新国立劇場「効率学のススメ」
○2013年4月20日(土)13:00〜15:05
○新国立劇場小劇場
○BB列7番(2階正面奥バルコニーほぼ中央)
ケン・ローマックス=豊原功補、グラント氏=中嶋しゅう、イフィー・スコット=宮本裕子、ジャスパー・ハーディ=田島優成、ジェニファー・フィールド=渋谷はるか、グラント夫人=田島令子他
○ジョン・E・マグラー演出


理性に取りつかれた人間の悲劇

 長らく生の演劇を観ていない。観たいと思っても、一部有名作品を除き、最近題名だけではどんな中身なのか想像もつかないものが多い。と思っていたところにこの題名を目にし、にやりとした。と同時に不安もよぎった。実にわかりやすいテーマを扱っている一方、陳腐な切り口になりはしないか、とも感じたからである。しかし、迷う暇はない。とにかく観に行くに限る。ウェールズのアラン・ハリスの脚本。8割程度の入り。

 客席は舞台を囲むセンターステージ型。正面入口から入ると、中央に柱と天井の枠だけで囲まれたISバイオ社の研究員イフィー、ジャスパー、ジェニファーの研究室、その手前に効率化コンサルタント、ケンが泊まるホテルの一室、奥の上手側はイフィーたちの上司グラントのオフィス、下手側はグラントの家の居間(ソファのみ)。イフィーたちのオフィスの三方の隅に机が一つずつ、骨組みだけのパソコンが置かれている。残る一角にはコーヒーメーカー。これらの部屋はロの字の通路に囲まれている。役者たちは上手手前と下手奥の客席通路から出入りする。

 休憩なしの約2時間通しの作品だが、プロローグと3つの章に分かれていると見ることができる。まず中央の天井から吊るされたケンが幼い頃に父に連れて行かれたプラネタリウムでの思い出を語り、それをきっかけに効率化に邁進し始めたことを示す。
 暗転になり、続く3つの章立てはバルコニーの壁にプロジェクターで「科学的発見に関する三つの段階」という全体テーマが示され、「その発見が真実であることを否定しようとする」「その発見が重要であることを否定しようとする」「間違った人に功績を与える」という章のタイトルが順次表示される。これ自体が三段論法などの科学分野で広く使われている思考法に対するパロディのようにも見える。
 第1段階、ある朝のISバイオ社。ジャスパーがロックを流しながら身なりを整え、シリアルと牛乳の簡単な朝食を取る。続いてジェニファー出勤。彼女はジャスパーのラジカセのスイッチを切るなど、イケメンぶる彼の態度が気に食わない。次にイフィー出勤。彼女も自分のパソコンをジャスパーがいじったと非難。その後グラントが研究室に入ってくる。中堅研究者のイフィーは何か重要な発見をし、グラントを通じて幹部の理解を得ようとするがうまくいかず、逆にグラントに指示された作業を先延ばしにするばかり。ジャスパーとジェニファーはイフィーが取り組んでいる研究内容については知らない。つまり、組織としてはぎくしゃくしている状況。
 そこへ「効率化コンサルタント」ケン・ローマックスがやってくる。以前彼のおかげで職を失ったジェニファーは彼にあからさまに反抗するが、ジャスパーとイフィーは良好な関係を築こうとする。早速ブラウン・ペーパー(茶色の模造紙)が床に広げられ、そこに付箋やマジックを使って現状分析が始まる。私自身もしばしば使うKJ法などのこれまたパロディである。ジャスパーと反抗しているはずのジェニファーが熱心にこれに取り組む。彼らの作業ぶりがバルコニーの壁にも映し出されるが、適度にぼかされて内容までは読み取れない(もっとも読めてもこの芝居の理解にはつながらないが)。

 第2段階、やはり朝から始まる。机の下に寝ていたジャスパーはロックで目が覚め、起きた途端に頭を机の下で打つ。身なりを整え、シリアルと牛乳の朝食。グラントの家では夫人が彼を送り出し、続いて夫人は外側の通路でジョギングを始める。
 ブラウン・ペーパーはどんどん長くなり、ロの字の通路まで埋め尽くされる。3人の研究者たちは分析を続けるうちに自分たちが解雇されるのではないかと不安に思い始め、三者三様の行動を取り始める。ジェニファーはイフィーに秘密の研究成果の公開を進めるが聞き入れられない。しかし、イフィーはケンに「最も困難なことから始めよ」とアドバイスされ、取るべき道を見つける。

 第3段階、またも朝から始まり、第2段階と同じ光景が繰り返される。しかし、社員たちの人間関係は悪化の一途。グラントはイフィーが自分の研究成果を会社に無断で特許申請したことに激怒し、イフィーはウィルスでサーバーがダウンしたために自分の研究成果のデータが消えたばかりか、自宅のデータもジャスパーに盗まれ、グラントに渡ったことでショックを隠せない。ジャスパーはグラントの指示で盗んだわけだが、引き受ける条件としてジェニファーを解雇しないことを約束させる。他方、ジェニファーは解雇されるのを嫌って先に辞表を出したのだが、ジャスパーの行動を知ってさらに彼のことが嫌いになる。ジャスパーはジェニファーに対する思いがどうやっても伝わらないことに絶望し、オフィスの床や通路に広げられたブラウン・ペーパーを引きちぎり、ぐしゃぐしゃに丸め、その中に埋もれる。人生の歯車が狂い始めた彼らをあざ笑うように、バルコニーの壁には色とりどりの付箋が貼られたブラウン・ペーパーが監視の目と牙をむく口になって彼らに襲いかかる。
 イフィーはケンの部屋を訪ね、効率化を説く彼の著書を酷評し、雑談や無駄の効用を映画「ローマの休日」などを例に使いながら、必死に説く。あらすじでは「人生は数値では測れないことに気づき」とあるが、ケンは戸惑いを見せるものの、彼の心境に変化が起こっているようには見えない。
 ついにグラント、イフィー、ジャスパー、ジェニファーの前でケンの判定結果が示される。何と、部下の研究員たちを非効率的な管理で放置していたためにイフィーの研究成果が生み出されたとして、グラントのみを昇進させ、研究チームは閉鎖となる。しかもその根拠として、冒頭のプラネタリウムの体験談を持ち出す。つまり同じ根拠から最初とは正反対の結論を導き出したのである。
 グラントと夫人は大喜び。夫人は朝のジョギングの代わりにボクシングを始める。

 しばらくして、イフィーは夫人を通じて手に入れた自分の研究データをジェニファーに渡す。3人の中で唯一新たな研究の仕事を見つけたジェニファーだが、最初は戸惑うものの、イフィーのアドバイスにどうやら希望を見出したか。ジャスパーはイケメン・バーテンダーに転身したらしい。
 そして、通路の上手手前端で挨拶や天気の会話を一人で練習するケン。反対の端にイフィーが現れ、手を振る。ぎごちなく手を振り返すケン。小走りに走るイフィーとゆっくり歩くケンが出会うところで暗転。

 ケンが登場した最初のうちこそ数字を用いて効率化の題目が説かれるが、その後は効率化という概念に取りつかれた社員たちの心理的変化を中心に描かれてゆく。ただ、この結末を見る限り、ケンは本当に効率化信仰を捨てたのか、大いに疑問である。非効率的な行為が効率化への近道であると気づき、全ての非効率的な営みを網羅していこうという姿勢を見る限り、彼の本質は何一つ変わっていない。この作品のテーマは効率化への批判ではなく、むしろ効率に代表される理性のみで生きようとする人間への批判ではないのか。
 どうでもいい話だが、男女3人ずつの人物構成は「コシ・ファン・トゥッテ」を思い起こさせる。でも、グラント夫婦、片思いのジャスパーとジェニファー、そして最後に付き合い始めるケンとイフィーという組合せでそれなりにつじつまは合うのかも?

 豊原は昨年の大河ドラマ「平清盛」における平忠正役が印象に残るものの、それ以上に私のイメージは「のだめカンタービレ」のハリセン役だった。あの役とは対照的に、プラネタリウムの話以外感情を全く表に出さない無機質なせりふ回しは聞いていて何とも息苦しく、だんだん追い詰められるような気分になってくる。また、私にとってはシルヴィア・クリステルなどの吹き替えで耳に残っている田島のグラント夫人が声、演技ともに舞台を落ち着かせる。中嶋もダメ管理職の味をよく出している。他の俳優たちも役柄の特徴をよく捉えているが、センターステージのせいか、時折セリフを聞き取りにくい場面があった。

 

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