井上喜惟指揮ジャパン・シンフォニア
○2010年11月13日(土)14:30〜
○第一生命ホール
○1階20列14番(1階最後列中央やや下手寄り)
ビゼー「アルルの女」組曲(下手から1V−Vc−Va−2V、CbはVcの後方)
 プーランク「人間の声」(下手から1V−Va−Vc−2V、Cbは1Vの後方)

+同「愛の小路」
S=蔵野蘭子(プーランク)
(8-8-6-4-3)

女とオーケストラの悲劇

 ジャパン・シンフォニアの定期演奏会へ久しぶりに行く。目玉は何と言っても蔵野さんが歌い演じるプーランクのモノ・オペラである。

 前半の「アルルの女」と言えば、今はどうか知らないが、かつて小学校の音楽のレコード鑑賞用に必ず入っていた曲である。しかし、生で聴く機会は意外と少ない。「ファランドール」あたりがたまにアンコールにかかるくらいで、特に第1組曲はめったに演奏されない。実はビゼー自身が組曲にしたのは第1の方なのだが、ギローが編曲した第2の方が有名というのも皮肉な話である。
 その第1組曲、「前奏曲」は「アルルの女」のテーマとも言うべきハ短調のメロディのユニゾンで始まる。早くも豊かな響きがホールに満ちていく。17小節以降木管が同じメロディを繰り返すところでは、さらに柔らかい響きで節回しも濃厚になる。後半のSaxのソロも芯の太い音で聴き応え十分。「メヌエット」「アダージェット」では弦もより滑らかに歌うようになる。「カリヨン」では、安定したHrの連続和音を聴くうちに、広々とした草原の上をグライダーで飛んでいるような気分になる。
 第2組曲「パストラーレ」も充実した響き。主部を閉じる42の上昇音型のディミニエンドも美しい。中間部のFlが奏でるメロディも、後半にフライングがあったが、物憂い雰囲気がよく伝わってくる。「間奏曲」はかなり遅いテンポで、重厚な響き。「メヌエット」のFlソロは今度は明るい音色で優しい歌いぶり。中間部の全奏は一転して華麗な響き。「ファランドール」も遅めのテンポに始まり、17以降もあまり速くしない。終盤もほとんどテンポを上げず、各楽器をしっかり響かせる。曲が終わってもしばらく静寂。有名になり過ぎて聞き飽きた曲でも一流のオケが正面から取り組むと「こんないい曲だったのか」と唸らされることを再認識。

 休憩も終わり近く、一ベルが鳴ると係員が「間もなく第2幕の開演です」とアナウンスして回っている。これから一幕物のオペラが始まると言うのに?

 指揮台の下手側にクリーム色のダイヤル式電話機が載った丸テーブル、その先に一人掛けのソファ。その右後ろの足元に薄茶系の旅行鞄。
 普通のコンサートと同じように団員が席に着き、指揮者が登場し、音楽が始まる。すると下手入口から蔵野さんがよろめくようにゆっくり歩きながら登場。白のネグリジェに裸足というお姿。トレードマークの緑の黒髪を束ねず自然に垂らしている。電話が鳴ると座って話し、いや、歌い始める。彼につながると電話機を彼の頭に見立て、愛おしそうに右手で後ろから抱える。手紙の入った鞄のことを聞かれると、足元の鞄を膝の上に載せ、今度はそれを抱えながら歌う。そして中から皮製の手袋を出し、頬に優しく当てる。男が自分の様子を言い当てさせる場面で一瞬笑い、明るい顔になる。やがて電話機を持って立ち上がり、下手へ移動して歌い続ける。そこで一旦電話が切れ、電話機を床に置いて交換手を呼び出す。男の自宅にかけても不在なので切ると、床にしゃがみこむ。再び男からかかってきたので受話器を取り、電話機も持ってソファへ戻る。
 薬を飲み過ぎて夢の話を始めるところから受話器を耳からはずし、虚空に向かって歌う。「あなた」と呼びかけるところで再び受話器に向かう。ベッドに電話機を持ち込んだ話をするくだりでは電話機を胸に抱きながら歌う。犬に憎まれる話をする場面ではソファの背に身を寄せる。混線して盗み聞きした女を咎めた後、電話機を持ちソファの上に立つ。降りて再び下手へ向かうと電話が切れる。電話機を床に置いて祈り続けると、またかかってくる。受話器のコードを首に巻いて歌うが、しばらくしてはずし、鞄を引き寄せて電話機をその中に入れる。最後は歌いながら受話器も鞄に入れ、電話機のコードを首にぐるぐる巻きにし、それを強く引っ張って倒れる。
 舞台が暗転になった瞬間、前列の年配の女性が思わず「すごいわねえ…」とつぶやく。正に鬼気迫る演技。声もよく出ていたし、特に中盤のハイCではホールに雷が落ちる。冒頭の暗い顔が苦しみでしだいにゆがんでいくが、歌いぶりもそれに合わせて聴く者を締め付けていく。そして男への怒りが込み上げてくる。
 オケもプーランク独特の響きと節回しをストレートに表現。蔵野さんが歌い終わった後のイ短調風の下降音型が死刑宣告のように重くのしかかる。

 拍手が鳴り止まぬ中、客席から男が指揮者に花束と紙を渡し、何事か指示している。井上さんが花束を蔵野さんに渡し、楽譜は団員たちに配る。何が起こるのかと思ったら、急いで白のワンピースに着替えた蔵野さんが靴を履きながら出てきてアンコール。疲れも見せず、おしゃれなワルツをステージ上を歩きながら歌う。これで少し気が晴れる。

 それにしても客の入りが悪い。半分入っているかどうか。交通の便が悪いのを差し引いても寂し過ぎる。子供連れを何組か見かけたが、もちろん「アルルの女」目当てだろう(実は「人間の声」目当てだったりして)。「学校で習う名曲」というブランドはまだある程度通用するみたいだ。それならそれでもう少し宣伝のしようがありそうなものだが。せっかくすばらしいオケなのに、このままでは多くの人に知られずに終わってしまう。オケの団員、事務局、そして井上さん全員で考えてもらいたい課題である。

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