ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン プレフェス・ア・コマエ
○2016年4月24日(日)
○エコルマホール(狛江市)

公演A:シャニ・ディリュカ(P)
○10:00〜10:50
○L列3番(12列目下手端)
○ドビュッシー「版画」より「塔」「雨の庭」
 リスト「巡礼の年第3年」より「エステ荘の噴水」
 シューベルト/リスト「水の上にて歌う」D.774
 ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調」Op57(熱情)(約21分、繰り返し全て実施)
 ファリャ「恋は魔術師」より「火祭りの踊り」

技巧は正しい容量、用法で

 東京のクラシック音楽界に新風を吹き込み、「客が集まらない」とのジンクスが長らく続いたゴールデンウィークに、これまでにない規模の人を集め続ける「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」。その実現に向けて重要な役割を果たしたと言われるのが、現狛江市長の高橋都彦氏である。彼の肝煎りで何とその前夜祭が狛江で開かれることとなった。23日(土)から狛江駅北口交通広場やエコルマホールの多目的室などで様々な音楽イベントが開かれ、通称三角広場には屋台村ができている。
 24日はLFJ本番さながらに1時間弱のミニ・コンサートが4回、エコルマホールで開かれる。しかも無料。これは行かないわけにはいきません。8割程度の入り。
 
 演奏前に市長の挨拶。
 ディリュカはスリランカ出身の両親の下モナコで生まれる。白地にラメと、スリランカ風の民族衣装を連想させる模様が織り込まれたようなロングドレスで登場。
 今年のLFJのテーマはLa Nature(自然)。前半は水、後半は火をイメージしたプログラム。
「塔」はドビュッシーにしては音の輪郭が明確過ぎる感じ。建築物のイメージはあるが、霧が晴れているので眼前に迫ってくる。「雨の庭」は冬の冷たい雨がかなり強く降ってくる感じ。挿入される童謡のメロディが切れ切れ。
「エステ荘の噴水」は、冒頭のアルペジオ風の上昇フレーズの連続には切れ味がある。48以降の左手のメロディはよく歌う。ただ、曲が進むにつれてもっとリスト特有の尖った音色がほしい。
「水の上にて歌う」は、聴かせどころの転調前の歌のパートが不明瞭。右手でしつこく繰り返される下降音型で薬指、中指が弾く音もしばしば不明瞭。曲の終盤では中高音域で早くも弦が緩んだ感じの響きがする。
 続いて「火」のプログラムとしてベートーヴェンの「熱情」。ドビュッシーやリストを弾くのとまったく変わらないテンポとタッチで、山火事が広がるような勢いで弾き飛ばしてゆく。そのためしばしば重要な和音やフレーズの音が抜ける。その一方で第3楽章の36小節以降の主題がぶつ切れに。260で転調するところで柔らかく曲想を変えるなど、はっとさせられる部分もあるのだが。そもそもベートーヴェンは技巧を誇示する曲ではない。少しだけテンポを落として楽譜に書かれた音を全てきちんと鳴らすことからやり直す必要がある。
「火祭りの踊り」も凄いスピード。最後の連続和音も間の違いがほとんど付かないまま突っ走る。でも、まだこの作品は曲芸のようなものだから、そんな表現も許されよう。



公演B:コロンえりか(S)、広瀬悦子(P)、吉田誠(Cl)
○12:45〜13:40
○P列22番(16列目ほぼ中央)
○シューベルト「春に」D.882、「野ばら」D.257、「月に寄す」(第2作)D.296、「ます」D.550、「ナイチンゲールに寄す」D.497、「恋人のそばに」D.162、「若い尼僧」D.828、「夜咲きスミレ」D.752、「ガニュメート」D.544、「さすらい人の夜の歌」D.768、「岩上の羊飼」D.965
+R.シュトラウス「明日の朝」Op27の4




可憐でまっすぐなシューベルト

 天候も回復したせいか、9割程度の入り。

 ソプラノのコロンえりかはヴェネズエラ生まれ、昨年野田秀樹演出、井上道義指揮で話題になった「フィガロの結婚」でバルバ里奈(バルバリーナ)役を歌って注目される。鮮やかな青一色のロングドレス。
 演奏前のアナウンスで「一部曲順の変更があります。」とだけ伝えられ、具体的な説明がない。おかげで必死で歌詞カードを確認する羽目に。結局当初2曲目に歌うはずだった「さすらい人の夜の歌」を「ガニュメート」の後に移動。
 ピアノの蓋は半開状態。

「春に」ではぽかぽかと温かい雰囲気で曲が進むが、短調の部分で日向に影が差すような変化。
「野ばら」各番の後奏の出始めのフレーズ(16分音符でHCD)に入る前に不思議な間が入る。
 1曲歌い終わるごとに拍手が入るが、有名な「ます」の後ではピアノの後奏が鳴り終わらないうちに拍手が始まる。
「恋人のそばに」では感情をこめて響きを厚くしていくが、ピアノのクレッシェンドが足りない。
「若い尼僧」でも尼僧の決意が伝わるような緊迫感に満ちた歌いぶりに対し、ピアノのオクターブによる上昇音階の響きがか細い。
「ガニュメート」では心の高ぶりとその末の安心感を感じさせる歌いぶり。
 Clが加わる「岩上の羊飼」では、始めのうち拍子感が不明瞭。前半と後半の曲想の変化をはっきり印象付ける。。最後のClのフレーズに乱れ。

 演奏が終わると手拍子が起こる。ただ、オール・シューベルトの後にR.シュトラウスをアンコールにするのはどうか?Clが使える曲を選ぶにしても他に適当な曲がなかったのだろうか?「明日の朝」前奏などで右手が引くメロディラインをClが担当。最後の高音がかすれる。

 コロンは輝きのある可憐な声。まっすぐ心に響いてくる。音程やフレージングも正確でリート向き。ドイツ語の発音を磨けばもっと注目されるだろう。
 広瀬は全体的に音量を抑え過ぎ。ffや息長いクレッシェンドもあるのに、終始弱音で表に出ない。ピアノの蓋も半開なので音の輪郭もぼやけがち。シューベルトのリートにおけるピアノは「伴奏」ではないのに。もし歌い手と話し合って決めた選択なのだとしたら、歌う側にも問題がある。



公演C:斎藤ネコカルテット(V=斎藤ネコ、グレート栄田、Va=山田雄司、Vc=藤森亮一)
○15:45〜16:35
○M列30番(13列目上手)
○鈴木さえ子「産業革命」、橋本一子「フラワー」、ディズニー「イッツ・ア・スモール・ワールド」「ミッキー・マウス・マーチ」、鈴木慶一「証言」、YMO「ライディーン」、「男はつらいよ」主題歌、「ああ、人生に涙あり」
+山田耕筰「からたちの花」



笑う音楽展

 8割程度の入り。
 LFJ本体に出演予定のない演奏家による唯一のプログラム。つまりプレフェス・ア・コマエ独自の企画ということだが、斎藤ネコ氏が狛江在住ということはわかるものの、事前の曲目紹介には「春をテーマにしたオリジナル・アレンジ楽曲」としか書かれていない。
 ステージの斎藤の席の隣りの椅子の上にはヴァイオリン・ケース。他の奏者は自分の楽器を持って入退場するのに、なぜか彼だけは席に着いてからケースより楽器を取り出す。メンバー全員黒地に白で大口を開けた虎?の絵が描かれたTシャツを着ていて、斎藤と栄田はその上にジャケット。

 まず始まった曲は草原をひたすら馬で駆けてゆくようなすがすがしい曲。後半で馬のいななきらしき1Vのフレーズも入るし。しかし、演奏後曲名を聞いて「産業革命」とは驚いた。斎藤が手掛けるテレビ番組・ドラマ・CM用の音楽の世界の仲間の1人の作品。
 演奏合間の斎藤のトークが笑える。チェロからメンバー紹介していくが、藤森がN響より狛江での仕事を優先するなんて初めて聞いた。彼はもちろんチェロの首席だが、ヴィオラの山田もN響団員。しかも斎藤によると、「第9」の途中弾いていない箇所で居眠りしているらしい。栄田は斎藤の仕事仲間。斎藤がアレンジした曲をオケで演奏する際のコンマスを務め、彼が意図したのと全く違った音楽に変えてしまうそうだ。この4人で30年近く各地でライブ活動を続けているそうだ。

 続いて春らしい曲ということで、やはり仕事仲間の橋本一子の「フラワー」が演奏される。ほんわかとした美しい曲だが、終わったかと思うと長い間の後もう一フレーズあるので聴衆は戸惑う。
 そこで斎藤は改めて客席を見回し、子供がそこそこいるのに気付いて曲目変更。ステージ下手端の机に置いてあるスコアを配らせて、一転してディズニーへ。手拍子が起こり、だんだん客席もほぐれてくる。もっとも「イッツ・ア・スモール・ワールド」の途中でピツィカートによるアンサンブルが出てくるなど、やはり一ひねりしたアレンジ。
 今度は大人向けの曲ということで、キリンラガービールのCMに使われた「証言」とテクノの代表作「ライディーン」を弾くが、反応いまいち(笑)。
 気を取り直して高齢者向けの選曲に。「男はつらいよ」が1Vが哀愁を誘い、水戸黄門のテーマでは弦の刻みがオリジナルに負けない迫力。
 演奏が終わると客席全体が手拍子に。アンコールは大人向けに「からたちの花」をオシャレに。あっという間の45分。



公演D:オリヴィエ・シャルリエ(V)、ルイス・フェルナンド・ペレス(P)
○18:45〜19:45
○L列13番(12列目下手)
○ベートーヴェン「ヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調」Op24(春)(約25分、繰り返し全て実施)、ブラームス「ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調」Op78(雨の歌)(約28分)




真打登場

 当日券の配布は終了したとのことだったが、なぜか満席まではいかない。9割以上の入り。
 シャルリエはパリ国立音楽院教授を務めるなど、フランスを代表するヴィオリニスト。ペレスはスペイン出身だがケルンでエマールなどにも師事。ピアノの蓋は当然全開。

 ベートーヴェンは第1楽章出だしからヴァイオリン、ピアノとも端正で丁寧な弾きぶり。18〜19にかけてクレッシェンドした後20でpに落とすところも忠実に表現。ピアノは28以降の16分音符や38以降の和音の連続も隙なく響かせる。第2楽章でもピアノがヴァイオリンをリード。春の朧月夜を眺めるような落ち着いた雰囲気。第3楽章のスケルツォは軽やかだが、音の粒を崩さない。第4楽章も明るく喜びに満ちた雰囲気。

 ブラームスの第1楽章、少し沈んだ雰囲気で始まる。36以降の第2楽章もどこか控え目な歌いぶり。54以降しばしば登場する下降音型も美しい。明るさに満ちた第2交響曲を完成させた直後のはずなのに、人生の終わりを意識した諦めの境地に達したかのように響く。
 第2楽章も長調なのにどこかに影がある。第1交響曲第3楽章に登場するフレーズに似た下降音型(16など)が印象的。
 第3楽章、憂いに満ちたハーモニー。10以降頻繁に登場する4分音符と16分音符4つのフレーズが終始レガートでつながれ、窓の外の雨を眺めながら思い悩むブラームスの姿が浮かぶ。最後はこの日の天気のように雨が上がって薄日が差し、希望を感じさせる響きで締めくくる。

 風格を感じさせるアンサンブル。大事な場面でシャルリエがペレスに覆いかぶさるように近付いてハーモニーを合わせようとすることで、より充実した響きに。

 ただ、一つだけ残念だったのは、多くの聴衆が1楽章終わるごとに拍手したこと。ベートーヴェンの3楽章の後だけ2人が目を合わせて次へ進んだが、それ以外の楽章の後ではシャルリエが弓を下ろすたびに拍手が起こる。最初は拍手に微笑で応えていたが、ブラームスになると少々困惑した表情に。

 いろいろ課題はあるが、とにかくにも狛江でこれだけの音楽祭を開けたことは喜ばしい。駅前ではLFJプレフェス・ア・コマエの看板と音楽の街・狛江の幟も仲良く共演していたし、ぜひ来年以降も続くことを期待したい。

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