新国立劇場「トゥーランドット」(4回公演の初日)
○2019年7月18日(木)18:30〜21:45
○新国立劇場オペラパレス
○2階L5列2番(2階下手側バルコニー5列目)
○トゥーランドット=イレーネ・テオリン、カラフ=テオドール・イリンカイ、リュー=中村恵理、ティムール=リッカルド・ザネッラート、皇帝=持木弘、ピン=桝貴志、パン=与儀巧、ポン=村上敏明、官吏=豊嶋祐壹
○大野和士指揮バルセロナ交響楽団(14-12-9-8-6)、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブル、TOKYOFM少年合唱団
○アレックス・オリエ演出


歓喜の合唱が悲鳴に

  新国立劇場と東京文化会館は、「オペラ夏の祭典2019-20 Japan?Tokyo?World」と題して、2020年に向けて、日本を代表する各地の劇場と連携して、国際的なオペラプロジェクトを始めた。今年は「トゥーランドット」、来年は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を上演する。既に東京文化会館での公演は終わったが、この日から新国での公演が始まり、その後びわ湖ホールと札幌文化芸術劇場hitaruでも上演される。
 同じプロダクションを新国と東京文化会館で上演、新国主催公演としては初めて海外のオーケストラがピットに入るなど、新機軸満載のプロジェクトである。ほぼ満席の入り。
 世界への発信を意識しているだけあって、字幕もいつもの縦書きの日本語のものの下に横書きの英語のものも設置されている。

 幕が開くと、舞台中央で抱き合う2人の女性。上手奥からスキンヘッドの王子が登場、王子から見て奥側にいる女に目を付ける。それを何とか守ろうとする手前の女。しかし、王子は構わず奥の女に近づき、守ろうとする手前の女に平手打ちをして、さらってゆく。女の悲鳴に序奏が重なる。

 第1幕、舞台は凸の上半分の形の壁で天井まで覆われている。壁にはピラミッド型の階段でびっしり埋められている。中央が正方形の広場となっており、直方体のベンチが正方形上に並べられ、その中央に丸い円盤が天井を向いて置かれている。正面奥の壁には首の刺さった長い竿が何本も並んでいる。
 北京の民衆はアジア風の様々な民族の衣装をまとっているが、どれも薄汚れている。彼らを防弾チョッキを付けた黒人の兵士たちが警棒を振りながら鎮めようと躍起になっている。
 カラフたちは上手手前で再会。カラフとティムールはロシア兵士風のコート姿、リューはピンクの頭巾を被っているが、彼らも薄汚れている。
 首切り役人を呼ぶ合唱が冒頭のテーマで断ち切られると、正方形のの天井から、宇宙船からの光のような強烈な白い照明が床に向かって照らされる。
 両端の壁に子供の僧侶たちが並んで歌う。白い衣装に博士風の白い帽子姿。上下の階段が逆方向に置かれていて、上の子供たちが昇ると下の子供たちは降る、といった動きになる。階段で民衆などが動く場合も同様。
 白い光を放つ天井のさらに上が宮殿。下手からペルシャの王子が連行されてくると、徐々に宮殿が降りてくる。その壁にも階段風のギザギザ模様。
 トゥーランドットは中央の出入口から登場。白ー色に博士帽風の帽子、つまり子供たちと同じような衣裳。右手を外から内へ振って拒否のポーズ。
 ペルシャの王子は丸い円盤の上に頭を置いて押さえられ、兵士たちが取り囲む。首切り役人が斬首するや首を高く掲げて民衆に見せ、遺体とともに奥へ退場。
 その様子を上手端で見ていたカラフ、トゥーランドットへの愛を告白すると、ティムールは杖を落とす。リューが拾って持たせる。
 ピン、ポン、パンは乞食姿、一升瓶を飲み回しながら王子を止めようとする。
 侍女たち正面奥に並んで歌う。トゥーランドットと同じような衣裳。
 謎解きを止めさせようとするリューだが、中央に立つカラフから離れて上手で歌う。
 カラフはリューたちに別れを告げて中央の円盤を叩き、その上に立つ。円盤が首切り台と銅鑼の役割を果たす。

 開幕前は珍しく静かだったバルセロナ交響楽団だが、休憩中は普通にさらっていた。

 第2幕第1場、ピンたちとその部下たちは、正面中央に直方体のベンチを組み合わせて3段ピラミッドを作る。このときのピンたちは旧日本軍兵士風の格好。この場の後半になると、マスクを被った別の兵士が首切り台などに消毒液をかけて回っている。
 第2場では、正面奥から登場した博士たちが両端の壁の上方に並び、その下に子供たちが並ぶ。宮殿が床から3mくらいの高さまで降りてきて、白いヴェールを被った皇帝が登場。カラフに思いとどまるよう説得するが、あきらめると退場。
 女官の合唱は舞台裏で歌われ、入れ違いにトゥーランドットが登場。
 カラフはピラミッドを1段上がって1問目の問いに答える。2問目と3段目はピラミッドの2段目に立って答え、正解すると頂上の3段目に立つ。
 皇帝も登場し、宮殿の狭いバルコニーの上でトゥーランドットとやり取り。カラフからの問いを聞いたトゥーランドットは奥に下がる。

 第3幕、序奏の間に宮殿がゆっくり降りてきて、一番下まで降り切る。そうすると舞台の床がほとんど覆われてしまう。両端の壁の最も高いところに兵士が1対立つのみ。
 カラフは上手端で歌う。
 下手からピンたちが登場。白い衣裳姿でようやく彼らが皇帝の家臣たちであることがわかる。妖艶な女たちがカラフを誘惑し、動じないと見ると彼女たちが宝石を見せながら再度誘惑。
 下手からティムールとリューが連行されてくる。ピンたちは上手の宮殿と壁の隙間に立つ。
 姫が呼ばれると、宮殿の外枠だけが上がってゆく。白い正方形の舞台を天井から吊るされた白いヴェールが囲み、その中にトゥーランドットが立っている。紺色の衣裳。
 リューは頭巾を取られ、兵士に押さえられるが、姫に向かって「お聞き下さい」と歌うと、ヴェールが上がる。リューが舞台に上がるとトゥーランドットは恐れをなして上手手前に。リューは中央に立ってトゥーランドットに向かって歌い、足元に忍ばせていたナイフで首を刺して自害する。
 リューを呼ぶティムールに対し、カラフは肩に手をかけるが、ティムールは払いのける。何とか自力で立ち、カラフに帽子と杖を渡される。しかし、その後はカラフの助けを拒否して1人で退場。
 この間民衆は全て壁の階段のところに立っており、誰も下に降りない。民衆が退場してもリューの遺体も放置されたまま。
 カラフは後方から白い舞台に上がってトゥーランドットに迫る。2人のやり取りはリューの遺体を間に置いて繰り広げられる。ついに口付けされたトゥーランドットは、リューの遺体に寄り添い、彼女の頭を膝の上に置いたりする。
 そして、最後の場面、民衆が再び登場して皇帝賛歌を歌うが、皇帝は登場しない。トゥーランドットは立ち上がるが、床に残されたリューのナイフを見つける。それを隠し持ってカラフと手を取り合って前方正面に並ぶが、合唱が歌い終わったところで首を切って自害する。

 トゥーランドットはリューの行動に自分の取るべき道を悟ったのだろう。その一方で、愛に燃え命を賭して謎を解き、命を賭して謎を出し、愛の力で姫を勝ち取ったはずのカラフは、姫にもリューにも死なれ、父にも見放される。民衆の動きは抑え気味で、ただ傍観するばかり。カラフの孤独が際立つ。

 テオリンは迫力十分の声、安定した歌いぶり題名役にぴったり。イリンカイも力強い声と情熱的な歌いぶりで、こちらも適役。中村はすこし一本調子な歌いぶりだが、テオリンに向かって歌う場面には鬼気迫るものがあった。ザネッラートも泣かせる歌いぶり。持木は絶望感あふれる皇帝を表情豊かに歌う。桝、与儀、村上の3人も息の合ったアンサンブルで舞台を盛り上げる。
 3団体集まった合唱もよく揃っていて、豊かなハーモニーを聴かせる。第1幕で首切り役人を呼ぶ場面の最後のハイCisなど見事。FMTOKYO少年合唱団もみずみずしい響き。
 大野の指揮ぶりは精密さと爆発的な熱量とを両立させ、バルセロナ響もそれによく応える。第2幕で全問正解後の歓喜の合唱の後、通常はさらりと通り過ぎる皇帝讃歌が、長年の苦しみから解放された安堵を音楽にしたような、素晴らしい響き。こんなところでボロボロ泣いてしまった。

 このような世界レベルの公演が東京だけでなく地方でも聴けることの意義は大きい。早くも来年の公演が待ち遠しい。

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