NISSAY OPERA 2019「トスカ」(2回公演の初日)
○2019年11月9日(土)13:30〜16:20
○2階A列11番(2階最前列下手側)
○トスカ=砂川涼子、カヴァラドッシ=工藤和真、スカルピア=黒田博、アンジェロッティ=デニス・ビシュニャ、堂守=晴雅彦ほか
○園田隆一郎指揮読響(8-7-6-5-4)、C.ヴィレッジシンガーズ、パピーコーラスクラブ
○粟国淳演出


黒田スカルピアが舞台をも支配

 日生劇場では1963年の開場以来オペラの上演を息長く続けているが、意外にも「トスカ」は今回が初めて。オーディションで選ばれたダブルキャストで、一般向けのNISSAY OPERAとして2回、小中高生向けのニッセイ名作シリーズとして3回上演する。ほぼ満席の入り。

 第1幕、幕が上がると、上手に聖母像の壁画と祈祷台、人々が三々五々集まり、祈りを捧げる人も。下手奥には柵。その人たちが下手端の扉から退場して人気がなくなると、入れ替わるように下手からアンジェロッティ登場。礼拝堂への鍵を見つけ、上手へ退場。
 下手端の扉から堂守登場、一旦柵のある奥の方へ行ってからバケツと筆を持って手前に。続いて同じく下手端の扉からカヴァラドッシ登場。すると祈祷台のある部分が時計回りに回転して、奥の部屋が現れる。壁に描きかけの絵、手前に足台、さらに手前にテーブルがあり、絵の具類やスケッチなどが置かれている。この部屋の上手端はアッタヴァンティ家の礼拝堂の門。「妙なる調和」はこの部屋(以下「絵の部屋」)で歌われる。
 堂守がバスケットを持って下手へ去ろうとするが、カヴァラドッシそれを追いかけ、取り返す。舞台も元に戻る。堂守が去った後アンジェロッティが登場。バスケットを持たせて上手へ向かわせ、下手端の扉を開けてトスカを迎え入れる。
 ここで再び舞台が回転し、その後の2人のやり取りは絵の前で。トスカを見送る段になって再び舞台は元に戻る。
 トスカを見送った後、上手からアンジェロッティ再登場。三度舞台が回転して絵の部屋に。アンジェロッティ、アッタヴァンティ家の礼拝堂から女性用の衣装を取り出してくる。三度舞台が元に戻るが、大砲の音を聞くと2人は上手から退場。
 入れ違いに堂守と聖歌隊員たちが登場。浮かれ騒ぐところへ、下手端の扉が両方とも開いてスカルピア登場。四度舞台が回転し、スカルピアたちは絵の部屋に入る。床に落ちていた、アッタヴァンティ侯爵夫人の扇をスカルピアが拾う。
 トスカが下手端の扉から再登場。スカルピアは絵の部屋に残ったまま、四度舞台は元に戻る。トスカが堂守とやり取りしているのを上手側から眺めていて、堂守が去った後ようよく姿を見せる。扇を見せてトスカが反応すると、六度舞台が回転し、絵の部屋へ。スカルピアの嘘にすっかり騙されたトスカは泣き崩れる。スカルピアが優しく抱き上げ、丁重に下手端の扉まで送ってゆく。舞台も六度元に戻る。
 スポレッタを尾行に送り出した後、スカルピアは"Va, Tosca"(行け、トスカ)を歌いながら上手手前へ。今度は舞台が反対周りに動き出し、祭壇が現れる。聖職者たち、聖歌隊、人々が集まり、祭壇の側を向く中、スカルピア1人客席側を向いて歌い、最後に祭壇へ向いて跪く。

 第2幕、上手には第1幕の聖母像の壁画のあった部屋が改造されてスカルピアの居間に。中央にロングソファ、その上手側にフルーツの乗った丸テーブル。上手端は窓。下手の執務室のホリゾントにはイタリア半島の地図、その手前に執務机。
 ガウン姿のスカルピア。窓を開けると外の音楽が聞こえるが、舞台の真後ろから聞こえる感じ。報告に入ってきたスポレッタが、アンジェロッティを見つけられなかったと告げると、平手打ちに。カヴァラドッシを連行したと聞くと、執務服に着替える。居間が回転して執務室が広くなる。
 カヴァラドッシは下手端の扉から連れられてくる。シャッローネに窓を閉めさせる(奥へ引っ込んでいるので下手側からでないと見えなさそう)。トスカも下手端の扉から登場。群青色の舞台衣裳。
 地図の上手側の柱がドアになっており、カヴァラドッシはそこから取調室へ。トスカがアンジェロッティの居場所を話すというので一旦は拷問を止めるが、彼女がしらを切ると再び拷問が始まり、その様子が地図の奥から映し出される。
 とうとうトスカが白状すると、カヴァラドッシは執務室へ連れてこられる。そこにローマ側敗戦の報が入る。勝利を歌をカヴァラドッシが歌う間、フランス軍の進軍とローマ軍の配送の様子がスローモーションで地図の奥に映し出される。
 カヴァラドッシが下手から連行された後、スカルピアはトスカを居間へ。舞台が回転して元に戻る。「歌に行き、恋に生き」では、通常省略される最後のスカルピアとトスカのやり取り、"Risolvi!"(決心しなさい!)"Mivuio suoolice aituoi piedi?"(あなたの足元で嘆願することをお望みなの?)も歌われる。
 スポレッタが入ってくると、2人は執務室へ移動。指令を受けてスポレッタが退場すると、スカルピアは執務机の前に座ってトスカの願い通りに通行証を書き始める。その間にトスカは居間へ戻り、ソファの上で泣き崩れるが、その視線の先にナイフを見つける。後ろ手に隠し持ち、スカルピアが入ってくると、胸を刺す。この一撃でスカルピアはソファの手前に倒れ、やがて息絶える。
 トスカ、執務室の机の上で通行証を探すが見つからず、居間に戻り、スカルピアの右手に握り締められた通行証を引っ張り取る。奥の祭壇にある燭台を1本ずつ彼の顔の両脇に置き、十字架を胸の上に置く。小太鼓のトレモロが鳴ると、窓の外の方を向く。最後は下手端の扉から退場。

 第3幕、下手半分に城壁の最上部とそこに続く階段。手前にベンチ。兵士たちがたむろする中、なぜか牧童も城の中にいて、彼の歌を兵士たちも聴いている。歌い終わると誰が彼に礼をするかで押し付け合いをしている。
「星は光りぬ」のテーマが提示されると舞台は暗転になり、上手にカヴァラドッシの収容された独房が現れる。奥の扉から、看守が入ってくる。「星は光りぬ」を歌った後、再び看守が戸を開け、トスカが入ってくる。
 看守が時間を告げると、上手側は反時計回りに回転し、カヴァラドッシに続いてトスカも扉から刑場に出てくる。兵士たちが中央から下手端を向いて並んでいる。トスカは上手手前に立って、処刑の様子を見るともなく待っている。
 銃声が鳴り、カヴァラドッシが倒れる。隊長が息絶えたか確かめようとするのをスポレッタが止め、看守がカヴァラドッシの身体の上に布を被せる。兵士たちが退場した後、最後にスポレッタも退場。
 トスカはカヴァラドッシの元に近寄って布を開いて死んでいることを知る。スポレッタたちが追ってくるのを知ると、城壁の上まで駆け上がり、背筋を伸ばした姿勢のまま身投げする。

 砂川涼子は小柄で華奢な感じもするが、欧米の筋骨隆々の歌手たちよりずっとトスカらしい。一見か弱そうな歌姫が愛の力で極悪人を刺してしまうところにこの物語の肝があるからだ。瑞々しい声質で声量も十分。
 工藤も情熱的な声だが力任せのところが全くなく、終始安心して聴ける。こちらも役にぴったり。
 しかし、何と言っても黒田のスカルピアがハマっている。豊かな響きと影のある声、誰に対しても厳しく接するときには歌いぶりにも鋭さが加わり、トスカに優しく接するときには柔らかな響きも忍ばせる。極悪人のはずだが、立居振舞はあくまで端正で、下品さは微塵も見せない。死に方もだんだん身体が動かなくなってゆく様子を見事に表現。死んだ後の第3幕でも、いないことでトスカとカヴァラドッシの運命を支配していることが逆によくわかる。彼が支配したのはローマだけではなかった。

 園田は、アリアの後にブラヴォーや拍手が起ころうと全く動じることなく続けて演奏。歌を支える音楽を一つの流れとして聴かせることに専念していた。
 近年ピットに入る機会も多い読響だが、終始きっちり整った響き。第2幕の拷問の場や第3幕の「星は光りぬ」のテーマなど、重苦しい場面の雰囲気づくりに貢献する一方で、第1幕のトスカ登場の場面などはもっと甘く歌ってほしい。合唱は成人、児童とも声は十分出ているが、もう少しまとまりがほしい。

 粟国の演出は、どうしても舞台の回転数を数えたくなるし、拷問や戦争の場面を見せるのは蛇足のように思える。二期会、藤原を超えて国内第一線級の歌手たちが集結しているのだから、観客が彼らの動きにもっと注目するような見せ方をしてほしかった。

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