東京二期会「サロメ」(4回公演の初日)
○2019年6月5日(水)18:30〜20:15
○東京文化会館
○5階L2列13番(5階下手側2列目中央やや舞台寄り)
○サロメ=森谷真理、ヨカナーン=大沼徹、ヘロデ=今尾滋、ヘロディアス=池田香織、ナラボート=大槻孝志、小姓=杉山由紀他
○セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響
(12-12-8-8-6)

○ヴィリー・デッカー演出


強力助っ人が舞台をリード

  東京二期会が「サロメ」を上演するのは2011年以来となる。今回はハンブルク州立歌劇場との共同制作。ヴィリー・デッカーの演出は「イェヌーファ」「トリスタンとイゾルデ」以来3回目。そして、今回は第10代常任指揮者に就任したばかりのセバスティアン・ヴァイグレと読響のコンビがピットに入るという強力な布陣となった。6割程度の入り。

 舞台には宝塚のような2つの大階段がずれて並んでいる。上手側は奥から三角形状に伸び、下手側はくの字型に折れ曲がっており、2つの階段の隙間が地下牢という設定。私の席からは奥が見切れてしまうのだが、プログラム掲載の写真によると、三角形の階段の奥に宮殿の入口があり、階段とそれを取り囲む壁は全て白。
 兵士たちの衣装は薄い灰色に鉄兜、ナラボートはつば付きの将校用の帽子、小姓は白の衣装に白い筒状の帽子。
 奥からサロメが登場してその姿に驚く。白の長袖ワンピースにスキンヘッド。後でわかるのだが、実はこの舞台で髪の毛を生やしているのはヨカナーンとナザレ人だけ。ユダヤ人たちも帽子を取ると頭のてっぺんは禿げているという設定。
 サロメはナラボートに向かってヨカナーンを地上へ出すよう求める。彼の目の前に立ち、下手に向かってゆっくり詰め寄りながら求める。ナラボートは階段を行ったり来たりして抵抗する。
 地下牢から出てきたヨカナーンは黒のマントに灰色のマフラーを首からかけている。月の光がまぶしいのでさまよいながら上手端の壁にたどり着いて顔を壁にくっつける。その様子を下手側の階段で遠巻きに見ていたサロメは上に昇って上手側に移り、そこから見下ろし、徐々に近付く。サロメの気配に気付いたヨカナーンは下手側へ逃れる。
 ヨカナーンの白い肌を称えるサロメはマントを引っ剥がす。しかし、拒否されると彼の体の上に投げ捨てる。次に髪を称えようと彼に近付き、マントを剥がし、頭を眺めてマフラーを取り上げようとし、ヨカナーンと綱引きになる。それも拒否されると、今度は口付けしようと、執拗にヨカナーンに迫る。
 その間にナラボートはサロメの目の前でナイフを胸に刺して自害するが、サロメの目線は彼の奥にいるヨカナーンに注がれている。
 この場面のオーケストラの音楽にゾクゾクする。サロメが歌う間は弦が官能的な響きが広がり、それに応えてヨカナーンが歌う間は管楽器と打楽器が乾いた響きで対抗する。
 ヨカナーンは自分の前にサロメを立たせ、客席の方を向かせて悔い改めるよう諭すが、彼女は聞く耳を持たない。
 ついにヨカナーンは地下牢へ戻ろうとする。上手側の階段の上方で息絶えているナラボートの服を整え、両手を胸の前に組ませてやる。その様子を見ていたサロメはナラボートが自害に使ったナイフを持ってさらに上から見下ろし、ヨカナーンを刺そうとするが彼ににらまれて果たせない。
 やがてヨカナーンは地下牢へ戻るが、黒いマントを残してゆく。サロメはそれを羽織って下手手前端にうずくまる。

 ヘロデは茶色の上着に黒のズボン、ヘロディアスも同じ色の上着に黒のタイトスカート。2人とも王冠を被っている。奴隷たちは兵士たちと同じ衣装だが、違いは頭に筒状の帽子を被っていること。
 ヘロデは奴隷の差し出した盆からワイングラスを取るが一緒に他のグラスもいくつか落してしまう。果物の盛られた銀皿を持ってこさせてサロメに勧めるが、拒否されると果物を階段の下に投げ捨て、銀皿も上手の階段の上の方に放り投げる。
 5人のユダヤ人たちはスーツ姿で帽子を被り、律法書を手にてんでバラバラに王に訴え始めるが、やがて下手手前に横1列になって座る。しかし、それも長続きしない。ナザレ人たちは下手階段の中央に立って新たな預言者の到来を知らせる。
 サロメはこれらの喧騒から逃れて上手階段上方に座っている。ヘロデから踊りを求められるとしばらくはその位置で拒否しているが、望みのものが得られると聞くと、降りてきて、ヘロデに向かい合い、下手に向かってゆっくり詰め寄っていく(ナラボートにヨカナーンを連れてくるよう求めたときと同じ動き)。これに対してヘロデは見苦しく動き回り、「王国の半分をやってもいい」のくだりではヘロディアスの王冠を奪ってサロメに与えようとする。

 サロメの踊りは、中央手前で黒マントを羽織って座った状態から始まるが、ヴェールを脱ぐシーンは全くなく、ヘロデを誘惑してははぐらかす動きを何度も繰り返す。終盤では2人が向かい合い、両手を広げて手を取り合うポーズとなるが、そこから離れて2人とも倒れる。
 この場面は同床異夢ということだろう。ヘロデはサロメをついに抱いたと錯覚しているようだが、サロメにとってはヨカナーンとの疑似セックスのつもりだろう。2人の思いが全く異なっている根拠として、倒れた2人の頭の位置が正反対になっている。
 
 ヨカナーンの首を求めるサロメは、ほぼ正面手前中央に立ったまま動かない。ヘロデはその周りをうろたえながら動き回る。ヘロディアスが先回りしてナーマンを呼び、上から徐々に降りてくる。ナーマンは両手に長剣を持ち、頭には赤い王冠を被っている。ナーマンとサロメに挟まれて、ついにヘロデは承諾する。
 サロメはナーマンから長剣を1本取って抱いて座る。ヘロディアスが銀皿を持ってくると、そこにヘロデから奪った指輪を載せる。ナーマンはもう1本の長剣を皿の上に載せ、サロメもさらに自分の持っていた長剣を載せる。ナーマンはその状態の皿を両手で持って地下牢へ向かう。兵士たちも続く。
 兵士の1人がヨカナーンの首を載せた皿を持って上がり、まずヘロディアスに渡す。ユダヤ人たちや奴隷たちは恐怖のあまり壁際にへばりついて固まってしまう。
 ヘロディアスから皿を受け取ったサロメは、下手階段の中央に座って手前に皿を置く。首をまじまじと眺めて歌った後、階段に置き、その横に黒マントを並べ、マントを抱きながら口付けする。
 ヘロデがサロメを殺すよう命じるが、兵士たちが下りてくる前に、サロメはナラボートが自害するのに使ったナイフで自分を刺す。

 ヴァイグレ指揮の読響が終始舞台をリード。サロメの官能性と変質狂的な振る舞いを際立たせ、ヘロデを襲う風の音楽では細かい音符をきちんと弾かせるなど、登場人物たちの性格をや場面の雰囲気を音楽で見事に表現。シュトラウス独特の響きも随所に聴かせる。
 森谷は踊りの後少し疲れが見えたが持ち直し、最後まで緊張感をもって歌い切る。大沼は高音が明るくかつ軽くなり過ぎる嫌いがあるが、前回も同じ役を歌っただけあって、慣れた歌いぶり。今尾も安定した響きで小心者の王を的確に表現。池田はこれら3人に比べると存在感が薄い。
 デッカーの演出は、モノクロ映画を観ているような感じ。色が付いていたのは果物とナーマンの王冠くらいか。この色彩感のなさが舞台で起きている出来事の異常性を際立たせる。

 二期会の歌手たちにとって、R.シュトラウスのオペラを歌うにはまだまだ力量が足りないと感じるかもしれない。しかし、強力な助っ人が揃えば、相当なレベルの公演ができることを今回も証明した。今後別の作品にもチャレンジしてほしい。

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