ラザレフ指揮日本フィル
○2013年6月14日(金)19:00〜20:50
○サントリーホール
○2階C5列32番(2階正面5列目中央やや上手寄り)
ラフマニノフ「カプリッチョ・ボヘミアン」
 「パガニーニの主題による狂詩曲」(約24分)+パガニーニ/リスト「カプリース第4番ホ長調」(P=河村尚子)
 「交響的舞曲」
○16-14-12-10-8(下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)

ラザレフの魔法にかかる喜び

 ボリショイ劇場芸術監督などを務めたロシアの名指揮者、アレクサンドル・ラザレフが2008年に日本フィルの首席指揮者になって以降、演奏が劇的に変化しているとの噂は前々から耳にしていたが、内心「ほんまかいな」という思いが強かった。ようやく実演を聴きに行くことに。
 8割程度の入り。プログラムの表紙にはこの日の演奏会の主役と言うべきラフマニノフ、ラザレフ、そしてピアノの河村のイラストが描かれている。これだけでも変化を感じさせる。

 「カプリッチョ・ボヘミアン」はラフマニノフ21歳の時の作品。交響曲第1番よりも前に書かれている。初めて聴く曲。
 沈黙を破るティンパニの連打に続いてFgなどが物悲しいいかにもジプシー風のメロディを奏でる。ドヴォルザークを思わせるスラヴ風のメロディとボロディンを思わせる野性的なリズムとが程よく溶け合い、それらがラフマニノフ特有のためらいながら徐々に上昇していく音型パターンへとつなげられていく。終盤スピードアップしながら盛り上げていくところなど、ラザレフの棒さばきはさすがにうまい。1曲目なのにカーテンコールで2度も呼び出される。

 河村は深緑でチューブトップのドレスで登場。テンポはほぼ標準的だが、キレのある音で小気味よく進んでいく。それが一段落して第11変奏でゆったりしたテンポになり、第12変奏で初めてイ短調以外の調(ニ短調)になり、その後も転調を繰り返しながら、有名な変ニ長調の第18変奏に至るのだが、テンポをあまり落とさないせいか、ピアノもオケも思ったほど音色や曲想の変化が際立ってこない。第18変奏に入ってからも過度な思い入れは無用とばかり、さっさか弾き進んでいく。
 イ短調に戻る第19変奏以降は再び切れ味鋭いフレーズが続き、和音の響きにも厚みが出てくる。
 それにしても、弦、特にヴァイオリンがもう少し響かないものか。Clもしばしば音程が不安定。
 アンコールはラフマニノフとパガニーニとどちらを意識して選ぶかと思ったら、後者だった。

 「交響的舞曲」第1楽章、やはり弦の刻みが今一つ響かない。リズムばかりが強調されて音の流れが見えづらい。と思っていたら、ホ長調に転調した中間部で管楽器のソロが続くあたりから少し流れるようになってきた。特にサックスのソロが朗々と歌い始め、ようやく安心して身を任せることができるように。するとそれを受け継いだ1VとVcが1オクターブ差のユニゾンで、それまでとは別人、いや別のオケのように分厚い響きで歌い始める。ラフマニノフ特有のむせ返るような甘美さがやっとこちらにまで漂ってくる。前半部に戻ってもこの響きは維持され、俄然音楽のまとまりがよくなってきた。
 何が起こったのだろう?休憩中にラザレフが何か仕掛けた気がしてならない。ひょっとしたらサックスや木管の奏者に音楽をリードするよう指示したのかも?
 第2楽章冒頭では金管の不協和音のバランスが絶妙。これに影響されてオケ全体のアンサンブルが引き締まる。弦の響きも豊かさに緊張感が加わり、不安な気分をかきたててゆく。
 ブラームスのハンガリー舞曲第6番の出だしに似た雰囲気で始まる第3楽章、まとまったオケが今度はあちこちで噴火を始める。リズムはさらに生き生きと弾み、歌いぶりも情熱的に。最後は火の玉のような盛り上がりだが、アンサンブルはびくともしない。団員も聴衆もラザレフの魔術に完全に乗せられる。

 それにしても、ラザレフの指揮ぶりやステージマナーはスヴェトラーノフやロストロポーヴィチといった陽気で昔気質のロシア人指揮者たちを思い出させる。棒なしで大きな身振りを交えて指揮し、演奏が終わると団員たちをオーバーアクションで称える。ソロで活躍した管楽器、打楽器奏者たち、弦の最前列の奏者たちはもちろん、コントラバスの首席たちとも握手(指揮台からコントラバスまでは遠いので普通は手を振って終わりなのだが)。今やロシア出身でもこんなタイプの指揮者はいなくなった。この人柄と高度な職人技が人気の秘密なのだろう。
 終演後のアフタートークまで残ってみた。これまた日本のオケではまだまだ珍しい試み。ただ、団員たちの話しぶりはまだどこかぎこちないし、ラザレフの話は面白いのだが、次のシーズンに取り上げるスクリャービンの話が中心。終わったばかりの演奏会で次の演奏会のチケット・セールスをされると、さっき味わった興奮も醒める。河村さんも呼んでこの日の演奏の話を聞きたかった。

 まだまだ改善の余地はあるものの、日フィルが聴衆側へ歩み寄りながらより持続可能な団体へと懸命に努力していることは伝わってきた。この路線が来シーズン以降どう発展していくのか、期待を持って見守りたい。

 

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