ゼクステット魅生瑞(みゅうず)第21回定期演奏会
○2009年7月25日(土)18:00〜19:55
○ルーテル市ヶ谷センター
○H列13番(8列目ほぼ中央)
○ドビュッシー/青木美咲「ル・プティ・ネーグル」(小さな黒人)
 同/大滝雄久「小組曲」
 《6人の奏者、5分間リサイタル》
 シューマン「3つのロマンス」Op94より第3曲(Ob=富田和子)
 ランゲ/山本靖子「花の歌」(Cl=山本靖子)
 山本邦山/大滝雄久「五木の子守唄」(Fg=大滝雄久)
 シューマン/ペーター・ダム「幻想小曲集」Op73より第2曲(Hr=阪本正彦)
 プーランク「夜想曲第5番」(しゃくとり虫)(P=大滝良江)
 ゴーベール「水面」(Fl=青木美咲)

 シューマン/山本靖子「子どものためのアルバム」Op68より「楽しき農夫」
 同/阪本正彦「交響曲第3番変ホ長調」(ライン)より第1,3,5楽章
+同/同「詩人の恋」より「うるわしい、妙なる5月に」「ラインの聖なる流れの」「あれはフルートとヴァイオリンの響きだ」
 ドビュッシー/青木美咲「ル・プティ・ネーグル」(小さな黒人)

○P=大滝良江、Fl=青木美咲、Ob=富田和子、Cl=山本靖子、Hr=阪本正彦、Fg=大滝雄久


クラシック・コンサートのあるべき姿 

 いきなり私事で恐縮だが、学生時代ひょんなことから1枚のレコードに出会った。それはプロコフィエフ「ピーターと狼」をピアノと木管の六重奏版で演奏したものだった。しかも、3人の中学生がお芝居風にナレーションをつとめるというユニークなもので、僕にとっては今でもこの曲のベスト盤である。何よりも「クラシック音楽って、本当はもっと楽しいものだよ」と教えてくれたレコードである。
 当時そのアンサンブルの名前は「織笛」(おるふぇ)であった。時折NHKFMで流れる彼らの演奏はほぼ欠かさず録音していたが、なかなか生で聴く機会がなかった。その後「織笛」のメンバーの1人、大滝雄久さんが若い奏者たちと新たなアンサンブル、魅生瑞を結成し、毎年1回のペースで定期演奏会を開いてこられ、昨年第20回を迎えた。残念ながらその時も「展覧会の絵」の後半しか聴けなかった。
 そして今回。珍しく土曜日に開かれる。これは隅田川の花火大会があろうとプロ野球のオールスター・ゲームがあろうと、駆けつけねばならない。9割以上の入り。

 ドビュッシー「ル・プティ・ネーグル」は元々ピアノの小品。黒人のダンス、ケークウォークの様式で書かれている。5本の木管の多彩な音色が聴衆の緊張をほぐし、昼間の暑さを忘れさせてくれる。そして青木さんの挨拶。今でこそ演奏家が話を交えながら進んでいくコンサートは珍しくなくなったが、彼らはこのスタイルを既に20年以上続けておられる。これだけでもいかに彼らが音楽を人々に伝えることの意味を深く考え、それを一貫して実践してきたかがわかる。
 続いて「小組曲」。元はピアノ連弾用の曲だが、オケ版もある。しかし、ピアノ六重奏となるとそのいずれとも違う雰囲気になる。「小舟にて」でFlがメロディを奏でるところはオケ版のようだが、そこに他の楽器が絡んでくると連弾版に近い緊密で親しみやすい響きになる。「行列」では少し音楽の流れが滞りがちになったが、「メヌエット」「バレエ」と進みにつれてホール全体をふんわり包み込む温かさと、川縁に吹くそよ風のような爽やかさが感じられて実に心地よい。

 続いて織笛時代から続く名物コーナー、6人の奏者が1人ずつ登場する「5分間リサイタル」。いつも順番をどうするかで悩むそうだが、今回はジャンケンで決めたとのこと。負けた順に1人ずつ曲の紹介と演奏。最初の富田さんが後半のメインとなるシューマンを取り上げたかと思えば、山本さんは子どものピアノ練習曲の定番であるランゲ「花の歌」をCl用に編曲という大胆な試み。さらに大胆なのがFgの大滝さんで、熊本県民謡「五木の子守唄」の山本邦山による尺八譜をさらにFg用に編曲。五木村を流れる川辺川のダム建設に村民たちが翻弄されてきた歴史を紹介しながら、要は後半の「ライン」と川つながりでの選曲とのこと。阪本さんはシューマン「幻想小曲集」からの1曲を、Hrの名手ペーター・ダムによる編曲版で挑戦。大滝良江さんは大好きなプーランクの「しゃくとり虫」を弾く。「夜想曲」というタイトルに似合わぬ鋭い響きとユーモラスなリズムが、いかにもプーランクらしい。最後の青木さんは川つながりでゴーベールの珍しい曲を演奏。各奏者の個性が話し振り、演奏振りの双方ににじみ出ていて楽しい。ただ、一番大変なのは出ずっぱりの大滝良江さんだろう。

 後半はまずシューマンの「楽しき農夫」。これまた子どものピアノ練習曲でおなじみだが、面白いのは中間部に同じ「子どものためのアルバム」から「勇敢な騎手」を挟んでいること。のどかな農夫の歌が軍隊行進曲風に変わってまた元の雰囲気に戻る。ただの編曲に終わらない、ちょっとした遊びが何とも粋である。
 そして「ライン」。さすがに全曲はきついとのことで奇数楽章が選ばれたが、それでも20分ほどかかる。冒頭からフルオケとほとんど全く変わらない充実した響き。浮き輪に乗ってライン川の豊かで優しい流れをゆっくり下っていくような気分。ピアノ以外は各パートに本来の出番があり、六重奏版で忠実に守られている箇所もあるが、あえて違う楽器に吹かせている部分の方が多い。しかし、アレンジの仕方に違和感がないどころか確かな説得力があるので、不思議なことにどっちがオリジナルだかだんだんわからなくなる。残りの2楽章も聴いてみたい。

 アンコールがまたユニーク。歌曲集「詩人の恋」からライン川にちなんだ第6曲を含む3曲が演奏される。特に第1曲「うるわしい、妙なる5月に」は去年観た加藤健一事務所「詩人の恋」が思い浮かんできて、思わずホロリと来る。管楽器5人は歌のパート以外も遠慮なく?加わるので、これまたオリジナルとは違った世界が広がる。これも全曲聴きたい。
 最後は「ル・プティ・ネーグル」をもう一度演奏、と思っていたら途中でFlがジョプリン「エンタテイナー」を吹き出すので、思わずこちらも噴き出す。最後まで油断ならんコンサートやなあ。

 昨年の定期演奏会の後Fgの大滝さんが入院されたため、10月に予定していた定期演奏会が中止になった。回復後初の定期演奏会ということで、メンバーたちの結束が一段と強固になったように感じられ、そのあたりが演奏に現れていたのかもしれない。
 何でもピアノ六重奏で演奏してしまうスーパー・アンサンブルが、お話を交えながら聴衆と一体となって豊かな音楽のひと時を創り上げる。日本におけるクラシック・コンサートのあるべき姿の一つがここにある。

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