東京二期会オペラ劇場「パルジファル」(4回公演の3回目)
○2012年9月16日(日)14:00〜19:25
○東京文化会館
○1階R6列1番(1階上手サイド6列目通路側)
○パルジファル=福井敬、アンフォルタス=黒田博、グルネマンツ=小鉄和広、クンドリ=橋爪ゆか、クリングゾル=泉良平、ティトゥレル=小田川哲也他
○飯守泰次郎指揮読響
(14-11-10-8-6)、二期会合唱団

○クラウス・グート演出(バルセロナ・リセウ大劇場、チューリヒ歌劇場との共同制作)


苦悩に寄り添い心洗われる

 今年は二期会創立60周年ということで、昨シーズンから意欲的な公演が続いている。今回は二期会自身が初演して以来45年ぶりにワーグナーの最後の大作「パルジファル」を取り上げる。東京で舞台付で上演されるのは2009年のあらかわバイロイト以来かも。8割程度の入り。

 前奏曲終盤、イングリッシュ・ホルンなどが聖杯の主題を奏でるあたりで幕が開く。白壁で三角状の狭い部屋に長いダイニングテーブル、中央にティトゥレル、上手側にクリングゾル、下手側にアンフォルタス。3人とも20世紀初頭の紳士風。ティトゥレルが立ち上がり、アンフォルタスに近付いて肩に手をかけると、クリングゾルは憤然として立ち上がり、椅子を倒して部屋を出て行く。

 第1幕、舞台は城壁の洋館が場面に応じて回転。洋館はL字型の長い階段が壁を伝う玄関前広場、先の三角状の部屋、そしてコの字に2階の回廊が囲む大広間の3つの部分から成る。
 広場に現れた牧師風衣裳のグルネマンツは、夜警の騎士たちを起こす。彼らは全員傷を負っており、壁際の木のベンチなどに座っていたがやっとのことで起き上がり、グルネマンツに従って跪き、朝の祈りを捧げる。既に聖杯の効果が騎士たちに十分伝わっておらず、騎士団は危機的状況にあることがわかる。
 1人夢遊病患者のようにしばしば身体を激しく痙攣させてのたうち回る騎士がいる。彼はダンサーでその後別の場面でも同様の動きを見せるが、どうも音楽に合っておらず、舞台上でも浮いた存在。
 玄関の真上にある2階のドアから小姓たちが出てくる。2人は医者、2人は看護婦姿。クンドリは玄関から登場。薄汚れたロングコート姿。アンフォルタスは白のフロックコート姿で2階のドアから登場。小姓たちが付き添う手をしばしば払いのけるなど、関係はよくなさそう。階段途中の手すりにもたれながら歌う。グルネマンツはクンドリから受け取った薬の瓶を手すりの欄干のすき間から王に渡す。
 その間広場の騎士たちは看護婦に1人ずつ呼ばれて中へ入っていく。2人だけ残った騎士たちがクンドリを責めるのを制したグルネマンツは、2人を連れて三角部屋に入る。その2階に2つの陳列ケースがあり、上手側には聖杯が入っているが、下手側の細長のケースは空。広間へ進むとベッドが並べられ、傷病兵たちが寝ている。グルネマンツが騎士団創設の経緯を語る間に騎士たちは集まってくるが、医者(小姓)にベッドへ戻るよう促される。お告げのセリフを歌う間、子どもの小さな足が裸足で野を歩いている映像が舞台全体にかぶる。
 Hrがパルジファルのテーマを吹くと場面は再び玄関前広場へ。階段に騎士たちが群がり、矢に当たって落ちた白鳥が中央に置かれている。玄関からパルジファル登場、古びた白シャツに茶色のズボン姿。グルネマンツが矢を抜いてパルジファルを責め、赤い傷口に触れさせると、彼は弓矢を折って投げ捨てる。小姓たちが白鳥を片付け、騎士たちも退場した後、クンドリはまだ残っている羽根を拾い、雑巾で血をふき取っている。グルネマンツは1人用の椅子を中央に置いてパルシファルを座らせ、知っていることを語らせる。その間グルネマンツは手帳を取り出し、メモを取っている。
 母の死を知ったパルジファルはクンドリを玄関脇の壁に押し付ける。グルネマンツに引き離され、倒される。クンドリは階段下のテーブルに置かれた水差しからコップに水を入れてパルジファルに飲ませる。眠りに襲われたクンドリは玄関のドアのすぐ脇にあるベンチに横たわる。

 再び椅子に座ったパルジファルの後ろにグルネマンツは立ち、目隠しをしてモンサルヴァート城へ連れて行く。その間アンフォルタスは自力で階段を上がり、三角部屋の2階で聖杯の前に立っている。広間の手前中央に蓄音機が置かれ、C−G−A−Eの鐘の音はそこから流れているという設定。これを囲むように騎士たちが座っている。鐘のテーマに合わせて指揮する者も。騎士たちの合唱の間蓄音機は下手端へ運ばれ、代わりに小姓たちが食事の用意を始める。女声合唱は舞台裏から。
 その後さらに舞台は回転して玄関前広場に戻り、黒のフロックコート姿のティトゥレルが杖を付きながら階段を昇り、2階のドア越しにアンフォルタスに向かって務めを果たすよう求める。先王に迫られたアンフォルタスはやむなくケースの鍵を渡す。先王は聖杯を取り出して部屋を出る。その間下の部屋ではベッドにシーツが敷かれ、枕が置かれる。
 聖杯開帳の場面、三角部屋にティトゥレルが入ったところで覆いを落とす(落とすなっ!)。アンフォルタスはベッドに横たわり、看護婦(小姓)が包帯を取り替える間先王は聖杯の中の葡萄酒?を飲み干す。再び場面が広間に移ると、騎士たちが半円状に立って並び、小姓たちから葡萄酒とパンを受け取り、全員でゆっくりと飲む。この一部始終をパルジファルは部屋を移動しながら目撃。
 舞台が玄関前広場に戻る。グルネマンツに問われたパルジファルは何も答えられず、なぜか玄関から洋館の中へ入る。最後のアルト・ソロは舞台裏で歌われるが、ベンチでまだ横たわっているクンドリが歌っているようにも聴こえる。

 第2幕、裸足で野を歩く足の映像が再び映し出される。三角部屋の2階に聖槍を持ったクリングゾル。下の部屋の奥にクンドリ。クリングゾルに操られながら前に歩いてきて起こされる。パルジファルが近付いてきたのを知ると、玄関前広場に移動。クリングゾルは階段の途中に立って戦いの様子を見ている。クンドリと数人の花の乙女たちも広場で見ている。
 舞台は広間に移動、床は芝生で中庭という設定。回廊の手すりから赤い提灯が数個ぶら下がっている。パーティドレスにとんがり帽子をかぶった乙女たちが踊っている。タキシード姿の男性も数人混じっている。戦いに行く気の萎えた元勇士だろうか。そこへパルジファルが登場。再び玄関前広場に移動。ここも提灯が下げられている。乙女たちが階段に鈴なりになって誘惑。
 クンドリは茶色地のロングドレスに銀色のコート、髪型も茶色のカーリーヘアに整え、右手にホルダーに差した煙草、左手にグラスを持って玄関から登場。再び芝生の中庭に移動し、芝生にコートを敷くように置く。クンドリがパルジファルを抱き寄せると2人は抱き合ったまま芝生の上を2回転ほど。そしてパルジファルは目覚める。
 クンドリが去るとパルジファルは彼女を追って三角部屋へ。後ろ向きに座ったクンドリ(別の役者が担当)がいる。パルジファルが広場に移動すると、クンドリが待ち構えている。乙女と勇士たちのカップルも数組いる。階段に現れたクリングゾルが槍を投げようとすると彼の腕が止まる。パルシファルは難なく槍を取る。花園崩壊の音楽で舞台上特に変化は起きない。

 第3幕、靴を履いた足が野を歩く映像が映し出される。広間の回廊に立つグルネマンツ。広間は壊れたベッドや毛布が散乱している。毛布をかぶったままのクンドリが起き上がり、三角部屋へ。2階のケースも倒れている。後ろからグルネマンツが近付いて肩に手を置くとクンドリは驚いて毛布から姿を現す。ごま塩の長髪がレディ・ガガ風に広がっている。床に散らかったファイルなどを片付け始める。
 グルネマンツが玄関前広場に移動すると、階段の欄干が一部壊れて落ちている。下手から壁伝いによろけながらパルジファル登場。中央奥のベンチに何とか座る。仮面を脱ぎ、グルネマンツも誰かを知る。城に戻るまでのいきさつをパルジファルが語る間、グルネマンツは手帳にメモ。舞台は回り始め、パルジファルは傷ついた騎士たちが残る広間、三角部屋を見て回る。広場に戻ると中央に芝生と泉。そのそばに置かれた椅子にパルジファルは座り、クンドリとグルネマンツが清める。その様子を見に下手から騎士たちも現れる。
 「聖金曜日の音楽」の間グルネマンツは下手に立ち、その脇にパルジファルも立つ。その後ろに騎士たちが「チュー・チュー・トレイン」風に並ぶ。ヨーロッパの農民らしき人々の生活の映像が映される。正午の鐘が鳴ると、パルジファルは20世紀風軍服姿になり、槍を持って騎士たちを従え、下手へ退場。舞台も回り始める。
 広間には黒のフロックコート姿の騎士たちが集まっている。三角部屋の2階にアンフォルタス、医者(小姓)たちに促されて聖杯を持って広間へ。玄関前広場ではクンドリが以前着ていた銀色のコートなどを地面に置き、油のようなものをかける。そして少し離れてライターに火をつける。再び広間になるとアンフォルタスは回廊に現れ、中央の棚に聖杯を置く。再び三角部屋になると1階にティトゥレルの棺が置かれ、クリングゾルが傍らにいる。再び広間になると中央に棺が運ばれる。
 アンフォルタスは玄関前広場の階段を降りながら歌い、歌い終わると広間の上手側のドアを開ける。聖杯の開帳を迫る騎士たちに迫られるが拒否し、脇腹の傷を見せて騎士の1人に触らせる。そこへ奥から聖槍を持ったパルジファルが登場。傷の癒えたアンフォルタスは下手端の柱にもたれるように立つ。パルジファルが回廊へ上がり、聖槍を聖杯の上に斜めにして立てかけると、一際明るく照らし出される。騎士たちはその方を向いて整列し、回廊に現れた合唱指揮者の指揮で歌う。クンドリーは旅行鞄を持って舞台手前を横切り、下手へ退場。それを追うようにアンフォルタスも下手へ移動。ひょっとして2人は駆け落ちかと思いきや、舞台はさらに回って玄関前広場へ。奥のベンチにクリングゾルが座り、そこへフロックコート姿のアンフォルタスが登場。まだよそよそしい2人だが、アンフォルタスが意を決したようにクリングゾルの隣りに座り、肩に手を置く。その手をクリングゾルも持つ。罪を犯した者同士、どうやら和解したようだ。

 グートの演出にはあまり奇抜な要素はないが、元々の台本以上に細かく場面が転換。長時間のオペラを飽きずに見せる工夫と言える半面、元々の場面転換の意味合いが相対的に薄れてしまったことは否めない。
 福井は中低音が少しこもりがちの時もあったが、高音の力強い伸びはいつも通りで、特に目覚めて以降の英雄ぶりは立派。黒田さんのアンフォルタスも階段をよろめいたり柵のない2階の床に腹這いになったり、といった過酷な演技をこなしながら、高貴だが未熟で苦悩に満ちた王を見事に歌いきる。小鉄のグルネマンツは感情を抑えた歌いぶりで、一見地味に聴こえるが、オペラ全体に1本芯を通していた。橋爪は声に少し色気が足りない感じもするが、広い音域を無理なく響かせ、安定した歌いぶり。泉は高音の音程が不安定だが、声はよく伸びていた。
 飯守の指揮は冒頭からゆったりと丁寧に歌わせ、早くもホロリと来る。遅いテンポ(初日に比べだんだん遅くなっているらしい)を基本とし、太い音楽の流れを作る一方で、その流れがときに蛇行し、ときに淀み、ときにしぶきを上げる。アンフォルタスやパルジファルの苦悩に寄り添っている。Hr以外の金管をあえて天井の低いピットの奥に配置することで響きが丸くなり、このオペラの雰囲気を醸し出すには効果的。読響は時折オペラ慣れしていない箇所があったものの、第1幕の場面転換と「聖金曜日の音楽」はたっぷり泣かせてもらったし、終盤の響きも格別に美しかった。
 字幕だが、字数制限があるとは言え他の公演に比べると練れていない訳が目立つ。例えば第2幕でクンドリがクリングゾルを茶化す部分は十分意が伝わっていないし、第3幕でパルジファルに対するグルネマンツの呼び方がいつまで経っても「お前」で上から目線の言葉遣いになっているのは違和感がある。その一方で、第1幕で白鳥を射たことを非難された後のパルジファルのセリフ"Ich wusste sie nicht."を通常よくある「罪だとは知らなかった」ではなく「罪とは何か知らなかった」としたのは名訳かも。

 なかなか上演の大変なオペラだが、日本人だけでこれだけ心洗われる公演が聴けるのを素直に嬉しく思う。

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