東京二期会「ばらの騎士」(4回公演の2回目)
○2017年7月27日(木)14:00〜18:05
○東京文化会館
○3階R2列19番(3階上手バルコニー、ほぼ中央)
○元帥夫人=森谷真理、オクタヴィアン=澤村翔子、ゾフィー=山口清子、オックス男爵=大塚博章、ファニナル=清水勇磨、ヴァルツァッキ=升島唯博、アンニーナ=増田弥生、テノール歌手=前川健生他
○セバスティアン・ヴァイグレ指揮読響
(14-12-10-8-6)、
二期会合唱団、NHK東京児童合唱団
○リチャード・ジョーンズ演出


終わり良ければ総て良し

 二期会は今年創立65周年、財団創立40周年の節目の年に当たる。これらを記念して夏は「ばらの騎士」が取り上げられる。グラインドボーン音楽祭との提携公演で、東京のほか名古屋、大分でも上演される。本日はBキャストの初日。7割程度の入り。

 舞台の幅はグラインドボーン劇場に合わせた寸法らしく、いつもより少し狭め。
 第1幕、リチャード・ジョーンズの演出ということで序奏の間から何かあるんじゃないかと心配したが、幸い幕は下りたまま。やれやれ、とホッとしたのも束の間、幕が上がるといきなり舞台中央にシャワールーム。夫人がシャワーを浴びている。さすがに全裸ではなくレオタードを着ているが柄が裸なのでドキッとする。やっぱり油断ならない。
 シャワールームの手前は舞台の奥行きの4分の1ほどの狭いスペース。シャワールームの真上に時計、8時半を差していて、普通に動く。これらを挟むように上手に夫人、下手に元帥の肖像写真が掛かっている。両端に扉。
 シャワーを浴びている間オクタヴィアンはすぐ外で待っているが、下手の扉を薄く開けてモハメッドも覗いている。黒人だが子供でなくオクタヴィアンと同じ年頃と思われる青年。すぐに姿を消す。オクタヴィアンもバスロブ姿なので2人の絡みはレズっぽく見える。
 舞台横幅の3分の2以上はあろうかという長ーいソファを下手から召使たちが運ぶ。朝食を運んでくるモハメッド、夫人が使ったスポンジの匂いを嗅いだり、身体を拭いた後のタオルをこっそり持ち出そうとするが夫人に見破られて返す。
 元帥が帰ってきたと思った夫人はオクタヴィアンを上手のクローゼットで隠れさせる。オクタヴィアンはクローゼットからメイド服を持ってきて一旦ソファに置き、シャワールームの上手側の影で着替えて出てくる。
 オックスはシャワールームの下手側奥から召使たちを引きずるように登場し、上手にいたオクタヴィアン(マリアンデル)を突き飛ばす。オックスは狩猟服、茶色のリュックを下げている。中からゾフィの肖像写真を取り出してソファに置く。空のリュックはソファの後ろに放り投げる。オクタヴィアンは朝食の乗ったワゴンを片付けようとするがリュックが邪魔で通せない。足でソファの下に押し込んで出て行こうとするが、オックスに呼び戻される。オックスが下手手前端で女癖の自慢をしていると、ソファの後ろでじゃれ合う夫人とオクタヴィアン。夫人は上手奥からオクタヴィアンの肖像写真を持ってこさせて、ゾフィの写真の下手側に並べて置く(何て意味深な!)。その奥に立つマリアンデルを見て、「瓜二つ」と驚くオックス。
 来客たちが入ってくると、召使たちがソファを180度回転させ、それに合わせて客たちも動く。最後に入ってきたテノール歌手、下手端で歌い始める。みな離れて聴いているがレオポルドだけはすぐ隣りで聴いている。歌い終わり近くになると客たちが歌に惹き込まれるように前のめりになる。夫人の拍手を合図に他の者たちも拍手。
 ソファがさらに180度回転。オックスは公証人たちと舞台手前で打合せしている。テノール歌手は今度は上手端に立って歌う。オックスが公証人に怒りをぶつけて歌手の歌を中断すると、ボクサーよろしくパンチを繰り出す仕草。
 客たちが去り、オックスも退場すると夫人1人ソファに。と思ったらなぜかそのすぐ後ろにスーツ姿の老紳士が座ってメモを取ろうとしている。オクタヴィアンが戻ってくると紳士も退場。
 長いソファの両端に座る夫人とオクタヴィアン。別れを告げてもしばらくそのまま立っていて、ようやく意を決して立ち去る。
 銀のばらをモハメッドに託す夫人。頭を撫でられてついその気になって夫人を見つめるモハメッドだが、執事に肩を叩かれて我に返る。召使たちが退場して1人になると、夫人は客席に背を向けてソファに横たわる。

 第2幕、開幕前から両端に1人用ソファが向き合って置かれているのが見える。緞帳が上がると、やはり奥行きの4分の1ほどのスペースに壁が仕切られ、その前でゾフィが支度中。女中頭の指示で眼鏡を外され、靴をあれこれ履き替えたり、装飾品もあれこれ試したり忙しい。その間に下手にある扉が何度も開けられてマリアンネが状況報告。扉のすぐ上手の壁に病気で亡くなったゾフィの母の写真。
 
オクタヴィアンの到着が知らされると壁が上がり、広間となる。奥に外へ続く踊り場。その壁は金色に装飾され、その中から"FANINAL"の文字が浮かび上がっている。
 ゾフィたちは広間の上手側に縦1列に並ぶ。オクタヴィアンは踊り場の下手側から登場し、中央手前で正面に向かって歌い始める。マリアンネに促されてゾフィはオクタヴィアンの隣りに立つ。互いに向き合わないままオクタヴィアンがばらをゾフィに渡す。匂いをかいでうっとりするゾフィ。オクタヴィアンも鼻をばらに近付けて匂う。そこで2人向かい合い、匂いに酔うようにフラフラし始める。
 椅子が運ばれ、上手にゾフィ、下手にオクタヴィアンが客席を向いて座り、2人の間にマリアンネが客席に背を向けて座る。話が盛り上がるとゾフィが立ち上がったり、オクタヴィアンがゾフィの席まで行ったりするのをマリアンネが鎮める。
 オックスが家来たちを引き連れて登場。上手手前で右腕を出してひざまずくゾフィ。その手を下品に触られて初めてオックスの顔を見、後ずさり。
 これまた舞台横幅の3分の2以上あろうかという
楕円形のテーブルが運ばれ、オックスは下手手前に、家来たちは奥に並んで座る。うち2人は雄牛の絵(オックス家のマーク?)と「F」(ファニナル家のマーク?)と書かれた札をそれぞれ持っている。裏側には金額らしき数字が書かれていて、オックスがワインを褒めるとその面を見せる。
 ゾフィはレオポルドに持ち上げられてテーブルの上に立たされる。降りたくても降りられず、ファニナルも降ろそうとしない。どうにか自力で降りてもまた捕まって上げられてしまう。その様子をオクタヴィアンが下手端で苦々しく見ている。
 酔っぱらったレオポルドは靴や靴下を脱いで踊り場の"FANINAL"の字の上に置く。
 壁が下りてきて、扉からオクタヴィアンとゾフィが入ってくる。だんだん仲良くなって上手端で仲睦まじくする様子を先にアンニーナ、続いてヴァルツァッキが入って近付き、騒ぎ出す。しかし、すぐに2人を捕まえはしない。オックスと家来たちも入ってきてゾフィに詰め寄る。オクタヴィアンが中に入ってゾフィの意思を伝えるがオックスは意に介さない。ついにオクタヴィアンは剣を抜くよう言うが2人とも持っていない。どうするかと思ったら、事もあろうに、ゾフィが持っていた銀のばらを茎の方からオックスの尻に突き刺す。
 再び壁が上がって中央で痛がるオックスの周りを人々がぐるぐる回る。座ると痛いが立っていても痛いのでどうしようかウロウロした挙句、オックスは客席に背を向けて椅子に正座で座り、背もたれに腹を乗せて上体をだらりとさせた状態で医者が来るのを待つ。その格好が笑える。医者が来るとオックスの周りに衝立が立てられる。医者はいきなり太い注射を打ってオックスが悲鳴を上げる。
 ファニナルの元を去るオクタヴィアンは踊り場でヴァルツァッキとアンニーナに挟まれて打合せ、早くも2人は事情を飲み込み、3人一緒に退場。
 4人掛けくらいのソファに座って飲み直すオックス。ワルツに合わせて、下手端に立つレオポルドがどこかから見つけてきた本を父に見せ、家来たちが少しずつ屏風状になっている本を開いていく。中には美しい女性たちの写真とその名前が交互に載せられている。主人が満足したのを確認して本を閉じ、ソファの後ろに並ぶ。下手側をチラチラ見ていた家来たちがオックスに合図すると、それまでくつろいでいた彼は急に横になって病人姿に戻る。その直後にファニナルが戻ってくる。

 第3幕、舞台は三角形に仕切られた部屋。両端と奥に扉。上手側の辺に沿ってソファ、その上に女神と天使たちの絵。ボタンを押すとソファは手前に伸びてベッドに早変わり。オクタヴィアンがヴァルツァッキ経由で給仕たちにお金を渡し、事前の予行演習。
 下手からオックスとレオポルド登場、給仕たちを追い払い、飲み始める。マリアンデルは下手から入ると、オックスの酒の勧めを断る。すっかりくつろいだオックスはかつらを取る。マリアンデルは途中から自分でどんどん注いで飲み続け、酔っぱらうと天井から首吊り縄が下りてきて、その下に椅子を置き、そこに上がって首を吊ろうとする。
 知らないうちに3か所の扉から人々が次々入ってきて、マリアンデルと一緒に亡霊風の踊りで脅したり、銀のばらが刺さったお尻のオブジェが行き来してオックスを怖がらせる。さらに、下手から「妻」と子供たちが登場、たちまち部屋は人で埋め尽くされ、オックスは上手端に追い詰められる。マリアンデルはベッドの上に立って様子を見守る。
 警部が登場、続いてゾフィとファニナルも登場。ファニナルはショックでゾフィに連れられ、奥の扉から退場。警部が人々を出て行かせると、舞台中央に机と椅子を置き、そこに座って事情聴取。マリアンデルが上手に下がり、扉を開けた状態で警部に向かってこれまで来ていた服を投げ入れると警部は笑い出す。
 下手から夫人登場。夫人とオクタヴィアンがオックスを挟むような位置で迫る。警部が退場し、夫人が茶番劇の終わりを告げると再び人々が集まってきて、手前にいるオックスに支払いを迫る。レオポルドはごたごたの中で誘惑された女性とすっかり仲良くなって人混みの奥からオックスに手を振っている。レオポルドたちがオックスを下手まで引っ張っていき、そのまま退場。人々も追いかけて退場。
 奥にゾフィ、上手手前に夫人とオクタヴィアン。夫人がオクタヴィアンにゾフィのところへ行くよう促し、自身は下手の扉に立つが、2人の仲がぎくしゃくするので夫人はゾフィの方を向く。通常はゾフィの夫人に対する小さな会釈に合わせて演奏されるはずのフレーズでは動きがなく、その後夫人がゾフィの下に近付いて声を掛ける。
 終盤の三重唱はさすがにオーソドックスに中央に夫人、上手にオクタヴィアン、下手にゾフィと並んで正面向いて歌うが、時折顔を向け合う場面も。演出なのか、それとも単に出を合わせようとしたのか?
 夫人が奥へ退場、オクタヴィアンとゾフィの二重唱。ファニナルの手を取って奥から出てきた夫人、ファニナルの「若い者たちはこんなものですな」に対し、"Ja, ja"(そうですわね)と歌いながら手を放し、1人で先に下手から退場。このあたりの芸は実に細かい。
 オクタヴィアンとゾフィが退場した後、入れ替わりにモハメッドが忘れ物を探して回る。ソファの上のハンカチでなくショールを見つけ、顔にくっつけて思いっきり匂いをかぎ、満足げに走り去る。

 ジョーンズの演出に奇抜なところは意外とないが、全ての登場人物に対してどこか冷めた目で見ているように感じる。その一方で、ポール・スタインバーグがデザインした各幕の床や壁の模様は、それぞれ違った一つの柄のパターンを繰り返したものだが、どれも気品があって美しい。現代風の乾いた演出に何とも言えない潤いを与えている。

 森谷は出だしこそ声が伸びなかったが、すぐに芯のしっかりした本来の響きを取り戻し、歌手たちを率先して引っ張る。澤村は高音はそこそこ出るが、そのすぐ下の音域が伸びず、声の存在感が薄い。山口は声自体は出ているが、もう少し響きを集中させるとともに可憐さがほしい。
 大塚は体格も含め小悪人という感じのオックスだが、聴かせどころの低音がしっかり出ていたのは素晴らしい。清水はまっすぐな声で堂々たる響き。升島と増田は息の合ったアンサンブル。
 しかし、何より重要なことは、かつては技術的に歌えないのを隠すために楽譜と違う歌い方を「独自の表現」のように聴かせてごまかす歌手がちらほら見受けられたのが、今回そのような歌手は1人もおらず、全員楽譜に書かれた音符を忠実に歌にしようという姿勢が伝わってきたことであろう。

 ヴァイグレは基本的に速めのテンポ。第1,2幕ではオケを抑え目にして、歌手たちの歌を引き出すのに少々苦労している感じがあったが、第3幕では一転して豊かな響きに。終盤の三重唱では森谷の針の穴に糸を通すようなppから始まって、歌手とオケが一体となってクライマックスへ向かってゆく。思わずホロリと来た。振り返れば絶妙のペース配分ということか。また、Hpをピットの中央に置くなど、彼独自の楽器配置も面白い。読響もヴァイグレの指揮に真摯に応え、安定した演奏ぶり。

 かつての二期会は指揮者の人選にも苦労する時期があった。今回バリバリの第一線で活躍するオペラ指揮者を招いたことは、公演のレベル向上に大いに貢献したはずである。周年行事に限らず、ヴァイグレには近い将来の再登場を大いに期待したい。

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