ペーター・レーゼル(P)
○2009年10月8日(木) 19:00〜20:50
○紀尾井ホール
○1階19列3番(1階最後列から3列目下手端)
○ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第19番ト短調」Op49の1、同「同第4番変ホ長調」Op7(約30分)
 同「同第12番変イ長調」Op26(葬送)(約分)、同「同第14番嬰ハ短調」Op27の2(月光)(約15分)
 (繰り返しは全て実施)
+同「バガテル変ホ長調」Op126の6

台風一過のマジックショー

 ベートーヴェンのピアノソナタ全曲を4年間、8回のリサイタルで弾き通そうという壮大なプロジェクトの2年目、4回目のリサイタル。台風一過のさわやかな夜。9割程度の入り。
 ステージにはピアノがあるだけ。楽譜はもちろん置かれていない。レーゼルは1人で登場。ピアノ・リサイタルではごく当たり前のこの光景、彼が椅子に座り、両手をこすり合わせるような仕草を見ていると、これからピアノを弾くと言うより「今日はどんなマジックをお見せしましょうか」といった雰囲気になる。

 19番第1楽章、落ち着いたテンポ、控え目の音量。秋の夜、風に吹かれる雲が次々と月にかかっていくような雰囲気。これに対し第2楽章では井戸端会議がはずむ。あんまりおしゃべりが過ぎるので、最後は「いい加減にしなさい!」と一喝される。

 4番第1楽章、楽譜通りpで始めるが、3小節目のsfでもまだまだ抑えている。25〜26のffで初めてしっかり鳴らす。速めのテンポ、レガート重視で淀みなく進んでいく。しかし、右手の16分音符の分散和音が延々と続く111以降では、111〜119前半までを最も高い音、それ以降は中音域で3つずつ鳴らされる音を浮き立たせてつなげてゆく。そうすることで前半のメロディとほぼ同じフレーズが1オクターブ下で繰り返されることになる。お見事!
 第2楽章、静かに進むが4のsfの和音をしっかり響かせる。しかし、音楽の流れは決して重くならない。
 第3楽章では一転して軽やかな雰囲気に。紳士淑女たちが輪を書いて踊る姿がステージ上に浮かんでくる。
 第4楽章、ここでも速めのテンポでどんどん進み、時折力強く鳴らす和音も音楽の流れを邪魔することはない。最後はオペラハウスのカーテンがゆっくり閉じられるように終わる。初期の大作だが、スケール感よりも流麗なイメージが強く出る。その分やや地味でおとなしい感じもする。

 12番第1楽章、主題の2の付点リズムを少し弾ませる。変奏に入ると一見同じようなペースで弾いているようでいながら、各変奏の雰囲気が確かに変わってゆく。ハンカチをまるめて花や紙吹雪などいろんなものに変えてゆく手品をスローモーションで見ているようだ。でも、なぜそんな演奏ができるのか、タネは見破れない。
 第2楽章、冒頭の左手の和音(sf)をきっちり決めるが力任せではなく、右手との音量のバランスが絶妙。19〜21にかけての右手の上昇音型を少しだけたたみかける。
 第3楽章、葬送行進曲。ここでも和音は豊かに響かせるが、ポリー二のような逃げ場のなさはない。悲しみを内に秘めながら棺を持って歩いてゆく感じ。
 第4楽章、これまでの沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように、快速テンポで一気に弾ききる。

 「月光」第1楽章、5など右手にたびたび出てくる付点のリズム、16分音符をやや長めに弾く。38〜39の右手Dis−Cis−Hisの音型などをさりげなく浮き立たせるところが心憎い。
 間を空けず第2楽章へ。トリオの左手で4回出てくるfpのうち49のDesとBの和音を特に強調。
 第3楽章、冒頭から速いテンポで駆け上がる。その頂点の和音連打など、やはり力任せではないが安定した響き。130キロ台のストレートを外角低めぎりぎりに決める感じ。75以降の左手のメロディもしっかり歩む感じで、通常右手にかき消されがちになる83〜86の左手のフレーズも明確。通常津波のようなただならぬ雰囲気になる163〜166のアルペジオはやや淡白。その後もためらうことなく最後まで一気に駆け抜ける。

 アンコールのバガテルは2部形式だが、短い変ホ長調の主部は、それこそ帽子の中から鳩を出すようなマジックをパッと見せて終わる。

 全体的には昨年より少し枯れた感じがするが、左手の多彩な動きは聴き応え十分。テンポや曲想の変化は全て左手の動きから始める。どうやらそれがタネらしい。もう来年のリサイタルが待ち遠しくなってしまった。