新国立劇場「魔笛」(6回公演の初日)
○2018年10月3日(水)18:30〜21:40
○新国立劇場オペラパレス
○3階4列13番(3階4列目下手側)
○タミーノ=スティーヴ・ダヴィスリム、パミーナ=林正子、パパゲーノ=アンドレ・シュエン、ザラストロ=サヴァ・ヴェミッチ、夜の女王=安井陽子、モノスタトス=升島唯博、パパゲーナ=九嶋香奈枝他
○ローラント・ベーア指揮東フィル
(10-8-6-5-3)、
新国立劇場合唱団
(18-18)
○ウィリアム・ケントリッジ演出


芸術監督のポリシーが鮮烈に

 モーツァルトの「魔笛」は、これまでも多くのアーティストを魅了してきた。有名な例としてはメトロポリタン歌劇場のシャガールやグラインドボーン音楽祭のホックニーといったアーティストが演出・美術を手掛けている。
 大野和士オペラ芸術監督が最初のプロダクションとして選んだのは、その「魔笛」を南アフリカ出身のアーティスト、ウィリアム・ケントリッジの演出・美術により、ブリュッセルのモネ劇場で2005年(=大野芸術監督時代)に初演したものである。
 9割程度の入り。

 舞台には本来のプロセニアムより一回り小さい、すなわちモーツァルトが生きていた時代のサイズのプロセニアムが置かれている。モノクロでオペラカーテン風の絵とともに木々が描かれている。
 その内側の緞帳もモノクロでカーテンが描かれているが、よく見ると目や頂点が下を向いた円錐なども見える。カーテンの手前上手側に壊れかけた長い脚立、下手側に岩のような形をしたキャンバス(書き割り?)らしきものが立てかけられている。2つとも本物が置かれているかのように立体的に描かれている。
 プロンプターボックスが上手と下手に二つ。

 序曲が始まると、緞帳に光の線が走る。星のように動いたり、天体望遠鏡、鳥、メトロノーム、19世紀のカメラといった様々な形になったりする。その合間に緞帳の手前には、19世紀後半の庶民の服装をした侍女たちが三脚付カメラで記念撮影などをしている。

 第1幕第1場、緞帳が開くと、手前と同じようなプロセニアムが奥にも続いている。これもモーツァルト時代の劇場風。ホリゾントもモノクロの絵で、両端に岩山、中央は板の間、奥は湖らしき風景で、対岸にはジェファーソン・メモリアルのような神殿が小さく見える。空には厚く雲がかかっている。
 タミーノは杖を持って下手から登場、アフリカへやって来た探検家風の衣裳。大蛇はホリゾントに光の線で描かれる。下手手前に気絶したタミーノに近寄る侍女たちは、彼の頭を揺さぶったり、両足と左足をそれぞれ持って引っ張ろうとする。夜の女王への報告のため下手へ去るが、その直前に正気に返ったタミーノは彼女を追おうとする。
 タミーノがカメラの横のハンドルを回すと、下手に鳥の映像が流れる。これもモノクロで、アニメと言うより反転させた影絵と言うべきか。下手からパパゲーノ登場。19世紀後半の庶民の衣裳で、先がYの字になった杖を持っている。笛は5本の筒の口を横から吹いてならすタイプで、しばしばかすれがちの音に。
 タミーノとパパゲーノが一番手前でやり取りの間、一つ奥の舞台にはベルトコンベアーがあり、それに乗って下手から侍女たち登場。パパゲーノのあごを杖の先のYの字に挟んで黙らせる。ベルトコンベアーに乗ってパパゲーノ上手へ退場。
 タミーノ、長方形の絵姿を見ながら下手で歌い、歌い終わると大の字に寝そべる。
 ホリゾントが開いて奥から夜の女王登場。侍女たちよりは明るい色の衣裳だが、髪の毛に多少キラキラする装飾を付けている以外、派手な出で立ちではない。アリアを歌う間、彼女の上方の星の輪からドーム状に星が降ってくる。
 侍女たちはカメラの中から魔笛を取り出してタミーノに与え、ハンドル付の箱を外してパパゲーノに鈴として渡す。五重唱で鈴のことを歌う場面ではオケの伴奏にもグロッケンシュピールが加わる。
 童子たちは影絵で登場。タミーノとパパゲーノはベルトコンベアーに乗って上手へ、侍女たちは下手へ退場。

 第2場、影絵でモノスタトスがパミーナを襲おうとする様子が描かれ、その手前、下から3段目の舞台に上手からソファ、追われてきたパミーナはその上で気絶。ピンクが混じったオレンジのワンピース。
 パパゲーノも影絵で神殿に入る様子が映された後、手前下手から登場し、上手から出てきたモノスタトスと遭遇。モノスタトスは黒塗りしていない。パパゲーノの「黒い鳥がいるから黒い人間がいてもおかしくない」というセリフは省略。
 パパゲーノとパミーナは3段目下手に座って二重唱。ホリゾントに三日月と満月のアニメ。2番になると2つは合体し、次第に大きくなる。歌い終わると下手へ退場。
 2段目下手から黒板に乗って童子たち登場。タミーノも下手から登場。童子たちは上手に黒板を残して退場。神殿の門は影絵で表現。弁者は3段目上手から登場、黒板に手を掛けながら歌う。
 タミーノが笛を吹くとホリゾントにサイの影絵。喜んで踊ったりひっくり返ったり。パパゲーノの笛を聴いて上手へ退場。
 パパゲーノとパミーナが下手からベルトコンベアーに乗って登場。下手から現れたモノスタトスに見つかる。短い棒で襲いかかろうとするが、鈴が鳴ると棒が重くて持ち上げられなくなり、プロセニアムから奴隷たちが顔を出して歌う。
 ファンファーレが鳴ると左右から人々が登場、パパゲーノは下手手前のプロセニアムに隠れる。
 ザラストロは19世紀後半の紳士風。モノスタトスが罰を言い渡されると群衆の間をかき分けるようにして下手奥へ退場。タミーノとパパゲーノは頭に袋を被せられ、僧侶たちが奥へ連れ出す。パパゲーナはザラストロに促されて下手へ退場。

 第2幕、上手手前に黒板。序奏が始まるとザラストロが登場して三角定規で作図を始める。緞帳にもカメラの原理を説明する図(レンズを中心に下手側の円錐が上手側に逆さまになって拡大されて映される)が光の線で描かれる。
 第1場、緞帳が開くとバラバラに座る僧侶たち。王立地理協会のメンバーという設定らしい。下手と中央奥にも黒板。ザラストロのアリアでホリゾントにアフリカを探検する白人たちのモノクロ映像が少しだけ流れる。
 第2場、タミーノとパパゲーノが僧侶たちに導かれて2段目下手から登場。パパゲーノは後方の僧侶にもたれかかりながら出てくる。沈黙の試練を課され、僧侶たちが去ると、天井から水の落ちる音。2段目に侍女たち登場し、逃げ出すよう促すが、雷が鳴ると退場。パパゲーノ気絶。僧侶に促されてもなかなか立ち上がらない。
 第3場、3段目下手にソファ。その上で眠るパミーナ。その奥からモノスタトス、アリアを歌いながら手を出そうとする。
 下手から夜の女王登場。モノスタトスは下手手前から退場。女王がアリアを歌う間、第1幕と同じような満天の星に。パミーナにナイフを渡して去る。
 悩むパミーナに下手からモノスタトスが迫り、ナイフを奪って刺そうとするところを上手から登場したザラストロに救われる。モノスタトスは上手へ走り去る。セリフ「夜の女王のところへ行こう」は省略。
 ザラストロ、パミーナの肩に手を掛けてアリアを歌う。なぜかホリゾントに第1場で一瞬映されたアフリカ探検の映像や、サイを撃って捕らえる映像が流れる。ザラストロの国の偽善を暗示?
 第4場、下手からタミーノとパパゲーノ、3段目下手から黒板に乗った童子たちが登場、笛と鈴を返す。タミーノが吹く笛のメロディは同じモーツァルトでもフルート四重奏曲第1番の第2楽章。下手からパミーナ登場。タミーノ、背を向けて沈黙を守る。パパゲーノも童子たちに与えられたサンドイッチをくわえて答えない。
 パミーナが下手へ退場した後、ファンファーレが鳴る。2回目のファンファーレで黒板にライオンの影絵、3回目のファンファーレでギロチンが描かれ、2人は慌てて上手へ退場。
 第5場、僧侶たちの合唱に続いてザラストロ登場。上手からタミーノ、下手からパミーナ登場し、別れの三重唱。
 第6場、最奥下手からパパゲーノ登場、手前に出てきて下手へ、続いて上手へ進もうとするが、いずれも「下がれ!」の合唱に遮られる。僧侶が登場、パパゲーノはワインを希望。すると、ホリゾントにワイングラスの絵、傾くとワインが流れ出てくる。パパゲーノ、満足して上手手前に座ってアリア。ホリゾントに鳥や食卓が描かれる。下手からパパゲーナが踊りながら登場。パパゲーノが握手すると白いマントを脱いで薄緑のドレス姿に。しかし、2人は僧侶に引き離される。
 第7場、3段目下手から黒板に乗って童子たち登場。パミーナは上手から登場。童子たち、背後から近付いてパミーナをなだめる。
 第8場、2段目両端に黒板、下手側に火、、上手側に水のアニメ。上手からタミーノ、下手からパミーナ。2人が手前中央で手を取り、最後の試練へ。火の試練では舞台全体に火のアニメが映し出され、3段目まで2人は上がってゆく。水の試練では水のアニメになり、2人はさらに奥へ上がってゆく。
 見事試練をくぐり抜けると下手から人々が現れ、2人も彼らに囲まれて上手へ退場。
 第9場、さまようパパゲーノ。3つ数える間にホリゾントでは絞首台ができる。しかし、童子たちに教えられて鈴を鳴らすと絞首台は粉々になり、下手から黒板の上に寝そべったパパゲーナ登場。ベルトコンベアーに乗ってそのまま上手へ。
 二重唱は黒板を挟んでパパゲーノとパパゲーナが歌い、童子たちが黒板から顔を出すと鳥の胴体や卵が割れて次々と小鳥が飛び立つアニメが映し出される。
 第10場、下手から女王、侍女たち、モノスタトス登場。雷が鳴ると下手へ退場。
 第11場、人々が集まり、中央にザラストロ。手前両端からタミーノとパミーナが現れ、2人は中央で抱き合い、奥へ向かってゆっくり昇ってゆく。パミーナのドレスの裾がずーっと手前まで伸びる。ホリゾント中央には神殿が映し出されているが、最後の合唱の間に目に変わり、そこから光が放射。

 場面転換はほとんど白い線や点によるアニメをホリゾントやプロセニアムに映し出すことによって行われる。すなわち、モノクロだが線の動きで効果的に各場の雰囲気を伝えることに成功している。また、時折使われる影絵とのコントラストも面白い。しかも、映像が舞台上の人物に被らないよう、うまく調整されている。

 ダヴィスリムは出だしこそ少し響きが不安定だったが、次第に声が伸びるようになり、第2幕では堂々たる歌いぶり。林は時折ハッとさせる歌を聴かせる反面、響きに少しムラが見られるのが惜しい。シュエンは明るい声で堅実な歌いぶり。ヴェミッチは歌い出しの高音がずり下がりがちで心配したが、2幕では落ち着いた響きに。安井はアリア2曲とも安定感抜群の歌いぶりで、見事。升島も鋭い声で舞台を引き締める。3人の侍女たち(増田のり子、小泉詠子、山下牧子)もしっかり脇を固める。3人の童子たちは女性歌手たちだったが、やっぱり少年の方がいい。
 合唱は控え目ながらも存在感のある響き。

 ベーアの指揮は古楽風のフレージングで全体的に速いテンポ。その一方で、「おいらは鳥刺し」の3番でテンポを落とすなど、歌の内容に応じた細やかな解釈も聴かせる。ただ、小編成の弦の響きは物足りない。
 他方打楽器が大活躍。オケピットの上手端後方に置かれた巨大な鉄板が雷を鳴らし、火や水などもお芝居で使うような効果音で対応。また、ピアノ(フォルテピアノ?)でセリフ部分にもしばしばレシタティーヴォ風の伴奏が入る。

 誰でも知っている名作を誰も観たことのないような演出と、誰も聴いたことのないような演奏で。早くも大野監督のポリシーが鮮烈に伝わってくるプロダクションになった。

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