新国立劇場「夏の夜の夢」(15回公演の初日)
○2009年5月29日(金)19:00〜22:25
○新国立劇場中劇場
○2階3列36番(2階最後列ほぼ中央)
○シーシアス/オベロン=村井国夫、ヒポリタ/ティターニア=麻美れい、イジーアス=大島宇三郎、ハーミア=宮菜穂子、ヘレナ=小山萌子、ライサンダー=細見大輔、ディミートリアス=石母田史朗、パック=チョウソンハ、クウィンス=青山達三、ボトム=吉村直他
○シェイクスピア作、松岡和子翻訳
○ジョン・ケアード演出


職人芝居に大笑い 

 「夏の夜の夢」と言えばシェイクスピアを代表する喜劇であり、日本でもしばしば上演されているはずなのだが、これまでなかなか行く機会がなかった。新国のプロダクションも2007年初演のものだが、この時には都合が付かなかった。というわけで、僕にとっては待ちに待った生上演ということになる。7割程度の入り。

 開演時間ちょうどくらいに着いたはずだが既にメンデルスゾーンの序曲が始まっていた。客席に着くと舞台両端にはみ出すようにオケピットがあり、プログラムによると上手側がティターニア・バンド、下手側にオーベロン・バンドが入っている。奏者たちも妖精たちと同じデザインの羽を付けている。

 第1幕第1場、逆V字型の白壁の1階には扉が1対、2階には出窓が2対。男たちは燕尾服、女たちは白のロングドレス。シーシアスが婚礼の話をしてもヒポリタは背を向けたままで、あまり嬉しそうではない。ライサンダーがヘレナのことを話すと上手端の出窓からヘレナが顔を見せるが、しばらくして逃げるように姿を消す。シーシアスが先に退場するとヒポリタはハーミアに同情するように彼女の顔を両手で覆ってから退場。ハーミアとライサンダー2人きりになると、上手側の扉からヘレナが入って後ろを通り過ぎようとする。それを見つけたハーミアが声をかける。ハーミアは去り際にヘレナと抱き合う。
 同第2場、カーテンが両側から3分の2ほど下りて残った中央のスペースがピーター・クウィンスの家という設定。職人たちの一部は客席から登場。ピラマス役をもらったボトムは大きなトランクを開けると鬘や付け髭などがいっぱい入っている。役の割り振りが終わり、稽古の時間と場所が決まるとバレーボールが始まる時みたいに一堂中央に集まり、一斉に指を突き上げて気合を入れるが、掛け声は揃わない。

 第2幕第1場、舞台が時計方向に回転して森になる。螺旋階段が3つ並んでいてそれが互いにつながっている。パックは中央の階段から少し上手寄りの所で寝ているが、下を通り過ぎる妖精を見つけて声をかけ、降りてくる。パックはズボンからはみ出た白シャツにゆるんだネクタイ、頭には戦闘機の操縦士らしきゴーグルを引っかけている。オベロンとその妖精たちはプレスリー風の白の上下に黒いジャケット、オベロンはサングラスをかけている。ティターニアは白のロングドレス、彼女の妖精たちは白いチュチュ姿。みな背中に白く透き通った羽根がある。インドの小姓は頭にターバンをかぶっている。
 ティターニアたちが退場し、オベロンがパックに浮気草を摘みに行かせると、ディミートリアスたちが近付くのでオベロンたちはそのすぐ後ろで立ち聞き。ディミートリアスはパジャマの上にガウン、ヘレナはパジャマ姿。ヘレナは彼のガウンの腰ひもを取って自分の首に巻きつけたり、彼を行かせまいと足首に巻きつけて倒したり、そのまま引きずったりする。
 パックが帰ってくる。赤い薔薇の花を持っている。
 同第2場、ティターニアを囲んで歌う妖精たちのゆりかごの歌は客席まで声が届かない。PAを使うべき。ティターニアは中央の螺旋階段を昇り、さっきパックが寝ていた所で羽根をはずして眠る。妖精が1人そのそばで歩哨に立つが、程なく現れたオベロンに催眠術をかけられる。彼は彼女の目の上から花の汁を振りかけ、立ち去る。
 ライサンダーとハーミアが登場。ライサンダーはパジャマの上に紺のガウン、ハーミアはさっきの白のロングドレスにえんじ色のガウン、2人とも旅行かばんを持っている。ハーミアは上手後方、ライサンダーは下手前方で眠る。パックが彼の目の上に汁を振りかけると彼は催眠にかかったように両手を前に出して起き上がりかけ、再び眠る(以下、汁をかけられた者は同様の仕草)。奥からディミートリアスとヘレナが出てくる。ヘレナは首に彼のガウンの腰ひもを巻いている。ディミートリアスが去り、ヘレナがライサンダーを見つけて起こすと、彼は起き上がりざま彼女に愛の告白を始める。ヘレナが去り、ライサンダーが追って行った後ハーミアが目を覚ます。ライサンダーを呼ぶが返事がないので、ついにはドスの利いた声でキレる。それでも反応がないので彼女はライサンダーの分の荷物も持って彼を探しに行く。

 第3幕第1場、入れ違いにクウィンスたち登場。下手と中央の螺旋階段の間をステージにして稽古を始める。パックは中央の螺旋階段の中ほどで見物。ボトムが奥へ消えるとパックも彼を追って奥へ。しばらくするとロバの頭をかぶったボトムが現れるので一同びっくり仰天し、逃げようとする。しかし、パックが舞台中央で彼らの動きをもコントロールする。クウィンスたちはパックの周囲で金縛り状態。やっとのことで逃げ出し、ボトム1人残る。
 タイターニア、ボトムの声に目を覚まし、羽根を付けて降りてくる。妖精たちは気味悪がっているが女王と共に奥へ。ここで休憩。

 同第2場、オベロン・バンドの音楽に乗ってオベロンを中心に妖精たちが踊る。パックの報告を聞いた後、彼らの手前にディミートリアスとハーミアが現れる。ライサンダーが無事だと言ったら代わりに何をくれるか、ときかれたハーミアは褒美として彼の急所を膝蹴りし、退場。ディミートリアスは上手手前に横たわる。ヘレナを連れてくるよう命じられたパックは四股を踏んで下手へ走り去る。それを見たオベロン、「何やってんだ、あいつ?」
 パックが戻ってくるとオベロンたちは螺旋階段の上まで昇ってその後の男女2組のやり取りを見物。ヘレナに続いてライサンダーが現れる。ディミートリアスが目を覚まし、ヘレナに愛を告白すると、彼女は首に巻いていた腰ひもをはずして彼に投げ返す。ハーミアが現れ、ライサンダーの心変わりに驚いていると、ヘレナはハーミアの肩を抱き、2人は舞台中央手前に座る。ハーミアは訳がわからずヘレナから離れる。ディミートリアスと決闘に向かおうとするライサンダーをハーミアは必死で止める。足にしがみつき、腰に抱きつき、そのうちコブラツイストのような格好になる。ふと我に返ったライサンダーがそっと離れるとハーミアは両手を地面について片足を上げた格好で静止。再び言い争いが始まり、背の低さを指摘されたハーミアはヘレナに文字通り飛び掛るがライサンダーとディミートリアスに空中で受け止められる。
 4人が去った後オベロンたちは降りてくる。正気に戻る汁は青い薔薇の花で表される。1人残ったパック、ライサンダーが現れると舞台裏のディミートリアスの声で、入れ替わりにディミートリアスが現れると舞台裏のライサンダーの声で挑発。やがてライサンダーは疲れ果て、下手手前端で眠りに落ちる。ディミトリアスが現れ、パックがライサンダーの声で再び誘いかける際には彼は客席に背を向けて寝転んでいる。ディミトリアスは上手手前で眠る。奥から現れたヘレナはディミトリアスの内側に、ハーミアはライサンダーの内側に眠る。
 
 第4幕第1場、ティターニアは馬のお面をかぶってボトムと共に登場。中央まで来るとお面をはずしてボトムに寄り添う。2人が眠りこむと奥からオベロンたちが小姓も連れて登場、正気に戻る汁をティターニアの目に振りかける。彼女は目覚めるとロバの頭にぎょっとしてオベロンに寄り添う。夜が明けてきたのでティターニアは小姓と手をつないで下手奥へ退場しようとするが、小姓が「お父さん」とオベロンを呼ぶので、彼も小姓と手をつなぎ、3人仲良く退場。
 ティターニア・バンドのHrとTpが狩の音楽を奏でるとシーシアス、ヒポリタ、イジーアス登場。ヒポリタはシーシアスに対してまだどこかよそよそしい。ライサンダーたちが目覚め、2組のカップルが誕生すると一同下手奥へ退場。
 舞台が反時計回りに半分ほど回りかけたところで下手端の螺旋階段に引っかかるように寝ていたボトムが起きる。仲間を探しに上手へ退場。
 同第2場、舞台はさらに回って第1幕第2場と同じ状態に。ボトム以外の職人たちはせっかく殿様に呼ばれたのに芝居ができないのでしょんぼりし、舞台前方に並んで座る。そこへ客席からボトムが帰ってくる。一同彼を抱いたりつついたりしながら大喜び。

 第5幕第1場、カーテンが上がって第1幕第1場と同じ状態に。結婚行進曲が演奏される。ヒポリタはようやく打ち解けた表情でシーシアスと話している。ライサンダーたちに妖精たちも人間の格好で加わる。男は燕尾服、女は白のロングドレスで新婦たちは白いヴェールをかぶっている。パックが茶色いコートを羽織り、ソフト帽をかぶってカメラマンとなり、記念撮影するがイジーアスだけはそっぽを向いている。フィロストレイト(式部長官)役はイジーアスが務める。
 一同、椅子をオケピットの前に並べ、観客と同じ目線からクウィントたちの芝居を見ることになる。シーシアスは緊張のあまり言葉が出なくなった学者たちの話をしながら客席を回り、下手な雄弁より沈黙の方が心の誠が伝わる旨のセリフを述べ終わると客の1人に背後から顔を出して同意を求める。
 舞台中央にぼろ布のカーテン、「ピラマスとシスビー」と書かれている。クウィンスは句読点めちゃくちゃの口上を述べて一旦下がるが、芝居の間はカーテンの下手側に座ってプロンプターをつとめる。石垣役のスナウトは頭を石垣の上に出して口上を述べ、すき間はVサインで表現。ピラマスの独白に続いてシスビーが現れ、2人が壁のすき間で口付けしようとすると、スナウトのVサインが2人の間を行ったり来たりする。壁がかなり分厚いので2人ともその両側から飛び上がりながらVサインに向かってキスしようとする。「ナケナスの墓」は全て「なけなしの墓」に変わる。ライオン役のスナッグはしどろもどろでクウィンスに何度も助けてもらって何とか口上を言い終わる。入れ替わりに登場した月役のロビンは客たちからさんざんにからかわれるのですっかり怒ってしまい、カーテンの裏に戻るや持ってた小道具を放り投げる。ライオンに吠えられてシスビーは逃げるが、マントを下手手前に放り出してしまう。入れ替わりに現れたピラマスはシスビーのそれに気づかず勝手にセリフをしゃべり始めるので、クウィンスがマントを拾ってシスビーの手元に放り投げる。剣で自害しようとするシスビー、胸を覆う鎧が邪魔でなかなか刺せず、鎧のすき間から剣を入れてやっと死ぬ。シスビーはピラマスの死体を見て剣を取り上げ、自害しようとするがこちらも胸を指してひざを曲げて海老反りになったままなかなか倒れることができない。ついに軽く飛び上がって膝を伸ばしてから倒れるというE難度の技?で死ぬ。
 シーシアスとヒポリタは職人たちに1人1人握手しているが、途中からボトムにすっかり魅せられたヒポリタは彼の手を握ったままじっと見つめている(ロバ頭のボトムに恋するティターニアのシーンを思い出させる)。シーシアスに引き離されてやっと我に返る。
 踊りの間にイジーアスはようやくライサンダーとハーミアの結婚を許し、2人を祝福する。
 シーシアスたちが退場すると舞台は再び時計方向に回転して森の風景に。パック1人中央に。ほうきを手に床を掃いて回る。オベロンとティターニアたちが現れ、歌と踊りを見せた後階段を昇って消える。するとさらに時計方向に舞台が回転して、装置の裏側を見せる。両端に垂れ下がっていた幕も上がって両袖も見える。登場人物たちが全て裏の階段や下に集まっている。彼らの前でパックが最後の挨拶。

 村井は始めのうちこそ台詞回しが少し硬かったが、ダンディなシーシアスとロッカー風オベロンを巧みに演じ分ける。麻美は一見強気だが実は惚れっぽいヒポリタとティターニアにぴったし。特に終盤でピラマス役のボトムを見つめてしまうシーンなど、いつの間にか客席の視線が集まっていて見事。チョウソンハのパックは声と台詞回しに独特の刺激があって心地よい。大島は去年加藤健一事務所の「レンド・ミー・ア・テナー」で世界的なテノール歌手役をやっていた人。頑固な中にも優しい父役を好演。宮は若い女性らしい可憐な声と心の奥に潜む本性を露にするような声をうまく使い分ける。小山も熱演していたが、いよいよ3人からいたぶられていると思い込んで絶叫する場面がやや一本調子に。しかし、何と言ってもクウィンス役の青山他職人たち6人を演じた俳優たちの芸達者ぶりに大笑い。

 衣裳こそ現代風だが演出自体は原作の喜劇性を素直に観客に伝えようとするもの。古典喜劇では往々にして原作にないセリフを加えて現代の聴衆に受けようとすることがある。ここでも多少そのようなセリフの追加はあったものの、それよりも原作を読んだだけでは読み取れないものやト書きにない部分を演出で補いながら、この作品が持つ笑いのツボをわかりやすく観客に示していたと思う。

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