高橋望 ピアノ・リサイタル
○2015年1月31日(土)15:00〜16:30
○四谷区民ホール
○2階V列11番(2階最後列中央)
○バッハ「ゴルトベルグ変奏曲」BVW.988(約77分、繰り返し全て実施)

一見草食系、しかし…

 高橋望さんのことは、若手注目株の1人として、以前から私の耳には入っていた。ようやく生で聴く機会を得る。これに先立ち、彼は作品や演奏に関する講演会も開いた。こちらは残念ながら行けなかったが、自分の手の内を事前に聴衆にさらけ出すとは、なかなか大胆な演奏家である。プログラムには、講演会で紹介されたらしい、奏者自身の作品紹介と変奏ごとのコメントが記されており、演奏を聴く上で非常に参考になる。
 半分程度の入り。
 
 高橋さんは譜面を置き、1曲終わるごとにめくって次へ進む。
 冒頭のアリア、少し遅めのテンポ。静かに、少しためらいがちに始める。
 第1変奏以降も落ち着いた雰囲気で進む。マラソン・ランナーがペースメーカーに合わせて呼吸を整えながらエネルギーを温存している感じ。ただ、だからと言って演奏自体が大人しいわけではなく、音の強弱については意外とスコアに逆らう場面も目立つ。
 通常はカノンが置かれた3の倍数ごとに一区切りと考える人が多い中、彼は5曲ごとでひとまとまりに捉えている。確かに手の交差が多い第5変奏を弾いた後に、少し間を置いて第6変奏が始まると、2度の衝突がこれまでの穏やかな空気に緊張を与えていく。あっという間に第10変奏の華やかな四重唱へと盛り上がっていく。
 第11変奏ではその興奮を鎮めるかのように穏やかに始まる。第12変奏では一転して左手の四分音符3つの塊を強調する。第13変奏「イタリア様式」で地中海からの風を吹かせ、その爽やかさを保ったまま第14変奏へ。32分音符のフレーズの連続が心地よい。第15変奏、つまり初めての短調とのコントラストも見事。

 後半の第16変奏、「堂々とした前部」では、あまり重々しい感じはない。第17変奏ではスコアの指示はfだが、pくらいで始める。第20変奏まではいろんな曲想の間を気ままに飛び回っていく。
 第21変奏、2度目の短調なのでまたも雰囲気が変わる。テンポも一転して速くなる。第22変奏は正に「讃美歌のよう」、会場内の空気が清められるようだ。第23変奏は「笑い声 ハッハッハ!!」という面白いコメントが付いている。3度の激しい上昇、下降音型をそう聴くか!第24変奏は優雅な雰囲気。そして、3度目の短調となる第25変奏、冒頭はpと指示されているが、この日最も慎重で最も繊細な音から始める。集中力がぐんと高まったのが伝わってくる。後半はmfの指示だがpくらいで始める。しかも、途中のfでも大きくしない。息を詰めるような音楽が続いていく。
 第26変奏、前の曲の緊張から一気に解放される。付点のリズムがやや甘いかも。第27変奏はカノンだが唯一通奏低音がない。歩き始めた子供を追いかける親の姿が目に浮かぶ。第28変奏「トリル攻め」では、色とりどりの蝶が舞う。第29変奏「和音の連打」では、最初からしっかり鳴らし(スコアの指示はmf)、決然とエネルギッシュに響かせる。第30変奏「クオドリベット」はかなり遅めのテンポ。派手な弾きぶりをする奏者が多い中、「ようやくここで会えましたね!」という気持を出したかったそうだ。最後のアリアを聴きながら、長旅を終えた満足感と何事もなかった安心感が伝わってくる。

 最初のうちは草食系のバッハかとも思ったが、だんだんと緊張が高まってゆき、特に第26変奏以降、決めるべきところはしっかり決める場面が目立つ。ベーゼンドルファー(モデル275)の芳醇な響きを十分に引き出し、アクセントにも丸みがある。今後の成熟を待つべきところがあるかもしれないが、まずはこの大曲に正面からぶつかって攻め切ったと言えるのではないか。
 今後の飛躍がとても楽しみ。

表紙に戻る