新国立劇場「オテロ」(6回公演の初日)
○2009年9月20日(日)14:00〜17:05
○新国立劇場オペラパレス
○4階1列54番(4階1列目上手端近く)
○オテロ=スティーヴン・グールド、デズデモナ=タマール・イヴェーリ、イアーゴ=ルチオ・ガッロ、カッシオ=ブラゴイ・ナコスキ、エミーリア=森山京子、ロドヴィーコ=妻屋秀和、ロデリーゴ=内山信吾他
○リッカルド・フリッツァ指揮東フィル
(14-12-10-8-8)、新国合唱団
NHK東京児童合唱団
○マリオ・マルトーネ演出


女殺水地獄

 新国2009〜2010年シーズンは、亡くなった若杉弘前芸術監督が任期中に企画した最後のラインアップが並ぶことになる。そのことを頭のどこかに留めながら観る必要があるだろう。開幕を飾るのはヴェルディ晩年の傑作「オテロ」。ほぼ満席の入り。

 カーテンの外に巻かれたロープや木箱のようなものが床に置かれているのが見える。
 第1幕、両端にレンガ造りの建物(ただし上手側はよく見えない)、中央に四角い塔のようなオテロの寝室。その奥にヴェネチアにあるみたいな小さいアーチ型の橋。これらを尾瀬の木道のような板張りの通路がつなぐ。その下は運河という設定で本水が張られているが、上手側は浅い。下手側は建物手前の地面からさらに階段を降りて水面につながっている。これもキプロスと言うよりヴェネツィアに近い風景。
 人々はもちろん客席に向かって歌っている。つまり客席側が荒れ狂う海という設定なのだが、オテロは舞台奥から現れ、その瞬間人々も急に後ろを向くので、演出上違和感が残ることが多い。今回はそれを解消しようと、オテロは1階下手端の客席用扉から登場し、そこから伸びる花道を使って舞台へ進んでいく。なるほど、これなら違和感はない。歌い終わったオテロは中央の寝室へ消える。
 祝宴の場面ではホリゾントに花火が打ち上がるようだ。と言うのも4階席から花火自体は見えないが、火の粉が落ちてくるのが見えるからである。舞台上では松明があちこちに焚かれ、中央手前では火のすぐ周りで女たちが踊る。やがて喧嘩になり、それを止めるためにオテロが現れると、途中からデズデモナが寝室の窓から顔を見せる。「愛の二重唱」になると、デズデモナは緑の衣裳にショールを羽織って登場。終盤ではデズデモナは上手手前の通路の上に仰向けに寝る。オテロはその上から彼女にキス。歌い終わると彼女が彼を先導して寝室に戻り、ショールを彼の首に巻いて見つめ合う。どうやらデズデモナは恋愛関係について元々多少奔放な一面があることを匂わせ、それが第2幕以降の動きと相まってオテロが簡単に彼女の貞淑を疑う理由の一つではないかと考えているようだ。

 第2幕、中央の寝室が時計と反対周りに90度回転。壁の下の方に丸い小さな格子状の窓がある。イアーゴはカッシオを下手端の建物の中へ隠れさせる。イアーゴが「クレド」を歌い始めると、寝室手前の水の中に入り、通路途中の半透明の部分を開ける。アリア後半になると寝室下の皿に入れられた緑の絵の具(デズデモナの象徴?)を手に付けて壁に十字を描く。それを手前のバケツの水で洗った後、それを壁にぶちまけて十字を消す。
 カッシオは上手端に現れたデズデモナと言葉を交わす。その間イアーゴは寝室上手側の壁に沿って立ち、下手側からオテロが現れると「まずいことになった」と歌う。イアーゴとオテロが舞台手前でやり取りする間、カッシオとデズデモナが寝室の奥に消え、しばらくしてカッシオは上手奥へ退場。オテロの想像の世界ということだろう。下手端の建物の前に侍女たちと子どもたちが集まって合唱を始める。子どもたちは運河に花びらをまく。その対岸の寝室下手側の壁の手前にデズデモナは座り、扇子で顔をあおいだり白い花を一輪手にして匂いをかいだりしているが、やがてスカートをたくし上げて左足をひざ上まで見せる。そこへ背後からロデリーゴ?が近付き、彼女に宝石類を見せる。彼女はその中から真珠のネックレスを取り上げて首にかける。その間波に反射する日光が建物や寝室の壁に映し出される。オテロは中央手前に立って彼女たちの方は向かない。声だけ聞こえるので、舞台上の風景は彼の想像の世界ということだろう。
 侍女たちが退場するとデズデモナはネックレスをはずし、扇子や花を置いて手前のオテロのところへやってくる。彼の汗を拭こうと彼女が出したハンカチを彼は取り上げて運河に投げ捨てる。下手にいるイアーゴはそれを竿で手繰り寄せ、拾い上げて一旦そばにいるエミーリアに渡すが、その後わざわざ彼女から奪う。
 エミーリアとデズデモナが退場した後、イアーゴはオテロの元へ。イアーゴがカッシオの寝言の話を始めると、寝室が半回転して部屋の中が客席から見える。奥にベッド。イアーゴはさっきデズデモナが持っていた花を枕の上に置き、シーツをめくる。話し終わるとシーツを元に戻して花をベッド下の花瓶に入れる。ショックで跪くオテロの背後からイアーゴは近付き、協力を誓う。二重唱の後二人は向かい合うが、抱き合うところまではいかない。

 第3幕、カーテンが少しだけ開き、伝令や家臣たちが下手花道にいるオテロに向かってヴェネツィアからの使者到着を告げる。一旦カーテンが閉じ、花道上でオテロとイアーゴのやり取り。幕が開くと寝室の壁はコの字型で、開いている下手側の椅子にデズデモナが座って本を読んでいる。運河は終始波立っていて、その音が観る者に胸騒ぎを感じさせる。
 イアーゴが退場すると、デズデモナは本を置いて手前にいるオテロの元へやってくる。ハンカチがないことにショックを受けたオテロは下手の床に倒れるなどした後上手端に彼女を追い詰め、探しに行かせる。入れ替わりにイアーゴが現れるとオテロは寝室の下手側に隠れ、カッシオとのやり取りを盗み聞きする。
 ロドヴィーコが到着すると中央上手側の大きな椅子に座り、オテロは下手側の小さめの椅子に座る。上手から現れたデズデモナはロドヴィーコに挨拶した後オテロのさらに下手側に座る。召還命令を呼んだオテロは書状を握り締めて客席に背を向ける。妻をなじって引き倒し、彼女のソロから始まるフィナーレの途中でオテロは寝室手前でイアーゴと打ち合わせる。すると舞台全体が暗くなり、2人にだけスポットライトが当たる。イアーゴはその後下手花道でロデリーゴとも共謀。オテロは一同を去らせた後、寝室の手前で仰向けに倒れる。その頭のすぐ近くにイアーゴは立って歌う。

 第4幕、寝室は内部が客席側から見える位置。上手側にえんじ色のカーテン。上手手前の通路は撤去されている。下手の建物の一部が内側へ寄せられ、扉が部屋の扉の役割を果たす。デズデモナは下手手前に置かれたテーブルに向かって手紙か何かを書いている。エミーリアは寝室の裏から(デズデモナに言われる前に)花嫁衣裳を持って登場。デズデモナは白い寝間着の裾を少したくし上げて寝室手前の水に足を浸しながら「柳の歌」を歌い始める。そしてエミーリアが用意したクッションに座って髪を梳いてもらう。水から上がってテーブル上のろうそくの火を消し、中央に戻ってエミーリアに別れを告げる。エミーリアも後ろ髪を引かれる様子で上手へ退場。デズデモナはベッドに入ってから「アヴェ・マリア」を歌い始め、途中からベッドの下に跪く。歌い終わるとベッドに入って寝る。
 オテロは下手の扉から剣を持って登場。剣をカーテンの中に隠し、デズデモナの手前に座る。彼女が起きると彼は不倫を責めるが彼女は寝室の手前に逃れて否定。彼はそこに立つ彼女の首を絞め、寝室につながる階段の上にゆっくり横たわらせる。エミーリアは上手端の扉をたたくので、オテロが開ける。エミーリアに続いてイアーゴも登場。カッシオたち上手奥などから出てくる。策略がばれたイアーゴは下手へ逃げ去る。カッシオ追うが捕まえられず戻ってくる。オテロは剣を持ったまま寝室前の水の中に立ち、一旦剣を捨てるが懐から短剣を出して腹を刺す。水上に倒れ、這いながらデズデモナの手に触れて息絶える。歌舞伎の「女殺油地獄(おんなごろしあぶらじごく)」ならぬ「水地獄」といった雰囲気。

 グールドは明るめの声が終始力強く伸び、壊れそうにないくらい立派な英雄。今月聴いたテノール3人の中ではダントツの安定感。イヴェーリはファンティーニの代役だが、端正で清らかな中にも芯のしっかりした声。容姿も美しく、プリマドンナの風格十分。これで聴かせどころでもう一息パワーがあれば言うことなし。ガッロも明るめだが分厚い声が終始よく響き、仕草にフィガロやドン・ジョヴァンニを思い起こさせる場面もあったが、そのために却って悪事を楽しむかのようなイアーゴ像になった。ナコスキは人のよさそうな素直な声で、それはそれで役に合ってはいるが、主役3人に比べるとやはり存在感は落ちる。日本人歌手たちはそれぞれの役割をしっかり果たす。
 フリッツァ指揮のオケは冒頭から迫力満点で鳴らしていたが、スカラ座を聴いた後だとどうしても耳の感覚が厳しくなってしまう。フォルテの部分ではやや響きの荒い部分があったし、第4幕オテロが登場する時の低弦のピッチが揃わないなど、細かいところが気になる。しかし、歌手たちの盛り上げ役としては十分頑張っていたと思う。
 合唱はスカラ座を聴いた後でも全くと言っていいほど不満がない。今シーズンも充実したハーモニーは健在で安心。

 シーズン開幕を飾る公演としては上々の出来と言っていいだろう。

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