新国立劇場「ラインの黄金」(6回公演の2回目)
○2015年10月4日(日)14:00〜16:45
○新国立劇場オペラパレス
○4階1列53番(4階1列目上手端)
○ヴォータン=ユッカ・ラジライネン、ローゲ=シュテファン・グールド、アルベリヒ=トーマス・ガゼリ、フリッカ=シモーネ・シュレーダー、ファゾルト=妻屋秀和、ファフナー=クリスティアン・ヒューブナー、エルダ=クリスタ・マイヤー、ミーメ=アンドレアス・コンラッド、ドンナー=黒田博他
○飯守泰次郎指揮東フィル
(16-14-12-10-8)
○ゲッツ・フリードリヒ演出


見逃せない人物の動き

 新国立劇場の新オペラ芸術監督に現役バリバリの指揮者飯守泰次郎が昨シーズンから就任し、「パルジファル」「さまよえるオランダ人」を振った。ということは、ファンとして当然期待するのは、在任中にワーグナーの主要作品、つまりバイロイト音楽祭で取り上げられる演目は全て振ってくれるに違いない、ということである。
 その期待に当然応え、今シーズンから「ニーベルングの指環」の上演が始まる。舞台はゲッツ・フリードリヒがフィンランド国立歌劇場のために制作したもの。フリードリヒと言えばすぐ思い出されるのが、約30年前の1987年に来日公演を行ったベルリン・ドイツ・オペラのいわゆる「トンネル・リング」であるが、今回のは彼が生前最後に手掛けたものだそうだ。ほぼ満席の入り。

 開演前、舞台奥に地平線のような扇型の円周が見える。暗転の中、舞台手前にアルベリヒがみすぼらしい姿で登場。音楽が始まる。
 第1場、舞台中空に上手から下手へ横に伸びる青いレーザーが走る。少し薄めの青のレーザーが加わり、2本が前後に行ったり来たりする。最終的に4本くらいの線が行き交い、波のような雰囲気を出す。上手手前に岩、下手端中央に緑の網のようなものが見える。
 ラインの乙女たちはタンクトップのロングドレスに長い薄衣をマントのように羽織り、最初は床に寝そべっている。舞台手前と中央少し奥に段差があり、アルベリヒは手前から奥へ飛び降りて乙女たちを追う。乙女たちは奥へ降りて顔や腕を出して手前側を見渡す。乙女たちは舞台手前へ移動するときは滑り台を滑るようにスムーズに動くが、アルベリヒが中央あたりまで行って追い払われると、ゴロゴロ転がってしまう。
 中央に地球儀大の黄金。朝日が当たると上手手前からの照明で輝く。黄金の秘密を知ったアルベリヒは黄金を両手で持ち上げ、笑いながら上手へ退場。

 第2場、巨大な長方形の白壁の角が上手奥に突き立てられている。その前に仰向けに眠るヴォータン。彼の前には物差し(最初これが槍かと思った)と設計図。ヴォータンの最初のセリフは寝たまま歌う。神々は全員白一色の衣裳。ヴォータンはロングコート、フリッカは19世紀の貴婦人風衣裳。
 フライアは下手奥から逃げてくる。
 巨人族も下手奥から登場。銀色の作業服にヘルメット、背中にタンクを背負い、ファゾルトは測量棒のようなもの、ファフナーは噴射器のようなものを杖のようにして持つ。高足の長靴を履いているが、神々と比べてそれほど巨大ではない。
 契約のことを言われて、初めてヴォータンは上手端に立てかけてある槍を持つ。何や、そんなところにあったんか。
 フローは道化師の格好。ヴォータンが巨人族とやり取りしているときに奥に現れ、うつぶせに寝そべり、両手で頬杖をつき、両足の膝から下を上に上げて揺らしながら呑気に見ている。ヴォータンに見つかって追い払われる。
 ファゾルトがヴォータンへ契約履行を迫るのを、ファフナーは棒をファゾルトに向けて監視。
 ファゾルトが「自分たちと一緒に住んでくれる女がほしいだけだ」と歌うと、フライアは彼の方へ行きかけるが、フリッカに止められる。
 ドンナーはボクサー風のガウン姿、右手がハンマー代わりの巨大なミットになっている。
 神々と巨人族のやり取りの間に、舞台手前をローゲは駆け抜け、下手奥から登場。黒のスーツに赤いマントを羽織っている。中央でしばし寝転んで煙草が吸おうとするが火が点かない。ヴォータンが両足で彼の身体をまたぎ、約束を果たさせようとする。
 ローゲが巨人族の仕事ぶりを褒めると2人はグータッチ。しかし、指環の話になると、ファフナーが先に反応し、近寄ってくる。
 巨人族がフライアを連れて下手奥へ退場すると、神々は途端に元気がなくなる。

 第3場、舞台手前半分がせり上がっていく。ニーベルハイムは普通の大人でも立てないくらいの高さ。あちこちに光る柱、”DANGER”の文字がついたり消えたりする。天井には青や黄色の回るランプ。その上の地面をヴォータンたちは下手から上手へ移動する。
 中央に宝くじの売り場風の小部屋、アルベリヒの指令室になっている。アルベリヒは財宝をため込んで今やタキシード姿。ミーメから頭巾を奪い、姿を消して彼をひもで縛り上げる。ニーベルング族は頭にライトを付けた鉱夫姿のようだが、客席からはライトの光しか見えない。
 上手端からニーベルハイムに入るヴォータンとローゲ。ローゲはライターでミーメの縄を切り、解いてやる。
 指環は人差し指から小指まではめられるようになっている。アルベリヒは指環の自慢をして指令室のカウンターに立ち、思わず外に出るが、指令室に戻るときはなぜか頭から突っ込み、両足がカウンターの上に出る。
 大蛇は舞台情報が上あご、ニーベルハイムの床下から下あごが出てくる。蛙は上手手前に体長1メートルくらいでやや大きめ。ミーメを縛っていた縄でアルベリヒを縛る。

 第4場は何もない舞台。中央奥からローゲたちが昇ってくる。縄から逃れようと激しく抵抗するアルベリヒ。彼の指令で奥の下側に集まるニーベルング族。舞台の床の高さにランプの光が並ぶ。上手後方中央に金の延べ棒がせり上がってくる。
 ヴォータン、指環を渡さないアルベリヒに対し、指環をはめた右手を槍で手首から切り落とす。床に手先が残る。ヴォータンは下手手前に立ち、指環をはめた右手を前に突き出す。そのポーズのままかなり長い時間静止。
 縄を解かれたアルベリヒは、手前から上手へ退場。
 巨人族は銀のタキシード姿、柄の長い鎌を持つ。ファゾルトは野球帽を被っている。フライアはうつむいてぐったりした表情。
 フライアを中央奥に立て、ローゲたちは上手に積んである金の延べ棒をそこまで運んで3列に積み上げていく。てっぺんに頭巾を載せる。
 ヴォータンが指環を渡すのを拒否すると、今度は舞台後方がせり上がり、中にエルダがしゃがんでいる。赤のドレス。どうやら赤は知恵を象徴する色かも?立ち上がって舞台中央まで移動。警告が終わるとエルダは上手手前から退場、追うヴォータンをフリッカが止める。
 ヴォータンは指環を床に放る。すぐ取るファフナー。鎌で延べ棒をさっさと奥の下段へ落としてゆく。ファゾルトが指環を奪うが、すかさずファフナーの鎌で倒される。ファゾルトは幕切れまでそのまま床に倒れている。
 ドンナー、「イカ大王体操第2」の「海に底に」のような仕草で、地面をパンチ。舞台全体に雷が光る。
 上手奥に情報からオレンジのカーテンが降りてくる。ヴォータンが城に挨拶すると、上方に消える。
 白煙でよく見えないが、上手奥に白い柱らしきものが2本。灯台のように光りを放っているようだ。
 上手で神々は横2列に並び、社交ダンス風のステップを踏みながら徐々に城へ向かう。その姿を尻目にローゲは下手から退場。

 演奏が終わって舞台が明るくなると、ヴォータンが手助けしてファゾルトが立ち上がる。

 舞台はこれ以上ないくらいシンプルだが、人物の動きに性格や心情を赤裸々に表現させているところがフリードリヒらしい。そこには演出者ならではの人物に対する風刺も込められている。むしろこの点は「トンネル・リング」の頃より研ぎ澄まされているかもしれない。

 ラジライネンは明るめの力強い声。シュトゥルックマンに似たタイプ。グールドは終始堂々とした歌いぶりで、ヘルデンテノールが歌うローゲのお手本。演技で見せるしたたかだがたまにボケる姿とのギャップがまた面白い。ガゼリは狡猾だがどこか軽薄なところがあるアルベリヒの声にぴったし。ただ、やはり明るめの声なので、ラジライネンとのコントラストが少し弱いかも。シュレーダーは少し優しめのフリッカ。妻屋の人の好さそうな声が、これまたファゾルトによく合う。ヒューブナー、マイヤー、コンラッドも立派な歌いぶり。黒田のドンナーが終盤の舞台を引き締め、フィナーレをお膳立て。
 飯守は終始緊張を保った指揮ぶり。テンポはやや遅めだが、遅さを感じさせない。東フィルは、ところどころで弦の響きに厚みがほしかったり、ティンパニが軽過ぎる感じがしたりしたが、全体的な響きは非常にまとまりがよく、文字通りラインの大河を思わせる。

 今後来年秋に「ワルキューレ」、そして会場20周年を迎える2017年に「ジークフリート」「神々の黄昏」を予定しているそうだ。飯守の音楽生活の集大成という位置付けにもなるだろう。まずは上々のスタートを切ったことを素直に喜びたい。

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