新国立劇場「ピーター・グライムズ」(5回公演の2回目)
○2012年10月5日(金)18:30〜21:35
○新国立劇場オペラパレス
○4階L6列2番(4階下手サイド6列目下手端)
○ピーター・グライムズ=スチュアート・スケルトン、エレン=スーザン・グリットン、バルストロード船長=ジョナサン・サマーズ、アーンティ=キャサリン・ウィン・ロジャース、姪=鵜木絵里、平井香織、ボブ・ホウルズ=糸賀修平、スワロー=久保和範、セドリー夫人=加納悦子、ホレース・アダムズ=望月哲也、ネッド・キーン=吉川健一、ホブソン=大澤建
○リチャード・アームストロング指揮東フィル
(14-12-10-8-6)、新国合唱団(27-32)
○ウィリー・デッカー演出


金管と合唱と演出がピーターを容赦なく追い詰める

 今年開場15周年を迎え尾高芸術監督最後のシーズンとなる新国の開幕を飾るのは、尾高さんがこだわりを持つイギリスの作曲家で来年生誕100年となるブリテンの代表作「ピーター・グライムズ」。しかも、中劇場のシェイクスピア「リチャード3世」と今月末からオペラパレスで上演されるバレエ「シルヴィア」と合わせて「英国舞台芸術フェスティバル2012」と銘打って行われる。新国でしかできない趣向だが、なぜかプログラムにはそのことに触れられていない。8割程度の入り。

 緞帳の絵は嵐の雲を思わせる。
 プロローグ、逆V字型の壁に囲まれたスペースの奥に村人たち、中央に高椅子に座ったスワロー判事。下手手前に棺桶。ピーターは時折棺桶を持ち上げながら歌う。そんな彼に付かず離れず取り巻く村人たち。尋問が終わると彼らは上手へ退場。エレンが1人残ってピーターに話しかける。舞台中央で2人は向き合い、エレンは手をピーターの顔にかざす。彼もエレンの顔に手を当てようとするが離れる。壁の奥が開き、ピーターは棺桶を持って開いた方へ向かう。ホリゾントは台風を思わせる渦巻く雲の絵。エレンは追おうとするが逆に手前に後退、彼女の前に緞帳が降りる。
 第1幕第1場、客席に向かって整然と並べられた椅子に村人たちが座り、牧師の指揮で合唱の練習をしているが、隙を見ては噂話に花を咲かせる。奥では子どもたちが遊んでいる。エレンも下手手前端の空いた椅子に座る。
 下手奥からピーターの声がすると彼らは一斉に歌の書かれた紙で顔を隠す。ボウルズとバルストロード船長が手を貸しに行く。奥の黒いカーテンの下手端が少しだけ開き、ピーターがロープを体に巻いて現われると、村人たちは椅子の山をいくつか作って上手端へ逃げる。ただ、ここではピーター1人が仲間はずれにされるわけではなく、ちょっとした発言でキーンもアーンティも牧師も非難の的となる。その間上手手前端に移動して座るピーター。
 新しい徒弟を迎えに行くと言うエレンを村人たちはピーターのそばから引き離し、下手奥へ引っ張っていく。それを振り切ってエレンは「罪なき者まず石を擲て」を歌い始め、再びピーターの方に近寄る。歌い終わると下手奥から呼ぶホブソンに従って退場。
 嵐の警報が告げられると奥のカーテンが全て開く。村人たちが退場した後船長とピーターが残る。船長のアドバイスに彼はしばしば苛立ち、椅子を両手で床に投げつける。
 第1幕第2場、下手側が長い逆V字型の壁、短い方の壁の大半は扉になっている。長い壁に沿って長テーブル3脚並ぶが手前の1脚はひっくり返して中央のテーブルの上に載せられている。店仕舞を始めていたのだが、嵐のテーマに合わせて村人たちがなだれ込んでくると、テーブルを降ろす。扉が開いてピーター現れると、その大きな影が壁に映る。村人たちはその壁にへばりつく。ピーターは上手手前端に移動。キーンが「年寄りジョーが漁に行った」を歌い始めると村人たちは踊り出すが、しばらくしてピーターが彼らの歌を遮ると、再び村人たちは下手側に集まる。
 ホブソン、エレンと少年が扉に登場。少年はピーターの姿を見てエレンに抱きつくが、彼女はピーターに引き渡す。ピーターは早速少年を連れて出て行く。

 第2幕第1場、2枚の壁の間を村人たちが奥へ進む。最奥には長い棒に付けられた十字架。壁の手前のすき間がだんだん狭くなり、やがてV字型に閉じる。エレンと少年が登場。彼女が話しかけようと近づくと少年は逃げる。しかし、上着を脱がせると身体の傷を見つける。少年が舞台中央で腹這いになると、彼女もその後ろに腹這いになって少年の足を掴む。ピーターが現れると2人は立ち上がる。少年はエレンの後ろに隠れようとする。ピーターはエレンを殴り倒し、少年を担いで退場。
 V字の壁が開いて村人たちが出てくる。壁は両脇に移動し、その間の広くなったスペースにテーブルとベンチが3列並べられる。ピーターへの疑惑を口々に歌う村人たちに対し、エレンは中央のベンチの手前に座って弁明するが、聞き入れられない。ホブソンが下手手前端で太鼓を叩き始める。彼に従って男たちは奥へ退場。ちなみに舞台床の奥は左右に分かれる石の階段となっている。
 男たちが去った後エレン、アーンティ、姪たちの四重唱。アーンティは2人のを抱きかかえるようにして上手奥へ向かうが、下手手前端にいるエレンの歌を聴くと戻ってくる。途中から下手奥から女たちが現れ、そんな4人を冷ややかに見つめる。
 第2幕第2場、ピーターの家。長方形の床の奥側の2面のみに壁が付いている。床の奥が空いていて、海へ続く崖への入口となっている。上手手前に壁に沿って置かれたベッドの上に錨の刺繍入りの赤いセーター。少年はピーターの仕打ちに脅え、彼がベッドの上に寝転ぶと、上半身だけその隣りに載せ、足は立った状態。起き上がったピーターが先に死んだ少年のことを歌うと、少年は彼の後ろから抱きつく。セーターを着た少年が崖を降りていくが、しばらくすると叫び声が聞こえる。男たちの声がするのでピーターも崖下へ。入れ替わりに男たちが入ってくるが、何も異常がないので退場。その入れ替わりに少年の死体を抱き上げたピーターが戻ってくる。死体をベッドに横たえる。

 第3幕第1場、V字型だが手前が少し開いた壁に挟まれた中、赤い照明の下で踊る村人たち。みな動物の仮面を被っている。壁が閉じるとエレンと船長が現れる。彼女は少年のセーターを持っている。船長から一緒にピーターを助けるよう説得されたエレンは上手手前端へ。村人たちが外へ出てくる。彼らを避けるようにエレンがセーターを服に隠して去ろうとするがセドリー夫人に見つかる。取り上げられたセーターは村人たちの間でパスされ、舞台中央前に倒れたエレンは彼らから糾弾される。
 第3幕第2場、何もない地面、奥にピーター1人立つ。モノローグを歌いながら手前へ歩いてくる。上手奥からエレンと船長が登場。船長に船を沈めるよう言われ奥へ向かうピーター。下手手前にエレンが1人残り、そのすぐ後ろを緞帳が降りる。
 しばらくして緞帳が上がると第1幕第1場と同じ舞台。村人たちが紙を顔の前に掲げて歌う中、船長だけは紙を膝に置いている。しかし、しばらくすると彼も紙を顔の前へかざす。下手手前端に1つ空いた椅子にエレンも座ると、最後は紙を顔の前へ。予想された動きだが実際その通りになると背筋が寒くなる。

 デッカーの演出は、簡素な舞台を効果的に動かし、村人たちがピーターを容赦なく追い詰めていく様子を赤裸々に見せる。しかし、それは先に書いたように、一歩間違えれば他の誰に対してでも向かいかねない、嵐と同じような制御しがたい暴力である。そして、数少ない良識を持ったエレンや船長さえも最後はねじ伏せてしまう。
 スケルトンは大柄な体型がピーターにそぐわない感じがするが、力強さと脆さを使い分けた歌いぶりは見事。特に第3幕のモノローグはどうしようもない孤独感がひしひしと伝わってくる。グリットンは気品を備えた声と芯の強さを感じさせる歌いぶりがエレンにぴったり。サマーズも深みのある声と安定した歌いぶり。ロジャースは素朴な声と歌いぶりでこちらもアーンティによく合っている。日本人歌手たちからもそれぞれの役柄の個性が十分伝わってくる。
 アームストロング指揮の東フィルも乾いたハーモニーでこのオペラの雰囲気作りに貢献。特に金管が鋭い響きを終始維持し、殊勲賞もの。
 合唱は毎回すばらしいのだが、この日はいつも以上に迫力があり、金管の響きや演出と相まってピーターを追い詰める展開には鬼気迫るものがある。
 あくまで私が聴いた範囲だが、近年のオープニングの中では最も充実した公演と言えるのではないか。

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