ボリショイ・オペラ「エフゲニー・オネーギン」(3回公演の2回目)
○2009年6月25日(木)18:30〜21:40
○東京文化会館
○5階L2列35番(5階下手サイド2列目中央寄り)
○オネーギン=ワシリー・ラデューク、タチアーナ=エカテリーナ・シチェルバチェンコ、レンスキー=ロマン・シュラコーフ、グレーミン=アレクサンダル・ナウメンコ、ラーリナ=イリーナ・ルブツォワ、フィリーピエヴナ=イリーナ・ウダロワ他
○アレクサンドル・ヴェデルニコフ指揮ボリショイ劇場管
(14-12-8-8-6)、同合唱団
○ドミトリー・チェルニャコフ演出


他人の目が引き起こす悲劇 

  指揮者が現れ、一礼するとオケピットも含めて暗転に。黒の緞帳が上がると人々の話し声が聞こえる。それから音楽が始まる。
 第1幕第1場、奥に24,25人くらい座れる楕円形のテーブル、その奥に食器棚。上手の壁の手前に4,5人掛けのソファ、その奥に窓2つ。食器棚の下手側に出窓。下手の壁は奥と手前に観音開きの扉。
 テーブルの上手側端にラーリナが座り、手前にタチアーナが座る。ラーリナと客たちは食事しながら談笑しているが、タチアーナ1人テーブルから少し離れて座り、時に上手の窓の外を眺め、終始黙っている。髪も整えず、薄紫のワンピース姿。やがて立ち上がり、下手奥の扉から退場。手前の扉が開き、オリガが譜面台と椅子を持って現れ、テーブルの方を向いて、すなわち客席に背を向けて座る。その上手側にタチアーナは立つ。彼女たちの二重唱を客たちも振り返って聴いている。歌い終わるとオリガはテーブルに向かい、客たちと親しく挨拶を交わしているが、タチアーナは立ったまま。本来なら暗譜で歌う彼女の方が喝采されるべきなのだろうが。ラーリナはその間食器棚からウォッカでなくウィスキーを取り出してあおる。そして歌の合い間に高笑い。どうやらアル中らしい。農夫の最初の合唱は客たちの誰かがソロを歌っているようだが、誰なのか確認できず。2つ目の合唱が始まるとラーリナは手前の扉を開け、鍋つかみを両手にはめて焼きたてのパイの大皿を持ってテーブルに向かい、客たちに振舞う。その後ようやく立ちっぱなしのタチアーナに気付き、抱きしめてから元の席へ連れ戻す。オリガは姉に詰め寄るようにソロを歌う。タチアーナは座ったまま後ずさりし、やがて立ち上がって呆然としている。ラーリナやフィリーピエヴナはそんなオリガを止めようとするが彼女は聞かない。躁のオリガに鬱のタチアーナという関係か。
 下手奥の扉が開き、レンスキーが駆け込むように入ってくる。続いてゆっくり入ってくるオネーギン。レンスキーは下手手前の扉のすぐ奥の床でかばんを開け、詩を書いた紙の束を取り出す。その中から1枚取り出してオリガへの愛を歌う。その間オネーギンは客たちの間をゆっくり通り過ぎる。目線を向ける客もいるが彼の方から挨拶らしき仕草はしない。タチアーナはオネーギンとの短い二重唱の後下手奥の扉から出て行く。オネーギンはラーリナに勧められてテーブルの下手端からやや手前に座る。再び現れたタチアーナは元の席に戻る。

 同第2場、客たちは帰り、食器類は片付けられ、テーブルクロスもはずされている。タチアーナ1人さっきの場と同じ位置に座り、顔をテーブルにうずめている。フィリーピエヴナは下手奥の扉から現れる。タチアーナと歌いながら食器棚から水差しを取り出し、カップに入れて飲む。タチアーナに「窓を開けて」と言われても開けない。やがて下手手前の扉から出かけるが、タチアーナに紙とペンを渡してから退場。タチアーナが扉を閉めると舞台全体が暗くなるが、彼女は扉の脇のスイッチを押すと、天井に下がる小さなシャンデリアと下手側の壁の明かりがつく。元の席に戻り、カップに入った紅茶?をあおってガチャンとソーサーに置く。手紙の文句を口ずさむが書かない。やがて立ち上がり、テーブルを乱暴に押して奥へ動かす。椅子が何脚か倒れる。そしてオネーギンが座っていた椅子の前に跪いて手紙の文句を歌う。気分が高まるとテーブルに座り、最後はその上に立って歌う。オケが「」のメロディを全奏で鳴らすのに合わせて雷鳴が轟き、上手の窓が手前に開いてガラスの割れるような音がし、風でカーテンが部屋の中に向かって揺らめき、白い光が差し込む。そして停電で部屋の明かりが消える。歌い終わったタチアーナはテーブルの上に倒れる。
 起き上がり、元の席に戻ってからタチアーナは手紙を書き始める。フィリーピエヴナが入ってきてもまだ書いている。ようやく書き終わったタチアーナはフィリーピエヴナに手紙を渡そうとするが事情のわからない乳母は受け取ろうとしない。ようやく誰に渡すかわかった彼女はタチアーナの手から手紙を取って退場。

 同第3場、テーブルは元の位置に戻されているが、タチアーナは第2場と同じ状態で座っている。そんな彼女を侍女たちが部屋の外から歌いながらからかう。外から窓を叩いたり、急に扉を開けて入りかけては出て行ったり、上手の窓のカーテンの中から現れて出て行ったりして彼女を混乱させる。
 オネーギンが下手奥の扉から現れる。最初はテーブルの下手端に彼女と向かい合うように座る。歌ううちに立ち上がり、徐々に彼女に近付き、やがて隣に座って彼女の手を取るが、なだめるようにその手を彼女の膝の上に置いて立ち上がる。そして彼女の背後から最後のセリフを歌って立ち去る。

 第2幕第1場、テーブルの周囲に並べられていた椅子が手前に移され、あっちに3脚、こっちに5脚といった感じで並べられている。客たちがこれらの椅子や上手端手前のソファなどに座ったり、周囲に立ったりして談笑している。タチアーナは奥の出窓の棚の上に座り込んで外を眺めている。下手手前の扉が開き、レンスキーがコートを脱いで入ってくる。続いてオネーギンがコートを半分脱いだ状態で花束を持って現れる。タチアーナが連れて来られてオネーギンの前に立たされる。彼は花束を渡そうとするが遠くて彼女に届かない。落ちそうになったところを間にいたフィリーピエヴナが受け取る。続いてプレゼントの箱を差し出し、タチアーナは今度は何とか受け取る。オネーギンはそのまま帰ろうとするがレンスキーが中に引き入れるので、やむなくコートを全部脱いで入る。レンスキーは客たちの間を忙しく立ち回るオリガを捕まえようとするが、相手にされない。タチアーナとオネーギンが踊るシーンでは、彼は彼女の手を取り腰に手を当てた状態でほぼ静止。ラーリナは歌の合い間に相変わらず高笑い。年齢分?のろうそくの火がつけられたケーキが手前に運ばれるが、タチアーナに関係ない周りの者たちが吹き消す。タチアーナはプレゼントの箱を持ったままずっと立っている。合唱終盤になると客たちは手をつなぎ輪になって踊り始め、下手奥の扉から出て行く。上手端のソファの辺りでは数人の女たちがレンスキーのかばんを奪って投げ合ったり、中からの詩の書かれた紙を取り出してバラまいたりした後やはり奥の扉から退場。
 トリケはなぜかレンスキーが演じる。床に散乱する紙の中から1枚取り出し、タチアーナを椅子の上に立たせて1番はまだ真面目に歌うが、2番では床に四つんばいになって脇に置いた犬のおもちゃの真似をしながら歌うので、客たちは大笑い。タチアーナはプレゼントを持ったまま食器棚の脇の椅子に座る。歌い終わったレンスキーは下手手前の扉の前でオリガと言い争いになる。その背後からオネーギンが近付き、彼女を踊りに連れ出す。怒ったレンスキーは床に落ちた紙を拾いながらオネーギンに絶好宣言。オネーギンは紙を拾うのを手伝っていたが、レンスキーの怒りが収まらないので拾った紙を彼に突きつける。さすがにラーリナが出てきてレンスキーを平手打ち。しかし、客たちは2人の喧嘩を笑いながら見ている。レンスキーはオリガに別れを告げて下手手前の扉から出て行く。彼女も憤然とした表情で退場。しかし、レンスキーはライフルを取って戻ってくる。まだ笑いながら観ている客たちに向かって立ち、天井へ2発発射することでようやく静まる。その様子を見たタチアーナは手前に出てきて彼の頬に手を当てる。
 オネーギンとレンスキーが仲違いを始めてから歌われる合唱だが、途中から違う版が使われているようだ。

 同第2場、奥でパーティの後片付けをする侍女たち。テーブルは下手側の端が手前に寄せられ、テーブルクロスが半分ほどはずされる。レンスキーは毛皮の帽子とコート姿で上手手前の椅子に座る。ソファの毛布の中から立会人が起き上がって歌う。レンスキーのアリアの間は再び寝ている。レンスキーの隣りに老婆が客席に背を向けて座っている。彼は足元に数枚残った紙を1枚取り上げてアリアを歌い始める。老婆が感じ入った表情で彼の歌を聞き、やがて泣き始める。その後立ち上がり、下手奥の扉から退場。
 入れ違いに酔っ払ったオネーギン側の立会人がオネーギンに担がれながら登場。立会人はテーブルの前に座ってパンにバターを塗っている。レンスキー側の立会人が一旦侍女たちを部屋から出し、奥から手前に歩いてから決闘の開始を告げる。下手の扉からラーリナや客たちが入ってくる。レンスキーがテーブルの上にライフルを置く。オネーギンが奥へ投げ捨てるがレンスキーが再び持ってきてオネーギンに渡そうとする。ライフルを2人が両手で持ち合ってもみ合ううちに銃声が鳴り、レンスキーはテーブルの上に投げ出されるように倒れる。オリガがショックを受けた表情でゆっくり近付く。ここで休憩。

 第3幕第1場、やはりオケピットも含めて暗転になってから緞帳が上がり出すと人々の話し声が漏れてくる。楕円テーブルは手前に移動、床には赤じゅうたん、白い壁の下半分も赤い布が貼られている。上手手前、中央奥、下手やや手前に出入口、上手奥には隣の部屋につながる通路。シャンデリアが大きくなり、壁の明かりが下手だけでなく上手にも付けられている。
 「ポロネーズ」の間テーブルでは客たちが食事中。上手手前からオネーギンが入ってくる。男たちは全員黒のダークスーツだが、彼だけは黒と金のジャケット。いたたまれず出て行こうとしてこける。また入ってきて開いている席に座ろうとするが拒否される。また下がって今度は自分で椅子を持ってきて上手端に割り込むが、給仕を呼んでも無視される。今度こそと思って手を挙げたら別の給仕が持つ料理に当たって落ちてしまう。仕方なく別の人のグラスを持って立ち上がり、乾杯しようとするが誰も相手にしてくれない。そのうちグレーミンが上手端に座るので挨拶に行く。グレーミンはオネーギンがしばらく誰かわからなかったようだが、やがて気付いて抱き合う。オネーギンは嬉しかったと見えて他の客にも挨拶して回り、逆に不思議がられる。食事の終わった客たちは三々五々立ち上がって舞台奥へ移動。
 上手の出入口に貴婦人が現れ、グレーミンが迎えに行くのでそれがタチアーナかと思いきや、本物?は下手から登場。タチアーナは下手端に座る。薄紫で肩を出したロングドレス。グレーミンはオネーギンのそばに座ってアリアを歌い始める。途中で立ち上がりゆっくり歩きながらタチアーナの近くに戻るが、その間オネーギンは元いたグレーミンの方を見つめたまま、つまり客席から背を向けたまま凍りついたような感じ。アリアが終わるとようやくオネーギンは立ち上がり、テーブルの奥を通ってタチアーナに挨拶。そのまま彼は立ち尽くし、グレーミン夫妻と客たちは隣の間へ移動。「エコセーズ」は省略。

 同第2場、テーブルの上はすっかり片付けられている。上手からグレーミンとタチアーナが並んで登場。タチアーナは紫のナイトガウンのような服に着替えている。中央で立ち尽くすタチアーナに、グレーミンは奥の出入口にいる給仕に水を持ってこさせて渡す。タチアーナはテーブルの下手端に座るが苦しみに身悶えるのでグレーミンは優しく抱く。彼女が落ち着いたのを見て両肩に手を当て、下手へ一旦下がる。
 オネーギン、上手から赤いバラの花束を持って登場し、渡そうとするがタチアーナが後ずさりするので届かず、前に倒れてしまう。タチアーナが過去を振り返る間オネーギンは中央手前で客席に背を向けて座る。やがて立ち上がり、タチアーナの反対側に回って愛を訴える。苦しみ逃げるタチアーナを彼は下手奥の壁から手前へと追いかけ、彼女の両腕をつかむが、離される。ついにピストルを取り出して脅すが、下手から現れたグレーミンがタチアーナを連れて上手へ出て行こうとするので、最後の手段とばかり、その横で跪き胸にピストルを突き立て引き金を引くが空砲。遅まきながら真の愛に目覚めたように見えて、実はまだ偽善やハッタリから逃れられないオネーギンの負けっぷりが余計無様に見える。

 カーテンコールではテーブルの奥に合唱や助演の人たちが並ぶ。ソリストの登場順はタイトル・ロールに捕われず、先にオネーギンが出てきて最後がタチアーナ。ソリストたちも一旦奥に並び、全員揃ってから手前に出て並び直す。

 若者4人の葛藤やラーリナの屈折した心理を全て室内で、しかも衆人環視の中で見せる。周囲の目が気になるから彼らの行動は実際以上に大げさになり、見栄っ張りになり、後へ引けなくなる。それが悲劇を引き起こす。結局他人の視線に影響されず自己を貫いたタチアーナだけが幸福を手にする。
 個々の動きの中には突飛なものも多いが、時代設定から大きくはずれない装置と衣裳が舞台全体に落ち着きと気品をもたらす。「スペードの女王」とは違った形の「伝統と革新の融合」と言えるだろう。

 ラデュークは明るい声がよく響き、必ずしもオネーギン向きではないが、演技で彼の人物像を浮き彫りに。シチェルバチェンコはファッションモデル並みの痩身だが声の芯はしっかりしているし、フォルテになっても響きの清らかさが失われない。シュラコーフも素直で若々しい声だが、さすがにトリケと2役はきつかったようで、第2幕第2場のアリアではお疲れ気味。ナウメンコは気品のあるバスで、低音もしっかり聴かせる。しかし、彼ら以上にルブツォワとウダロワが存在感を発揮。特にウダロワの中低音は軽く出している感じなのに、5階席の目の前で歌っているような錯覚を覚える。このあたりのボリショイの伝統は失われていない。
 オケは第3幕冒頭のTpのファンファーレに緊張感がないなどの難点もあったが、全体的には力強い響きで、大詰めの最後の音を弦楽器奏者が切る前に勢いを付けて弓を引く伝統も健在。ただ今回何より感心したのは、アリアの伴奏で歌手に絡む木管(特にCl)。ウィーンのなまめかしさとは異なり、ストレートに主張するのだがなぜか声の邪魔にならない。弦楽合奏でも同じように感じる場面が多々あった。これぞオペラハウスのオケという感じ。合唱は男声に昔の迫力がなく、少々残念。
 21世紀のボリショイ・オペラは、ロシアらしさと国際性のはざ間に悩みつつ高い演奏水準を保つべく奮闘している。

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