ミュージカル「キャンディード」(34回公演の30回目)
○2010年6月24日(木)18:15〜21:40
○帝国劇場
○1階V列33番(1階最後列から3列目、中央やや上手寄り)
○ヴォルテール&パングロス=市村正親、キャンディード=井上芳雄、クネゴンデ=新妻聖子、マキシミリアン=坂元健児、マーティン=村井国夫、老女=阿知波悟美、ヴァンデルデンデュール=安崎求、パケット=須藤香菜、カカンボ=駒田一他
○塩田明弘指揮東宝ミュージック、新音楽協会
(1-1-1-1)
○ジョン・ケアード台本改訂・演出


「すべては最善」でなくてもええねん

 バーンスタインのミュージカル「キャンディード」が、今年はたまたま演劇界とクラシック界の双方で上演される。まずは東宝制作の演劇界側の公演。なかなかチケットが取れなかったが、千秋楽の3日前にどうにか駆けつける。9割5分以上の入り。

 暗転から舞台中央が明るくなると、宝箱の上に座るヴォルテール。舞台奥のオケが序曲を始めると、舞台と同じくらいの大きな輪がゆっくり吊り上げられ、後方を少し下げた状態で固定される。他の人物も加わってパントマイム。
 通常1人の俳優で演じられるパングロスとマーティンだが、ここでは切り離されてパングロスとヴォルテールの2役を市村1人が演じる。市村はヴォルテール役の時は床に輪が置かれていた位置より外からナレーションを務め、パングロス役の時は輪の中、つまり他の人物たちと共に演じる。いずれにせよ最初から最後まで出ずっぱりである。
 第1幕、市村はヴォルテールとして登場人物を紹介した後パングロスとしてキャンディードたちに「楽天的最善説」を講義。生徒たちはマトリョーシカのように宝箱を次々と開けては小さな箱を取り出して並べる。最後に残った小さな箱からパングロスが昔の学校で使っていた呼び鈴を取り出して鳴らす。
 パングロスとパケットの「実験物理学」を目撃したクネゴンデは箱を並べた上にシーツを被せたベッドの上でキャンディードと愛し合おうとするが領主たちに見つかる。キャンディードは追放される。
 ババリアで兵士の訓練を受け、戦争に従軍した後オランダへ逃れたキャンディードは再洗礼主義者ジェームズの病院へ行き、梅毒にかかって車椅子状態のパングロスと再会。クネゴンデの死を知らされ、絶望。
 しかし、クネゴンデは王侯貴族たちの間で次々と売られ、ユダヤ人の富豪とリスボンの宗教裁判官の愛人となっていた。青い布が天幕風に張られ、床にも長々と伸びる上で、彼女は宝石箱を前に宝石を付けたりはずしたりしながらアリア「着飾って、きらびやかに」を歌う。
 病気が回復したパングロスと共にリスボン行きの船に乗るが大嵐に遭い、何とかリスボンにたどり着くが今度は大地震に遭う。それも生き延びるがパングロスの哲学を宗教裁判所の廷吏に聞かれ、処刑となる。群衆に囲まれたパングロス、次の瞬間天井から首を吊った姿が舞台上方へ跳ね上がる。
 絶望するキャンディードを老女が密かに連れ出し、再び舞台に現れると中央にヴェールを被ったクネゴンデがいる。再会を喜んだのも束の間、2人の愛人が相次いで現れる。彼は2人を次々と刺し殺す。舞台後方に箱が3組積まれ、それを馬に見立てて3人は逃げる。スペインに入ってアバセーナで身振り手振りで住民たちと親しくなり、キャンディードはカカンボに出会う。4人はカディスにたどり着く。中央の箱から三角の帆が引っ張り出され、4人はそこに乗り込み、人々の合唱の中箱の中へ消えていく。一旦暗転になり再び光が当たると最初のシーンと同じように箱に座るヴォルテールが指を鳴らす。

 第2幕、間奏曲が始まると市村が客席に登場して大いに沸く。モンテヴィデオでキャンディードは騎兵隊長に雇われたが、4人が生活するには収入が足りないため、老女はクネゴンデを総督と結婚させた上、宗教裁判所の追っ手が迫っていると嘘をついてキャンディードとカカンボを追い払う。
 2人はパラグアイのイエズス会の居留地にやってくる。修道院長は何と死んだはずのマキシミリアン。再会を喜び、クネゴンデを助けに行くことになるが、キャンディードが彼女と結婚すると言うので昔の身分の違いを思い出して拒否。怒った彼はマキシミリアンを殺してしまい、カカンボと共に逃げ出す。
 床の輪の上を走り回って逃げた2人は中央の箱(丸木舟)で川を下るが、急流の洞窟に入り込む。何とか助かって一本道を行くとエルドラドへ。天井から吊るされた輪の後方がさらに下がる。王、王妃と住民は全て白の衣裳に身を包んでいる。
 再びクネゴンデを救うべく2人は金の宝箱を背負ったオレンジの羊2頭(ストーリー上は100頭)を連れて客席へ下り、スリナムへ。カカンボをモンテヴィデオへ向かわせ、ヴァンデルデンデュールに金を払って羊を預け、下手花道から客席へ降りた隙にヴェニス行きの船は出発。キャンディードは前方の客席を無理矢理横切って舞台に戻り、箱をボート代わりにしてこぎ始めるが、船は行ってしまう。
 パングロスの教えに疑いを持ったキャンディードは惨めな人物を募集し、最終的に掃除夫マーティンと共にマルセイユ行きのガレー船に乗る。その中で櫂を漕いでいたパングロスとマキシミリアンに再会。途中でヴァンデルデンデュールの船が沈められ、波間をさまよう羊にキャスターとひも付きの箱を転がして救おうとする。羊は一度は箱に捕まるが途中で離してしまい、もう一度箱を投げられて、ようやく助けられる。古典的なギャグだが笑える。
 ヴェニスに邸宅を構えて長らく待った挙句墓場でカカンボに、売春宿でパケットに再会。そして謝肉祭の舞踏会でついにクネゴンデに再会するが、変わり果てた姿。2人は舞台両端に座りこんだまま口を利かない。夜中に散歩に出たキャンディードは6人の王が乗るゴンドラに出会う。下手端近くに舳先、箱がその後ろに並べられ、一番後ろの元王が漕ぎ始めると、舳先を挟む白黒縞模様のポール2本が後方へ移動。
 邸宅に戻ったキャンディードは学校の呼び鈴を鳴らして人々を集め、カルニア山脈へ移動し、農業をしながらつましく生きることにする。小さな箱を全て元の大きな箱に戻し、大団円となる。

 箱と布と帆の骨組みだけでほとんどの場面を見せる。箱はキャンディードたちが学んだ知識の象徴であり、彼らが災難に遭う間は箱は舞台上に言わば散乱している。最後の場で元の箱にまとめることで、ようやく彼らの生きる道が定まる。

 市村は今さら言うまでもないが、セリフも演技もピタリと決まり、無駄がない。村井や阿知波といった芸達者な役者たちがしっかり脇を固める。ただ、3人とも歌い方はセリフ調。特に阿知波の節回しはかなり荒いが、声の存在感は圧倒的。これに対し、彼らより若い世代の俳優たちの歌は安心して聴けるが、声の存在感では負ける。井上は時折絶叫調を織り交ぜるが全体的には印象に残らない。でも美声だし心を込めて歌っているのはわかる。新妻はガラス細工の枯れ木のような声だが、高音の音程は並みのオペラ歌手よりずっと正確。ただ第2幕冒頭の阿知波との二重唱では、メロディパートでない時にもっと声を出した方がいい。せっかく技巧的なフレーズなのに、もっと聴かせるべき。
 演劇界のミュージカル公演では仕方ないことかもしれないが、オケの弦の人数があまりに少ない。バーンスタインの音楽自体が持つ響きが十分表現されないのは大いに不満。しかし、「すべては最善」とはいかないのが世の中ということか。

表紙に戻る