新国立劇場「神々の黄昏」(5回公演の2回目)
○2010年3月21日(日)14:00〜20:25
○新国立劇場オペラパレス
○4階1列52番(4階最前列上手端近く)
○ジークフリート=クリスティアン・フランツ、ブリュンヒルデ=イレーネ・テオリン、ハーゲン=ダニエル・スメギ、グンター=アレクサンダー・マルコ=ブルメスター、グートルーネ=横山恵子、アルベリヒ=島村武男、ヴァルトラウテ=カティア・リッティング他
○ダン・エッティンガー指揮東フィル
(16-14-12-10-8)、新国合唱団(23-58)
○キース・ウォーナー演出


われわれの黄昏

 「トーキョー・リング」再演もいよいよ大詰め。もちろんほぼ満席の入り。昨夜の春の嵐の余韻みたいな強風の中、ワグネリアンが集まってくる。

 序幕第1場、十字形の中央が前後に突出したような白く輝く大きな立体がゆっくり地下から天井へ昇ってゆく。上手手前から下手側に倒れた太い赤矢印。細い赤矢印が方々から伸びている。世界樹のトネリコだろう。床と上手端の壁に丸い穴。床には空のリールが散乱している。下手手前の天井から巨大なリールが吊るされ、そこから太いフィルムが下に垂れている。ノルンたちは白髪の爆発頭に黒サングラス、黒地に青緑のルーネ文字模様というお揃いの格好。
 第1のノルンが歌う間、他のノルンたちは舞台にいない。上から垂れている太いフィルムを引っ張って床に張り、折った枝を指して次のノルンにバトンタッチ。第2のノルンも同じようにつなげてゆく。しかし、第3のノルンは緑色の新しいリールを持ってきて、そのフィルムをつなげようとする。結局うまく行かず、とうとうノルンたちは自分でフィルムを引きちぎってしまう。そして床の穴から地下へ下りてゆく。
 同第2場、岩山と入れ替わりに太い赤矢印の上に立つ、やや傾いた家。その両側に細い赤矢印が何本か立っている。上手の矢印のそばにノートゥングが刺さっている。下手の矢印のそばにはブリュンヒルデの兜や鎧が置かれている。家の中のベッドで寄り添って眠るジークフリートとブリュンヒルデ。先にブリュンヒルデが起き、ジークフリートの顔を上から眺めると彼はうなされ、悪い夢から覚めるかのように起きる。2人は服を交換したようだ。つまりスーパーマンのTシャツをブリュンヒルデが着ていて、ジークフリートはB(=ブリュンヒルデ)の字がプリントされたTシャツを着ている。僕の席からは見えないが、プログラムの写真によると家の壁は大きな薔薇の花の模様になっているらしい。ベッドの頭側の柵には狩の獲物らしい動物が置かれている。
 ブリュンヒルデがトランクに衣類などを詰めようとすると、ジークフリートは足でトランクを閉めてしまう。彼女はベッドの下からすっかり小さくなった木馬のグラーネを取り出してトランクに入れる。
 「ジークフリートのラインの旅」が始まってもしばらく2人はベッドで愛し合っている。家が下手へ下がりかけるとその奥から彼は出てきて、舞台奥へ。逆V字型の壁に囲まれた空間(「ラインの黄金」最後の場と同じ構造)に入ると、手前にトランク、その上に隠れ兜と地図。地図を広げると壁一面が地図の映像になり、ジークフリートの動きが示される。しかし、地図を読めないのか、すぐ閉じて隠れ兜をかぶる。すると壁にも兜からの光景になるが、様々な色や模様が出てきて混乱。上手側のドアから小鳥が出てくるが、その方向へも行けず、下手側へ行こうとするとラインの乙女たちに阻まれる。結局行き場がなくなり、しゃがみこんでしまう。音楽で表現される威勢のよさは全く見られない。

 第1幕、彼の前方に緞帳が下りる。縦に引き伸ばされて上手側に45度傾いた羊の頭の画像。その脇に"GIBICH"の文字。緞帳の手前には、コルビュジェがデザインしたような、背もたれと肘掛の長さが同じ1人掛けのソファが中央に向かい合って置かれ、下手後方には同じ型の3人掛けのソファ。上手後方にはウォーター・サーバー。衣裳はグンターが白、ハーゲンは黒、グートルーネはピンクのツーピース。グンターは上腕、グートルーネは胸にそれぞれ「B」の下に「0001」が印刷されたワッペンを付けているが、ハーゲンのワッペンは「H」。配偶者がいないことを指摘され、グンターとグートルーネは慰め合う。ハーゲンは写真集らしき本を見せて2人をその気にさせ、ジークフリートを迎えることにする。ハーゲンが彼の来る様子を歌う間、グンターとグートルーネは1人掛けのソファに座って天を眺めている。
 緞帳が上がり、奥から小鳥を鞄持ちに引き連れてジークフリートがやってくる。天井から「↓」の標識がゆっくり下り、ここしか行く所がないことを示す。グートルーネが上手からワゴンを持ってきて、彼に忘れ薬入りの飲み物を勧める。彼が口をつけると緞帳の羊の画像が二重写しになる。過去を忘れた彼はグートルーネを見つめ、求愛しようと飛びかかるところをグンターとハーゲンに止められる。ハーゲンが注射で2人の血を採り、グラスに入れて混ぜる。グンターはグラスを胸に掲げるが飲まず、ジークフリートが1人で飲み干してしまう。そして、ブリュンヒルデをさらうべく早々と下手へ走り出すが、ノートゥングを取りに戻り、すぐまた退場。グンターも一緒に行くが隠れ兜を取りに戻る。グートルーネは下手側の1人掛けソファに座って眠る。ハーゲンはトランクから取り出したグラーネの木馬を真っ二つに折り、頭の側を持って反対側のソファに座り、床へ落とす。そしてグートルーネへそっと近付き、彼女の股を開くと、彼女は驚いて起き上がり、上手へ去る。どうやらハーゲンはムッツリスケベらしい。仕方なく彼はソファに座る。
 そのままの状態で後ろの緞帳が上がる。つまりこれ以降最後のシーンまでハーゲンは舞台上にいる。彼のシナリオ通りということだろう。序幕第2場の家があるが、下の赤矢印はバラバラになっている。その奥に逆V字の白壁が続くが、奥は開いた状態。ハーゲンは家を下手側から一回りして上手側の木の枝に上着を引っかけ、ソファに戻る。
 ホリゾントの水平線に火が燃え上がり、奥からワルキューレ姿(剣道の胴着風)のヴァルトラウテがやってくる。黒のワンピースにロングコート姿のブリュンヒルデも銀の兜をかぶって出迎える。2人は上手側のソファのあたりでやり取りし、途中でブリュンヒルデは指環を床に落とす。そこへハーゲンが手を伸ばすが届かない。ヴァルトラウテが去ってゆくと再びホリゾントの炎が燃え上がる。
 炎はやがて消えるがジークフリートたちが近付くと再び燃え上がる。ジークフリートとグンターは奥の両端に現れ、ジグザグに歩きながら家に近付く。ジークフリートは隠れ兜をかぶり、下手側のソファに座って歌い、グンターはノートゥングを持ってパントマイムでブリュンヒルデを襲う。通常の演出では隠れ兜をかぶったジークフリートが直接彼女を襲うので、指環も直接奪うのだが、ここではその手は使えない。そこでグンターが家に押し入ってしばらくすると、指環を抜き取られた彼女の手が窓から見える。それと合わせてジークフリートがズボンのポケットから指環を付けた手を出す。窓の桟が十字型から縦の格子に変わる。愛の家から牢屋になったということだろう。ジークフリートは立ち上がってノートゥングを家の戸から壁にかけて貼り付け、花嫁との隔てとする。両壁のドアが白一色から丸窓付きの水色のドアに一斉に変わる。ハーゲンが窓の外から中を覗く。全てはシナリオ通りだが、指環と性欲だけはどうしても意のままにならない。

 第2幕、緞帳に白く四角い画像が映され、回転している。緞帳が上がった後も、ギービヒ家の緞帳の羊の頭に重なって映し出されているが、何を意味するのかよくわからん。中央にジークフリートとハーゲンが向かい合って座り、上手奥の3人掛けソファにノルンたちが座っている。この手前の舞台が半分ほど下手側へ移動し、しばらくして元に戻ると、ジークフリートの代わりに病院服で酸素ボンベを脇に置いたアルベリヒが座っている。下手奥の3人掛けソファにはラインの乙女たちが座る。ノルンたちと共に病院の診察待ちという図。アルベリヒはハーゲンに向かって歌うが、途中で苦しくなると酸素マスクを口に当てる。"Horst du, Hagen, mein Sohn?"(聞いているのか、ハーゲン、わが息子よ?)でアルベリヒは枕を投げつける。"Den Ring soll ich haben: harre in Ruh!"(指環はわしが奪う。安心して待て!)を歌いながら、ハーゲンは枕を持ってアルベリヒに近付き、顔に枕を押し付け、最後は窒息死させる。通常はハーゲンの夢の中にアルベリヒが現れるというパターンで、実際アルベリヒが生きているかどうかわからないのだが、今回の演出はその点ではわかりやすい。
 再び手前の舞台が半分下手へ下がり、しばらくして元に戻るとアルベリヒはジークフリートに入れ替わっている。そのままの姿勢でジークフリートはハーゲンに呼びかける。グートルーネが上手からワゴンを押して現れ、ジークフリートの荷物を下手奥のソファにあるトランクに片付けながら、事の顛末を聞く。彼女とジークフリートは上手へ退場。
 緞帳が上がり、逆V字の壁。ハーゲンがワゴンを手前中央に持ってきて手下たちを呼ぶと、ドアから手術服を着た医師の格好をした兵士たちが入ってくる。ハーゲンが試験管で調合した飲み物を回し飲むが、中にはけいれんを起こして倒れ、運び出される者もいる。男たちは全て右腕に「G」の字と番号の入ったワッペンを付けている。
 壁が左右に開くと、奥からグンターを先頭に、女たちが家に付けた縄を担いでゆっくり引っ張って来る。女たちはグートルーネと同じピンクのツーピース姿、上腕にやはり「G」の字と番号の入ったワッペン着用。男たちは両端に整列して迎える。グートルーネは紳士帽と傘を持って上手端に立つ。ジークフリートもスーツ姿で下手端に立つ。天井手前から"GIBICH"のロゴが下りてくる。
 ブリュンヒルデは戸を少し開けて外をうかがうが、すぐに閉める。再び戸を開け、ジークフリートの姿を見つけると、駆け寄って抱きつく。彼の反応がないのでよろめいてひざまずく。彼に支えられて起き上がり、少し離れてから指環を見つける。ブリュンヒルデが"dem Manne dort bin ich vermahlt."(私はあそこにいる人と結婚したのです。)と歌うと、グートルーネは帽子と傘を床に落とす。
 誓いのための武器を求められたハーゲンは、舞台奥下手に数本立つ赤矢印の1本を抜いて槍として持ってくる。ジークフリートが誓う時は男たちが、ブリュンヒルデが誓う時は女たちが周りに集まる。ジークフリートに促されて人々は家を奥へ引っ張ってゆき、宴会場へ向かう。グートルーネも中央奥に移動し、彼と向かい合うが、帽子と傘は彼が自分で取って下手へ退場。彼女もそれを追う。
 ブリュンヒルデとハーゲンのやり取りの間、グンターは動揺して舞台のあちこちを歩き回り、ドアから出てはまた入ってくる。その間ジークフリートは奥の家を眺めている。再び人々が舞台に集まる。男たちは正装姿。舞台中央最前でブリュンヒルデ、ハーゲン、グンターの3人が並び、横にした槍を両手でつかむ。緞帳が下りると緑色のリングが心臓の鼓動のように膨らんだりしぼんだりする映像が見られる。

 第3幕、緞帳の下の方が赤く照らされ、その前を狩の男たちが出入りする。緞帳が上がると、僕の席からはよく見えなかったが、プログラムの写真によると、舞台後方に序幕冒頭で現れたオブジェらしき物体が上手奥へ傾いた状態で置かれている。その手前には天井から吊るされた映写機が水たまりのような模様を床に映し出している。下手端のショッピングカートには槍やノートゥング、小鳥の頭などの小道具が山積み。ラインの乙女たちはコートを脱いで競泳水着姿とゴーグルを付け、水たまりに飛び込む。
 ジークフリートは下手から登場。ノートゥングの代わりに傘を持っている。"Ich schenk euch den Ring"(指環はお前たちにやるぞ)と歌いながら指環をはずして乙女たちに見せるが、乙女たちに持っているよう言われると、ズボンのポケットにしまう。ジークフリートが"Mein Schwert zerschwang einen Speer"(私の剣はかつてある槍を打ち砕いた)以降を歌う間、乙女たちはカートから椅子などの小道具を取り出して舞台に並べる。中央の折りたたみ椅子に彼は座る。乙女たちは空のカートを押して下手へ退場。
 ライン地方の地図がジークフリートの背後に揺れながら下りてくる。フンディングの館、ミーメの家、ファフナーのいた「欲望の洞窟」、ブリュンヒルデが眠っていた岩山が赤い丸で示され、地図全体を斜めに横切るように"GIBICHLAND"と書かれている。狩の男たち(12人)はレンジャー部隊のようなオレンジ色のつなぎ服姿、ワッペンには「H」の文字と番号が振られている。上手の椅子に座るハーゲンもオレンジのコートを羽織っている。下手の椅子にはグンターが座る。
 ジークフリートが大蛇退治の話をする間、後ろの男たちは小鳥の頭などをかざす一方で、ノートゥングや隠れ兜などをこっそり持ち去る。ついにブリュンヒルデを目覚めさせたところまで来ると、グンターは"Was hor ich?"(何ということを!)と歌い、地図に立てかけた槍を取り上げ、ハーゲンに渡す。ハーゲンはジークフリートの背中を刺し、倒れるや彼の手や服の中を探るが指環は見つからない。グンターは"Hagen, was tatest du?"(ハーゲン、何をした?)と歌うと、下手半分の男たちと退場。ハーゲンは男3人に取り押さえられるがはね飛ばし、"Meineid racht'ich!"(偽りの誓いに復讐したのだ!)と歌うと、上手半分の男たちと退場。ジークフリートは1人きりで最後のモノローグを歌う。
 「葬送行進曲」が始まると、地図がせり上がり、逆V字型の壁の奥が少しだけ空いている。そこにワルキューレの兜をかぶった女が立っている。ジークフリートは立ち上がり、そこへ向かって這ってゆくが舞台中央で力尽きて倒れる。彼を横切るように奥から手前に血の川が流れる。
 奥の女性が兜や服を脱いで手前に走ってくる。グートルーネだった。黒のスリップ姿。背後にギービヒ家の緞帳が下りてくる。上手端にはブリュンヒルデが眠っていたベッドのミニチュア。ワルキューレの兜、鎧、剣が置いてある。下手からハーゲンが入ってくる。緞帳が上がると、中央に黒一色になった家、高い煙突が付いている。その脇にジークフリートの遺骸を乗せた病院用ベッド、白いシーツがかぶせられている。ハーゲンが指環を奪おうとして遺体が拒否するシーンはない。
 グートルーネに責められたグンターがハーゲンを非難すると、ハーゲンはグンターの首元に注射を打って殺す。グンターは上手端のベッド脇に倒れる。家の背後からブリュンヒルデが現れる。真相を知ったグートルーネは自分がかぶっていたワルキューレの兜をブリュンヒルデに返す。ブリュンヒルデはグートルーネを片手で抱く。
 薪を積むよう言われた男たちは持っていた赤矢印を折ってかまど状になった家の中にくべる。ブリュンヒルデはシーツをめくって指環を取り出すが、下手端に立つハーゲンの前に投げ捨てる。ベッドが家の中に入れられ、ブリュンヒルデも半身のグラーネを持って中へ入る。ハーゲンはようやく指環を手にするがラインの乙女たちに囲まれ、家と一緒に沈んでゆく。逆V字の壁に囲まれた空間は徐々に後退し、床には人々がのたうつように寝転がっている。天井手前の"GIBICH"のロゴも崩れる。
 「ラインの黄金」冒頭のいびつなスクリーンが下りてきて、川や泳ぐ乙女たちが映し出され、バラバラだったジグソーパズルのピースが集まってくる。下手から大きなピース(指環)を持った乙女の1人がスクリーンに向かって投げるように落とすと、ついにピースははまり、青一色の映像となって沈んでいく。
 最後の場面、舞台奥から入ってきた現代の人々が客席に向けられた映写機の周りに集まる。バイロイトのクプファー演出に似ているが、未来を照らす子どもたちは登場しない。「神々の黄昏」は現代に生きるわれわれの黄昏でもあるのだ。

 フランツは終始声がよく伸び、安心して聴ける歌いぶり。テオリンは終盤で高音がやや不安定になったが、終始声に力強さが保たれ、歌いぶりにも無理がない。特に序幕での二重唱はすばらしく、ホロリときた。
 スメギは明るめの声で、ヴォータンの方が合いそう。しっかり歌えていたが、悪役になりきれない場面も。マルコ=ブルメスターは朗らかな声で、役にぴったし。横山はまずまず声は伸びていたが、声質が硬めでもう少し色気がほしいところ。スメギと互角に渡り合った島村は敢闘賞もの。リッティングはまずまずだが、日本人歌手を起用してもよかったのでは?第1のノルンの竹本節子が存在感のある声で舞台を引き締める。
 エッティンガーに対して数人から執拗なブーイング。これに負けじとブラヴォーもたくさん飛び、カーテンコールは一時騒然となる。これまでの3作に比べると、ライトモチーフがはっきりしない部分がしばしばあったものの、遅めのテンポで骨太の流れを作るところは変わっていない。少なくとも僕が観た日で「ジークフリート」まではほとんどブーイングはなかった。この日だけそんな反応を示す理由が見当たらない。ブーとブラヴォーが乱れ飛ぶ様子を彼はかなり長い間直立不動のまま真正面から受け止めていた。天晴れ!
 オケは第3幕で金管の疲れがやや目立ったが、全体的にはきめ細かく歌手をサポートしていたし、先に触れた序幕の二重唱を含め、明るく歌わせる部分は聴き応え十分。とにかく長丁場、お疲れ様でした!

 「トーキョー・リング」は今回で終わり、もう再演されないとの見方が多いが、どうだろうか?次回の「指環」をどのような観点で上演するかによると思う。今度は日本人指揮者でやろうとするならば、もう一度再演する意味はあると思うし、日本人演出家に挑戦させたいと思うのであれば、当然新演出ということになろう。
 でも、今はまだそんなことに思いをめぐらしたくない。しばらくはウォーナー演出の意味をじっくり考えてみたい。

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