新国立劇場「ワルキューレ」(6回公演の3回目)
○2016年10月8日(土)14:00〜19:30
○新国立劇場オペラパレス
○4階3列49番(4階3列目上手側)
○ジークムント=ステファン・グールド、ジークリンデ=ジョゼフィーネ・ウェーバー、ヴォータン=グリア・グリムスレイ、ブリュンヒルデ=イレーネ・テオリン、フンディング=アルベルト・ペーゼンドルファー、フリッカ=エレナ・ツィトコーワ他
○飯守泰次郎指揮東フィル
(16-14-12-10-8)
○ゲッツ・フリードリヒ演出


早寝のブリュンヒルデ

 新国立劇場の2016〜2017年シーズンのオペラは「飯守リング」の2作目、「ワルキューレ」で幕開け。ほぼ満席の入り。

 第1幕、幕が上がると直方体にくり抜かれたフンディングの家。下手側に傾いている。中央に長テーブル、そのすぐ奥に電信柱のようなトネリコの木。両端に背もたれの高い椅子が何脚か置かれていて、エプロン姿のジークリンデが上手端の椅子に座っている。雷が鳴ると下手奥の扉を半分だけ開ける。外は吹雪。不安に駆られたのか、舞台手前の平坦なスペースに降りてきて、上手端に隠れる。
 そこへ扉を両方開けてジークムントが入ってくる。父の形見の狼の毛皮を羽織っている。ジークリンデも家に戻るが彼は気付いていない。水を求めると、下手手前端から退場してマグカップ風の容器に入れて持ってくる。うずくまっているジークムントの肩に手をかけると、彼は怯えて慌てて上手端まで逃げていき、そこから振り向いてようやくジークリンデの存在に気付く。彼女がボウル状の容器に蜜酒を入れて持ってくると、すぐにも口を付けようとするが、思い直して先に飲ませる。
 フンディングが手下を5人引き連れて戻ってくる。20世紀風の狩猟者の格好。手下のうち4人は外で待ち、1人だけ家に入って下手端奥に座る。フンディングはコートをジークリンデに向かって荒々しく放り投げる。上手端の壁は奥がクローゼット、手前が寝室につながっているようだ。食事の支度を命じられたジークリンデ、まずは酒をフンディング、ジークムント、そして手下にも注ぐ。フンディングとジークムントは長テーブルの両端に座る。フンディングはパンとスープ、ジークムントもスープを食している。
 ジークムントの話を聞いている間、ジークリンデは下手端で聞いていて、手前のスペースへ降りようとするが、フンディングに止められる。手前のスペースは彼女にとっての精神的な逃げ場という設定。
 話を聞くうちにフンディングはジークムントこそが探していた敵だったと知り、外にいる手下を呼びに行かせ、中に入れる。そして敵を倒す打合せを始める。終わると手下たちは外へ飛び出す。
 明日の決闘をジークムントに告げ、フンディングはクローゼットからライフルと槍を持ち出し、ジークリンデに寝酒を持ってこさせ、飲んでから寝室へ向かう。ジークムントは後ろから槍に触れようとするが、フンディングにかわされて果たせない。その間もジークリンデは忙しく食器を片付ける。フンディングは部屋の電気をなぜかリモコンで消し、寝室へ。家の空間は真っ暗に。
 ジークムントが約束の剣を求めて歌うと、トネリコの木が渦巻くようにわずかに光る。寝間着姿のジークリンデが出てくる。互いの素性が明らかになったところで、奥の壁が一気に落ち、白い花びらが一面に広がるホリゾントとなる。ジークリンデは手前に降り、上手端で上にいるジークムントと愛し合う。
 剣の由来を知ったジークムントはテーブルの上に上がる。剣はさほど深く差されていない。剣を背に両手で掴んで引き抜く。剣の刃に手を当てて愛おしむジークリンデ。2人は家を出て、花が一面に散りばめられたスクリーンの間を奥へ奥へと進んでいく。

 第2幕、閉じた巨大な扇の面を奥から手前へ2枚並べたような床。下手側の面が上手側より少し高くなっている。要に相当する部分がやや上手側の奥、そこからやや下手側に向かって伸びている。扇面の両脇は一段低くなっている。上手手前端に乳母車、扇面の下手中央端に馬の上半身の像が転がっている。床は赤が渦巻くような模様。
 第1場、船長姿のヴォータン、下手奥から登場するブリュンヒルデは武装前で白の上衣のみを着ている。
 第2場、奥からフリッカ、20世紀の上流階級風、コートの上から羊?の毛皮のマフラーを首に巻いている。ヴォータンはフリッカを座らせ、マフラーを外してなだめようとするが、フリッカは聞かない。「いっそ妻を貶めたら?」と挑発するところで、戦国武将が介錯を求めるように、両手を広げてひざまずき、首を前に突き出す。
 フリッカがノートゥングをジークムントが手にするまでの経緯を明らかにすると、ヴォータンは憤怒の叫びをあげて奥へ逃げていく。その位置から手前にいるフリッカに向かって"Was verlangst du?"(どうしろと言うのだ?)と尋ねる。ジークムントを勝たせないよう約束させるやり取りで2人は次第に近付き、やがてフリッカが奥に、ヴォータンが手前に。フリッカに"Nimm den eid!"(誓おう!)と絞り出すと、ヴォータンは倒れてしまう。
 古典的なワルキューレの格好で武装したブリュンヒルデが戻ってくる。ヴォータンは下手手前に座ると、ブリュンヒルデは武具を置いて近付き、しゃがんでこれまでの経緯を聞く。話すうちに興奮が高まるヴォータンは立ち上がってあちこちをさまよい、上手手前端1回目の"das Ende!"(終末だ!)を叫んだところで舞台は暗転になり、ヴォータンのみにスポットが当たる。
 なおジークムントを勝たせようと迫るブリュンヒルデをヴォータンは上手手前端に追い詰め、槍を突き立てて脅す。
 第3場、舞台が時計回りに90度ほど回転、奥に扇面、手前の岩場にジークリンデとジークムントが現れる。ジークリンデは彼から離れ、扇面まで上がって奥まで行く。第1幕とは逆に、彼女にとっては扇面の上が想像あるいは夢の世界という設定。不安と恐怖の中戻ってきて、気を失い、上手手前に倒れる。ジークムントは毛皮のコートを彼女にかけてやる。
 第4場、扇面の奥からブリュンヒルデ登場、横に伸ばした槍に白布をかけた格好でジークムントに呼び掛ける。彼はブリュンヒルデに近付き、槍先を自分の胸に突き立てる。そして、2人とも父が同じであることに気付いたか、互いに頬に手を当てる。しかし、ジークリンデを連れていけないと知ってジークムントはジークリンデの下に戻る。ブリュンヒルデも降りてきてなお説得するが、聞かないので苛立つ仕草を見せる。
 とうとうジークムントがノートゥングをジークリンデに突き刺そうとするので、ブリュンヒルデは槍で剣を払い落とし、加勢することを約束する。するとジークムントは眠ってしまい、残りのブリュンヒルデのセリフはジークムントの夢の中という設定。
 第5場、さらに舞台が回転し、ジークリンデが先に起きて戦場へ向かったジークムントを追ってさまよう。扇面上にジークムントとフンディングが現れ、それを見つけたジークリンデが「私を先に殺して!」と2人の間に割って入る。
 さらに舞台は回転し、2枚の扇面が中央奥の要から手前へまっすぐ伸びる位置で止まる。手前にジークムント、そのすぐ奥にフンディング。ジークリンデは上手手前端、奥からブリュンヒルデが加勢しようとするが、扇面より低い位置から歌うので見えにくく、聴こえにくい。扇面のさらに奥に現れたヴォータンの一声で剣は真っ二つになり、フンディングがジークムントを槍で突き倒す。ブリュンヒルデはジークリンデを上手手前端まで連れ出し、盾で隠す。ヴォータンはフンディングを"Geh!"(失せろ!)で倒した後、まだ息のあるジークムントを抱き起して抱擁する。そしてブリュンヒルデを追って奥へ退場。ブリュンヒルデはそれを見届けてから折れた剣を拾い、ジークムントにすがるジークリンデを引き離すようにして上手へ退場。

 第3幕第1場、奥から手前に伸びる懐かしの?トンネル状舞台。両側にサーチライトが並び、床には電球の線が、道路の車線の境界線のように、放射状に伸びる。手前に6体の英雄の死体を乗せた担架が並び、ワルキューレたちが歌い戯れている。グリムゲルデとロスヴァイゼが遅れて奥から登場、担架を押してやってくる。
 下手奥からジークリンデとブリュンヒルデが入ってくる。ジークリンデは毛皮を抱えたまま転がるように手前まで来て倒れる。逃げる先が決まってジークリンデが感謝の歌を歌うと、ブリュンヒルデは折れた剣を渡し、毛皮を持たせて上手手前端から退場させる。
 第2場、ワルキューレたちは下手中央で小さな輪を作り、その中にブリュンヒルデをかくまう。怒れるヴォータンは奥から上手手前までやってくる。輪に近付いてブリュンヒルデの引き渡しを求めるが、彼が向いたあたりに隙間ができていて、隠れているのが見えてしまいそうな感じ。
 やがて手前に立つワルキューレたちが前を開けてブリュンヒルデが出てくる。厳罰に驚くワルキューレたち、ヴォータンに迫られると、早々と後退する者もあれば、槍を構えて抵抗を示す者も。最終的に全員奥へ退場。
 第3場、ヴォータンは奥に立ったまま。手前から問いかけるブリュンヒルデに対してもそのままの状態で答える。ブリュンヒルデは中央に移動してさらに訴えるとヴォータンも近付き、2人とも座ってやり取り。しかし、またヴォータンは立ち上がり、罰を言い渡して奥へ戻る。
 ブリュンヒルデが岩山を火で囲うよう懇願すると、とうとうヴォータンは我慢できなくなり、槍を落とす。そして別れの歌を歌い始める。オーケストラが「ブリュンヒルデの哀願のテーマ」を繰り返しながら盛り上げていき、改めて響かせるところで2人は抱き合い、頂点に達するところでブリュンヒルデは早くも眠りにつき、頭と腕をだらんとさせる。通常はヴォータンが瞳に口づけするところで眠るのだが、頂点で管楽器が「まどろみのテーマ」を高らかに響かせることからすれば、この演出の方が正しいのかもしれない。
 ただ、眠ってしまったブリュンヒルデを寝かせ、瞳に口づけするまでヴォータンはその上に馬乗りの状態で歌い続けると言うのは、どちらにとってもなかなかしんどそう。
 ヴォータンはブリュンヒルデの頭に兜をかぶせ、盾を身体の上に置き、横に槍を置く。
 ヴォータンが上手奥端に立ってローゲを呼び、下に向かって槍を突き立てると炎が噴き出る。そして台形状の床の枠線が奥から燃えて徐々に手前まで燃え移ってくる。手前の枠線まで来たところで一旦止まるが、ヴォータンが枠線を超えて手前に移ったところで再び燃え移って完成する。ブリュンヒルデが眠っているあたりは上下から円錐状の緑の光で囲まれる。

 グールドが出色の出来。スタミナ切れしがちな第1幕終盤も持ち前の輝かしい声は全く揺るがず、ずっと聴き惚れる。ウェーバーも強さの中に可憐さが滲み出る声で役柄によく合っている。特に第3幕の感謝の歌にはほろりと来た。失礼ながら体型からは想像できないほどの俊敏な動きも随所に。グリムスレイは少しエンジンがかかるのに時間を要したが、堂々とした歌いぶり。第3幕終盤でややエネルギーが切れかけたのが惜しい。テオリンは歌い慣れた感じで終始安心して聴ける。ペーゼンドルファーの影のある声とツィトコーワの気品と冷徹を兼ね備えた声も舞台を引き締める。
 8人のワルキューレたちも健闘。特にブリュンヒルデをかばってヴォータンに許しを求める場面のアンサンブルは精緻で素晴らしい。

 歌手陣が高い水準の歌を聴かせる一方で、オーケストラには残念ながら不満が残る。飯守の指揮ぶりの癖だと思うが、音楽の流れを速める部分と遅くする部分が頻繁に交代するために、音楽の流れにしばしば「ダマ」のような停滞が生まれてしまう。
 また、弦と管とがなかなか溶け合わない。弦はどのパートも音程が甘く、旋律の線が太めになりがち。他方、金管とティンパニはアンサンブルの枠から飛び出すような場面が目立つ。このため、オーケストラが一体となった響きがなかなか聴けなかったのが残念。両者の関係がより深まることを期待したい。

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