小林研一郎指揮都響
○2009年5月26日(火) 19:00〜21:00
○サントリーホール
○2階P5列21番(2階ステージ後方5列目中央)
○スメタナ/連作交響詩「わが祖国」
 (「高い城」「モルダウ」「シャールカ」まで約37分、「ボヘミアの森と草原から」「ターボル」「ブラニーク」まで約42分)
(16-14-12-10-8、下手から1V-2V-Va-Vc、CbはVcの後方)

東京にも熱い「プラハの春」到来 

 コバケンが珍しく都響を振る。しかも東洋人として初めて「プラハの春」音楽祭開幕コンサートで指揮したスメタナ「わが祖国」を取り上げるとあっては、行かないわけにはいかない。9割程度の入り。

 「高い城」、テンポはほぼ標準的。冒頭のHp2台が奏でるテーマから最初の頂点に達するまで徐々に高まってゆく緊張感が心地よい。冒頭のテーマがオケ全体で繰り返し演奏される箇所は音量の割には穏やかな雰囲気。威厳をもって静かにたたずむ古城が眼前に浮かぶ。
 間を置かず「モルダウ」へ。何度も聴いてきた名曲だから軽い気分で聴き流そうと思っていたのが大間違い。Flの掛け合いから速めのテンポでどんどん進む。小さな湧き水ではあるが、勢いよくしぶきが飛んでくる。主部に入っても1Vの奏でるメロディよりも2V以下の波のうねりの方を強調。中間部の舞曲も優雅な感じは微塵もなく、しっかりステップを踏ませて情熱的。終盤川の流れはますます激しくなり、モルダウと言うより最上川みたいになってくる。コバケンは右腕だけでなく両膝を震わせながらオケを煽る。明るいEDurに転じるとさらに盛り上がる。この曲は水彩画のような自然描写などではない。民族自立を勝ち取るまでの壮絶な戦いの音楽なのだ。そう思うと涙があふれる。まさか「モルダウ」で泣かされるとは。
 コバケンが一旦指揮台から降りて一息入れた後「シャルカ」へ。さっきの「モルダウ」の勢いそのままに進める。それが一段落するとClのソロ(シャルカの罠の歌)。これに答えるVcのパート・ソロ(ツチラトのテーマ)ともどもよく歌わせる。夜の宴の陽気な踊りにすっかり気分がなごむが、2度目のClソロを合図に冒頭の激しさが戻ってくる。
 ここで一旦休憩に入るのだが、客席は既に全曲終わったみたいな盛り上がり。前半活躍したCl首席、Hp2人、Fl2人が立たされて喝采を浴びる。

 後半のステージではHpが既に撤去されている。ちょっと寂しい。
 「ボヘミアの森と草原から」、冒頭からかなり重めに鳴らす。それが一段落すると、そよ風のように刻む弦のフガートの上にHrなどで牧歌風テーマが提示される。それがオケ全体の演奏に発展するまで、再び息長くスケールの大きな音楽の流れに身を任せる。続く舞曲風のテーマが短く提示されては全休止が入るところでも、凄みはないが程よい緊張感が保たれている。終わると一旦指揮台から降りて一息。
 「ターボル」、一転してやや遅めで暗い響きとなり、フス教徒のコラールのテーマが重々しく提示される。これに応えるティンパニの連打は骨太の音。中ほどで勝利のテーマが顔を出すが抑え目。光が少しだけ見えるが、まだ希望を膨らませるところまではいかない。終盤に繰り返されるコラールのテーマも、しつこいまでに重苦しい。
 アタッカでなく一呼吸置いて「ブラニーク」へ。さっきのコラールのテーマが今度は速いテンポで提示され、激しい戦いの音楽となる。しかし、勝利のテーマが出てくるとそれまでの厚い雲は吹き飛び、決然として行進が始まる。もう決して後戻りすることはない。行進が頂点に達したところで「高い城」のテーマが登場、古城の威容が人々を優しく出迎える。フィナーレはテンポを上げて突進するが、最後の音はかなり長く延ばす。コバケンが指揮棒を振り上げた姿勢で静止、一瞬の静寂の後ブラヴォーマンお出まし。ま、ええか。

 いつものように個々の奏者たちへ直接喝采を送るコバケンだが、この日は棒を指揮台に置き、弦のパートに対しても、最前列の2名だけでなく後方に座る奏者たちの大半とも握手を交わしていた。もちろん管楽器、打楽器の奏者たちとは1人ずつ握手したり喝采を送ったりしている。前半ではいつものように小走りで出入りしていたが、全曲終わると全力疾走に。本人も手応えを感じ取ったのだろう。鳴り止まぬ拍手を止めていつものようにお礼の挨拶、そして「また機会があれば都響を振りたい」とラブコール。実はこの後「いつものように」アンコールが始まるのを内心恐れていたのだが、さすがになかった。これでいいのだ。
 アーネム・フィルの時にも思ったのだが、この日のコバケンも必要以上の粘りがなくなり、速いテンポで進める際のキレ味が鋭くなっている。それでいて演奏全体はこれまで以上に燃え上がっている。都響も指揮者の剛球サーブを真正面から受け止め、全力のリターンで応えている。一発勝負という事情も双方にとってプラスに作用したのかもしれない。とにかく今シーズンはコバケンの充実振りに2度も出会うことができて嬉しい。

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