メトロポリタン・オペラ「ラ・ボエーム」(5回公演の3回目)
○2011年6月17日(金)19:00〜22:05
○NHKホール
○3階C13列45番(3階最後列上手側)
ミミ=バルバラ・フリットリ、ロドルフォ=マルセロ・アルバレス、ムゼッタ=スザンナ・フィリップス、マルチェッロ=マリウシュ・クヴィエチェン、ショナール=エドワード・パークス、コッリーネ=ジョン・レリエ、ベノワ&アルチンドロ=ポール・プリシュカ他
○ファビオ・ルイジ指揮メトロポリタン歌劇場管(12-8-6-4-5)、同合唱団、TOKYO FM少年合唱団
○フランコ・ゼッフィレッリ演出

文化版「トモダチ作戦」任務完了

 3月11日の東日本大震災以降多くの海外演奏家が来日をキャンセルした。オーケストラの来日中止も相次いだ。今年はメジャーな歌劇場だけでも5団体も来日するという「引越公演の当たり年」のはずだったが、フィレンツェ歌劇場は来日中に震災に遭ったために途中帰国せざるを得なくなった。次はメトで、震災から3ヶ月経っているので大丈夫だろうという楽観的な見方もある一方で、福島第一原発の事故が中長期的な不安要因として残っており、メトが来日できるか否かは、今後海外演奏家・団体の来日キャンセルが止まるかどうかの試金石であった。
 しかし、総支配人のピーター・ゲルブは一貫して予定通りの来日を準備し、実現した。正に文化版「トモダチ作戦」遂行と言っていい。まずはこのぶれない決断にオペラ・ファンの1人として感謝したい。
 ただし、ここの演奏家となると話は別である。芸術監督のレヴァインが体調不良でキャンセルしたのは致し方ないとして、スター歌手たちのキャンセルは少なくなかった。特に「ラ・ボエーム」ではミミを歌うはずのアンナ・ネトレプコとロドルフォを歌うはずのジョゼフ・カレーヤが原発事故を原因にキャンセルした(経緯はジャパン・アーツのウェブサイトに詳しく紹介されている)。これでは2007年シーズンオフにエースと4番が退団したヤクルト・スワローズみたいではないか(どんなたとえや!)
 しかし、さすがにそこは天下のメトと言うべきか、指揮にルイジ、ミミにフリットリ、ロドルフォにベチャワとアルバレスを起用することで見事この難局を乗り切った。

 前置きが長くなったが、私にとってゼッフィレッリの「ラ・ボエーム」は20年以上前メトで初めて生で観た演目である。7割程度の入り。

 第1幕、ゼッフィレッリの「ラ・ボエーム」と言えば日本の多くのオペラ・ファンは80年代後半に来日したスカラ座の舞台を思い浮かべるだろう。その際は第2幕の2階構造の舞台が話題になったが、メト版の売り物は何と言っても第1幕と第4幕の屋根裏部屋である。本当に屋根の上に建っているのである。しかもこの舞台は30年も使われ、今でもNYの目の肥えたオペラ・ファンを楽しませている。ゲルブ時代に入ってから今までにないタイプの演出家の起用が目立つ一方、古き良き舞台も大事に守り、オペラ上演の歴史をも意識した歌劇場運営を忘れていないことをうかがわせる象徴的な舞台と言えるかもしれない。
 自分の作品をストーブにくべることにしたロドルフォ、1幕分を燃やす時はまだ平静を保っているが、2幕分をマルチェッロに渡すと胸を押える。マルチェッロとコッリーネはこれ見よがしに破ってストーブへ。ベノワは最初愛想悪く苛立ちながら登場、こっそり請求書を燃やそうとろうそくを近づけるコッリーネにも気付くが、ロドルフォたちにだんだん懐柔され、最後は自分から出て行く。ミミ、火をもらって下手の扉まで行ったところで振り返り、ポケットの中を探す。鍵はよく見えなかったがテーブルの上にあったようで、ロドルフォが先に取ってズボンのポケットにしまう。自分で火を吹き消し、床を探すミミの手を自分から積極的に取る。「冷たい手を」はGdurで歌う。ミミは上手の椅子に座り、ロドルフォに見せられた詩を外の光を頼りに読もうとする。ミミは「私の名はミミ」を座ったまま歌う。外からマルチェッロらに呼ばれるとロドルフォに続いてミミもバルコニーに出る。

 第2幕、こちらも2階構造だが中央下手寄りに大階段がある。露店のワゴンが退場すると、上手1階がカフェ・モミュスに。NYの舞台に比べると舞台上の人の数が少なく(特に2階)、動きもゆっくりなように見える。ショナールとコッリーネは露店で買ったそれぞれホルンと本を幕切れまでずっと持っている。上手から馬車に乗って登場したムゼッタ、アルチンドロの荷物を放り投げるなどした後中央に置かれたテーブルに落ち着くが、出された皿を2枚とも割り、テーブルもひっくり返す。そして、上手端のテーブルに昇り、そこから「私が町を歩くと」を歌い始める。マルチェッロは椅子を後ろ前にして座り、彼女に背を向け顔をうずめて見ぬ振りをしているが、ひと節歌ったムゼッタが降りてきて、長く分厚いスカートで彼の顔を引っぱたく。アルチンドロは新しい靴を買いに行かされるが、戻ってきてモミュスの店員に勘定書きを見せられる場面はない。最後は軍隊の行進に続いてムゼッタがみんなに担ぎ上げられ舞台中央で手を振る場面で幕。

 第3幕、ミミは奥の坂を下り、中央の水汲み場にいる婦人に頼んで上手の居酒屋からマルチェッロを呼び出してもらう。ロドルフォが起きたのに気付いたマルチェッロは居酒屋に戻り、ミミは下手の階段を昇り、丘の上の木陰から2人の様子を見る。ロドルフォの本音を知ると、再び奥の坂を下り、居酒屋前の柱に寄りかかったところでロドルフォに見つかる。ロドルフォとミミが別れの二重唱を歌う間、ムゼッタとマルチェッロは出てきて、彼女のショールを引っ張り合うなどして喧嘩。ロドルフォとミミは水汲み場に寄り添って座り、ムゼッタは奥の坂の中ほどに立つ男と一緒に下手へ去る。居酒屋に戻ったマルチェッロはマフラーを羽織って後を追う。

 第4幕、ショナールはパン数本を持ち帰る。コッリーネが持って帰ったニシンはNYで観た時よりだいぶ小振りになっている?決闘の場面になるとテーブルはひっくり返され、ショナールとチャンバラを始めるコッリーネはすぐ刺されて倒れた、と思ったらすぐ復活。ショナールは上手のバルコニーから屋根に降りて窓際の鉢植えを投げ入れる。
 ムゼッタが瀕死のミミを連れてくると男たちはベッドを出して寝かせる。ミミが彼らの名を呼ぶとショナールはベッドの足元へ、コッリーネはロドルフォの後ろから挨拶。ムゼッタとマルチェッロがマフなどを買いに出かけ、コッリーネがバルコニーで外套のアリアを歌う。コッリーネに続いて部屋を出たショナールは下手の扉を開けたまま。バルコニーの戸も開いたまま(寒いやん!)。ロドルフォが下手の扉を閉めに行ったところでミミが目覚め、起き上がろうとする。ロドルフォ、駆け寄って抱き合う。ミミ、「私の名はミミ」を歌いかけて泣き出すがロドルフォがポケットから取り出した帽子を見て喜ぶ。ミミが咳き込むので戻ったショナールは上手端へ行き、ようやくバルコニーの窓を閉める。マフを手にしたミミ、ロドルフォが一安心して立ち上がった直後に左手をだらんと垂らすがベッドからは落とさない。ショナールはその手をマフの中に入れてやろうとして彼女の死に気付く。マルチェッロに「しっかりしろ」と言われたロドルフォはすぐ枕元へ駆けつける。

 フリットリは終始ムラのない響きと安定した音程、そして句読点をきっちり守る歌いぶり。スコアを忠実に歌にすることに徹していた。アルバレスもこれに倣った整った歌いぶりだが、ソロではしばしば情熱的な響きを聴かせる。フィリップスは明るく勢いのある声でムゼッタにぴったり。クヴィエチェンは陰のある響きが魅力的。パークスは明るく陽気な歌いぶり、レリエは最近珍しいしっかりしただみ声。プリシュカもまだまだ元気で安心。端役に至るまで水準の高い歌いぶりでメトの底力を見せつける。
 ルイジは全体的に遅めのテンポと滑らかなフレージングで歌手たちがじっくり歌えるように丁寧にサポート。その一方で第3幕冒頭の和音など要所は締める。また第2幕ムゼッタのアリアや第3幕ミミのアリアなどでVaのフレーズを強調するなど、中音を芯にハーモニーを組み立て、弦を中心に引き締まった響きを聴かせる。

 音楽の力に癒され、勇気付けられる一夜となった。

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