グレイテスト・ヒッツ J.ウィリアムズの映画音楽
○2016年6月29日(水)19:00〜21:30
○NHKホール
○3階C2列11番(3階2列目やや下手寄り)
○「フック」から「ネヴァーランドへの旅立ち」、「ジュラシック・パーク」からテーマ、「ジョーズ」組曲、「シンドラーのリスト」からテーマ、「インディ・ジョーンズ「レイダース 失われたアーク≪聖櫃≫」」から「レイダース・マーチ」、「E.T.」から「地上の冒険」
「オリンピック・ファンファーレとテーマ」(ロサンゼルス五輪開会式テーマ)、「ハリー・ポッターと賢者の石」から「ハリーの不思議な世界」、「未知との遭遇」から、「スーパーマン」から「スーパーマンのマーチ」、「スター・ウォーズ」組曲
+「SAYURI」より「SAYURIのテーマ」、「スター・ウォーズ」より「イウォークの行進」
○レナード・スラトキン指揮フランス国立リヨン管弦楽団
 (16-14-12-10-8、下手より1V-2V-Va-Vc、CbはVcの後方)

スーパー・スラトキンな一夜

 4月のN響定期で3つのプログラムを振り分けたレナード・スラトキンが、2011年から音楽監督を務めるフランス国立リヨン管弦楽団を率いて来日。これだけなら特に関心はわかなかったが、今回はフランス物を中心とするプログラムのほかに、ジョン・ウィリアムズ(JW)の映画音楽ばかりを並べた「グレイテスト・ヒッツ」と題するコンサートも企画された。しかも、スラトキンが指揮するだけでなくJWの音楽についてのトークも挟まれるという。米国における彼の普段の活動を観ていた私としては、待ちに待った演奏会である。
 なぜなら、彼はかつて音楽監督を務めていたワシントン・ナショナル交響楽団の定期公演においても、必ず演奏会の前にプログラムの説明をしたり、時には「第九」のような大曲を演奏する前に、聴きどころを生演奏付きで解説したりしていたからである。すなわち、彼にとって指揮とトークは本来一体のものなのである。そのようなスタイルの演奏会がようやく日本でも実現するとあっては、行かないわけにはいかない。
 プログラムもクラシックの演奏会と今回のものとが合冊となっていて、後者は右開きとなっている。その表紙にも"The Magical World of John Williams"の下にわざわざ"With Personal Talk by Leonard Slatkin"と記されている。

 まずは普通のクラシックの演奏会のようにスラトキンが登場し、大人になったピーターパンが主人公の「フック」が演奏され、会場は早くも映画館のようなムードに。続いてMC役のサッシャが登場、下手端手前で自己紹介と今夜の演奏会の趣旨を紹介。
「ジュラシックパーク」のテーマが聴衆をちょっぴり怖い恐竜の世界へ惹き込むと、今度はスラトキンもマイクを持つ。まずは誰もが思う疑問をサッシャがぶつける。「なぜフランスのオケがハリウッド音楽を演奏するのか?」これに対し、スラトキンは"logical answer"があると言う。映画の父と呼ばれるリュミエール兄弟はリヨンで生まれ、初の実写映画もこの地で撮影され、彼らが作った映画会社はリヨン管の本拠地であるホールのすぐ近くにある。
 またスラトキン自身はハリウッドのあるロサンゼルス生まれ、父は映画音楽を演奏するオケのコンサート・マスター、母は別のオケの首席チェロ奏者だった。父は早死にしたが、母はJWの音楽を何度も演奏しており、レナードを含め家族ぐるみの付き合いだったとか。
 その流れで次の曲の紹介へ。JWはスラトキンの母に「あなたはサメだよ」と言って演奏させたそうだ。そうしてできたのがかの有名な「ジョーズ」のテーマ。低弦の2音の繰り返しが映画以上に不気味に響く。
 続いて「シンドラーのリスト」。コンサートミストレスのジェニファー・ギルバートの静謐なソロが心に響く。ちなみに彼女はアメリカ人。
次は「インディ・ジョーンズ」。落ち着いた気持ちが一転してわくわく気分に。
 この後2回目のトーク。JWの日課(朝起きて散歩の後スタジオで8時間作曲)が紹介された後、映画史上最も長い協力関係と言うべきスピルバーグとの間に生まれたエピソードが披露される。いつものように編集後の映像を観てから作曲したJWだったが、出来に満足できない。スピルバーグに聴かせると彼は音楽に感動し、音楽に合わせて映像の方を編集し直したとのこと。
「E.T.」からはラスト11分のシーンの音楽がそのまま演奏される。月夜に自転車が飛び、エリオットとE.T.の指が触れて光るシーンが眼前に広がる。

 後半は映画から離れ、JWが作曲したオリンピック用の曲(彼は何とロサンゼルス、アトランタ、ソルトレークシティの3回のテーマを作曲!)の中から最も有名なロサンゼルスのテーマ。ああ、懐かしい。宇宙服を着た人が自分でジェットを噴射させながら降りてきたっけ。
 続いて「ハリー・ポッター」。これがJW作曲だったとは正直意外だったが、聴いていくうちに彼の十八番である五度進行(長調ならド−ソ、短調ならラ−ミ)の音型がやっぱり登場するのが面白い。
 この後再びトーク。デューク・エリントンの「世の中にはいい音楽とそれ以外の音楽しかない」との名言を紹介し、いい音楽はジャンルを問わないことを訴えた後、「未知との遭遇」のエピソードへ。映像を観たJWが「この映画に付ける音楽は、僕より優れた作曲家に頼むべきだ」と言ったところ、スピルバーグは「わかっている。ただ、みな死んでしまった」と答えてJWに作曲を依頼したのだそうだ。
「未知との遭遇」の音楽は、まだ出会わぬものに対する不安と恐怖を描く前半と、人類と宇宙人との友好的な関係を暗示する後半から成る。しかし、どこかもやもやした気分が残る。それを一掃するかのように、「スーパーマンのマーチ」。これですっきり。
 この後いよいよ「スターウォーズ」の紹介。今回の組曲は最初の「3作」の音楽を編集したもの、と説明した後すかさず、「もちろんマニアの方のために補足すれば、エピソード4,5,6ということですが」と補足するのを忘れない。昨年7作目が公開されたが、来年公開予定の8作目の音楽はJWでなく、若い作曲家が担当するとのこと。ただ、インディ・ジョーンズ・シリーズの5作目の音楽は作曲するそうだ。
 スラトキンは1977年の第1作(エピソード4)を封切り第1週に観たそうだが、暗くなった館内にファンファーレが鳴り響き、あのSTAR WARSのロゴが映し出され、宇宙船がせり上がってくるシーンを身振り手振りで聴衆に熱く語る様子は実に微笑ましい。
もちろん演奏にも一段と熱が入る。「メイン・タイトル」で興奮し、「レイア姫のテーマ」では、再びコンミスのギルバートのソロが楽しめる。
 ところが、3曲目の「インペリアル・マーチ」が始まると、ステージの動きがおかしい。サッシャが客席に降りてゆき、スラトキンも振るのを止めて客席の方を見ている。やがてサッシャが1人の男の子を連れて舞台に上がると、スラトキンが男の子に何か渡す。それを伸ばすと、何とライトセーバー!男の子を台に上げ、ライトセーバーで指揮をさせ始める。慣れてくるとスラトキンは客席に降りて楽しそうに眺めている。途中でヴィオラの首席奏者が弓で男の子を「攻撃」するシーンも。終盤になるとスラトキンもステージに戻って男の子の右手を持ち、見事に曲を終わらせる。客席はやんやの大喝采。
 台に上がったスラトキン、なぜ自分の指揮棒は光らないのだろう?と言わんばかりに首をかしげるが、あきらめて残り2曲を振る。

 これで予定されたプログラムは終了したが、トークはさらに続く。スピルバーグが日本を題材にした映画3作(「1941」「太陽の帝国」「SAYURI」)を紹介し、「SAYURI」のテーマを演奏。
 残念ながらこの3作品、いずれも日本での人気は高くない。それを知ってか知らずか、「また映画館で会いましょう」と短いファイナル・メッセージに続いて「スター・ウォーズ」から「イーウォックの行進」が演奏される。ここで最後のサプライズが起こる。ティンパニ奏者が舞台下に消えたと思った次の瞬間、何とヨーダのマスクを被って再登場。しかし、周囲の打楽器奏者と指揮者以外気が付いてないようだ。他の打楽器奏者たちも気味悪がるが、自分のパートもあるので相手にするわけにもいかず、困った様子。しかも、マスクを被ったままちゃんと自分の出番も叩いており、もちろん演奏は無事終了。カーテンコールで改めて喝采を浴びる。

 最初から最後まで工夫を凝らした「スーパー・スラトキン」な演奏会だったが、肝心のリヨン管の奏者たちはどう感じていたのだろうか?もちろん推測に過ぎないが、「スター・ウォーズ」組曲でのヴィオラ奏者やマスクを被ったティンパニ奏者を観る限り、彼らも相当楽しみながら演奏していたのは間違いなかろう。JWの音楽で大活躍する金管は終始上品な音色だったが迫力も十分備えていたし、弦の分厚いながらも艶やかな響きはJWの映画音楽にぴったし。

 終演後楽屋を訪ねると、スラトキンは今日も上機嫌。ティンパニ奏者のパフォーマンスは彼自身も知らなかったそうだ(2日前に大阪でも同じプログラムのコンサートがあったが、そこでは披露しなかったようだ)。
 「普段のクラシックの演奏会もこうあってほしい」と言うと「確かにもう少しバランスを取る必要があるね」と答えてくれたが、すぐに続いて「でも、JWだってclassicalだよ」と言われたのには、ハッとした。

 会場は7割程度の入り。3階席こそガラガラだったが、2階席以下から聞こえる開演前や休憩中のざわめきは、N響定期の時には聞けないもの。

 次回はぜひ、いつもアメリカでやっているように、クラシックの演奏会をトーク入りでやってほしい。

表紙に戻る