フランツ・ウェルザー・メスト指揮クリーヴランド管
○2018年6月2日(土)18:00〜20:00
○サントリーホール
○1階14列5番(1階14列下手側)
○ベートーヴェン「プロメテウスの創造物」序曲、同「交響曲第1番ハ長調」Op21(約26分、繰り返し全て実施)(12-10-8-6-4)
 同「交響曲第3番変ホ長調」Op55(英雄)(約45分、第1楽章提示部繰り返し省略)
(18-16-11-11-8、配置はいずれも下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)

生き続けるセルのDNA

 今年はウェルザー・メストの年になるのだろうか。2回の来日が予定されており、まずは2002年から音楽監督を務めるクリーヴランド管を率いて、ベートーヴェン・ツィクルス。9割程度の入り。

 1V12人。近年のベートーヴェンは古楽奏者の影響か、このような小編成での演奏が目立つ。しかし、対向配置にしていないところがメストのこだわりか。

 通常の交響曲ツィクルスであれば、初日は1番と3番を並べて終わり、というプログラムが圧倒的に多いが、その前に「英雄」と関係が深い「プロメテウスの創造物」の序曲を入れるところが心憎い。冒頭こそメストにしては珍しい落ち着いたテンポだったが、17小節目以降の主部に入るといつもの一気に疾走するテンポに。そして、101以降と217以降の2つの頂点に向けて、音楽を造り上げてゆく。いつもながら隙のない演奏。

 1番は第1楽章冒頭から速い。8や10の和音の連続も、テヌートをかけながらも畳みかけるように弾かせる。34の弦のsfはVa以下を特に強調。低弦がリードする76以降は柔らかい響きになるが、徐々に盛り上がる。しかし、頂点はfの88ではなくffの94。楽譜通りとは言え、この差を明快に示せるところがメストらしい。162以降、弦と木管でやり取りする場面で緊張が高まる。
 終盤281以降の金管の上昇和音もバランス良く収まっている。第1楽章が終わったところで少し長めの間。
 第2楽章、Va以下が加わる7以降で指揮者の唸り声が聞こえる。これもいつものことだが、速いテンポで大きなフレーズの枠を作り、その中で歌わせたり細かな表情を付けたりしている。
 第3楽章、ここでも11,15,17のfと19のffの区別を明確に付ける。トリオも快速テンポでぐんぐん進む。
 第4楽章、2〜3の16分音符、32分音符のリズムと4の16分音符の3連符とのリズムの違いもはっきり弾き分ける。主部に入ると74の頂点に向かって一気呵成に進んでゆく。146のffもそこからクレッシェンドする演奏もちらほら見受けるが、前のfとの違いを強調し最初から全開のff。237,239のフェルマータもほとんどかけず、息付く暇も与えず次のフレーズへ。
 最後までテンポは落ちないのに全くせかせかした感じがないのは、各パートの響きががっちりまとまっていて、人数以上に豊かな響きを生み出しているから。

 休憩から客席に戻ってきて驚いた。前半と打って変わって、ステージ一杯にメンバーが並んでいる。弦は1Vは18人を筆頭にほぼフルメンバーだろう。木管も倍管。まさか、曲によって編成を変えるとは思いもよらなかった。

 後半は天皇皇后両陛下もご鑑賞。

「英雄」第1楽章、冒頭からさすがに厚みのある響きになるが、引き締まり具合に違いはない。テンポは速いなんてものではない。白馬に乗り、先頭を切って敵陣に乗り込んでゆくナポレオンの姿が見える。
 終盤661以降のTpは楽譜通りで、Bは1オクターブ上げない。それでもアンサンブル全体の高揚感にはいささかも影響がない。675のffで頂点に達する。
 第2楽章もテンポは速いが、Cbの32分音符のフレーズは明確。メロディが木管から弦に移る16以降でまた唸り声。60の木管+Hrの和音が圧倒的。倍管の効果抜群。ハ長調に転じる69以降もテンポを落とさずに進む。114以降の二重フーガでもテンポは変わらないのに、響きはぐんぐん厚みを増してゆく。一段落付いた後に低弦がffで鳴らす158でも響きは豊かで、力ずくの感じは全くない。
 第3楽章、文字通り騎馬団の疾走だが、軽やかな雰囲気。トリオのHrのアンサンブル、さすがに第2Hrの動きが不明瞭。
 間髪入れず第4楽章へ。7以降もテンポを落とさず一気に11のフェルマータへ。119以降のフーガでさらに推進力が高まる。通常スタッカートで演奏される159〜160の1Vのフレーズ、なぜか160はレガート。高速テンポの中で192以降のFlソロ、お見事。350のフェルマータまで息付く暇がない。それ以降少し落ち着くが、フィナーレに向けたエネルギーをためているようにも聴こえる。376以降のVの付点のリズムが研ぎ澄まされた響きで快感。その一方で、419以降のVとVaがこの日最高の輝かしい響きを奏でる。

 引き締まった響きの中にも優美さを失わない弦、しっかり主張しつつも枠の中にきちっと収まる管。そしてどんな指揮者の厳しい要求にも乱れないアンサンブル。ジョージ・セルが音楽監督を務めていた時代のメンバーはさすがにもういないはずだが、彼がこのオケに伝えたDNAのようなものが今でもしっかり受け継がれている。
 そんなオケにメストはピッタリの指揮者であることをこの日も私たちに見せつけた。1991年にカーネギーホールでロンドン・フィルによる「田園」「運命」を聴いて以来、彼の演奏スタイルは微動だにせず、さらに研ぎ澄まされたものとなっている。そんな彼のスタイルをクリーヴランド管は十二分に受け止め、応えている。当代最高のコンビの一つと言って間違いない。

 オケを解散した後も拍手は鳴り止まず、メスト1人が呼び出される。これこそ、日本のファンに巨匠と認められた証である。ツィクルスの大成功が既に見えている。

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