡大につながる飛沫を最も拡散している職業に従事しているからである。
 新型コロナがなければ、東京二期会はこの時期にベルクの「ルル」を上演する予定だった。これが翌年に延期となったため、活動再開に向けたきっかけを模索した結果、今回のガラ・コンサートを開催することとなった。
 東京文化会館大ホールにとっても「コロナ後」初の公演となるわけだが、入るとまず手を消毒し、大ホール入口で検温があり、チケットは自分でもぎって半券を箱に入れる。プログラムも自分で取るのだが、その前にも手の消毒を求められる。
 客席も1席おきになっており、座れない席には黒いカバーがかかっている。1階席の最前3列と5階席は閉鎖。

 オケも小編成とは言え、普段よりはかなり奥に配置。奏者たちがいつもより早く三々五々登場し、開演前の場内アナウンスが流れる頃にはコンマス以外全員着席。

 東京二期会を代表する歌手たちをサポートする大役を任されたのは、昨年のブザンソン国際指揮者コンクールに優勝した沖澤のどか。「フィデリオ」の短い序曲をキビキビとしたテンポで始め、大胆に強弱や速度の変化を付ける。早くも大気の片鱗を見せる。
 この日のコンサートのタイトルとなった「希望よ、来たれ」は、続くレオノーレのアリアの題名から取られている。ベートーヴェンの生誕250年という節目の年に、彼がこの曲に込めた思いを、感染症に苦しむ私たちが思わぬ形で身近に感じることとなった。木下の豊かな声量と安定した歌いぶりのおかげで、レオノーレと私たちの希望はかなえられそうな気分が強まってきた。Hrが不安定だったのが残念。
 城のカヴァラドッシは若々しく情熱にあふれている。しかし、楽譜に書かれたフレーズを崩して歌うのはまだ早い。
 中島の声はロジーナには少し重たいかもしれないが、厚みのある響きと妖艶さを備えた声質は意外とはまっている。
 黒田は千両役者ぶりを遺憾なく発揮。先にオケが演奏を始め、舞台裏から第一声。しばらくして登場するが、それだけで拍手が起きる。影を秘めた声が朗々と響き渡り、こちらもフィガロにぴったり。歌い終わるとドン・ジョヴァンニに変身し、「お手をどうぞ」とばかりに肘を指揮者に向け、指揮者が手を取って仲良く退場。

 後半はまず「魔笛」序曲。こちらもスケールの大きな音楽だが、「フィデリオ」序曲に比べるとやや単調に。
 妻屋は山型のアフロ風ヘアに髭をたくわえた、存在感たっぷりの姿で登場。堂々とした低音の響きは、いつもながら安心して聴ける。
 指揮台を挟んで左右に2脚の椅子が置かれる。上手側に中村、下手側に森谷が座る。森谷の歌を鏡で映すかのように、中村の激しい動きの踊り。短い中にも緊張感にあふれたアンサンブル。
 トリは福井のカラフ。冒頭からエネルギー満タンの声。少し力が入り過ぎたか、最後の一声が短めに切れたが、こちらも圧巻の歌いぶり。

 東京都の新規感染者が連日200人を超える中、どの歌手たちからも、そしてオケからも「オペラの灯を絶やさない」という決意と情熱が伝わってくる。
 東京二期会は、9月初めの「フィデリオ」から本格的なオペラ公演の再開を予定している。まだまだ予断を許さないが、演奏家たちの強い気持と関係者の創意工夫をもって、無事に上演されることを願ってやまない。

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