創立100周年東京フィルハーモニー交響楽団佐渡裕指揮「第九」特別演奏会(7回公演の4回目)
○2011年12月20日(火)19:00〜20:25
○東京文化会館大ホール
○4階L3列24番(4階下手サイド3列目中央やや奥)
○S=横山恵子、A=谷口睦美、T=西村悟、B=甲斐栄次郎
○佐渡裕指揮東京フィルハーモニー交響楽団
(14-12-10-8-7、下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)、東京オペラ・シンガーズ(40-35)

○約69分(第2楽章トリオのみ繰り返し実施)

希望の「第九」

 東フィルは今年日本のオーケストラとして初めて100周年を迎え、その記念となる「第九」の演奏会の指揮者に、今年ベルリン・フィル・デビューを果たした佐渡裕を招いた。私の記憶が確かであれば、彼が東フィルを過去に振ったことはほとんどないと思う。言わば特別なコンサートのための特別ゲスト・コンダクターということだろう。そして、これを7ヶ所の会場で7回開く。いろんな意味で日本のオーケストラの現状を象徴する演奏会と言える。
 とは言え、多くのクラシック・ファンにとっては今年最後にして最大のイベントのようだ。19時5分前くらいに会場に着いたが既にロビーは人もまばら、席はほとんど埋まっている。開演ベルが鳴っても入ってくる人はまったくと言っていいほどおらず、演奏が始まるのを文字通り今か今かと待っている。こんな雰囲気は経験したことがない。
 合唱はオケより先に入場。

 第1楽章、ほぼ標準的テンポ。16小節目以降の最初の山はあまり爆発的ではない。64のHrのAを強く響かせるあたりから佐渡さんらしさが出てくる。217以降の二重フーガあたりから少しずつオケ全体が響くようになってくる。301以降のティンパニ連打だが、4小節ごとに終盤でクレッシェンドをかけて切る。これを3回繰り返すが、327以降のsfは控え目。439以降の低弦のピツィカートによるクレッシェンドが効果的。ただ、それ以降は彼の演奏にしては淡々と進む。

 第2楽章もほぼ標準的テンポ。ティンパニの強打はここでも控え目。93以降何度か出てくる木管の上昇音階には特に強調しない代わりに、264以降の弦のフレーズに勢いを付けさせて272以降の山へつなげる。トリオはやや遅め。あまりせわしい感じはない。438以降の弦のスタッカートは少し弾む感じ。950で急激にテンポを上げて鋭く切り、最後のフレーズへ。終了後ソリスト登場。

 第3楽章、Fgから積み上がる序奏のハーモニーが美しい。最初の2小節はほぼ標準的テンポかと思ったが、1Vのメロディに入ると少しテンポを落としてたっぷり歌わせる。しかもそこに2VやVaなどのフレーズを次々と絡めて重層的なハーモニーを創り上げ、この日一番の聴き所に。ニ長調に転じる25以降の2VとVaもよく歌う。元のテンポに戻るはずの43以降は一転して速くなり、1Vのメロディを流すことにより重点が置かれ、あまり他のパートとの絡みが浮き上がらなくなる。83以降また落ち着いた響きになるものの、8分の12拍子になる99以降再びテンポが上がり、120以降のファンファーレもややせわしない。2回目のファンファーレに続く133〜134ではディミニエンドをしっかりかける。そして、135冒頭で一度音量を上げてから改めてディミニエンドをかけるのが普通だが、ppのままなので、枯野のような寂しい雰囲気に。その後もあまりfやffで音量を上げないまま終わる。そのまま第4楽章へ。

 第4楽章、最初の嵐はやや遅めか。その後長めの間を取ってから低弦のメロディへ。30以降の木管の音量が大きめで、31以降の1Vのメロディが聴き取りにくかった。低弦が歓喜の主題を弾く92の前でもかなり長い間を取る。このあたりまでは第3楽章を除き棒を持っていたが、その後は最後まで棒を持たずに振る。257以降テノールが高音を歌う部分がはっきり聴こえる。さすがオペラ・シンガーズ。330の"vor Gott!"でフェルマータの最後2拍分くらいでクレッシェンドをかけて切る。331以降の行進曲はトルコ風のはずだが、かなり速いテンポ。525以降のHrのオクターブの和音が続くところでようやくテンポが落ち着く。その後あまりテンポを変えずに進むが、810〜813は楽譜通りゆったり響かせる。終盤の843〜846で弦がH−Aの音型を掛け合うところでは、かなり遅めに始めて847以降一気にテンポを上げる。920以降はさらにスピードを上げるが節度を保ったまま締める。

 弦を敢えて14型にしたことで各パートの響きが引き締まり、まとまりがよくなったことで、メロディとそれ以外のフレーズとの掛け合いがよりわかりやすく聴こえてくる。木管もそれぞれ持ち味を発揮していたが、Clだけは高音がしばしば割れそうでハラハラした。金管も安定した響き。
 合唱は文字通り少数精鋭の本領発揮。音程が正確なのでハーモニーが声の出だしからしっかり決まる。ソプラノが肥大しがちのアマチュア合唱団ではまず聴けない密度の濃いアンサンブル。ソリスト4人もバランスのいいハーモニーを聴かせる。

 佐渡さんの指揮ぶりと解釈は、若い頃に比べるとかなり落ち着いているように思う。必要以上に暴れる場面もなく、メロディ・パート以外にも細かく目配りして指示する場面がしばしば見られる。ただ、これまであまり縁のなかったオケだからと言って遠慮はしてないと思うが、彼の意志がどこまで演奏として表現できたかについては、まだまだのところもあるかもしれない。
 しかし、東日本大震災始め難事の多かったわが国の2011年を締めくくるには、ある意味ふさわしい演奏のように感じたのも確かである。佐渡さんと東フィルが来年以降もっと共演の場を増やしてくれればさらにいい演奏を期待できるだろうし、いずれ新国立劇場でオペラを振る機会だって近いうちに訪れるかもしれない。そんな未来への希望を抱かせる「第九」だった。

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