ヴァイグレ指揮読響
○9月21日(土)14:00〜16:20
○東京芸術劇場コンサートホール
○3階G列44番(3階最後方から5列目ほぼ中央)
○ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番ト長調」Op58(P=ブッフビンダー)(約32分)(12-10-8-6-4)
 
+同「ピアノソナタ第8番ハ短調」Op13(悲愴)第3楽章
 マーラー「交響曲第5番嬰ハ短調」(約72分)
 (16-14-12-10-8、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)
 (コンマス=長原)


思い入れを排した古典風なマーラー

 今シーズンの読響は、今年度就任した新首席指揮者ヴァイグレが振るプログラムから始まる。ハンス・ロットの交響曲を取り上げた日には行けなかったが、ベートーヴェンとマーラーという、彼の得意レパートリーを並べたプログラムへ。同じプログラムを前日はサントリーで、この日と翌日は東京芸術劇場で演奏する。少しずつ欧米メジャー・オケの定期演奏会のスタイルに近付けようという意欲が感じられる。ほぼ満席の入り。

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲にはブッフビンダーが登場。第1楽章冒頭のカデンツァは最弱音で開始。続くオケは対照的に堂々たる序奏。ppでも丁寧にフレーズを積み上げ、26小節目の同じフレーズの繰り返しでも徐々に大きくして響きを厚くする。29以降も同様に、息長くフレーズを積み重ねて58の頂点に達する。
 しかし、74から始まるソロはこれまでのオケの働きを無視するように軽いタッチで弾き始める。8分音符が3連符、16分音符と細かくなっても少しも緊張が高まらないまま流れてゆく。99〜100の左手の和音もfやsfはなく流してゆく。だから105以降の変ロ長調の部分も曲風が変わらない。152以降の左手のsfも不明瞭。159以降のffのアルベジオも薄い。それ以降の盛り上がりもほとんどないまま174のオケへ受け渡す。
 嬰ヘ短調に転じる204以降も大きな変化のないまま231以降の嬰ハ短調の部分へ続く。冒頭のカデンツァに戻る253以降も響きに力強さが足りない。
 オケの充実した響きとピアノの軽さとのギャップが埋まらないまま終わる。

 第2楽章はまだ彼の繊細なタッチが曲想に合うため、前の楽章ほどの違和感はない。引き締まった響きの弦とのコントラストも見事。
 第3楽章、ppでも重心の低い響きの弦に対し、11から入るピアノは左手の裏拍のアクセントが不明瞭でリズムの面白さが出ない。その後のオケの堂々とした全奏に背中を押されたか、さすがに45以降のソロは少し響きに厚みが出てきたが、タッチの軽さは変わらない。61以降もさらりと流してゆくので、80以降の第2主題とのコントラストが付かない。110以降のffの部分でも左手に少し力を入れるようになる。
 501に入るカデンツァや最後の全奏につなげる566以降の連打も、第1楽章よりは響いていたが、まだまだ物足りない感じ。
 オケを聴く限りでは遅めのテンポかと思ったが、ピアノのテンポがかなり速い。逆にこれに付けてゆくオケがよくこれだけ重心の低さを維持できるものだと感心。
 ブッフビンダーのピアノは、居間で葉巻でもくゆらせながらリラックスして弾いているみたいで、とてもオケと対峙しているように聴こえない。アンコールの「悲愴」ソナタの第3楽章では、節目節目で広がりのある和音を響かせていただけに、協奏曲でなぜそのような響きを使わないのか、不思議。

 マーラーの5番、HrとTpを木管の後方に1列に並べ、TbとTuはティンパニの上手側に配置。
 第1楽章、やや遅めのテンポ。Tpソロが安定した響きで、楷書のようなきっちりしたフレージング。13の最初の全奏はやや控え目。24以降のHrの下降音型もきっちり吹かせる。34以降の弦の第2主題も丁寧に弾かせる。付点4分音符と8分音符のリズムを、前半のベートーヴェンと同じように積み上げてゆく。60以降のTpソロも明瞭だが、アンサンブルを突き抜けるところまではいかない。
 変ロ短調に転調する155以降もTpソロはレガートを維持。189以降のHrの上昇音階も安定。194のPesante(重々しく)もあまり強調しない。225以降のHrは力強い響き。249の頂点も輝かしい。
 316以降のティンパニの3連符、2つ目が不明瞭。イ短調になってから頂点に達する369以降も充実した響きだが、破滅的な雰囲気ではない。最後のsfと指定されたVa以下のピツィカートがppくらいだったのにはびっくり。

 第2楽章、低弦がしっかりした響きで主題を提示する上を、5以降のTbの和音が、まるでジグソーパズルのピースをはめるように、きっちり挿入されてゆく。その後再三登場する21〜25の1Vのフレーズをしっかり聴衆の耳に刻み付ける。31以降、指揮者が身体全体をよじらせながら、弦が緊張を高めてゆく。
 ヘ短調に転調する74以降、今度は木管のフレーズが枠組みを作り、その中をVcが縫うように第2主題を提示する。
 一瞬ニ長調に転じる316の直前もテンポはほとんど変えない。
 428以降のTbとTuの下降音型に応える429以降の弦の響きは重厚だが、清潔な雰囲気。
 455以降の木管もニ長調の頂点(464)に向かってきっちり積み上げてゆく。
 最後の頂点に向かう539以降の弦の上昇音階も、アクセントを付けながらも丁寧に進めてゆく。終盤568以降の木管、3度の和音で刻むパートと下降音型のパートとをきっちり絡ませる。

 第2楽章の後にチューニング。最近では珍しいかも。

 第3楽章、冒頭のHrは飛び出す感じでなく、着実に3拍子を刻む感じ。指揮者も身体を踊るように揺らしながら、オケ全体をリズムに乗せてゆく。39以降のVaの刻みもレガート重視、あまりスタッカートを強調しない。楽し気な踊りも131以降の諭すようなHrソロで一段落。
 変ロ長調に転じる136以降は落ち着いているが、踊りたくなるのを抑えているような雰囲気。
 287以降何度か繰り返されるrit.はそれほど遅くしない。281などのフェルマータもさほど延ばさない。
 最初の主題に戻る前の429以降、各パートのフレーズをきっちり聴かせながら、息長く徐々に盛り上げてゆく。
 661のFlと1Vの鋭い16分音符の下降音型も尻切れトンボにせずきっちり最後まで響かせる。
 終盤の764以降少しだけテンポを上げるが、突進してなだれ込むのでなく、最後まで統制を崩さずに終える。

 第4楽章、少し速めか。2のmolto rit.は控え目。レガートを保ちながらもリズムが崩れないよう、どちらかと言えば淡々と進む。1回目の頂点に達する30も響きに広がりはあるが、枠の中に収める感じ。38以降の1Vも、いかにもf1つというコントロールされた音量。
 中間部、57のクレッシェンドも無理矢理な感じはない。主部に戻る直前、71のmolto rit.も控え目。
 72の1VとVaのグリッサンドは、慣例通り次の音符の直前に。最後の頂点の95以降も各パートの音の動きを一つ一つ積み重ねてゆくように降りてゆく。

 第5楽章、指揮者の合図なしにHrが始める。24以降のHrの主題も朗らかで心地よい。55以降のVcから始まる弦のアンサンブルも、雰囲気を変えず、むしろそれまでの流れを引き継ぐように進める。119や123の金管の和音も驚かすような感じはない。まるで136〜137のHrと1Vのユニゾンへ収れんしてゆくのを準備しているようだ。
 190以降頻繁に登場する第4楽章の主題も、パロディ的でなく、最初からこの楽章のパーツであるかのように、自然と挿入される。
 その後も堅実に進みながら、エネルギーをためていくような感じ。483以降の全奏や557以降の盛り上がりも不完全燃焼に終わらせ、結末はわかっていながらも、少々ヤキモキしてくる。
 687以降の長い坂道を昇った後の711以降も金管は、スコア通りまだfが1つ。730のfからのクレッシェンド(Hrはfffへ、Tpはppへ)でようやくパワー全開。747のmolto rit.は控え目な代わり、748のaccelerandoもさほど極端に速くしない。そのままインテンポで終わる。
 
 聴いている間はさほど遅くは感じなかったが、70分を超える熱演。一つ一つのフレーズをまずは丁寧に弾かせ、アンサンブルのバランスを決して崩さず、そこから突き抜けたり必要以上にギラついたりしないように、細部まで注意を行き届かせる。余計な思い入れを排し、スコアを忠実に音にすることに徹した、古典的な雰囲気すら感じさせるマーラー。

 元Hr奏者らしく、カーテンコールではTpでなくHrの首席を真っ先に立たせる。
 読響の響きがヴァイグレの示す音楽の方向性に早くも完全に適応しているように聴こえて頼もしい。来年3月の再来日が待ち切れない。

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