クリスティアン・テツラフ(V)+トーマス・ヘンゲルブロック指揮ハンブルク北ドイツ放響
○2012年5月29日(火)19:00〜21:05
○サントリーホール
○2階P6列19番(2階舞台後方6列目ほぼ中央)
○モーツァルト「フィガロの結婚」序曲(14-12-10-8-6)
メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」Op64(約26分)(10-10-8-6-4)+バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」より「ガヴォット」
ブラームス「交響曲第1番ハ短調」Op68(約42分、第3楽章中間部のみ繰り返し実施)(16-14-11-10-8)
+ドヴォルザーク「チェコ組曲」より「フィナーレ」
(前半:下手より1V-Va-Vc-2V、CbはVcの後方、後方:下手より1V-Va-Vc-2V、Cbは1VとVcの後方に4人ずつ)

ベースに挟まれる快感

 トーマス・ヘンゲルブロックは1958年ドイツ北東部の海岸都市ヴィルヘルムスハーフェン生まれ。当初ヴァイオリンをベルリン・フィルの主席コンマスを務めたライナー・クスマウルに師事していたが、その後ドラティの助手を務めたり、アーノンクール率いるウィーン・コンツェントゥス・ムジクスに参加したりしていた。そして古楽から現代音楽、オーケストラからオペレッタまで多彩な活動を積み重ねてきたが、わが国で注目されるようになったのは、何と言っても昨年のバイロイト音楽祭で指揮した「タンホイザー」の清冽な演奏だった。その彼が今シーズンから首席指揮者を務めるハンブルク北ドイツ放響を率いて来日とあっては、行かないわけにはいかない。
 舞台中央後方には通常のティンパニ4台、その手前に古楽用の小ぶりのティンパニが2台。
 ヘンゲルブロックは「ニーベルングの指環」の巨人族を思わせる大男。指揮棒も少し長めのものを使っているみたい。
 
 「フィガロの結婚」序曲、HrとTpも古楽の楽器を使用。しかし、弦は普通にヴィブラートをかける。速めのキビキビしたテンポで明るく楽しい演奏。古楽用のティンパニの乾いた響きも心地よい。
 メンデルスゾーンではHrとTpは現代の楽器に変えるが、ティンパニはそのまま。しかし、バチを変えてやわらかい音に。
 テツラフを生で聴くのはずいぶん久しぶり。90年にドホナーニ指揮クリーヴランド管とともに初来日した時にシェーンベルクの協奏曲を聴いて以来かもしれない。当時20代前半だった彼も今や46歳。しかし第1楽章、成熟を拒否し、世界新記録を狙うかのようなすさまじく速いテンポで弾き出す。冒頭の付点四分音符と八分音符がつながって聴こえるくらい。あまりに速過ぎて途中で自分が設定したテンポから遅れそうになる場面も。そして最初のソロが終わる47小節目、最後のHの高音を弾く途中で弓の位置がずれたのか、響きが乱れる。それでも意に介する様子もなく、ガンガン弾きまくる。だんだんヴァイオリンがエレキギターに見えてくるが、カデンツァ前に穏やかになる279以降でぐっとテンポを落とし、ヴァイオリンに戻る。しかし、カデンツァに入ると再びエレキになり、フェルマータの後のアルペジオもいきなりフルスピードで突っ走る。
 第2楽章もテンポは速めだが、少し落ち着いた雰囲気に。濃厚ではないが丁寧にメロディを歌わせる。
 第3楽章ではエレキ風の演奏に戻る。ただし、93のFisからEへの上昇音型だけは急ブレーキをかける。技巧面も第1楽章よりはるかに安定し、「メンデルスゾーンなんか、目えつぶったって弾けるぜ!」てなノリで弾き切る。
 舞台後方から見ているせいもあるが、ヘンゲルブロックの丁寧なサポートぶりがよくわかる。例えば第2楽章72で元の主題に戻る手前のCbのピツィカートなど、実に優しく響く。
 テツラフはアンコールのバッハではもう少し真面目?に、各部分の表情を様々に変えながら聴かせる。

 休憩から席に戻ってきて舞台の風景は一変。古楽のティンパニがなくなったのは当然として、コントラバスが4本ずつ第1Vの奥とVcの奥に分けて配置されている。ロシアのオケなどが舞台後方で横1列に並べることはあるが、それとも違う。今まで見たことのない配置だが、ひょっとしたらオケピットでやったことがあるのかも。
 今日の座席は結果的にこの配置で聴くには最高の位置取りに。両端のCbがオケ全体の響きを挟みながら迫ってくるのが何とも言えない快感。その意味では指揮者が最もいい感じになっているはず。
 ブラ1第1楽章、少し速めのテンポでどちらかと言えば静かな出だし。しかし、38小節目の主部に入ると決然と速くなる。古楽をやっていた指揮者がブラームスを振ると通常軽い響きの風通しのよい演奏になりがちだが、彼はオケの重厚な響きを維持したまま時には強引なくらい先へ先へと進ませる。展開部もその調子で進むが、一旦静まった後コントラファゴットとCbから再度大きな山が始まる293以降、ドイツの深い森の中に迷い込んだような不気味な雰囲気に。だんだん盛り上がって元の流れに戻る。再現部終盤の472以降、一度音量を落としてからクレッシェンド。475以降もテンポを変えずに最後まで進む。
 第2楽章、少し速め。17以降のObソロ、同じフレーズを2回繰り返すが2回目は少し音量を落とす。このあたりの表現が古楽指揮者らしい。27以降1Vが優美に歌い、34で頂点に達したところでまた両耳にCbの分厚い響きに挟まれる。弦のピツィカートに続く73以降のCbのフレーズも心地よい。
 第3楽章はほぼ標準的テンポ。主部は比較的淡々と進むが、中間部でテンポを上げる。後半で繰り返す部分も1回目より2回目は抑え気味に弾かせる。終わると休みなしで第4楽章へ。
 第4楽章、少し速め。6以降の弦のピツィカートでは棒を立てたまま振るのを止め、12の頂点に向かって大きく振りかぶって一撃。16以降も2,3回振った後は動きを止め、今度は19の終わりまで振らず、20でようやく指揮を再開。61以降の第1主題は文字通り急ぎ過ぎないテンポで、92〜93はブレーキをかけるが、ffの全奏になる94以降決然と速くなる。第1主題が戻ってくる185以降はあまりテンポを落とさず、再び全奏になる219以降は速いテンポに。弦を中心にアクセントで刻んでいく232以降と木管が息長く歌う244以降などで表情の違いを際立たせるところなどは心憎い。コーダへの導入となる374以降、かなりテンポを落としまたもCbのフレーズに挟まれながら徐々に盛り上がっていく。

 ヴィブラートや重量感ある響きなど現代のオケの特性を活かし、ノリントンのように古楽奏法にこだわることなく、むしろ時には現代オケの指揮者より大胆に音を切ったり刻ませたりするが、全体的に速いテンポなので音楽の流れがスムーズで、全体的な響きも爽やか。ドイツの夏を思わせるカラッとした暑い演奏。古楽の経験ある指揮者がまた一つ新たなブラームス像を提示した感がある。これから他の曲でどんな演奏を聴かせてくれるか、大いに楽しみ。

 残念なのは客の入り。まだまだオタクにしか知られていないせいか、半分強といったところ。来年以降また来日の機会があるだろうが、果たしてチェリビダッケやヴァントのような「遅咲きの巨匠」として開花するまでの人気が出るだろうか?

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