新国立劇場「ローエングリン」(6回公演の5回目)
○2012年6月13日(水)17:00〜22:10
○新国立劇場オペラパレス
○4階4列51番(4階最後列上手側)
○ローエングリン=クラウス・フロリアン・フォークト(T)、エルザ=リカルダ・メルベート(S)、オルトルート=スサネ・レースマーク(S)、テルラムント=ゲルト・グロホフスキー(B)、国王ハインリヒ=ギュンター・グロイスベック(B)、伝令=萩原潤他
○ペーター・シュナイダー指揮東フィル
(14-12-10-8-6)、新国立劇場合唱団
(40-60)
○マティアス・フォン・シュテークマン演出


15年後の喝采

 「ローエングリン」は新国立劇場にとって鬼門のような演目である。開場記念公演の一つとして企画され、当時望みうる最高のキャストを揃えたのだが、タイトルロールを歌うはずだったペーター・ザイフェルトのキャンセルで出鼻をくじかれてしまった。その後再演することだって検討されたはずだが結局実現せず、今シーズン新演出で上演されることとなった。言わば15年満を持しての再挑戦である。ほぼ満席の入り。

 柔らかな弦の響きで前奏曲が始まる。幕は閉まったまま。よしよし。最近舞台上で余計な動きを入れて序曲や前奏曲をじっくり聴けない演出が目立つだけに、ほっとする。今日はどんな舞台になるか、聴衆の想像をふくらませるためにこの音楽はあるのだ。最後の響きが消えるか消えないかの瞬間、そこへ第1幕の音楽がかぶさるように始まる。
 第1幕、長短2種類の長方形の白いパネルが「笑点」の座布団のようにあちこちに積まれている。中央奥にひときわ高く積まれたパネルの上に国王ハインリヒが座っている。上手手前のパネル上にテルラムントの剣が置かれている。ホリゾントにはロの字の上4分の1くらいを切り取った形の白い格子の壁。そこに場面によって様々な色の模様が映し出される。
 王は白シャツに青いマント、白毛の冠。テルラムントは表が灰色、裏が赤のマント、オルトルートは黒地に右腕から首にかけて赤い模様、下はパンツ姿。髪は赤いひもで上に向かって結い上げている。ピエロを思わせる格好。
 男たちは灰色の軍服に2種類の帽子(頭周りと前後に白線の入ったものと黒無地で四角いつばの付いたもの)を被っている。最初のうちはきちんと整列しているが、テルラムントの告発の言葉を聞くと彼の方に寄ってくるなど、マスゲーム的な動きが多い。
 エルザは上手奥から登場。袖なしの白い衣裳、スカートが分厚く広がっている。飛行機の中で使うような灰色の枕を首の後ろに付けている。起きたばかりでまだ夢見心地という設定?テルラムントにゆっくり近寄っていくが我に帰って離れる。夢で騎士に会うまではエルザもまんざらではなかったらしい? 女たちは手前と奥の両端に分かれてエルザが歌う間に少しずつ登場。オレンジの衣裳。
 騎士を呼ぶ伝令、1回目は舞台中央で、2回目は上手手前のパネルの上に立って呼びかける。沈黙が続く中、中央手前のエルザを支えるように女たちが中央に集まる。
 天井から電飾に輝く白鳥の羽根の形をしたゴンドラが降りてくる。ローエングリンの最初の一節はまだゴンドラが空中にある状態で、しかも後向きで歌われる。感嘆する男女の合唱の間にゴンドラは床まで下され、羽根が上に開いてローエングリン、降り立つ。白のマント、白いシャツの中央に黒く長いネクタイ。その間肝心のエルザは上手手前端のプロセニアムアーチの柱にもたれかかっている。既に不安に襲われているのか?ローエングリンに呼ばれてようやく振り返る。誓いを伝える場面、2回目はエルザの両手を取って念を押すように歌う。
 決闘前の合唱の間1人パネルに座るテルラムント。プレッシャーがかかっているのか、気が乗らないのか?ローエングリンは元々剣を持っていないが、下手後方のパネルに乗る直前に長剣を手にする。テルラムントはこれに向かい合うように上手のパネルの上に立つ。ローエングリンの乗っているパネルの方が長い。戦いは2人に交互にスポットライトが当たり、当たった方が剣を振るうなどの動き。勝負がつくと一旦舞台は暗くなり、再び明るくなると中央で倒れるテルラムントにローエングリンが剣を突き付けている。
 勝利の合唱が歌われる間、ホリゾントでは花が降ってきてそれが花火のように広がる模様が映し出される。ローエングリンとエルザは中央手前から上手奥→上手中央→下手中央へ歩いてゆき、人々も2人に付いていく。そしてそのまま下手へ退場。

 第2幕第1場、.大小のアルミ?ケースが中央手前に積まれている。一番大きいのは人の背より高く、その上にテルラムントが横たわる。その下手側の小さめのケースの上にオルトルート座る。追放処分になったのでとりあえず荷造りしたという設定か。自暴自棄のテルラムントに対し、オルトルートは抱いてキスするなどしてなだめ、策略を話すときには膝の上に彼の頭を載せて落ち着かせる。
 2人が中央手前で復讐の二重唱を歌う間にケースは消え、黒い床がホリゾントの照明を反射して舞台全体が湖面のような水色になる。上手の中空に白い板1枚のバルコニーがせり出てきてエルザはそこで涼んでいる。彼女の上に四角錐の四角錐の屋根が降りてくる。オルトルートは中央奥から徐々にバルコニーに近付き、下からエルザに呼びかける。エルザは一旦上手へ退場し、改めて上手端から現れてオルトルートを招き入れる。しばらくすると、2人はバルコニーに並んで立つ。
 第2場、下手からバラバラと現れる男たち。伝令から王の命を聞く男たちの動きもマスゲーム的。彼らが下手へ退場した後4人の男が四方から中央に集まる。そこに上手手前からテルラムントが現れて合流し、下手へ退場。
 白衣姿の4人の女が上手から登場、横1列に並んでエルザの到来を告げる。彼女たちが去るとその後ろに横たわるエルザ、立ち上がって奥へ移動。すると足元の床が彫像の台座のようにせり上がり、それを白い衣裳にリボンをねじったような飾りを頭に付けた女たちが囲んでいく。やがて天井から巨大なクリノリン(スカートを広げるための骨組)が降りてきて、中央の穴からエルザが再び現れる。男たちも全員頭周りと前後に白線の入った帽子をかぶり、半分は白いたすきをして手前両端に集まってくる。
 合唱がクライマックスを迎えんとしたところで台座の陰からオルトルートが登場、エルザに反抗し始める。台座は下がってエルザも応戦。この2人のやり取りは当初巨大なクリノリンの中で行われるが、だんだんそれも吊り上げられていく。
 上手奥から王とローエングリン登場。オルトルートを追い出し、上手に男、下手に女が並ぶ中、中央にできた通路を王を先頭にローエングリンとエルザが進もうとすると、男たちの間に紛れていたテルラムントが王と2人の間に乱入。ローエングリンとテルラムントのやり取りの間エルザは上手端のプロセニアムアーチの柱にもたれかかる。その間舞台上の他の全員は下手手前端から上手手前奥を結ぶ対角線の奥に集まる。「素性の問いに答えなければならないのはエルザのみ」とローエングリンが歌うと、全員の視線がエルザに集中。彼女はいたたまれず下手端へ。
 上手に移動したローエングリンをー同が囲む間、下手端でオルトルートとテルラムントがエルザにさらなる疑惑を吹き込む。ローエングリンが一喝してオルトルートとテルラムントは下手へ退場。中央奥から手前に赤絨毯が敷かれ、それに続いてホリゾントも下から上に赤い帯ができる。赤絨毯を人々が挟む。小さなクリノリンのような髪飾りを頭に被せられたエルザがその上を1人で進む。ローエングリンは下手の人々の中にいてなぜか彼女に寄り添わない。この道はエルザが1人で進まなければならないということか。金管が誓いのテーマをヘ短調で奏するとエルザは倒れてしまうが、誰も助けない。立ち上がって再び進んでゆく。

 第3幕、序奏の間も幕は閉まったまま。最初の頂点となる弦のGに応えるティンパニなどの音を少しためてから次へ進む。弦が刻む中金管がメロディを吹いていく場面は少し遅め。
 第1場、婚礼の合唱が始まると幕が開き、人の背よりも大きい白い花が中央奥、上手手前端、下手手前に。下手手前の花のすぐ中側と中央手前に真四角の黒いソファ。エルザは先に花の近くのソファに座っているが立ち上がって下手へ退場。改めて女たちに付き添われてエルザが下手から、ローエングリンが上手から登場。計8人の付添女たちは歌い終わると中央奥の花の正面を客席側に向けて退場。そこには大きな赤い花びらが1枚付いている。エルザの純真な心にこびり付いた疑念ということか。
 2人は当初離れているが、短い二重唱の間は寄り添って歌う。しかし、エルザが素性の話題を持ち出してからは2人の動きはすれ違う。ついに禁断の問いを発すると、上手奥からテルラムントたちが侵入、丸腰のローエングリンは彼の剣を奪って倒す。
 第2場に続く間奏の間、舞台は一旦沈み、終盤になると兵士たちが整列した状態でせり上がってくる。王のシャツが白から黒に、男たちは全員つば付きの帽子をかぶっている。下手端から登場するエルザの衣裳も黒一色。上手奥から登場するローエングリンのマントも黒、中央やや手前に剣と角笛と指環を置く。彼が素性と名前を明らかにすると、エルザは倒れる。白鳥は降りてこない。中央奥に現れたオルトルートは歌い終わるとすぐ下手へ退場。ローエングリンが跪いて祈るとその手前の床が下がり、しばらくするとゴットフリートが横たわった状態でせり上がってくる。ローエングリンは彼に剣を授けて歩いて上手奥へ退場。彼はすぐに剣を落としてエルザに抱きつくが、"Weh!"の声とともに、彼だけ残して全員退場してしまう。1人残った彼はローエングリンの残した剣などの前でうずくまる。大人たちの無益な争いの後始末を罪のない子どもが背負わされるという意味合いか。

 萩原の堂々とした声がまず舞台を引き締める。続くグロイスベックも力強く、適度なだみ声で威厳ある国王にピッタリ。グロホフスキーはそれに比べると明るめの声で、オルトルートに翻弄されるも根は真面目で悪役になり切れないというテルラムントの役柄によく合っている。レースマークは少し疲れが見え、声がもう一つ伸びない場面もあったがふてぶてしい表情や動きは印象的。メルベートは高音がやや不安定な場面があったが、可憐な中にも終始不安から逃げ切れないエルザを見事に表現。
 合唱は男女合わせて100人、いつもの迫力に加え、細かいフレーズもいつも以上に丁寧に歌っている。97年の開場記念公演で第1幕中盤、エルザに加わる女声の第一声があまりに唐突だったのがずっと気になっていたが、この日は自然な出だしで文字通り彼女を陰で支えるような歌いぶり。
 バンダやオケの管楽器に細かいミスが少しあったが、全体的には充実した響き。シュナイダーはまず大河のような音楽の流れを創った上で、場面に応じて水しぶきの上がるような急流や優しいせせらぎを織り交ぜる。現役でここまで神経の行き届いた音楽づくりができるオペラ指揮者はそうはいないだろう。

 しかし、何よりもこの日圧倒されたのはフォークトのローエングリン。長身ですらりとした立ち姿、少年そのものの純粋さを備え宇宙の果てまで突き抜けんばかりに伸びてゆく声がすばらしい。20世紀後半に活躍したパワーあふれるヘルデン・テナーたちに比べると線が細く聴こえるかもしれないが、少なくともローエングリンに関しては一つの理想的な声質と言っていいのではないか。
 長らく私の中で引っかかっていた開場記念公演にまつわる記憶は彼の声のおかげで吹っ飛び、ようやく「ローエングリン」が新国の新しい看板レパートリーとして加わったことを実感。いつものパターンのカーテンコールが続き、主要キャストが2度登場しても拍手は止まず、再度彼1人呼び出されたのがその何よりの証しだろう。

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