大野和士指揮フランス国立リヨン歌劇場管 マスネ「ウェルテル」(2回公演の初回)
○2009年11月1日(日) 15:00〜17:55
○オーチャードホール
○3階6列5番(3階最後列下手側)
○ウェルテル=ジェイムズ・ヴァレンティ、シャルロッテ=ケイト・オールドリッチ、アルベール=リオネル・ロート、ゾフィー=アンヌ・カトリーヌ・ジレ、大法官=アラン・ヴェルヌ他
○大野和士指揮フランス国立リヨン歌劇場管
(14-12-10-8-6、下手から1V-2V-Va-Vc、CbはVcの後方)、東京少年少女合唱隊(21)

ポイントを押えたトークが演奏をさらに雄弁に

 リヨン歌劇場管は12年前の97年に初来日。その時はケント・ナガノ指揮で「カルメン」(演奏会形式)を演奏している。今回は昨年から首席指揮者に就任した大野さんとともに来日。就任当初から現地では評判を呼んでいただけに、どんな演奏を聴かせるのか、大いに期待が高まる。9割程度の入り。

 ステージにはオケの前にピアノが置かれている。開演前、大野さんによるプレトークが行われる。「ウェルテル」が作曲された経緯をゲーテやワーグナー(特に「トリスタンとイゾルデ」)との関わりに触れながら解説した後、作品理解の鍵となる3つのモチーフ(子供たちの合唱に出てくる"Noel! Noel!"の音型、舞踏会の音楽、ピストルの銃声と血が流れる音楽)などをピアノで紹介。3つ目のモチーフを歌いながら頭を銃で撃って倒れていく様子を迫真?の演技で見せる。

 第1幕、子どもの合唱はステージ最後方に並ぶ。その下手側に大法官が立って歌の指導。シュミットとヨハンは下手手前に登場。やがて大法官が前へ移動してきて、2人とやり取り。ゾフィーは赤、シャルロッテは上が金で下がクリーム色の肩出しドレス。譜面台は指揮台を挟んで1台ずつ。ウェルテルだけがスコアを持って登退場。あとはシャルロッテやアルベールが上手側の台上の譜面をたまに覗く程度。
 オケは前奏曲から聴く者に胸騒ぎを起こさせる。その後は比較的淡々と進んでいたが、大法官が酒場へ行こうとする場面で俄然オケは陽気になり、続いてウェルテルがシャルロッテに一目惚れする場面で「トリスタン」を連想させる半音の上昇音階を強調。
 舞踏会の音楽に乗ってシャルロッテとウェルテルが下手から帰ってくる。甘い二重唱は下手奥に現れた大法官に遮られる。
 第2幕、酔っ払ったヨハンは燕尾服の上着を半分脱いでシュミットにもたれながら歌う。シャルロッテに拒否されたウェルテルに対してオケから雷が落ちる。その後自ら命を絶ちたいがそれはキリスト教の教えに反するため悩むウェルテルの歌に対し、オケは緊迫感に満ちた響きで応える。
 パレードへ誘おうとするゾフィーを振り切ってウェルテルが下手へ去ると、上手からシャルロッテとアルベールが登場。ゾフィーから事情を聞いたシャルロッテとアルベールが一言ずつ歌う間、オケは3人の心の内をサーチライトのような響きで聴衆にあからさまにする。ここで休憩。

 第3幕、シャルロッテは赤、ゾフィーは緑に黒の混じったドレスに着替える。シャルロッテは下手側に立つ。「手紙の歌」で彼女の歌に絡むアルト・サックスが切なくも美しい。ゾフィーは上手に登場。姉妹の二重唱の間にオケも振幅が大きくなってくる。ゾフィーが去り、入れ違いにウェルテルが現れる。シャルロッテがオシアンの詩を話題にすると、「トリスタン」の半音音階が徐々に高まり、「春風よ、なぜ私を目覚めさせるのか」へつないでゆく。このアリアの後だけオケを止める。彼はシャルロッテの所まで行き、後ろから抱く。彼女は上手側に離れ、そのまま退場。
 ウェルテルが下手へ退場した後、上手からアルベール、シャルロッテ登場。ウェルテルにピストルを渡すよう命じたアルベールは上手へ退場。シャルロッテはウェルテルを追うべく下手へ退場。
 引き続き第4幕。銃声のモチーフを暴力的なまでに鳴らす一方血の流れるモチーフは極端に音量を落とす。エレベーターが急上昇、急降下を繰り返すような感じ。ようやくそれが収まると下手にウェルテル。遅れて上手にシャルロッテが登場。2人はようやく互いの愛を告白するが、それ以上は近付かない。子どもの合唱は舞台裏から。演奏が終わるとステージ全体が暗転に。
 
 オールドリッチは高音も無理なく伸びるメゾで、声質も可憐。直球勝負の歌いぶりで、2人の男の間で揺れ動く心情を見事に表現。ロートは明るいバリトンで、人の良さが前面に出た歌いぶり。第4幕にピストルをウェルテルに届けるよう妻に命じる場面でも、あまり冷酷な感じにはならない。ジレは細めで鋭い声がよく伸び、こちらもゾフィーの多感な心情がしっかり伝わってくる。ヴェルヌはベテランらしい安定した歌いぶりだけでなく、声も朗々と響き、前半の舞台を引き締める。
 問題はウェルテル役のヴァレンティ。澄んでいてか弱い感じの声質は確かに役柄に合ってはいるが、オケが大きくなるとどうしても消されがちになる。休憩中にはシュミット役のテノールと交代した方がいいのでは?という声も聞かれたほど。

 しかし、そんなことも気にならないほどオケの雄弁さに脱帽。ポイントを押えたプレトークのおかげで、音楽の作りと流れが手に取るようによくわかる。歌のない場面では大胆に鳴らす一方、歌が入るとサッと弱めてサポート役に徹する。その入れ替わりがどんなに細かくても手際よく振り分ける。もちろんオケもしっかり応えている。特に第2V、Vaの響きが豊かで中音域に厚みがある。しかも暗めの響きのVcが低音域を支えるだけでなく、メロディを歌わせるとこれまた泣かせてくれる。
 もちろん舞台付で観られるに越したことはないが、コンサート形式のおかげで却ってマスネの音楽の魅力を存分に味わうことができた。ヨーロッパを熱狂させている大野さんとリヨン歌劇場の充実ぶりに触れることができ、満足。