バイエルン国立歌劇場「タンホイザー」(3回公演の2回目)
○2017年9月25日(月)15:00〜19:55
○NHKホール
○2階C14列31番(2階14列やや上手寄り)
○タンホイザー=クラウス・フロリアン・フォークト、エリーザベト=アンネッテ・ダッシュ、ヴォルフラム=マティアス・ゲルネ、ヴェーヌス=エレーナ・パンクラトヴァ、領主ヘルマン=ゲオルク・ツェッペンフェルト、ヴァルター=ディーン・パワー、ビテロルフ=ペーター・ロベルト、ハインリヒ=ウルリヒ・レス、ラインマル=ラルフ・ルーカス他
○キリル・ペトレンコ指揮バイエルン国立歌劇場管
(14-12-10-8-7)、
同合唱団、テルツ少年合唱団員
○ロメオ・カステルッチ演出


矢が導く救済物語

 バイエルン国立歌劇場が来日。前回は東日本大震災の年で来日そのものが危ぶまれたが、早いものでそれからもう6年経つ。思わぬ形で震災を振り返り、その復興ぶりに思いを馳せる。9割以上の入り。

 舞台には白い紗幕が下ろされ、裏から白い光が当てられている。客席が暗転になっても明るく光っている。
 紗幕の上手下方に1本の矢。序曲が始まると、影絵の弓手が現れ、その矢を取って消える。紗幕が上がると12人の女性の射手たち。長い髪を後ろで束ね、上半身裸(のようだが暗くてよく見えない)。彼女たちは横1列に並び、ホリゾントに映し出された目を目掛けて矢を射る。一旦止めて客席に背中を向けて座り、束ねていた髪バンドを外す。その間にさらに12人の射手が加わる(後の12人はレオタードを着ているようだ)。今度は24人が横1列になってさらに矢を射続け、目とその周りはやがて刺さった矢でいっぱいになる。
 パリ版を採用。序曲からヴェーヌスベルクの音楽に移ると、目の映像は左耳とその周りの絵となり、さらにバラの花と茎のデッサンとなる。
 矢を全て射終わるとまず後から来た12人が退場、残った12人の弓を1人の射手がまとめ、天井から下ろされたひもにまとめる。弓は引き上げられ、吊された状態で残っている。

 第1幕第1場、射手たちが去ると、中央に肌色の肉の塊が乗っかった横長の台。台の下手端にヴェーヌス。塊の上から顔を出している。彼女の周りに全身肌色の人たちが控え、ときどきゆっくり動く。
 その後方に白い壁、中央に丸い板、女の体形の穴が空いている。その手前に3段の表彰台のような階段。タンホイザーはそのあたりに立っている。
 竪琴も弓型。
 タンホイザーが1回目のヴェーヌス賛歌を歌うとで、穴から木の枝がはみ出てくる。2回目のヴェーヌス賛歌で、タンホイザーは両手を広げ、肉の塊をつかんで歌う。肉はスライムのように垂れ下がる。
 丸い板が上がると、奥に射手たちの踊りが見える。その後洞窟に変わり、射手たちが行き来する中、タンホイザーも中に入ってマントを羽織って出てくる。
 いよいよタンホイザーがヴェーヌスベルクに別れを告げると、太陽が手前中空に下りてきて紗幕も下りる。
 第2場、中央に牧童が立つ。下手手前にタンホイザーがうずくまっている。ホリゾントに小さな月。太陽はそのまま。
 巡礼団は上手奥から手前へ移動し、大玉転がしに使うような大きな金の岩をみなで持ち上げながら下手へ移動。巡礼団が下手へ退場すると、教会の鐘が鳴る。手前の太陽は上に消える。
 狩のホルンが鳴ると牧童は下手へ退場、ホリゾントに金環食の太陽のような円が下りてくる。男の右肩のアップの画像、女?の手が首にかかっている。縁から30センチくらい中に入ったあたりにダニのような黒点。それが時計回りに回っている。
 上手からヴォルフラムたちが鹿の獲物を引きずりなから登場。ヴォルフラムだけ顔を見せているが、ヘルマン始め他の者たちは帽子をかぶり、目隠しのような仮面を付けている。
 下手端の男に気付き、マントを開けると一同、タンホイザーであることに驚く。ヴァルターたちが獲物と同じようにタンホイザーが乗ったマントを下手から上手へ引きずってくる。何だかコミカル。そこへ吊された弓が降りてきてタンホイザーが背負う。
 仲直りを望んでいると知って、ヘルマンたちは帽子を投げ捨てる。
 タンホイザーが立ち上がると弓も再び上がる。ヘルマンは自分のマントを裏返してタンホイザーに着せる。再会を喜ぶ一同、獲物を置いたまま上手奥へ退場。下手から牧童追いかけてきて中央で遠くを眺める仕草。太陽の手前に目が描かれた小さな円が下りてくる。

 第2幕、手前、中央、奥に白いカーテンが下ろされ、場面に応じて開いたり閉じたりする。中央手前に女性の板が建てられている。第1幕第1場の円形の板からくり抜かれたもののようだ。エリーザベトはそのそばに立って歌う。
 下手からタンホイザーとヴォルフラム登場。タンホイザーを送り出した後も、ヴォルフラムは下手手前端にずっと立っている。タンホイザーとエリーザベトはカーテン越しに二重唱。下手後方には女性のダンサーが3列に座って並び、ゆっくりした動き。エリーザベトがタンホイザーへの思いを歌う間、タンホイザーは彼女から離れてダンサーたちのところへ行って戻ってくる。
 ヴォルフラムはエリーザベトを諦めるソロを歌ってから退場。
 タンホイザーとエリーザベトはカーテン越しに手をつないで二重唱を歌い、終わると退場。
 ヘルマン、上手奥から椅子を持って登場、中央に座る。その後ろからエリーザベトが再登場し、ヘルマンの傍らに立つ。エリーザベトは自分の歌が終わると、ヘルマンの歌も聴かずに下手奥へ退場。
 ファンファーレが鳴るとヘルマン退場、奥から白マント姿の男女が現れる。2列目のカーテンは両端で丸められてくるくる回る。中央に半透明の板で覆われた立方体が置かれ、上に弓形の竪琴とバラー輪。その横にヘルマンが立ち、立方体の後方に騎士たちが肩を組み合って円陣を作る。全員白の衣裳。
 ヘルマンが歌う間、第1幕第1場に登場した上半身裸の射手が立方体の上の竪琴を取って下手手前の床に置く。この間射手を見続けていたのは言うまでもない。
 ヘルマンが歌合戦のお題を告げると、下手端に立つ4人の小姓を除き、全員仰向けに寝る。女性たちは足型の靴を脱いで床に置く。
 テルツ少年合唱団員の小姓たちがヴォルフラムを呼ぶ。完璧なハーモニー!
 ヴォルフラムがバラの花を持って歌い始めると、立方体の正面にはKunst(芸術)と表示される。タンホイザーがバラを奪って反論すると表示は消える。歌っている途中でタンホイザーはバラを落とす。
 ヴァルターがバラを拾い上げて歌い始めると、立方体の正面にはTugend(美徳)と表示される。これにタンホイザーが反論すると表示は消え、たこの足のようなものが中でうごめくのが見える。
 ビデロルフが歌い始めると、立方体の正面にはWaffe(武器)と表示される。これにタンホイザーが反論すると表示は消え、たこの足のようなダンサーの動きが激しくなり、画面が黒く汚される。
 エリーザベトは歌合戦が始まる前は下手端に立っていたが、ヴォルフラムが歌い始めると下手へ退場。ビテロルフの歌の頃に上手から戻って上衣を脱いで床に置く。そこには女性の後ろ姿の裸体がプリントされている。
 平静を失ったタンホイザーはその上衣を拾い上げてヴェーヌス賛歌を歌い始める。
 激高する人々をエリーザベトが制する。タンホイザーは上手手前でうずくまっている。下手端で矢を構えるヴォルフラム。エリーザベトはそこから矢を取って、歩きながらタンホイザーに近付き、彼の背中に刺す。エリーザベトが下手に戻ると、射手がカーテンを赤いひもで束ね、ひもの先をエリーザベトに持たせる。
 一同一旦退場。足型の靴が舞台のあちこちに置かれたままになっている。しばらくすると一同は黒衣に着替えて戻ってくる。着替えていないのはエリーザベト、タンホイザーとヴォルフラム。
 タンホイザー、矢を抜いて巡礼へ向かう。ー同奥へゆっくり下がってゆくと、目が描かれた小さな丸い板がに目が手前の天井から下りてくる。

 第3幕、中央手前の空中に矢が吊されている。紗幕が上がると、その奥に横一面に張られたカーテンが天井から少しだけ下りた状態。
 中央にMariaと書かれた立方体の台、その上に足型の靴。その上手側に跪いてエリーザベト祈る。両端に黒い箱型ベンチが置かれ、下手のベンチのあたりにヴォルフラム。
 ホリゾントに丸い穴が空いている。その奥に巡礼者たちが通るのが見える。彼らは歌いながら上手奥から手前へ移動し、さらに下手へ移動。各人、小さな金の石を持つが舞台全体が暗く、罪を許されたはずの彼らにも明るい光は当たらない。
 巡礼者たちが通り過ぎると、中央にはKlaus,Annetteと書かれた棺が横に並ぶ。タンホイザーとエリーザベトの棺のつもりだろうが、なぜか演ずる歌手たちのファーストネームが記されている。祈りと自己犠牲の歌を歌い終わると、エリーザベトはAnnetteの棺の上に横たわる。その間に下手奥からタンホイザーが現れ、Klausの棺の後ろに立つ。
 ヴォルフラムがタンホイザーに気付いて声をかけると、タンホイザーは下手手前のベンチまで来る。両端から遺体を乗せた台車が運ばれてくる。エリーザベトは立ち上がって上手のベンチへ移動し、タンホイザーたちの方を向いて座る。棺の上に2人の遺体が乗せられる。
 タンホイザーがローマ語りを始めると、ホリゾントの上方にドイツ語の字幕が表示される。「1秒過ぎ…」に始まり、1時間、1日、1ヶ月と経過してゆき、1年から先は10倍ずつ増えていって、最後はMilliarden(10億)の5乗(=10載)に達する。その間、2人の遺体は時の経過に合わせて?取り替えられる。だんだんひからびていって、お腹が膨らみ、ミイラ状になり、骨になり、最後は砂のような粉になる。
 ヴェーヌスベルクを探すタンホイザー。ホリゾントの丸い穴の奥で射手たちが踊っている。ヴェーヌスの声は舞台裏から。
 エリーザベトの犠牲が告げられると、棺の手前に小さな台が運ばれる。人々は棺の後に並ぶ。エリーザベトが立ち上がり、自分の棺の上の粉になった骨をすくい上げ、手前の台の上に落としてゆく。タンホイザーも続いて同じように骨を手に取り、エリーザベトの骨の上に落としてゆく。そして人々の中へ消えてゆく。手前の中空に浮かぶ矢が金色に光る。

 カステルッチの演出を読み解く上で鍵となるアイテムは矢である。ヴェーヌスベルクの女射手たちが使うと男を誘惑する武器となり、ヴォルフラムが放てば文字通り人を殺す武器となるが、エリーザベトが手にすることでタンホイザーを救済する慈愛の象徴となる。愛欲に溺れた男の救済物語を、ときにはユーモアを交えながら、一方的にキリスト教側に肩入れすることもなく見せる。エリーザベトの自己犠牲すら、気の遠くなるような年月を経ないと実現しない。一方の正義に過度にこだわることが果たして真の問題の解決なのか、我々に問いかけている。

 指揮者が変わればオケも変わるとよく言うが、ペトレンコは正にこの言葉を実感させてくれる。序曲冒頭から8小節単位のフレーズであるという、ごく当たり前だがつい忘れがちのことを奏者だけでなく私たちにもさりげなく再確認させながら音楽が進む。最初の主題が戻ってきて弦が細かいフレーズを繰り返すところでも1音1音正確に刻ませる。第3幕序奏の弦の速いフレーズも同様。それでいて杓子定規なところが全くなく、速めのテンポで滑らかに音楽は進む。重要なライトモチーフはしっかり浮かび上がらせ、歌手とのバランスに常に気を配り、鳴らすところは思い切り鳴らす。特にティンパニがメリハリを付ける上で大活躍。
 合唱は第2幕では声がこもりがちだったが、第3幕ではのびのびとしたハーモニーに。「オケと合唱が他の歌劇場に比べると聴き劣りする」と長らく評価されてきたバイエルンをここまでの水準に引き上げた指揮者の功績は大きい。カーテンコールで歌手たちと並ぶと小柄に見えるのだが、内に秘めた音楽の力はとてつもない。ベルリン・フィルの首席指揮者も務め、ドイツの南北を代表するオケと歌劇場を担う彼が、今後どんな演奏を聴かせてくれるのか、目が離せなくなった。

 フォークトは独特の甘い声質が、新しいタンホイザー像を示す。暗い性格で引きこもりがちなのでなく、優しい性格だが誘惑に弱い、より私たちに身近なタンホイザー。ダッシュは気品のある声で、こちらはエリーザベトにぴったり。ゲルネは影のある声だが誠実さを感じさせる歌いぶり。パンクラトヴァは力強さと妖艶さを兼ね備えた声で、ヴェーヌスを好演。ツェッペンフェルト始め他の歌手たちも手堅い歌いぶり。

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