黒田博バリトンリサイタル
○2013年11月16日(土)14:00〜16:00
○津田ホール
○M列8番(13列目下手寄り)
○P=服部容子
○モーツァルト「フィガロの結婚」より「もう飛ぶまいぞ この蝶々」「目を見開け!男どもよ」、同「ツァイーデ」より「大胆に試せ幸運を」、同「ドン・ジョヴァンニ」より「シャンパンの歌」「セレナーデ」、同「コジ・ファン・トゥッテ」より「女たちよ、あなた方は」、同「フィガロの結婚」より「私がため息をついている間に」
シューマン「二人の擲弾兵」、シューベルト「魔王」、ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」より「リラの花がなんと優しく、ふくいくと香る事か!」、同「パルジファル」より「父よ!最も祝福された勇士!」、コルンゴルド「死の都」より「わが憧れ、わが悩み」(ピエロの歌)、モーツァルト「魔笛」より「パパゲーナ!パパゲーナ!パパゲーナ!」
+モーツァルト「魔笛」より「恋人か女房があればいいが」

ザ・黒田博ショー

 1921年スイスのジュネーヴに設立されたWILPF(婦人国際平和自由連盟)の日本支部は、1979年から毎年声楽の鑑賞を通して「平和」を考える機会としてコンサートを開催している。出演者一覧を見ると我が国の声楽界をリードしてきた名歌手たちがずらり。黒田は2003年に出演したが非常に好評だったそうで、長らく再登場が待たれていたそうだ。そんな期待の大きさを反映してか、チケットは完売、ほぼ満席の入り。

 燕尾服姿で登場。冒頭のフィガロのアリアからエンジン全開。朗々と響き渡る中で悪賢さも感じさせる声、身振り以上の演技を入れながら、生き生きと歌い、演じる。1曲目を歌い終わると早くもブラヴォーの声がかかる。
 「ツァイーデ」は未完の作品。「後宮からの誘拐」に似たストーリー。「大胆に試せ幸運を」はトルコの宮殿に捕らわれの身ながら愛し合うようになったツァイーデとゴーマッツの逃亡を助ける皇帝の腹心アラツィムのアリア。一転して気品高い歌いぶりに。
 「ドン・ジョヴァンニ」になるとまたコミカルなスタイルに戻る。「シャンパンの歌」では歌い終わった後高らかに笑い、「セレナーデ」の前にはピアニストを待たせて客席を見渡した後、上手方向を見上げ、ピアニストに合図し、そこにバルコニーがあるかのような雰囲気で歌い始める。女性客のほとんどは「私に向かって歌って!」と願ったはず。
 「コジ・ファン・トゥッテ」も明るく、しかし少しあきれながら。「フィガロ」の伯爵のアリアはフィガロより重めの声で苛立ちながら歌う。

 後半は学生服風の紺の上着で登場。マイクを持ってしゃべり始めるがこの話がまた面白い。ほとんどオペラの曲になったが、「二人の擲弾兵」「魔王」だけは歌曲を入れたかったそうだ。幼い頃お父様が持っておられたSPに入っていた曲で何度も聴いたものだそうだ。平和を目指す団体主催のリサイタルで、武器を持って墓から立ち上がる、といった内容の歌を歌って大丈夫か少し悩んだそうだ。しかし、そんなこと言い出したら婦人団体主催のリサイタルで「コジ・ファン・トゥッテ」を取り上げる方がもっと問題という気もするが(笑)。
 一度下がってから改めて登場。ピアニストも前半から衣裳を変えている。歌曲は2つとも折り目正しい歌いぶり。特に「魔王」はオペラとは違った歌い方で臨場感を引き出す。
 「マイスタージンガー」ではドイツの春の暖かさ、明るさと青春の情熱とが見事に重なって表現されている。「パルジファル」では上着のボタンを全部はずして登場し、第3幕のアンフォルタスのソロを全て歌い切る。脇腹に傷を負った姿を連想させる。
 下がった後、今度は何とカラフルなストライプ柄のジャケットで登場。コルンゴルドの「ピエロの歌」は、愛妻を失った主人公が妻と瓜二つの踊り子に出会い、その踊り子の所属する一座のピエロが歌う曲。コミカルな中にも哀愁を感じさせる。
 最後の「魔笛」の場面では、ピアニストだけが登場。何と黒田は下手側のドアから客席に入り、笛を持って歌い始める。パパゲーナを探した後ステージに上がろうとするがなかなか上がれず、客席も大喜び。三つ数える場面では、ピアニストに助けを求めるがそっぽを向かれる。果たしてどこまで歌うのだろうと思っていたら、何と何と、客席からパパゲーナまで立ち上がり、ステージに昇って二重唱まで披露。パパゲーナを歌ったのは藤原歌劇団の看板歌手、高橋薫子さん。ある会合で頼んだら快諾してくれたそうだ。

 最後の曲の後再びマイクを取ってお話。オペラの仕事が忙しく、東京でリサイタルを開くのは前回のWILPFコンサートに続いてわずか2回目とのこと。次回は「手狭な」ところでなくもっと大きなホールでやりたいとの前向きな発言も。アンコールは衣裳の関係もあり?「魔笛」からのアリアで締め。
 数々のオペラの伴奏を表情豊かに弾き切った服部も見事。
 歌に演技に衣裳におしゃべりに、そして歌詩の訳までも自分で。これまたユニークで面白い。何から何まで黒田プロデュースのショーを心の底から楽しむ。もちろんこれからもオペラで活躍してほしいが、年に1回くらいはリサイタルも開いてほしい。

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