新国立劇場「イェヌーファ」(5回公演の4回目)
○2016年3月8日(火)18:30〜21:45
○新国立劇場オペラパレス
○4階4列12番(4階最後列下手)
○イェヌーファ=ミヒャエラ・カウネ、コステルニチカ=ジェニファー・ラーモア、ラツァ=ヴィル・ハルトマン、シュテヴァ=ジャンルカ・ザンピエーリ、女主人=ハンナ・シュヴァルツ、粉屋の親方=萩原潤、カロルカ=針生美智子、村長=志村文彦、村長夫人=与田朝子他
○トマーシュ・ハヌス指揮東響
(14-12-10-8-6)
○クリストフ・ロイ演出

これが本当にハッピーエンド?

 新国立劇場は毎シーズン、上演機会の少ない演目を必ず取り上げているが、今回はヤナーチェクの代表作「イェヌーファ」。日本では2004年以来だそうだ。7割程度の入り。

 第1幕、暗転から緞帳が上がると横長の直方体の部屋。扉以外は床も壁も白く、窓もない。下手にテーブルと椅子。高さは2mちょっとくらいか。
 上下黒の衣裳のコステルニチカが鞄を持って入ってくる。鞄をテーブルの脇に置き、ゆっくり歩きながら上手手前端の壁に寄り掛かる。すると後ろの壁が上手へ移動し始め、ドアがなくなり、しばらく完全な閉鎖空間となる。さらに壁が動いて下手の一角が開く。外は麦畑のような風景。
 コステルニチカの歌の出番はこの幕の後半だが、ずっと彼女は部屋の中にいる。すなわち、ここからの展開は彼女の回想ということになる。
 イェヌーファは赤いワンピース。周囲の人物がみな地味な色の衣裳を着ている中でひときわ目立つ。ローズマリーの鉢を持ってシュテヴァの帰りを待っている。そこへジャガイモがたくさん入った大きな洗面器を持って女主人が入ってくる。
 ラツァはランニングシャツにサスペンダー付のズボン姿。
 後方の壁が開いて村の人々や楽器を持った男たちが集まってくる。下手から背広姿のシュテヴァ登場。徴兵を免れ、陽気に酔っぱらっている。周りも喜び騒ぎ、娘たちはイェヌーファの靴を取り上げてからかう。シュテヴァはイェヌーファの好きな歌をみなに歌わせ、上着を脱いでネクタイを外し、後ろから上着やネクタイで彼女を引っ張り寄せようとする。
 シュテヴァがイェヌーファを抱いてテーブルに押し倒し、彼女が仰向けになったところでコステルニチカが彼女の顔の上から覗き込み、喧騒が一気に収まる。結婚を1年延ばしたことで村人たちは退場。シュテヴァ、女主人、コステルニチカも去る。
 イェヌーファが1人になったところへ下手からラツァ登場。2人が言い争う間に後方の壁は上手からゆっくり閉じ始め、ラツァが彼女の頬を傷付けて出て行くと急速に閉まる。

 第2幕、第1幕より部屋の横幅が広くなっている。下手のテーブルに水筒と蝋燭台。コステルニチカがテーブル脇に座っている。下手奥がイェヌーファの部屋になっていて、コステルニチカが扉を開けるとイェヌーファが登場。白の衣裳だがその下に着る濃い色の服も透けて見える。コステルニチカは水筒の睡眠薬をイェヌーファに飲ませ、部屋へ戻す。
 後方の壁の下手側が徐々に開く。外は雪景色。下手からシュテヴァ登場。村長の娘と婚約した旨告げて逃げるように退場。
 上手からラツァが背広姿で登場。「子供は死んだ」と嘘をついてラツァを安心させ、彼が退場すると、コステルニチカは中央に立ち尽くす。長い間。
 ようやく音楽が再開すると、コステルニチカはイェヌーファの部屋から赤ん坊を連れ出し、鞄に入れて下手へ退場。すると後方の壁が急速に閉まる。
 イェヌーファが部屋から出てくる。後方の壁に一つだけある窓を開け、網戸も開けると、中へ月の光が差し込む。彼女は蝋燭に火をつけ、子供とコステルニチカの帰りを待って祈る。その間後方の壁が移動し、窓は上手から下手へ。上手に扉。
 窓からコステルニチカが顔を出し、イェヌーファが扉を開ける。子供の死を知らされ、下手の壁に倒れ込む。
 ラツァが入ってくる。心の整理がつかないイェヌーファの代わりにコステルニチカが彼の求婚を受け入れる。その後窓の扉や網戸が激しく揺れる。イェヌーファとラツァは壁にへばりつき、コステルニチカは中央やや上手寄りに立って寒風に耐える。

 第3幕、第2幕と同じ幅の広い部屋。下手のテーブルの前にコステルニチカが座っているが、そこへバレナが入ってきてテーブルに白いクロスを敷き、飲み物とローズマリーの用意。上手の扉から村長たちが入ってくる。
 イェヌーファは黒の花嫁衣裳。第2幕までは髪を自然に垂らしていたが、ここでは頭の上できれいに巻いている。ラツァも黒の礼服。2人はまだよそよそしく、距離を置いている。
 コステルニチカが村長夫妻に嫁入り道具を見せるため下手の部屋へ案内すると、シュテヴァとカロルカが入ってくる。気まずい雰囲気。
 コステルニチカたちが戻り、村娘たちが入ってくるとイェヌーファを上手の椅子に座らせ、彼女を囲むように立って歌を歌い、白いボンネットを頭にかぶせる。
 そこへ嬰児の死体が見つかったとの知らせが入り、コステルニチカと女主人以外は外へ出ていく。部屋の横幅が第1幕の状態まで狭まる。
 戻ってきたイェヌーファは亡き息子がしていた布の帽子を持って悲しむが、村人たちから殺害の疑いをかけられる。彼らは上手の手前から後方に固まって彼女に襲い掛からんばかりの勢い。ラツァの一声でようやく鎮まる。
 ついにコステルニチカが立ち上がって罪を告白。全てを知ったイェヌーファはショックで下手端に倒れ込む。シュテヴァは上手端手前でうずくまる。人々が去り、カロルカはシュテヴァとの婚約を破棄して走り去る。シュテヴァもいたたまれなくなって走り去る。部屋の中で村長は扉の前に、コステルニチカ、女主人、ラツァとイェヌーファが残る。
 イェヌーファは立ち上がってコステルニチカに許しの言葉をかける。コステルニチカが裁きを受けるため退場すると村長もそれを追って退場、女主人もそれに続いて外へ出て追ってくるラツァを遮るように扉を閉める。
 残ったイェヌーファとラツァが歌う間後方の壁は徐々に開く。2人は中央手前で向き合い、客席に背を向けて並ぶ。そして初めて手を取り合い、ホリゾントに向かってゆっくり歩み出す。

 物語は終始狭くて圧迫感のある空間で展開される。コステルニチカの回想から始まるが、最後はイェヌーファとラツァがようやく小さな村からより広い世界へ踏み出すことで、2人の将来への希望を感じさせる。
 ただ、ラツァが本当にイェヌーファにとって最善の男であるかどうかはわからない。シュテヴァの子供がいるせいで彼女から離れようとしたからだ。しかも、コステルニチカは自分かわいさだけでなく、ラツァのそのような態度のために重大な罪へと追い詰められたという側面もあるのだが、そのことをどこまで自覚しているか?
 そう考えるとはたしてこのオペラをハッピーエンドと捉えていいのかどうか、引っ掛かりは残る。それがこの作品の魅力とも言えるだろう。
 音楽的にはヤナーチェク特有の4度や5度の音階進行だけでなく、モラヴィアの民謡風旋律やドイツ・ロマン派風のメロディも随所に現れ、全編2時間を超えるグランド・オペラ風作品となっている。このあたりは同じく封建的な社会の風潮に翻弄される人間の醜さを描いた「カーチャ・カバノヴァ」が、音楽的にはより簡潔かつ先鋭な作風になっているのと対照的である。

 カウネは、情熱的で世間知らずのイェヌーファが幾多の苦難を経て成熟した女性へと成長する様子を見事に表現。ラーモアは元々メゾだがハイCまで出てくる難役を終始緊張感を保った声で歌い切る。男の異父兄弟2人はいずれもテノールだが、ハルトマンは屈折した心情のラツァ、ザンピエーリは軽薄なシュテヴァをそれぞれ自分の持ち味を十分出しながら歌う。往年のバイロイトの常連、ハンナ・シュヴァルツがまだまだ元気で、深みのある声で存在感を示す。日本人歌手たちもしっかり脇を固め、特に萩原、志村、与田が舞台を引き締める。
 ただ全体的にチェコ語の発音が少し硬めで「ニェ」など独特の発音があまり聞こえてこない。指揮者はチェコ出身だが歌手にチェコ出身者が1人もおらず、ドイツ系の歌手が多いこととも関係があるかも。

 トマーシュ・ハヌス指揮の東響は暗めの響きが作品の雰囲気によく合っている。第2幕のコステルニチカが嬰児殺しを決心する場面など、しばしば登場するグラン・パウゼを効果的に使って張り詰めた空気で歌手たちを支える。各幕終盤の金管もよく鳴っていた。

 チェコ語の壁はあるが、ヤナーチェクには名作オペラが多いし、生を観ることでもっとファンを開拓できると思う。来シーズン以降もぜひ積極的に取り上げてほしいものだ。

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