メータ指揮ベルリン・フィル
○11月21日(木)19:00〜20:45
○サントリーホール
○2階P7列28番(2階舞台後方、最後列やや下手寄り)
○ブルックナー「交響曲第8番ハ短調」(約85分)
 (16-14-12-10-8、下手から1V-Vc-Va-Vc、CbはVcの後方)
 (首席奏者:コンマス=樫本、第2V=ティム?、Va=清水、Vc=デレペレール?、Cb=マクドナルド?、Fl=パユ、Ob=マイヤー、Cl=フックス、Fg=シュヴァイゲルト、Hr=ドール、Tp=イェール?、Tb=ゲスリング、ティンパニ=フォースター?)


優しさがにじみ出るブルックナー

 昨年末期がんで日本の聴衆へのお別れとも見える来日公演を行ったズービン・メータ(83歳)。その後の治療が功を奏したのか、思いがけず今年はベルリン・フィルの指揮者として再びファンの前に姿を見せることとなった。しかも、R.シュトラウス「ドン・キホーテ」+「英雄」とブルックナーの8番という、いずれも気力・体力が充実していないと振れない曲ばかりを取り上げる。日本各地で8公演、この日はその7回目で、ブル8のプログラムとしては5回中4回目。ほぼ満席の入り。

 8人のHrが下手後方に縦3列で、前から2−2−4(WTb持ち替え)で並ぶ。コンマスと指揮者は珍しく上手から登場。指揮者の楽屋に近い方から出入りするということか。
 メータは杖を付きながら、ゆっくりだが確かな足取りで登場。指揮台の上に据えられた椅子に座って振る。

 第1楽章、やや遅めのテンポ。Va以下の弦が主題をかすかにゆっくりと奏でる。長らく眠っていた恐竜が目覚めて、わずかに顔を上げるような動きが見える。初めての全奏となる23小節目以降、響きは一気に豊かになるが、悲壮感はなく、ふわっとした雰囲気。
 81以降のVa以下、Tb、Tuのフレーズもアクセントは付いているがレガートは崩れない。103以降の下降音型のフレーズの繰り返しも同様。125以降のクライマックスは輝かしい響きに。
 次のクライマックスとなる225以降、まずはたっぷり響かせ、続く231〜232のHrはスコア通り少しだけテンポを速める。一段落した後の250以降、3番Flのソロに応える低弦のフレーズもかすかだが、くっきり聴こえる。その延長線上に、266以降弦楽合奏の山が訪れるが、昇るにつれて響きが凝縮されてゆくのが、快感。
 303以降のFgソロ、吹き終わると前に座っていたOb首席が思わず振り返って称える。
 331以降の弦楽合奏も緊張感にあふれ、見事。340のフェルマータは短め。
 369以降のクライマックスも充実した響き。385以降、残ったTpのファンファーレも攻撃的なところは全くない。

 あまり間を置かずに第2楽章へ。遅めのテンポ。VaとVcの主題、3〜4の1,2回目のmfと5の3回目のfの区別をはっきり付ける。一方、49以降の金管やティンパニのアクセントやスタッカートは控え目。
 木管の合奏に受け渡す手前、87以降の弦の響きが急速に引き締まってゆくのに思わず涙(2回目はそうでもなかった)。123以降、針に穴を通すようなHrソロも見事。
 195の最後の音はスタッカートをほとんど付けず、一瞬間を置いて大事に収める感じで終わる。
 トリオでホ長調に転じて天に昇ってゆくような25以降、テンポを落としてたっぷり響かせる。69〜73も同様。

 第3楽章、テンポはほぼ標準的。1Vの主題、4のHの二重♭(=A)にテヌートをかけて少し強調。第2主題に橋渡しする45以降の第2Hrのソロも見事。47以降のVcの主題も控え目だが美しい。
 第1主題に戻る手前の91〜94の弦楽合奏も聴き応え十分。
 109から始まる息の長い上り坂、特に117以降1オクターブ離れて両脇で同じフレーズを奏でるVに対し、低弦が力強い上昇音階で応えるところなど、たまらない。125の頂点で涙が止まらなくなる。
 165以降の全奏も視界がパッと晴れ渡る感じ。
 226の全休止も唐突な感じはなく、余裕をもって一休みする感じ。
 最後のクライマックスに至る手前の255以降の低弦の上昇音階、大木を根こそぎ引き抜いていくような迫力。
 終盤の255以降、何とも言えない寂しさが漂う。

 十分間を置いて第4楽章へ。やや遅めのテンポ。管楽器の主題は豊かな響きだが、整然と進む。16のティンパニも柔らかい響き。
 135以降テンポを速くする指揮者もいるが、変えない。他方、159以降はかなりテンポを落とす。
 166の休符のフェルマータはほとんど付けない。
 183以降の全奏も広がりのある響きだが、悲壮感はなく、明るい雰囲気すら感じる。
 265以降の弦楽合奏も聴き惚れる。特に273以降、1Vと2Vが1オクターブ離れて同じフレーズを奏で、280以降はユニゾンになってホールいっぱいに響かせるところなど、たまらない。
 359以降のVとVaの掛け合いも緊迫感にあふれている。
 580の休符のフェルマータもほとんど付けない。583以降の弦の二重フーガ、各パートが隙なく絡み合いながら盛り上げてゆく。
 最後の全奏もあくまで響きは柔らかく、最後の音もぶつっと切らずに丸く収める。

 振り終わって意外と早く肩の力を抜く。そこまで場内沈黙。聴衆にブラヴォー。

 メータの優しい人柄がにじみ出るようなブルックナー。再三指摘したが、どんな大きな音になっても決して荒っぽくなったり攻撃的になったりすることがなく、全ての響きは滑らかな輪郭を描いて消える。若い頃から変わらないメータの音楽性を、かつては逆らったり無視したりするオケもあったのだが、この日のベルリン・フィルの団員は完全に尊重し、音の表現で応えた。他の曲なら多彩な響きと縦横な技巧で演奏するFlのパユですら「これがブルックナー演奏の見本」と言わんばかりのフレーズを聴かせる。ドールをリーダーにするHrとWtb8人のアンサンブルも見事だし、他の管楽器の響きの充実ぶりも言うまでもない。だが、何と言ってもこの日の功労者は弦。重心の低い響き、結晶化したような絡み合い、そしてfになればなるほど中心に向かって凝縮されてゆくエネルギー。優しさの中にもブルックナー特有の重厚さが失われなかったのは、弦のこの響きがあったからに他ならない。

 メータはカーテンコールが終わった後も呼び出され、団員に支えられながら2回登場。既に来年の予定も続々と入っているようだ。今後さらに治療の効果が挙がって、再度元気な姿を見せてくれることを心から祈りたい。

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