東京二期会オペラ劇場「魔笛」(4回公演の3日目)
○2015年7月19日(日)14:00〜17:15
○東京文化会館
○1階10列20番(1階10列目ほぼ中央)
○タミーノ=鈴木准、パミーナ=幸田浩子、パパゲーノ=黒田博、夜の女王=森谷真理、ザラストロ=妻屋秀和、モノスタトス=高橋淳、弁者=加賀清孝、パパゲーナ=九嶋香奈枝他
○デニス・ラッセル・デイヴィス指揮読響
(10-8-6-4-4)、リンツ・ブルックナー管(バンダ)、二期会合唱団(19-26)
○宮本亜門演出


現代の魔法に閉じ込められた魔法の笛

 宮本亜門が二期会のオペラ公演を演出するのは、モーツァルトのダ・ポンテ三部作、「椿姫」以来となる。今回はモーツァルトの「魔笛」。過去の演出家たちが様々な読み替えをしてきたが、宮本にとってもやりがいのある演目と言えるだろう。ほぼ満席の入り。

 正方形の角が正面に突き出た形の舞台。序曲が始まると、現代風の家の居間。TVゲームの入った箱を抱えたおじいさん(弁者役の加賀)、3人の子供たち(童子役の少年)が次々と入ってきて、ソファに座り、壁のスクリーンを下ろして、「魔笛」を題材にしたような英雄育成ゲームをセットする。そこへ、お父さん(タミーノ役の鈴木)が打ちひしがれた様子で入ってくる。どうやら会社をリストラされたようだ。励まそうとする周囲に当たり散らす。続いて、買物袋をたくさん持ったお母さん(パミーナ役の幸田)が帰ってくる。リストラされたお父さんと喧嘩になる。そこへ宅配ピザが届く(届けるのは何とパパゲーノ役の黒田!)。お母さんは荷物をまとめて家出してしまい、自暴自棄のお父さんはスクリーンへ飛び込んでしまう。

 ここから物語は始まる。第1幕、正方形の奥の2辺が壁になっており、そこにCGで様々な映像を映しながら舞台は構成される。大蛇もCG。かべはそれぞれ5分割くらいに分かれていて、その一部が扉の役目を果たしたり、全部が上がってさらに奥を見せたりする。侍女たちは胸を強調した漫画チックな衣装。サラリーマン姿のタミーノのスーツを脱がせて、代わりに長いマントを羽織らせる。気絶していたタミーノは一旦起こされるが、しばらくしてまた気を失う。
 上手側の壁が場末の歓楽街になり、端からパパゲーノ登場。チャップリンそっくりの扮装。鳥かごの代わりにバラの花一輪を持って行き交う店の女性たちに声をかけるが相手にされない。
 大蛇を倒したと嘘をつくパパゲーノに、侍女たちは「ワインの代わりに水を」「パンの代わりに石を」といったセリフをかけるが、小道具はない。
 パミーナの絵姿を侍女たちはもったいぶってなかなかタミーノに見せようとしない。絵姿はiPad mini風。
 夜の女王は中央奥の切り穴から登場。
 笛は両端が曲がっている。鈴は立方体の骨組みの中心に球が浮いている。
 童子たちは、序曲の時の現代風衣裳だが背中に羽根が生えている。
 壁に遠くのザラストロの支配する街が見える。東京スカイツリーの出来損ないのような塔が本拠地らしい。そこへズームしていくことで次の場面となる。夜の女王側も西部劇映画に出てきそうな街並みだったし、2つの世界はエジプトの中の隣町同士といった、世俗的と言うか、ファンタジー性を薄めた設定になっている。もっとも、塔がだんだんズームアップされると、中はすごいことになっていそうに見えるが。

 奥から逃げてくるパミーナ。白一色の長衣姿。追ってくるモノスタトスは乞食風。上手のベッドの上で絶望して横たわるパミーナを見てズボンを下ろし、赤いパンツ姿に。中央奥の小さな壁穴から這い出てきたパパゲーノはモノスタトスと鉢合わせ、銃で脅され後退するが、モノスタトスの背後にゴリラが現れ、最後はさらわれる。
 パパゲーノが絵姿でパミーナの顔を確認する場面、「目が2つ」などのセリフ省略。二重唱を歌い終わってパミーナにキスされたパパゲーノは、映画のチャップリンそっくりの仕草で照れる。
 下手からタミーノと童子たち登場。童子たちの三重唱の後彼らの前に壁が下り、舞台は"Klugheit""Arbeit""Kunste"と書かれた3つの門。弁者は下手の壁全体が開いてその奥から現れる。初代ウルトラマンの怪獣ウーのような雪男風で杖を突いている。
 タミーノが笛を吹くと笛がライトセーバーのように光る。壁の上方が3か所ほど開いてチンパンジーが顔を出して楽しそうにする。
 タミーノが上手へ退場するのと入れ違いで下手から登場するパパゲーノとパミーナ。鞭を持ったモノスタトスと男たちに囲まれるが、鈴を鳴らす(中心の球が光る)と、男たちは踊り出し、モノスタトスだけ退場。パパゲーノ、パミーナと残った男たちで記念撮影。
 ファンファーレとともに壁が全て開く。ザラストロは頭に脳みそ模様の冠?を被る。幕切れではタミーノとパパゲーノは目隠しをされ、中央奥のエレベーターに乗せられ、ものすごいスピードで地下へもぐっていく。

 第2幕、僧侶たちは初代ウルトラマンの怪獣ジャミラ風の衣装。
 第1の試練、タミーノとパパゲーノは石のブロックに囲まれた部屋に残される。上手壁の上方に大きく「1」と示される。侍女たちの誘惑に打ち勝つと、壁が一気に崩れ落ち、彼女たちは排除される。
 2人と入れ違いに上手から足を痛めたモノスタトス登場。脱いだ靴下の匂いに耐えきれず、2足ともオケピットへ投げ入れる。
 下手側のみ壁が開いて奥に中央へ延びる階段にパミーナ。上手側も開くと同じように階段が延びていて、侍女たちが並び、頂上に夜の女王。パミーナとのやり取りの一部始終をモノスタトスも中央奥の床で見ている。夜の女王のアリアが終わると上手側の壁が元の形に。
 パミーナに愛を迫るモノスタトス、拒否されて上手へ逃げる彼女を追いかけると上手の扉の前にザラストロが立っている。モノスタトスは逃げるが「夜の女王を頼ろう」とのセリフは省略。ザラストロのアリアの1番が終わったところでなぜかパミーナも退場。終盤で立方体の椅子が2脚運ばれてくる。
 タミーノとパパゲーノが連れてこられ、第2の試練。再び石のブロックの壁に囲まれ、上手壁の上方に「2」と示される。壁の穴から童子たちが2人を励ます。タミーノには"Mut"の垂れ幕1枚、パパゲーノには"Still"の垂れ幕を次々と出す。パパゲーノはいちいちそれらを奪い取る。パパゲーナは車椅子に座り、点滴を打たれた状態で登場。チンパンジーが押してくる。タミーノは笛を掲げるだけでフルート・ソロは省略。パミーナの問いかけに対し、パパゲーノはパンをくわえず沈黙。パミーナはアリアを歌った後泣き崩れる。
 パミーナが去った後タミーノは立方体の椅子を両手で叩き付ける。すると両壁が開いて、試練を乗り越えたことを称える僧侶たちの合唱に。その途中でチンパンジーが椅子を片付けるのは、段取り通りかもしれないが見た目は少々興醒め。
 続いてタミーノ、パミーナ、ザラストロの別れの三重唱。歌い終わった後、通常出てこない弁者がザラストロに向かい、「パミーナのことですが」と話しかけながら退場。

 場面は"Klugheit""Arbeit""Kunste"の3つの門に。神殿から追放されるパパゲーノ。僧侶からワインを一瓶もらい、ラッパ飲み。アリアでは上手の壁が歓楽街になり、店の女性たちが出てくる。3番になってから初めて鈴を取り出す。マントを脱いで顔を見せたパパゲーナにパパゲーノは大喜び、しかしすぐ上手の花道へ連れ去られ、パパゲーノも追いかける。
 パミーナと童子たちの四重唱でも弁者が現れ、童子たちにあれこれ指示する。
 最後の火と水の試練へと導く武士2人は蝶野正洋風。上手壁の上方に「3」と示される。パミーナと再会し、タミーノは2人で試練に挑む。火の試練では予想通り原爆の映像が映し出される。試練を無事潜り抜けた2人は中央奥で人々から金の紙吹雪で祝福される。
 両壁が下り、神殿から外れた荒地。パパゲーノがパパゲーナを探して現れるが、なぜかモノスタトスも登場。ひとり者同士、モノスタトスがパパゲーノを邪魔をするため、上手の木の枝から縄を下ろし、首を吊りやすいように立方体の椅子をその下に置き、その奥に隠れる。パパゲーノが"Eins!"(1!)と叫ぶとカラスが鳴くのでモノスタトスが石を投げて追い払う。3まで数えて反応がないので椅子に昇って首を吊ろうとしたところへ、下手から童子たち登場。パパゲーノとパパゲーナの二重唱にも絡む。枯木は花で満開となる。
 神殿に近付いてきた夜の女王たちは退けられるが、女王のみ舞台に残る。最後の場面では花道に合唱が並び、奥からタミーノとパミーナが登場。パミーナが母を見つけ、奥へ連れて行く。ザラストロを先頭に上手へ退場するのに女王も付いて行くので、一応和解したということか。

 これでゲームは終了し、序曲のシーンに戻る。スクリーンからお父さんが戻ってくる。おじいさん、子供たちも集まり、お母さんも帰ってきて、家族みんなで輪になって喜び合う。

「魔笛」のセリフの中には現代に通じる教訓が多く盛り込まれ、現代風に読み替える演出家たちも様々な形で利用することが多い。しかし、宮本の演出はオリジナルのストーリーをゲームの世界に置き換えただけで、現代の人々の生活との関連付けがほとんどなされていない。古代の教訓を現代人に警告として伝えるわけでもなければ、所詮ゲームでの出来事はヴァーチャルなものとの割り切りもない。また、弁者とモノスタトスに、オリジナル以外の場面でもしばしば登場させているが、音楽を楽しむ妨げになる。特に童子たちが加わった重唱の場面は、音楽的にも白眉と言うべきところで、何とも落ち着かない。

 歌手陣はいずれも水準が高い。鈴木は冒頭こそ少し弱々しかったが、「何と素敵な絵姿」以降は瑞々しい美声を響かせる。幸田も悲劇に苛まれるが芯の強さで乗り切るパミーナにぴったり。第2幕のアリアではホロリと来た。チャップリン成りきり(もっともこの役柄設定が適切か否かは疑問が残るが)の黒田には、終始抱腹絶倒。その一方で沈黙を守るタミーノとパミーナを心配そうに見守る場面での表情を見ていると、せつなくなる。もちろん歌いぶりも言うことなし。森谷は伸びのある声が魅力的で、高音も安定していたが、緊張感のある個所と少し緩む箇所がはっきりしているのが惜しい。妻屋も終始安定した歌いぶり。高橋は貫通力のある声と卓抜した演技力で、憎たらしいモノスタトスに。加賀は出番が多くて大変だったろうが、肝心のタミーノとのやり取りではもう少しきちんと歌ってほしい。九嶋のパパゲーナは何ともチャーミング。3人の童子たちは声変わり寸前の中学生たちらしい。小柄の女声歌手たちがやるよりずっといい。

 デイヴィスは冒頭タミーノが大蛇に追われる場面や第2幕のモノスタトスのアリアなどで、意外と遅いテンポ。その一方で第2幕冒頭の僧侶の入場の音楽などはかなり速い。読響は重厚な響き。型にはまった音楽を型通り演奏するうちはいいのだが、歌手とのやり取りになるとしばしばずれが出てくる。珍しく前の席だったので余計ずれが聞こえてしまう。しかし、最後は指揮者が巧く辻褄を合わせていた。

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