ミラノ・スカラ座「ドン・カルロ」(5回公演の3回目)
○2009年9月15日(火) 18:00〜22:35
○東京文化会館
○4階2列28番(4階正面2列目上手端)
○ドン・カルロ=ラモン・ヴァルガス、エリザベッタ=ミカエラ・カロージ、フィリッポ2世=ルネ・パーぺ、エボリ公女=アンナ・スミルノヴァ、ロドリーゴ=ダリボール・イェニス、宗教裁判長=アナトーリ・コチェルガ他
○ダニエレ・ガッティ指揮ミラノ・スカラ座管(13-10-9-7-7)、同合唱団
○シュテファン・ブラウンシュヴァイク演出

スカラ座よ、どこへ行く?

  スカラ座の「ドン・カルロ」、と聞いただけで何だか背筋に緊張が走るような気がする。ヴェルディ中期の大作をどう見せ、どう聴かせてくれるのか、わくわくしてくる。会場の違いがあるとは言え「アイーダ」より公演回数が多いことからしても、スカラ座側の意気込みが伝わってくる。ほぼ満席の入り。

 第1幕は残念ながら観られませんでした。
 第2幕第1場、舞台中央奥に7本の木の棒が横2列交互に並び、ホリゾントに森の風景が映し出される。手前に白塗りの3段の階段。木の床の上には何もない。ただ床は十字型、すなわち中ほどに両脇へつながる通路がある。
 下手からヴェールを被った女性が現れ、カルロがそれを追って出てくる。女性は木々の間に入り下手へ退場。入れ違いにやはりヴェールを被ったエボリが上手から登場。ヴェールを取るとカルロは彼女に背を向ける。彼女が彼を非難しているところへ、下手からロドリーゴが登場し、彼女の前に立ってカルロを守る。
 同第2場、手前の階段を上がりきった下手端にさらに階段がつなげられ、その上に玉座。フィリッポが頬杖をついて座っている。上手手前端には頭巾を被った修道士たち。彼らのすぐ後ろの緞帳が上がると両端に高椅子に座って並ぶ宗教裁判員たち。彼らに挟まれるように民衆、その手前に兵士たちが並ぶ。奥の棒は火刑台に替わる。兵士たちが民衆を両端に分けると下手からとんがり帽子を被せられ、薄汚い囚人服を着せられた異端者たちが修道士に引っ張ってこられ、火刑台へ。続いて子ども時代のカルロも下手から1人で登場し、中央の火刑台の前に立つ。修道士たちは下手端へ移動。中央へ広がる民衆を兵士たちが再び奥へ追いやると、その前に貴族たちが現れ、優雅に踊っている。貴族たちが上手端へ移動すると、上手通路からエリザベッタを先頭に重臣たちが登場。フィリッポが異端者の処刑を始めようとしたとき、カルロがフランドル人たちを連れて舞台最手前に登場。フランドルの権限委譲がフィリッポに拒否されると、カルロは剣を抜いて王の顔の前にかざす。下手通路から子ども時代のロドリーゴが現れ、カルロは彼に剣を渡す。大人のロドリーゴは子どもの隣りに立っている。フィリッポはロドリーゴを公爵に昇格させると、エリザベッタの手を取って火刑台の前へ進む。ホリゾントが赤くなり、天の声が聞こえる間子ども時代のカルロも天へ昇ってゆく。

 第3幕第1場、奥まで続く白く長い壁、奥の黒い壁に白い扉。下手手前端の木の椅子にフィリッポは座り、カルロの肖像入りペンダントを眺めている。椅子の下にエリザベッタの宝石箱、その隣りに燭台。アリア「一人さびしく眠ろう」冒頭のリフレイン部分を歌い終わるとペンダントを宝石箱に入れる。
 奥の扉から宗教裁判長入ってくる。フィリッポ、裁判長の手を取って椅子に座らせる。裁判長は王からの質問に答え終わると立ち上がってロドリーゴ糾弾を始める。フィリッポは上手の壁の中ほどまで遠ざかり、そこから反発。しかし、裁判長が奥へ戻り始めると近寄って「過ぎ去ったことは水に流してくれ」と頼む。通常「流さんでもない」などと訳される次の裁判長のセリフ"Forse!"は「考えておこう」と訳していた(元々は「たぶん」「ひょっとして」の意)。
 裁判長と入れ違いにエリザベッタが現れると、フィリッポは彼女を非難。彼女の両手首をつかむと倒れてしまい、彼女から離れる。奥からロドリーゴ、上手手前からエボリが現れる。三重唱の後フィリッポとロドリーゴは奥の扉から退場。エボリの罪を知ったエリザベッタは「十字架を返して下さい」と歌うが、エボリが返さないまま彼女も奥の扉から退場。
 同第2場、前場の舞台の内側にそのミニチュアのような、三方の壁と天井に囲まれた部屋。やはり下手端の椅子にカルロが座っている。奥の扉からロドリーゴが入ってくる。ロドリーゴがカルロのために死ねることを喜ぶ歌を歌いながら手前にやってくると、上手の二つの壁のすき間を通ってやってきた兵士が手前から彼を撃って逃げ去る。ロドリーゴが息絶えると奥の扉からフィリッポと兵士たちが入ってくる。カルロ、フィリッポと兵士たちの合唱によるロドリーゴの死を悼む歌(通常省略される)が歌われた後、奥の壁が吊り上がり、カルロを指示する民衆たちが入ってくる。しかし、そのさらに奥から裁判長と兵士たちが入ってきて王への忠誠を誓わせる。下手から出てきたエボリがカルロを逃がし、民衆が跪くとフィリッポも裁判長の手を取って跪く。

 第4幕、第2幕第1場に似た構造だが、両端に黒い壁、白の扉が8つずつ並ぶ。奥に森の風景。中央手前に前王カルロスの墓。下手奥で森を眺めるエリザベッタ。手前に進みながらアリア「世の空しさを知る神」を歌う間、下手の通路から子ども時代のカルロが現れ、彼女の近くまで進んでくる。目を合わせた後カルロは去る。
 大人のカルロが下手通路から登場すると、中央奥に黒い壁が降りる。その中央にある白い扉が天井まで続いている。カルロとエリザベッタの二重唱が終わると、両壁の扉からフィリッポ、裁判長と兵士たちが現れ、カルロを捕まえる。しかし、奥の扉が開き、白煙の中カルロスの声に似た修道士とその仲間たちが入ってくる。カルロは墓の上に横たわり、エリザベッタも彼に向かって手を伸ばしながらその隣りに倒れる。つまり2人は希望通り天井で結ばれたという設定か?

 第1幕を見損なったので、カーテンコールでエリザベッタの子ども時代を演じる少女がいたことを発見。簡素な舞台の中で、カルロ、エリザベッタ、ロドリーゴの子役を使って3人の心理を効果的に見せようというアイデアのようだが、中途半端に終わったような感じ。ただし、ティボー・ファン・クレーネンブロックの16世紀風衣裳は見応え十分。

 ヴァルガスは声の線が細く、いささか頼りない感じが役に合ってはいるのだが、もう少し響きがほしいところ。カロージは気品のある声で、立居振舞も王妃にぴったし。スミルノヴァは芯のしっかりした声。ただ2人とも硬い響きで、音量的に問題はないのだが会場全体を包み込むような感じにはならない。特に第3,4幕のアリアでは疲れが見られる。イェニスは若々しい中にも陰のあるバリトンだが、やはり第3幕のアリアは息切れ気味。パーペもここ4日間で3回この役を歌っており、疲れた様子が見受けられるものの、迫力満点の響きはやはり他の歌手たちとは一頭地を抜いている。コチェルガは最低音のEsまで堂々と響かせ、こちらも貫禄十分。パーペとの声の対決は聴き応えがあった。
 ガッティはバレンボイムよりもスカラ座本来の輝かしい響きを活かしながら、歌の脇役に徹しようとしていた。例えば第2幕第2場の民衆の合唱に応える管楽器のトリル風フレーズを控え目にしたり、第3幕第1場のフィリッポと裁判長との二重唱では重苦しい響きをスムーズに歌わせ、2人が何をしても止められない時代の流れを感じさせる。ただ、アリアでは響きの広がらない歌手たちとのバランスをどう取るか、苦労しているように見えた。抑えたつもりでも歌手の声よりオケの方が大きくなってしまう場面もしばしば。
 合唱は輝かしく密度の濃い響きがすばらしい。「アイーダ」の時も感じたが、久しぶりに生で聴けて嬉しい。

 ポスト・ムーティ時代のスカラ座はどこへ行くのか?今回の2演目に限ってあえて乱暴に整理すれば、革新的演奏+保守的演出の「アイーダ」と、保守的演奏+革新的演出の「ドン・カルロ」というところか。この2つの組合せのどちらが主流になるのか、あるいは将来別の組合せが出てくるのか、見極めるには少し時間がかかりそうだ。

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