ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2010他
○2010年5月4日(火・祝)
○東京国際フォーラム他

公演番号351:広瀬悦子(P)
○10:00〜10:45
○ホールD7(フランコム)
○I列10番(最後列ほぼ中央)
○ショパン「バラード第1番ト短調」Op23
 同「夜想曲嬰ヘ長調」Op15の2
 同「バラード第4番ヘ短調」Op52
 同「夜想曲ハ短調」Op48の1
 同「幻想曲ヘ短調」Op49
+リスト「パガニーニによる超絶技巧練習曲集」G.141より第3番嬰ト短調「鐘」

左右のアンバランスが気になる

 「ショパンの宇宙」と題された今回のLFJ。最終日に何とかすべり込む。ほぼ満席。
 広瀬はパリ音楽院卒、99年アルゲリッチ国際コンクール優勝、ラ・ロック・ダンテロンや各国のLFJなどに出演しているようだ。生で聴くのは初めて。女優の杏に似ている。
 バラード1番、遅めのテンポで冒頭から音の輪郭がはっきりせず、前後の音がくっついた団子のように続いていく。36小節以降も同じような感じで、40のagitato以降少し速くなるがまだもたついている。最初の頂点へ向かう44以降左手のフレーズがしばしば右手より目立つ。その後激しくなる部分も同様。
 嬰ヘ長調の夜想曲も先ほどのバラードとほとんど同じ表情、スタイルで弾き始める。付点のリズムや32分音符の細かいフレーズが全くと言っていいほど浮かび上がってこない。
 バラード4番、序奏は少し音が立ち始めたが8以降の主旋律で再びフレーズが粘るようになる。2回目にこのメロディが出てくる58以降また左手の方が大きくなり、右手は消されがち。このアンバランスが気になり出すと聴く方も乗りにくい。テンポの上げ方も少しずつなので、あまり効果的とは言えない。終盤の211以降は途中からハーモニーが混沌としてきた。
 ハ短調の夜想曲は、夜想曲には珍しく縦の線オンパレードの曲だが、何とか横につなげようとしてややギクシャクした感じ。
 幻想曲でも激しい部分における左右のアンバランスが気になる。
 そんな僕の不満が伝わったのか、何とアンコールに「鐘」を弾き出した。Disの高音の連打で右手が使えるところを誇示したかったわけでもなかろうが、最後まで音が立ちきらず、キレを感じさせる場面がなかったのが残念。
 2年前同じ会場のほぼ同じ時間帯で仲道郁代を聴いた時には途中から配管のパチパチいう音が気になって仕方なかったが、今年はさすがに改善されていた。

周辺エリアコンサート:小山内清恵(P)
○12:30〜13:00
○東京ビルTOKIA1階「ガレリア」
○ピアノの上手側2列目
○サン・サーンス「アレグロ・アパッショナート」Op70
 ショパン「マズルカイ短調」Op17の4
 同「円舞曲第4番ヘ長調」Op34の3
 同「同第6番変ニ長調」Op64の1「小犬」
 同「バラード第4番ヘ短調」Op52


(久々に)ただほど安いものはない・その1

 開演50分くらい前に来たおかげで何とか座れる。気がつくと数百人は集まっていただろうか。
 小山内は日墺文化協会主催フレッシュコンサートに出演した他ショパンアカデミー学院マスタークラスでも研鑽を積む。クラシック以外にも幅広く演奏活動を行っているようだ。
 サン・サーンス「アレグロ・アパッショナート」はFis−Gis−Cisの音型を自由に発展させて情熱的な音楽へ。でもどこかあか抜けた雰囲気。
 イ短調のマズルカは、右手にFis−Disなどの3度の下降音型が左手の流れに異を唱えるように現れるのが印象的。ようやくショパンらしい演奏になってきた。
 円舞曲4番は、ショパン自身のものではないが、「小猫のワルツ」という別名が付いているらしい。「小犬」と続けて弾いたが、それほど曲想に違いはないように思う。
 バラード4番、右手のメロディラインの音をきっちり立たせた上で歌わせているので、安心して聴いていられる。ピアノが小型グランドなのでどうしても浅い音になるが、数十メートルの天井に音が抜けていく感じは悪くない。
 演奏の合い間のおしゃべりも上手で、まず「ニッコリしながら聴いてほしい」と聴衆の緊張を緩め、ワルツの前にはネコ派とイヌ派のアンケートを取ったり、バラードの前にはショパンがノアンで知り合った友人ドラクロワの絵を見せたり、聴衆を飽きさせない工夫も万全。

周辺エリアコンサート:宮谷理香(P)
○14:00〜14:30
○丸ビル1階「MARUCUBE」
○下手側椅子席のすぐ後ろで立ち見
○ショパン「円舞曲第4番ヘ長調」Op34の3
 同「同第6番変ニ長調」Op64の1「小犬」
 同「練習曲第5番変ト長調」Op10の5「黒鍵」
 同「同第12番ハ短調」Op10の12「革命」
 同「夜想曲嬰ハ短調」(遺作)
 同「バラード第1番ト短調」Op23
+同「華麗なる大円舞曲変ホ長調」Op18

(久々に)ただほど安いものはない・その2

 TOKIAの演奏会が終わってすぐに丸ビルまで行ったのだが、既に椅子席は満杯。そのすぐ後ろに立って開演を待つ。開演間近にふと見上げると、2階、3階のバルコニーにも鈴なりの聴衆。しまった、天井桟敷好きとしてはうかつだった。やはりショパン・コンクール入賞(95年5位)の知名度のせいか。
 さっき聴いたばかりの「小猫」「小犬」の連チャンがここでも再現。演奏後宮谷自身も「小猫のワルツ」と紹介していた。演奏も、小山内より緩急の変化をより大胆に付けていた。
 練習曲の2曲も音のキレがすばらしく、細かいフレーズも少しテンポを落としながらも着実に鳴らしている。彼女自身ここまでの曲を「男性的」と表現していたが、彼女の演奏スタイルにもよく合っている。
 次は一転してしっとりした曲想の遺作の夜想曲。これも美しく歌っているが、ビル内を行き交う人々の雑音が伴奏になってしまうのは仕方ない。
 最後は今朝最初に聞いたバラードの1番。1音1音がしっかり粒だっていて、しかもこれらの音が淀みなく流れる。和音の強打も充実した響き。これぞショパンと言うべき演奏。
 アンコールの「華麗なる大円舞曲」は、ワルツの拍子がやや単調なところもあったが、ハーモニーは文字通り華麗に響きわたる。フレーズの始め方、終わり方や曲想の切り替えに迷いがない。
 宮谷の曲間のおしゃべりも慣れたもの。ショパン・コンクールから早や15年経ったわけだが、巨匠への道を着実に歩んでいるのを確認。

公演番号344:ブリジット・エンゲラー(P)+ジャン=クロード・ファゼル指揮ローザンヌ声楽アンサンブル(11-11)
○15:15〜16:15
○ホールC(ヴィアルド)
○3階9列30番(3階最後方から2列目、中央やや上手寄り)
○リスト「詩的で宗教的な調べ」G.173より第7曲「葬送」
○同「十字架への道」(MS=ヴァレリー・ボナール、B=ファブリス・エヨーズ)

やはりリストの宗教曲は侮れない

 さて最後はリスト・プログラム。マイナーな曲のせいか、このホールで唯一当日券が残っていた。それでも1490席のホールは満席に近い入り。
 舞台にはピアノを取り囲むように組まれた山台の上に椅子が並べられていたが、その後撤去。
 リスト「詩的で宗教的な調べ」はピアノ・ソロ。エンゲラーはスコアを見ながら演奏。「葬送」はショパンへの追悼曲という説もあるらしい。後半に「英雄ポロネーズ」の中間部を思わせるようなフレーズが出てくる。あまり技巧を誇示するところはなく、静かで落ち着いた雰囲気。
 「十字架への道」は、一言で言えば「ミニ受難曲」。序と14曲(station。プログラムでは「留」というよくわからない訳を使用。停留所の「留」ということか?)から成るが、うち4曲はピアノ・ソロ。
 序はグレゴリオ聖歌風のユニゾンのメロディで始まり、後半にポリフォニー風の合唱となるが、比較的単純なハーモニー。その後も全体的な曲想は静かだが、3度登場する"Jesus cadit."(イエスは倒れる)を男声がユニゾンの下降音型で歌うことで、ドラマが動く。歌詞はラテン語だが、第6,12曲にバッハ「マタイ受難曲」が引用される部分だけはドイツ語。
 合唱はユニゾンが多く、4パートに分かれる部分も単純なハーモニーが大半。ピアノも極力無駄な音やフレーズをそぎ落とした感じで、超絶技巧のピアニストとは全く異なる音楽を書いている。十二音音楽の扉を叩いているように聴こえる所もあって、なかなか侮れない。あちこちで寝息やいびきが聞こえる中、22人の澄んだ声の響き、正確な和音、4パートの見事なバランス、そしてエンゲラーの抑えの効いたピアノを楽しむ。

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