第42回サントリー音楽賞受賞記念コンサート「渡邊順生」
○2012年7月17日(火)19:00〜21:05
○サントリーホール
○2階C6列24番(2階中央6列目ほぼ中央)
○モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」
○S=セリーヌ・シェーン、鈴木美登里、T=櫻田亮、B=セルジオ・フォレスティ
○指揮・チェンバロ=渡辺順生、ザ・バロック・バンド
、モンテヴェルディ・アンサンブル
(S6-A6-T6-Br4-Bs2)

知識と経験の集大成

 サントリー音楽賞は1969年に創設され、毎年わが国の洋楽文化の発展にもっとも功績のあった団体及び個人を顕彰してきた。歴代受賞者の中には演奏家、作曲家はもちろん、演出家や評論家も含まれ、正に日本におけるクラシック音楽発展の歴史をたどることができる。私自身この賞のことは知っていたが、受賞記念コンサートを聴きに行くのは恥ずかしながら今回が初めて。
 今回受賞した渡邊さんは以前よりチェンバロ、フォルテピアノ奏者として高い評価を得てきたが、受賞に直接つながる成果としては、昨年のバッハ「ヨハネ受難曲」とモンテヴェルディ「ポッペアの戴冠」だったそうだ。「受賞記念コンサート」と銘打つ以上そのいずれかを再演するのが通常だと思うが、今回はモンテヴェルディの最高傑作とも言われる大作「聖母マリアの夕べの祈り」を取り上げる。異例の選曲であるとともに、渡邊さんの意気込みと言うか、鼻息の荒さが伝わってくる。
 PブロックとRA,LAブロックの大半を空け、それ以外の客席で見ると8割程度の入り。

 まずオケの団員が入場。ステージ中央手前のチェンバロを挟んで上手側にハープ、リュート・チェンバロと管楽器、下手側に弦楽器、正面奥に小型でてっぺんにふいごの乗ったオルガン。入念にチューニング。ピリオド楽器だがピッチはほぼ現代と同じ高さ。オケを取り囲むように、奥の山台に合唱団員が1列に並ぶ。アルトにも男声3人。
 第1曲「先唱句と応答」、グレゴリオ聖歌の一節はホール備え付けのオルガンの前で歌われ、オケと合唱の全奏が続く。テンポは速く、華やかと言うよりほがらかな雰囲気。
 第2曲「詩篇第109篇」、先ほどと打って変わってポリフィニー風の音楽。各声部の細かい動きが小気味のいい。
 第3曲・モテット「私は黒い」。テノールのソロ。指揮者の下手側まで出てくる。旧約聖書の「雅歌」からの一節だが、教会の中で歌うのに必ずしもふさわしい内容とは思えない。祈りの音楽にこのような曲を差し挟むところが大胆。
 第4曲「詩篇第112篇」。ここでもポリフォニー風の音楽は速いテンポで展開されるが、112小節以降のアーメン・コーラスはたっぷり響かせる。
 第5曲・モテット「お前は美しい」。ソプラノ2人が指揮者を挟む位置まで出てきて歌う。
 第6曲「詩篇第121篇」も第4曲と同様の展開。
 第7曲・モテット「二人のセラフィムが」。小型オルガンの手前に男声1人、彼から5,6人分離れた両側に男声1人ずつ立つ。両側の男声(TとA)の掛け合いから始まったハーモニーに途中から中央のバスが加わり、最後に文字通り三位一体の和音に至る流れが実に美しい。
 第8曲「詩篇第126篇」。第1曲のように大河のようなハーモニーが復活。
 第9曲・モテット「天よお聞きください」。リュート奏者がオルガンの下手奥に移動し、客席に背を向けて弾く。その前にテノールが立ち、テノールの歌にリュート奏者の弾き歌いが応える。
 第10曲「詩篇第147篇」。テノールの呼びかけに他のパートが応える。
 ここまでで休憩。

 第11曲「「聖母マリア」によるソナタ」。女声6人が小型オルガンの前に並び、その下手側にコルネットが1人立つ。オケの動きと合唱のフレーズの長さが合ったりずれたりすることで不思議な響きが生まれる。
 第12曲「讃歌「めでたし海の星」」。コルネットが上手、ヴァイオリンが下手にそれぞれ退場し、舞台裏から演奏。
 第13曲「マニフィカト」。12の部分に分かれ、合唱団員たちが目まぐるしく位置を変えながら歌っていくが、最後のアーメン・コーラスで奏者たちだけでなく、客席も含め一体となったような雰囲気に。

 指板だけで2m近くありそうなリュートや黒い棒にしか見えないコルネットなど、楽器を眺めるだけでも楽しい。管楽器は現代人の耳には音量不足に聞こえる一方、リュートの低音は意外にも迫力がある。ハープはギターのような音色がする。通奏低音はチェロとオルガンで演奏される場合が多いと思うが、渡邊さん自身も弾くチェンバロにリュート・チェンバロも加わることで響きがより多彩になる。
 合唱団員も1人1人ノン・ヴィブラートの澄んだ声で、細かいフレーズの歌いぶりも安定している。アルトに女声とカウンター・テノールが混ざっているというのも面白い。
 渡邊さんは左半身が不自由なのか、指揮もカーテンコールで団員を立たせる仕草も右手だけで行っていたが、チェンバロは両手で弾いていたようだ。限られた動きの中に長年の研究成果と演奏活動の経験の蓄積の全てを注ぎ込んでいるのが、ひしひしと伝わってくる。ソロや重唱の歌い手を場面に応じて様々な場所に立たせたり、オケの奏者も曲によって舞台裏など様々な場所に移動させたり、1つ1つの曲に対するアプローチに彼のこだわりが十二分に発揮され、奏者たちも見事に応えている。この夜だけはサントリーホールもヨーロッパの大聖堂に変身。渡邊さんの今後益々のご活躍を願って止まない。

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