新国立劇場「ルサルカ」(5回公演の3回目)
○2011年11月29日(火)18:00〜21:30
○新国立劇場オペラパレス
○4階L5列4番(4階下手サイド5列目端から3席目)
○ルサルカ=オルガ・グリャコヴァ、イェジババ=ビリギット・レンメルト、王子=ペーター・ベルガー、ヴォドニク=ミッシャ・シェロミアンスキー、外国の公女=ブリギッテ・ピンター、森番=井ノ上了吏、料理人の少年=加納悦子、第一の森の精=安藤赴美子、第二の森の精=池田香織、第三の森の精=清水華澄、狩人=照屋睦
○ヤロスラフ・キズリンク指揮東フィル
(14-12-10-8-6)、新国立劇場合唱団

○ポール・カラン演出


おとぎ話がオペラ化されて意味深に

 新国立劇場今シーズン2作目のオペラ新制作はドヴォルザークの「ルサルカ」。来日公演でたまに取り上げられることはあったが、日本で制作されるのは珍しい。私自身も生で観るのは初めて。テレビカメラが入った関係で空席になった部分を除けば、ほぼ満席。皇太子様がご臨席。

 第1幕、舞台手前に屋根がM字型で奥行の狭い家。1階の部屋のベッドに座るルサルカが窓から外を眺めている。ホリゾントは星空、下手端に月。彼女の脇にはヴォドニクらしき男が椅子に座って絵本を見ているが、途中で居眠りして落とす。やがて男は階下へ降りて行く。ルサルカは人形の家で遊んだり、鏡に自分を映したりした後思い立ったかのように家を飛び出して奥へ走り出す。すると、家は地下に沈み、奥から森と湖を表す舞台がせり出てくる。壁は波打っていて、下手奥から通路が先に伸びている。壁には木々の絵が描かれているが、中央奥には本物の木が立っている。また、壁には扉が並んでいて、その上から枝が伸びている所もある。上手手前の一部がえぐれるように床が低くなっている。水辺という設定のようだ。
 舞台には寄宿舎のようにベッドが並び、森の精や水の精たちが眠っている。ルサルカは下手最前のベッドに寝ている。朝になってヴォドニクが起こしに来るが、彼女たちは彼をベッドに乗せてぐるぐる回したり、枕投げをしたり、大はしゃぎ。しかし、ルサルカだけはそんな中に加わらない。やがて精たちは自分のベッドとともに扉から退場。ルサルカのベッドだけが残っている。
 人間になりたいと願うルサルカをヴォドニクは許さず退場。彼女は自力で人間の世界へ向かおうとするが、どの扉からも出られない。空に月が昇り、彼女は上手手前の水辺に座り、アリア「月に寄せる歌」を歌い始める。2番は舞台中央で空に向かって祈りながら歌う。
 歌い終わると月が降りてきて、その奥からイェジババ登場。とんがった三角帽子に全身黒い衣裳というお決まりの魔女姿だが、ラメ入りなので華やかな雰囲気。ルサルカの願いを聞き入れたイェジババがパチンと指を鳴らすと彼女は魔女の意のままに動く。魔女の手下の娘たちが現れ、上手手前から中央へ人形の家が滑り出てくる。家の左半分を開くと中から人間になる薬の材料が出てくる。イェジババは薬を調合。作る間に家の地下から人形たちが等身大になって出てくるのを娘たちが追い払う。薬を飲んだルサルカ、衣裳が白から水色に変わり、水辺へ。靴を渡されるが履き方がわからず戸惑うルサルカ。イェジババたちが去り、人の気配がするとルサルカは隠れる。
 下手奥から王子と狩人登場。狩人を先に反した王子は、水辺近くに寝転ぶ。彼の手をルサルカは恐る恐る触ってすぐ引っ込める。気付いた王子が立ち上がってあちこち探すと、やがて立ち上がったルサルカを見つける。彼は彼女に近付き、ぎごちないながらも2人は親しくなり、一緒に下手奥へ退場。その様子を中央奥の塔の上で3人の森の精が眺めている。
 
 第2幕、壁は第1幕と同じだが、下手手前から上手奥に向かって長テーブルが置かれている。給仕姿の森番と少年が食事の支度。少年は危なっかしい手つきで大きな盆にグラスを載せて運んでくる。グラスを並べた後は紙ナプキンを並べる。その間森番は奥に積んだ皿を時計回りに1枚ずつ並べては積んである場所に戻り、といった動きを繰り返しながら歌う。イェジババの話をする時にはテーブルの上の花を揺らして少年を怖がらせる。
 準備が終わると2人と入れ違いに王子とルサルカが登場するが、王子が抱いたりキスしたりしようとするとルサルカは離れ、逆に彼女が王子に身振りで訴えても通じない。そのようなぎくしゃくした状況の中、舞台奥に外国の公女が現れる。オレンジの衣裳。王子はルサルカがいるのに構わず公女を誘惑。公女はその場は適当にあしらって退場。王子も別方向へ退場。
 1人残ったルサルカのところに客人たちが入ってくる。全員赤の上下で目隠しをしている。ポロネーズの間彼らは長テーブルを回しながら踊るがルサルカはその中に入れない。それどころか、彼女が近づくと客人たちは避ける。その様子を塔の上のヴォドニクは悲しげに見つめている。再び踊りが始まるが、相手にされないルサルカは上手手前にくず折れて泣き出す。いつの間にか客人の中に紛れていたヴォドニクが目隠しを外して彼女に近付き、励まして客人たちとともに退場。
 再び現れた王子はテーブルの花を取ってルサルカに渡すが、意味のわからない彼女はテーブルに置く。もう一度渡されしばらく持っている。
 客人たちに続いて公女が下手手前から丸い大きな襟付きの衣裳を着た女たちを従えて登場。テーブルが2つに分けられて両端に寄せられ、中央に天蓋付きベッドが出される。公女はルサルカから花を奪い取り、ベッドで寝させる。客人たちに取り囲まれたルサルカは耐え切れず、上手手前へ逃げ出す。王子は代わりに公女とベッドで抱き合う。すると塔の上からヴォドニクが呪いをかける。ルサルカは奥へ走り去る。公女は下手手前に移動。それを王子は追って彼女の手にすがるが、突き飛ばされる。ベッドに戻った王子は赤い光の下丸い襟の女たちにいたぶられる。

 第3幕、第1幕と同じ舞台だが、下手手前に傾いたルサルカのベッド。上手中央には枯れて倒れた木が横たわっている。ルサルカの髪は乱れ、水色の服も薄汚れた感じ。イェジババは彼女が元に戻れる方法を告げる。下手奥から森番と少年が出てきて、彼らもイェジババを呼ぶが、少年を太らせて食べようとするので、2人とも怖がって逃げだす。
 水辺にたたずむルサルカを探しに、下手奥から王子登場。枯木の周りで2人は愛を確かめ、キスされた王子は倒れる。ルサルカは下手手前に移動。塔の上からヴォドニクが歌う。舞台が後方へ下がっていくと王子は生き返り、城へ戻っていく。
 冒頭の家がせり上がり、ホリゾントは星空。ルサルカは中に入ってベッドに座り、男と女の人形を取り上げ、女の人形を捨てて男の人形を窓辺に置き、外を眺めるうちに幕。全ては内気な少女の想像上の物語だったのか?

 ワーグナー、フロイト、イプセン、チェーホフらが生きていた時代に書かれたこのオペラには、現代にも通じる意味深長な設定が随所に見られる。水は自然の象徴であり、水の精と人間の王子の恋物語は人間が自然から多くの恵みを受けながら破壊もしてきた歴史を思い起こさせる。人間になると口がきけなくなることを軽く考えるルサルカは、言葉が人と動物を区別する要素として捉えられていることを思い出させるし、情熱的な女に水から出てきた「冷たい」女が太刀打ちできないことも、人間の感情の一面を的確に捉えている。元々おとぎ話には教訓的内容が込められているのが普通だが、オペラになるとライトモチーフを活用して場面設定をさらに複雑にしている。各場面を何通りにも読み替えられそうな面白さを備えている。
 カランの演出は、最初と最後の家や生き返る王子などさり気なくお決まりでない動きをさせる一方で、特に第3幕で短いながら激しい音楽が流れるフレーズなどでもう少し演技に工夫させてもいいように思う。全体的には新国の舞台機構を駆使した、幻想的で美しい舞台。
 グリャコヴァは第1幕では音程がやや不安定だったが、だんだん響きが整い、第3幕のソロは見事。ベルガーは若々しく力強いテノール。レンメルトとシェロミアンスキーとがいずれも深みのある低音で舞台を引き締める。ピンターも輝きのある声で敵役にはぴったり。日本人歌手の中では森の精3人の歌が見事にハモっていてすばらしい。今度はラインの乙女たちで聴きたい。池田だけは経験済のようだが。
 キズリンク指揮のオケ、弦はよく歌っていたが、金管が フォルテになると咆哮気味になるのが気になる。合唱は安定した響きだが、三澤時代に比べ歌い方が少し控え目になったかも。

 ドヴォルザークの親しみやすい音楽とわかりやすいストーリーは、日本のオペラ・ファンにも受け入れやすいと思う。是非再演してほしい。
  

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