新国立劇場「チェネレントラ」(6回公演の4回目)
○2009年6月14日(日)14:00〜17:20
○新国立劇場オペラパレス
○4階3列49番(4階3列目上手端近く)
○アンジェリーナ(チェネレントラ)=ヴェッセリーナ・カサロヴァ、ドン・ラミーロ=アントニーノ・シラグーザ、ドン・マニフィコ=ブルーノ・デ・シモーネ、ダンディーニ=ロベルト・デ・ガンディア、アリドーロ=ギュンター・グロイスベック、クロリンダ=幸田浩子、ティスベ=高橋華澄
○デイヴィッド・サイラス指揮東フィル
(10-8-6-5-3)、新国合唱団(男18)
○ジャン・ピエール・ポネル演出
、グリシャ・アサガロフ再演演出

いつまでも聴いていたい声の競演 

 今シーズンのオペラ・パレス最後を飾るオペラはロッシーニの「チェネレントラ」。しかもカサロヴァ、シラグーザなど欧米の歌劇場でもなかなか揃わない豪華メンバーによる公演である。ほぼ満席の入り。

 序曲が始まるとカーテンが上がり、一部開いたオペラカーテンのようなモノクロの絵が描かれた緞帳。それが上がると映画版のマニフィコの屋敷をモノクロの書割にした壁。その両脇には塀と門。アリドーロが下手から登場して屋敷の様子を眺めた後、すぐに退場。

 第1幕第1場、1階の3つの部屋の壁がブラインドのように上がっていく。下手側はクロリンダの部屋、コルセットの骨組みだけ付けてダンスの稽古。上手側はティスベの部屋、顔にクリームを塗っている。中央が居間、奥に暖炉、その手前にアンジェリーナが後ろを向いて座っている。コーヒーを挽きながら「昔、あるところに王が」を歌う。下手の門から盲目の修道士の格好をしたアリドーロが杖をつきながら登場、舞台の前方へ進もうとするのをアンジェリーナが止めて家の中へ入れる。追い払おうとクロリンダたちが近付くと杖を振って反撃。そこへ下手の門から従者たちが2列で登場し、舞踏会への招待を知らせる。クロリンダとティスベが上手端にいる時は2人の方を向いて、クロリンダだけ下手端に移動すると、従者たちは半分ずつ2人の方をそれぞれ向いて礼をするが、中央にいるアンジェリーナの方は向かない。
 クロリンダの部屋の上がマニフィコの寝室、壁が開くとマニフィコ目を覚ます。下で騒いだクロリンダたちに向かって枕を投げつける。部屋から出て下へ降りようとするが、下手側の階段は途中から崩れ落ちているので、上手側の階段から降りてくる。夢の話をする父を面白おかしく眺めるクロリンダたち。2人のどちらかが王妃になり、孫を産むと勝手に妄想を膨らませ、枕を孫のように抱くマニフィコ。
 マニフィコたちが自分の部屋へ、アンジェリーナが暖炉の上手奥へ退場した後、上手の門からまずアリドーロ、続いて王子登場。しばらく家の中を眺めた後アリドーロを去らせる。王子、暖炉の上手奥へ消えると下手奥からアンジェリーナが登場し、コーヒー挽き機を持って上手奥へ。入れ替わりに王子が下手奥から再登場、階段の中ほどで誰か来るのを待つ。すると上手奥からコーヒーセットを持ったアンジェリーナが出てきて、一瞬王子の方を見て驚き、セットを落とす。「僕を化け物とでも?」と歌う王子を再度チラッと見たアンジェリーナは次の瞬間じっくり王子を見つめ、急に背骨がやわらかくなったような仕草に。二重唱を歌いながら2人は徐々に前に出ながら近付き、最接近したところで王子はキスしようと顔を突き出すが、アンジェリーナにかわされ、前につんのめる。アンジェリーナがコーヒーセットを拾ってお盆に載せると王子はそのお盆を背もたれのない椅子の上に置く。彼女の身の上話を聞くうちに心惹かれる王子は再び彼女に近付きキスしようと顔を出すがまたもかわされる。お盆を持って去ろうとする彼女に王子はさらに迫るので、彼女はまたセットを落としてしまい、そのまま暖炉の上手に退場。
 ティスベの部屋の上で着替えていたマニフィコ、王子がいつ来るか尋ねると、彼は「イチ、ニ、サン」と日本語で数えてから"Tra tre minuti."(あと3分です)と答える。クロリンダとティスベの部屋が開き、2人とも着飾った姿で立っている。従者たちが下手の門からバラを1本ずつ持って登場。別の従者たちが舞台手前に下手から上手にかけて赤いじゅうたんを敷く。ダンディーニは下手の門から登場するとまずステッキ、次に帽子を王子に投げ渡す。王子は帽子をステッキで受け止めて額の汗を腕で拭く。クロリンダ、ティスベ、マニフィコはじゅうたんの上手の端に立っている。じゅうたんの上で歌いながら彼らに近付くダンディーニ、バラを1本しか持っていないので姉妹どちらに渡すか決めかね、マニフィコに渡す。王子の指示を仰ぎに戻ったダンディーニに向かい、クロリンダとティスベは1人ずつ近付いて挨拶するが、急に歌い声が大きくなるので怖がって逃げ戻ってしまう。その間従者たちもずっと立っていられず、座り込んだり遊んだりしている。アンジェリーナも途中から出てきて従者たちの奥からその様子を覗いている。
 姉たちが従者たちと共に出た後支度をしに部屋へ戻るマニフィコをアンジェリーナが追う。彼女の"Sentite"(聞いて下さい)などの歌は舞台裏から聴こえる。王子はクロリンダの部屋で両手を挙げて彫像の振りをして2人のやり取りを見ている。やがてステッキを持ったマニフィコが2階から降りてくる。追ってくるアンジェリーナ。マニフィコは彫像の振りをする王子を見て立ち止まる。一旦去ったダンディーニも戻ってくる。続いて下手の門から戸籍を開いてアリドーロ登場。アリドーロを中心に上手に王子とアンジェリーナ、下手にダンディーニとマニフィコが逆V字型に並び、五重唱となる。歌ううちに横1列になり、逃げるアンジェリーナをマニフィコが追いながら歌う。最後はマニフィコが戸籍を取り上げて下手の門から出て行く。アンジェリーナは上手端へ。追おうとする王子の前に緞帳が下りる。
 下手からアリドーロが登場。正体を見せて歌う間彼の影が拡大されて緞帳に映る。それをうっとり眺めるアンジェリーナ。従者たちがアンジェリーナ用の服や装飾品を持って登場。彼らはみな上手へ退場。

 同第2場、王宮の書割の壁。両端に扉。手前にベンチ。クロリンダとティスベ、王子が持つお盆の上のグラスを取ると、手でシッシッと追い払おうとする。酒蔵へ招待されたマニフィコは下手の扉から退場。クロリンダとティスベはベンチに座るダンディーニに両側から押しつぶさんばかりに迫るので、彼も逃げ出して下手の扉から退場。壁が開くとフラフラのマニフィコがワインの試飲を続けている。従者の1人が数字の書かれた黒板を持ち、マニフィコが飲むたびに数字を消している。30まで消すと裏返す。「30!」と大書されている。完全に酔っ払ったマニフィコだが、ベンチを平均台のように歩いて健在振りを示す。彼を取り囲むように集まった従者たち、彼の言葉を書き取るため2人1組で1人が前かがみになり、もう1人がその背中の上でメモを取る。取り終わるとマニフィコをベンチに乗せて下手に退場。
 閉じられた壁の両扉からダンディーニと王子が顔を出す。クロリンダとティスベがダンディーニを探して行き交うので隠れる。再び顔を出し、誰もいないのを確認してから出てきて、二重唱。クロリンダたちが現れ、王妃にならなかった方は召使の格好のラミーロと結婚することを告げられると、彼が膝を曲げて求愛しても拒否。そこへアリドーロがヴェールの女性の登場を告げる。一同日本語で「ダレダ?」と歌う。壁が開き、奥に黒の衣裳にヴェールのアンジェリーナ。ヴェールの下から顔を覗き見ようと両端から従者たちが近付いては逃げる。アンジェリーナが前へ出てくると従者たちも出てきて後方に集まる。彼女は客席に背を向けてヴェールを取り、従者たちはみな驚く。
 そこへ下手から料理が満載の長テーブルが運ばれ、マニフィコもそれを追うように出てくる。テーブルに腰掛けるとお尻が伊勢海老に当たって飛び上がる。ダンディーニは一足先につまみ食い。王子とアンジェリーナを中心に一同テーブルを取り囲み、手を延ばしては引っ込める。音楽が進むうちに王子とアンジェリーナだけテーブルの手前に移動し、他の者たちがテーブルに殺到して貪り食い始めると徐々に近付く。しかし、奥にいるアリドーロが止めるので2人はそれぞれ反対方向へ去ってゆく。

 第2幕第1場、手前に食べ残しの散乱する長テーブル。その両端でクロリンダとティスベはまだ食べている。中央奥で椅子に座り込んで悩むマニフィコ。しかし「どの娘が王座に上ろうと」を歌い始めると椅子をテーブルの上に載せる。手前で彼が歌う間クロリンダとティスベはその椅子に座り、ステッキと大きなスプーンを振り上げて王妃気取り。陳情を追い払う妄想を歌う場面になると、クロリンダとティスベはテーブルから降りて従者たちを追い回す。マニフィコもステッキを持って従者たちを追い回し、ドサクサの中テーブルは片付けられ、クロリンダたちは奥へ退場。歌い終わったマニフィコ1人残るが、別の従者を追って下手へ退場。
 壁の上手奥から王子、続いてアリドーロ登場。アンジェリーナが近付きので2人は壁の奥に隠れる。上手手前からアンジェリーナ、続いてダンディーニ登場。「従者」を愛していると告白するアンジェリーナに王子姿を現すが、彼女は背を向ける。アリドーロが手首をさする動きをするので彼女は左の腕輪を彼に渡し、退場。王子は従者の上着を脱いでダンディーニに渡し、元の王子姿に戻る。王子は従者たちが集まる前でアリアを歌い、奥へ退場。
 壁が降りる。ダンディーニが1人残っているところへ上手の扉からマニフィコ登場、クロリンダたちも覗いている。ダンディーニが椅子を求めるとクロリンダがマニフィコに渡す。ダンディーニ、マニフィコに椅子を薦めるが座ろうとすると脇へはずす。マニフィコは中腰状態。その肩にダンディーニはもたれかかりながら歌う。その後やっと椅子に座れたマニフィコにダンディーニは正体を明かす。扉から出てきたクロリンダとティスベは卒倒。歌い終わると緞帳が下り、中央に椅子を残してマニフィコとダンディーニは喧嘩別れで退場。しかし、カーテンコールで出てきて、一礼した後ダンディーニは椅子を持ち上げてマニフィコを追いながら退場。

 同第2場、第1幕第1場と同じ。アンジェリーナ、箒で床を掃いている。暖炉の前に座っていると、下手の門からマニフィコたちが帰ってきて、彼女の周りをぐるぐる回ってヴェールの女と比べている。雷が鳴るとアンジェリーナの陰に隠れようとするクロリンダ。マニフィコたちは自分の部屋に戻り、屋敷の壁が全て閉まる。その前を行き交う人々、犬を散歩させている人も。雷雨になるが1人しか傘を持っていないのでみなその下に集まる。しばらくして止むので傘から離れて歩き始めるが再び雷が鳴るのでみな走り去る。
 嵐が収まると下手の門から先に王子、続いてダンディーニ登場。従者だったはずの男が実は本物の王子だと知り、自分の部屋の入口で卒倒するクロリンダとティスベ。マニフィコ、2人のコルセットをつついて起こす。椅子を持ってきたアンジェリーナ、上手端にいる王子を見つけ、近寄るがすぐ去ろうとする。その右腕をつかんだ王子、もう片方の腕輪を見つける。中央の椅子に座り込むマニフィコ、その後ろ、自分たちの部屋の手前で立つクロリンダとティスベ、下手にダンディーニ。その状態で六重唱が始まり、歌いながらだんだん中央に集まってくる。途中で6人はそれぞれ手をつないで一かたまりとなるが、クロリンダとティスベが三度の和音で2回目に叫ぶところでバラバラになり、最後は元の状態に戻る。王子がアンジェリーナを連れて上手へ去るとクロリンダとティスベはまたも卒倒。そのすぐ奥に緞帳が下りる。下手からアリドーロが登場し、種明かしをし、今後の生き方を諭すと、クロリンダは泣きながら退場、ティスベは笑いながら歩き始めるが下手端でため息に変わり、退場。

 同第3場、王宮の壁が開いた状態。ダンディーニや従者たちが待っている。下手からマニフィコ、クロリンダ、ティスベ登場。ティスベはコルセットを軽くけりながら歩いている。上手から王子登場。中央奥からアリドーロに付き添われて純白のウエディング・ドレスのアンジェリーナ登場。辛かった過去の日々を歌う間涙するダンディーニと従者たち。クロリンダとティスベは許しを請おうとアンジェリーナに近付くが、謝れないままマニフィコの元へ引き返す。アリアを歌い終わるとアリドーロが三脚付きカメラを持ってくる。一同中央に集まり、記念撮影。

 カサロヴァはところどころ節回しがくどい感じもしたが、マニフィコに舞踏会へ連れて行ってほしいと頼む場面で「いつまでも灰にまみれて留守番していなければならないの?」と歌うくだりはホロリとなった。細かい節回し(アジリタ)も見事。そして最後のアリアではまぶしいばかりの輝かしい声で締めくくる。シラグーザは終始力の抜けた声がビンビン伸びてきて、実に心地よい。第2幕のハイCを連発するアリアで最後のハイCを長々と伸ばしただけでなく、アリア終盤をアンコールしてくれた。シモーネはテノールに近いくらいの明るいバリトンで、早口も無難にこなす。頭のねじが1本はずれたマニフィコという感じ。ガンディアは恰幅のいいバリトンで、身のこなしも軽い。歌い回しだけならこの日の歌手たちの中で最も軽やか。グロイスベックが朗々としたバスで舞台を引き締める。日本人2人も健闘。
 演出を気にしつつも、しばしばそんなことを忘れさせるような声の競演に酔いしれる。特に第1幕第1場のアンジェリーナ、王子、マニフィコ、ダンディーニ、アリドーロの五重唱と第2幕第1場のマニフィコとダンディーニの重唱では、これぞロッシーニと言うべきスピード感と切れ味とかみ合ったハーモニーを堪能。
 サイラス指揮の東フィルは、序曲冒頭でClに絡むFgの装飾音を長めに吹かたり、ロッシーニ・クレッシェンドの最弱音をかなり落として少しギラギラした音色から始めるなど独特の節回しがしばしば。その一方で速い部分は正攻法で歌手たちを引っ張っていた。

 新国では珍しく第1幕の後もカーテンコールをしていたが、大正解。可能な限り毎回やるべき。これだけで終演後の客席の反応も違うような気がする。それを抜きにしても、これだけ聴衆が湧いた公演はあまり観たことがない。来シーズンもこんな公演を期待したい。
 

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