新国立劇場「ジークフリート」(5回公演の2回目)
○2010年2月14日(日)14:00〜20:00
○新国立劇場オペラパレス
○4階3列7番(3階3列目下手端)
○ジークフリート=クリスティアン・フランツ、ミーメ=ヴォルフガング・シュミット、さすらい人=ユッカ・ラジライネン、ブリュンヒルデ=イレーネ・テオリン、アルベリヒ=ユルゲン・リン、ファフナー=妻屋秀和、エルダ=シモーネ・シュレーダー、森の小鳥=安井陽子
○ダン・エッティンガー指揮東フィル
(16-14-12-10-8)

○キース・ウォーナー演出


ジークフリートの未熟さを前面に

 「トーキョー・リング」再演の後半、今月はまず「ジークフリート」。もちろんほぼ満席の入り。ワグネリアンには女子モーグルの上村選手の行方など気になるはずがないのだ!?

 第1幕、中央手前に赤い金床。音楽が始まると上手袖からアルベリヒが顔を出して客席の方を覗き込み、すぐ引っ込む。下手からヴォータンが赤い工具箱を持ってきて金床の上に置く。ヴォータンが退場するのと入れ違いに電動車椅子に乗ったアルベリヒが再び登場してやはり金床の上にビン(眠り薬?)を置いて退場。「ラインの黄金」でアルベリヒは最後に退場する際に剣で自分の急所を突くような仕草を見せたが、そのために足が不自由になったという設定らしい。
 舞台にはミーメの家がせり上がってくる。「ラインの黄金」のニーベルハイムの舞台を改造したような感じで、黒い壁にいびつな四角形を切り取った中に階段状の床、太い柱の上方や壁にはビデオカメラやテレビ。下手にはN字型テーブルとソファ・セット、その上はジークフリートの部屋。その他1階には冷蔵庫、コンロ、ディナー・テーブル、食器棚、電子レンジなどが並ぶ他、上手手前に箱型の冷凍庫。蓋の上が作業台になっていて、ミーメはこの上で剣を鍛えている。素肌の上に直接つなぎ服を着ている。蓋は客席側に開く構造。室内は床、壁、天井、家具類全て白。鍛冶屋の仕事でそれなりに富を築いたのだろう。
 壁の下手上方に"HEIL"、上手下方に"MImE"(2つめのmは小文字)の文字がいずれも逆さまに表示されている。テーブルを含め、"NIEBELHEIM"のロゴを再利用したのだろう。Bを横にして下半分を隠せばmに見えるし。ただ、そうするとEが一つ余るなあ…
 ミーメは家から出て金床の上にある工具箱とビンを持って戻る。ジークフリートは上手下方の壁の一部を開いて登場。熊は出てこないが、彼自身が熊らしき扮装で帰ってきて、被り物や手袋などをはずしては家の中へ投げ入れる。扮装の下はスーパーマンのTシャツにつなぎのズボン姿。下手端が家の玄関で、壁には先が二つに割れた剣が貼られている。玄関から入ってきたジークフリートは、ミーメの作った新しい剣(テニスラケットのような形)でボールを打ってからへし折る。上手端のゴミ箱には過去に折られた剣が捨てられているが、いずれもおもちゃのような形。彼にはそのようにしか見えないということだろう。彼はミーメの作った煮汁には目もくれず、自分で肉を電子レンジで温め、自室に戻って食べる。
 ジークフリートから自分が生れた時のことをしつこく聞かれたミーメは、N字テーブルの下から折れたノートゥングを取り出し、テーブルの上に広げる。剣を巻いていた布は血に染まっている。ミーメは布の上に座って歌う(初日はジークリンデの首を絞めるような仕草をしたそうだが、この日ははっきりせず)。それを上の部屋から見ていたジークフリートは布に触れようと手を伸ばす。「(自分の母の)証拠を見せろ」と降りてきた彼はまず布を抱き、剣の破片には気付かない。ミーメに言われてようやく気付いた彼は、それを鋳直すよう命じて外出。
 ソファに座って困り果てるミーメ。そこに部屋の下手奥からさすらい人登場。N字テーブルに槍を突き立てる。さすらい人がソファに座ると、それまで画面が4つに分かれて防犯カメラの映像のようだったテレビの画像が彼の顔をアップにする。ミーメが出した3問目の問い(天上にはどのような者たちが住んでいるか)にさすらい人が答える間、ミーメはさすらい人の正体に気付き、槍を取って背後から襲おうとするがはね返される。
 3問とも答えたさすらい人は工具箱からガムテープを取り出し、ソファに座るミーメをぐるぐる巻きに縛り、ノートゥングを巻いていた布をたすき状に彼の身体にかぶせて逆質問開始。3問目の問いにうろたえ出すミーメに対し「ノートゥングを鋳直すことができるのは恐れを知らぬ者のみ」と告げ、持ってきたビデオテープを下手端のデッキに入れて退場。テレビには戦争で家などが焼かれているシーンが映る。
 帰ってきたジークフリートに対し、ミーメは恐れを教えようと、急にガウンを羽織りモルタルボード(角帽)をかぶる。ジークフリートはついに自分でノートゥングを鋳直すべく、破片を包丁で切り刻み、牛乳を混ぜてミキサーにかけ、緑の液体を混ぜて電子レンジで熱する。その後型に流し込んでコンロの火にかける。この間ミーメは白黒の渦巻き模様の丸いバーベキューコンロを持ち出して炭火を起こす。ジークフリートは熱した型を冷凍庫に入れて冷やし、そこから取り出した緑の剣を鍛える。ミーメは下手で眠り薬を作り、出かける用意をしている。剣が完成するとミーメも荷物をまとめて外へ。ジークフリートが剣を振るうと冷凍庫の蓋が開いて煙が飛び出し、外の壁も破れ、ミーメの座っていた金床が倒れる。喜んで抱き合う2人。

 第2幕、舞台手前には倒れた金床が置かれたまま。曲がった矢印型の木が数本立つ森の奥に人が手を広げたような形の巨木。ホリゾントはジグソーパズルが落ち葉のように散り乱れているような模様。その手前に上手から平屋建てのモーテルがせり出てくる。正面の壁には"Vacancy"(空室あり)のネオン、そこに向かって下手天井から矢印型のネオンが降りてくる。矢印の中は"Neidh?hl"(欲望の洞窟)のネオン。
 上手の部屋にアルベリヒがいて、車椅子に座ってジグソーパズルをしている。下手の部屋にさすらい人が入ってくる。隣の気配を感じた彼は壁の一部を開き、互いに相手の存在に気付く。その後は薄く開いた壁を挟んで、アルベリヒとさすらい人がそれぞれの部屋で歌いながらやり取り。さすらい人がファフナーを起こすと、2つの部屋の窓が大蛇の目のように光る。アルベリヒに手を出さないことを告げたさすらい人は槍を部屋に残したまま一旦出て行くが、再び入り「その他のこともよく学ぶがいい」と告げ、槍を持って出て行く。部屋のテレビには白馬の走る映像。アルベリヒの部屋の部分だけ袖に下がる。
 下手からミーメとジークフリート登場、ミーメはかばん一つを下手中央に、もう一つをモーテルの部屋に置く。ジークフリートに邪魔扱いされると、ミーメはかばんからファフナーのぬいぐるみを取り出し、相打ちを期待して下手へ退場。
 モーテルが完全に袖に下がるとその奥に着ぐるみの熊がいる。頭の被り物を取り、赤いノートゥングを持って後ろ向きに立つ。かばんの中からスカンクが現れ、ミーメのような仕草でジークフリートのそばを通って退場。上手奥からは兄弟らしき2匹のリス、被り物の下は巨人族のような白い顔。下手手前に現れた雌鹿は被り物を取ると女性の顔。これらをあやつっているのは途中で出てくるウサギで被り物を取るとさすらい人の顔。人間の顔はミーメしか知らないジークフリートにとって、父や母を想像するには動物の姿を通すしか方法がない。なかなか面白い着想。
 奥から着ぐるみの青い小鳥が出てくる。ジークフリートは小鳥と対話しようと、かばんから取り出したおもちゃの楽器を片っ端から吹いてみるが、小鳥は耳をふさぐばかり。そこで、なぜか木の枝に引っかかっているラッパを取って勇ましく吹き始める。
 小鳥は上手へ去り、あたりは暗くなる。巨木の奥からひもにぶら下がった、ショッカーの戦闘員のような大蛇の手下たちが次々に降りてきて、矢印状の木を抜いて彼を取り囲む。巨木の幹に描かれた眼と口が光り、腕のような枝を左右に振る。ジークフリートは剣を振るって
手下たちを倒し、巨木も真っ二つに裂ける。白煙の中から剣に刺された状態でファフナーが現れ、倒れる。ジークフリートがかばんの中から飲み物を取り出して飲ませるとファフナーはさらに苦しみ出し、少年の名前を聞いた後彼の顔を抱いて口付け(しようと)して息絶える。
 ファフナーの血をジークフリートがなめると、後方から再び現れた小鳥が被り物を取って歌い始める。巨木の立っていたあたりが奥へ向かって穴のようになっていて、小鳥の助言を聞いたジークフリートはその中へ入っていく。
 モーテルが再びせり出てきて隣同士のアルベリヒとミーメが言い争う。奥からジークフリートが戻ってくると半分だけ袖に下がる。小鳥は吊るされた状態で下手から飛び上がってモーテルの屋根に止まる。ジークフリートがミーメのいる部屋に入ると、ミーメが飲み物を勧めようとするが、途中からアルベリヒの部屋に消える。するとテレビにミーメの顔が映って本音をしゃべる。しゃべり終わると部屋に戻る。そんな出たり入ったりを数回繰り返す。小鳥が去り、ミーメは部屋のドアを背にノートゥングで刺される。アルベリヒが屋根の上に現れて嘲笑う。ジークフリートが部屋を出た後をミーメも追いかけるが、奥の穴の手前で息絶える。ファフナーの死体もいつの間にか穴の手前に移動している。ジークフリートは2人の死体を穴の中へ入れた後、小鳥にどうすればいい仲間に会えるか尋ねる。岩山へ行くよう勧めた小鳥は先導して奥へ行き、着ぐるみを脱いで一瞬全裸(正確にはボディスーツ姿)になり、消防服を持って奥へ消える。それを追うジークフリートはジャケットを羽織り、大人への成長を聴衆に印象付ける。

 第3幕、奥から「ワルキューレ」病棟の跡らしき三角形の白い空間が近付いてくる。両壁のドアははずれかけ、床には映画フィルムとリールが散乱。上手手前のデジタル時計は00:00のまま動かず、天井に続く3本の筒状の梯子をノルンたちが昇ったり降りたりしている。そして中央にジグソーパズルの巨大なピースが回転し、その中央にエルダが眠っている。下手手前に現れたヴォータンは槍を床に置き、立ち入り禁止のテープを破って中に入る。エルダが歌うところではヴォータンがピースの回転を止める。「ヴォータンが何を欲しているか、知っているのか?」と歌ったところで、彼はエルダの上にまたがって口づけする。かなり長い沈黙の後次のフレーズへ。
 ヴォータンが手前へ去り、元病棟が後方へ下がっていくと、消防服姿の小鳥がそこに現れる。舞台には代わりに巨大な赤い金床がせり上がってくる。第2幕の時と同じ倒れた状態。ヴォータンは槍を床に置いたまま、金床の陰でジークフリートが来るのを待つ。ジークフリートはノートゥングを槍のそばに置く。ヴォータンとやり取りしながら、帽子を取って自分で被るなど挑発的態度を取る。ヴォータンも取り返した帽子を投げ捨てる。ついに対決となり、ヴォータンが頭の上で横に掲げた槍をジークフリートは上から真っ二つに割る(初日では最初から槍が割れてしまうアクシデントがあったそうだ)。ヴォータンは最後のセリフを歌った後も折れた槍を持ったまま客席を向いて立ち、退場しない。
 場面転換の音楽の間ゆっくりと緞帳が下りてくる。緞帳には「ワルキューレ」最後のヴォータンのセリフ?が煙を出しながらテロップのように流れるが、やがて消えてゆく。上手端に緑、下手端に赤のドアができ、消防服姿の小鳥がまず緑のドアから出てきて赤のドアから去る。続いてジークフリートが緑のドアから出てきて、赤のドアを開いて中へ入り、ブリュンヒルデを見つける。しかし、彼女を見つけて兜や甲冑をはずす場面は客席からは見えない。男でないことに驚いたジークフリートは赤のドアから再び手前に戻ってきて、恐れおののき、母に助けを求める。
 再び緞帳がゆっくり開くと、下手手前にブリュンヒルデの眠るベッド、それを下手と奥の壁が囲むが、いずれもそれほど高くなく、奥が見通せる。舞台最奥ではまだ火が燃えている。上手には金庫の扉のような頑丈だが傾いたドアが客席側に開いた状態。ジークフリートは舞台手前から上手端を回り、ドアの奥からブリュンヒルデのベッドに近付いてくる。ノートゥングも彼女の脇に置かれている。木馬のグラーネはベッドの下手側。
 ベッドに昇ってジークフリートがブリュンヒルデにキスすると、彼女はまず目を開き、彼の顔を見つめる。彼が顔を上げるとそれを追うように彼女も少し起き上がり、彼の唇を触ろうと手を伸ばすが、彼はさらに離れる。彼女はゆっくり起き上がり、まずベッドの左端まで行って外に向かって歌い、右端に移動してやはり外に向かって歌う。そしてようやく彼の方に向いて歌う。目覚めた時点でジークフリートの顔を認識したはずなのに。動きとして不自然な感じがする。彼女が目覚めるとようやく舞台奥の火も消える。
 2人の間は最初ぎこちない。女性への接し方がわからないジークフリートは棒立ちのままブリュンヒルデと唇を合わせようと迫り、避けられる。ジークフリート「私の勇気をこれ以上抑え付けないで下さい」の後と、ブリュンヒルデ「あなたを信頼する者を打ち砕かないで下さい」の後(「ジークフリート牧歌」のテーマの前)のオケのみの演奏中に舞台は暗転になり、中央手前に置かれた赤い十字型の盾にスポットライトが当たり、舞台奥に赤い光の線が浮かぶ。
 徐々に2人は向かい合って歌うようになり、最後の歌の後ようやく抱き合い、ブリュンヒルデはベッドに横たわり、その上からジークフリートが折り重なるようにキスをしに行くところで暗転。

 フランツとシュミットはバイロイトにおける新旧ジークフリートだが、第1幕はいずれもまだ声が温まっていなかったのか、響きが硬めでオケに消されかけることもしばしば。しかし、第2幕は2人とも声がよく伸びるようになり、俄然盛り上がってきた。フランツは第3幕でさらによくなり、ブリュンヒルデとのやり取りでは堂々たる英雄の歌いぶりに。演出に合わせて第1幕は人間的に未熟なジークフリートを声でも表現したということか?
 シュミットがバイロイトでジークフリートを歌った時のミーメも元ジークフリートのマンフレート・ユングだった。ユングが比較的スコアに忠実に歌っていたのに対し、シュミットは舞台姿だけでなく鋭い響き、どぎついアクセント、いやらしい節回しを駆使して何とも自己中心的でグロテスクなミーメを歌い、演じきっていた。ただヘルデン・テノールがミーメをうまく歌おうとすればするほど、かつてミーメ役の主流だったはずのキャラクター・テノールたち(ツェドニク、クラークなど)と比較せずにはいられず、そうなると別の観点からの不満が出てくる。悩ましい問題だ。
 ラジライネンは終始安定した歌いぶりだが、欲を言えばもう少しあくの強い表現をしてもいいかも。リンは小悪人的な歌いぶりが役柄にぴったり。妻屋、シュローダー、安井もしっかり脇を固める。
 そしてテオリンのブリュンヒルデが最後の場を盛り上げる。引き締まった力強い声だが決して力任せにならず、気品を備えた歌いぶりは、長らく待ち望んだ理想的なブリュンヒルデと言えるだろう。「黄昏」での歌いぶりが今から待ち遠しい。

 オケは第1幕冒頭のFgから深々とした響きでしっかりお膳立て。後半ジークフリートが剣を鋳直し始めるあたりで弦のリズムがやや甘くなる。しかし、第2幕終盤ジークフリートと小鳥のやり取りでは弦が甘い響きで酔わせる。第3幕のジークフリートとブリュンヒルデとのやり取りも聴き応え十分。エッティンガーは大きな音楽の流れを造る一方で、所によっては大胆にテンポを変えたり、間を長めに取ったり、適度な変化も交え、飽きさせない。

 ウォーナー演出については、ジークフリートの人間的成長と言うより、未熟な時代の彼の描写に重点を置いたと見るべきだろう。彼の成長を明らかに象徴するのは衣裳の変化だが、それ以上の目立った動きはない。ブリュンヒルデとのやり取りの時ですら、未熟さの方が目に付くくらいだ。やはり彼が真の英雄になった姿が見られるのは「黄昏」になってからかもしれない。そしてここまで彼が仕掛けてきた様々な伏線がどのような結末に導かれるのか?来月の「黄昏」が待ちきれなくなってきた。

表紙に戻る