新国立劇場「ムツェンスク郡のマクベス夫人」(4回公演の3回目)
○2009年5月7日(木)18:30〜22:00
○新国立劇場オペラパレス
○4階2列7番(4階2列目下手端近く)
○カテリーナ=ステファニー・フリーデ、セルゲイ=ヴィクトール・ルトシュク、ボリス、年老いた囚人=ワレリー・アレクセイエフ、ジノーヴィー=内山信吾、アクシーニャ=出来田三智子、ボロ服の男=高橋淳、司祭=妻屋秀和、警察署長=初鹿野剛、ソニェートカ=森山京子他
○ミハイル・シンケヴィチ指揮東響
(16-14-12-10-8)
○リチャード・ジョーンズ演出


2匹目のどじょう、捕ったぞー! 

 早いもので、日本のオペラ・ファンの間で大いに話題になったツィンマーマン「軍人たち」が上演されてもう1年になる。今シーズンもGWの時期に20世紀の作品を取り上げるだけでなく、イギリスのロイヤル・オペラでセンセーショナルな舞台を次々と披露している気鋭の演出家、リチャード・ジョーンズによるプロダクションが新国で観られるとあって、期待はますます高まる。9割以上の入り。

 第1幕第1場、舞台は天井まで続く高いコンクリートの壁で囲まれ、中央の壁で左右に仕切られている。上手側はキッチン&ダイニングルーム。中央にソファ、その奥中央寄りに四足付のテレビ、中央寄り手前にゴミ箱。手前上手端に椅子。奥にコンロ、流し台、冷蔵庫が並ぶ。流しの上に裸電球。プログラム掲載の絵によると中央寄り奥に食器棚が置かれているようだが僕の席からは見えない。下手側はオフィス風の部屋。下手手前に折りたたみ式事務机、その手前に座るボリス。中央寄り奥に観音開きの鉄製ロッカー。旧ソ連時代の集合住宅を思わせる無機質な空間。
 カテリーナは上手端のドアを開けてダイニングに入るが、しばらくして出て行く。またしばらくして入ってくる。日々の退屈を嘆きながら仕切り壁にかかった日めくりカレンダーを手に取り、何度か紙をめくってはゴミ箱に捨てる。ボリス、ダイニングへ入ってきてカテリーナを壁に押し付けて愛撫。カテリーナはそこから逃れて上手端の椅子に座る。ボリス、子どもができない彼女をなじった後床に落ちているネズミの死体を拾い上げてゴミ箱に入れ、オフィスに戻る。カテリーナ、冷蔵庫の上にあるネズミ殺しの箱を取り、部屋の手前の床に撒く。
 オフィスに使用人たちがぎっしり集まる。バラバラの方向を向いているが、ジノーヴィが出かけることになり、ボリスがそれを悲しむよう彼らに告げると、彼らは一斉に正面を向いて整列し、嘆きの歌を歌う。ただしセルゲイたち3人の男はテーブルのすぐ向こう側で上手を向いて立っている。女使用人の1人はジノーヴィに前に跪く。
 ボリスたちがダイニングに入ってくる。アクシーニャが上手端から荷物を持って入ってくる。ボリスはソファに座る。セルゲイを紹介されると前の職場を止めた理由を聞くが、彼が答える前に「馬の用意ができました」との声が入る。ジノーヴィに妻へ別れを告げるよう言うが、カテリーナは夫に触れられるのも拒否。ジノーヴィたちはオフィスを通って出かけるが、セルゲイはこっそりゴミ箱のポリ袋を持ち出す。
 同第2場、オフィスにはいつの間にか男だけ、ダイニングから入ってきたアクシーニャはセルゲイに誘われ、ポリ袋の中に手を入れられる。何かをつかんで取り出すと、それはネズミの死体。そこから男たちが乱暴し始める。スリップ姿まで脱がされ、事務机の上に仰向けに乗せられ、股間に白いスプレーをかけられる。カテリーナが止めに入ると、アクシーニャは服を持って上手端のドアまで逃げ、しばらくしてから外へ。セルゲイとカテリーナは両手を握り合って力比べをするが、セルゲイが彼女の背後に回って押し倒す。そこへライフルを持ったボリスがダイニングを通って現れ、天井に向かって発砲。使用人たちが去ると奥のロッカーが横に倒されている。1人残ったカテリーナは机を倒す。ゴミ捨て山のような絵の描かれた緞帳が下りる。
 同第3場、オフィスが上手に移動、下手はカテリーナの寝室。中央寄りの壁に鏡の割れた化粧台、奥にタンス、ただし奥の壁との間にすき間が開いている。その下手の壁に三位一体を描いた?絵。下手にベッド。カテリーナは服を脱いでスリップ姿に。上手側の部屋で横倒しになったロッカーが開いてセルゲイが出てくる。ボリスが入ってくるとロッカーの奥に隠れる。ボリスが出て行った後セルゲイは仕切り壁のドアに近付いてカテリーナを呼ぶ。彼女がドアを開けるとセルゲイの姿はない。ドアの脇に座っている。彼女の部屋に入るとほどなく2人は抱き合う。壁伝いに下手手前から奥へ移動し、タンスの裏で行為は本格的になり、キャスター付タンスが徐々に手前に移動してきて、クライマックスでタンスの扉が開く(偶然にしては出来過ぎているので、何らかの細工で音楽に合わせて開くようにしてあるのだろう)。

 第2幕第1場、今度は寝室が上手に移動、下手にダイニング。3つの部屋が回り舞台のようにつながっているようにも見え、どこまで行っても外に出られないような閉塞感に襲われる。ダイニングは明るく、ライフルを持ったボリスが座っている。寝室は当初真っ暗だがよく見るとベッドにセルゲイとカテリーナが寄り添って寝ている。朝になり、服を着たセルゲイがダイニングを通って下手端から出ようとしたところをボリスに見つかる。使用人たちに続いて金管のバンダが入ってくる。男たちはセルゲイをソファの上に仰向けに寝かせ、背中に布を当て、その上からボリスが鞭を打つ。音楽のテンポに合わせ、右手に持った鞭を左肩から振り下ろすように規則正しく打ち続ける。その間寝室の鍵は閉められ、カテリーナは開けようとするが開かない。ようやく入れた彼女はボリスを止めようとするが男たちに押さえられる。セルゲイが倉庫へ連行され、男たちが去った後ボリスは中央寄りの椅子に座る。カテリーナは冷蔵庫の上のネズミ殺しの箱を取ってフライパンに薬を入れてキノコと一緒に炒め、フライパンごとボリスに渡す。全部平らげたボリスは上機嫌で立ち上がるが、間もなく苦しみ始め、寝室へ移動したところでへたり込む。男たちに続いて司祭が現れ、ボリスの懺悔を聞く。司祭の追悼の歌に合わせ、男たちは右足で床に字を書くように踊り、秘めた喜びを表す。
 間奏曲の間、仕切り壁は下手側に移動し、寝室が舞台の幅の4分の3くらいを占めるようになる。寝室の古い家具やベッドは全て下手の元ダイニング(物置部屋)に移され、鉄骨で組まれ天井まで届く高さの足場がバラ模様の壁紙を貼り付けてゆく。ベッドはダブルベッドに変わり、鏡台やタンスも新調され、ダイニングにあったものより大型のテレビが入り、金色の棒が球状に組み合わされたシャンデリアが吊るされる。カテリーナがこれまで抑えに抑えていた欲望が、ゆっくりした間奏曲に乗りスローモーションでグロテスクに現実化してゆく。
 第2幕第2場、中央寄りのベッドに横たわるカテリーナ。白のネグリジェ、髪には豊かなカールがかかり、マリリン・モンロー風に。セルゲイはベッドの端に座ってテレビのプロレス中継を観ながらパンをかじっている。幸せの絶頂にあるはずなのに2人の心は既にすれ違っている。カテリーナに呼ばれたセルゲイはテレビを消して彼女を抱くが、あまり愛情がこもっていない。二重唱の後セルゲイはベッドに横たわって寝てしまう。ボリスの亡霊がテレビに映る。カテリーナは驚いてセルゲイを起こすが既に亡霊は消えている。物置にジノーヴィが入ってくる。セルゲイは服を着てタンスに隠れる。寝室に入ってきたジノーヴィはベッドの下にあるベルトを見つけてカテリーナを問い詰める。セルゲイが出てきて2人がかりでジノーヴィをベッドの奥へ連れて行き、そこで首を絞めて倒し、とどめに斧で首をはねる。死体を布で包んで元ダイニングに置いてある横倒しのロッカーへ入れ、斧も入れる。ベッドやネグリジェは血で汚れている。カテリーナは「これであなたは私の夫」と歌い、ベッドの上で両手を挙げてゆっくり踊るが、セルゲイはベッドに座ってまたテレビを観始める。

 第3幕第1場、今度は物置が上手へ移動、残りはパーティ会場。格子模様風の壁紙、脚立に乗ったアクシーニャがその上に折り紙をつなげた鎖を波状に吊るしている。物置へ続く扉は折りたたみ事務机で塞がれている。花嫁衣装のカテリーナはその扉をじっと見つめている。セルゲイに連れられて彼女が去った後、入れ替わりにボロ服の男がウォッカのビンを持って入ってきて歌う。机をどけて扉を開け、アクシーニャと一緒に入る。男は死体を見つけ、アクシーニャはタンスの引き出しを開けて金目のものがないか物色している。入れ違いに会場にカラフルな服を着た男女が入り、レコードをかけてディスコ風ダンスを踊り出す。会場にはけばけばしい照明が当てられる一方、物置に閉じ込められたアクシーニャは必死で扉を叩く。緞帳が下りるとその手前にバンダの金管が横1列に並んで間奏曲に加わる。
 同第2場、中央に舞台の半分くらいの幅、天井の低い部屋。薄汚れた壁、中央の木机の奥に署長座り、警官たちは前向きにくっついて壁にへばり付くように並ぶ。署長のソロに応える警官たちの合唱の間、しばしば警官たちの列は乱れ、中にはダーツをする者も。奥の棚に小さなテレビ、映りが悪いのでアンテナの位置をあちこち動かしているとイズマイロフ家のダンス・パーティの様子が映る。署長は披露宴に呼ばれないので花束を上手端手前のゴミ箱に捨てる。下手奥のロッカーの中から無神論者の容疑で捕まった男が出てくる。取調べの後再びロッカーへ。上手側のドアからボロ服の男とアクシーニャがジノーヴィの首を包んだ袋を持って入ってくる。男は卒倒して倒れる。署長たちは衣服を整え、警官たちは署長を中心に横1列に整列。彼らの一部は倒れた男の上に立って並ぶ。署長はゴミ箱に入れた花束を取り上げてイズマイロフ家へ向かう。
 同第3場、舞台全体がパーティ会場。上手端の机に白布が敷かれ、その上にセルゲイとカテリーナは立つ。2人に向かって女、男の順に整列し、フーガのテーマに合わせて前から順にウォッカをラッパ飲みし始める。机の下に司祭がしゃがんでいる。お祝いの合唱が終わると司祭立ち上がってカテリーナを下ろし、下手へ連れてゆく。下手端まで来るとボリスの亡霊が入ってくるが、気が付くのは彼女だけ。亡霊は壁伝いに移動、脚立を昇って降り、机の下に隠れる。彼女は机に駆け寄って白布を引っ剥がすが、誰もいない。司祭や客たちが酔いつぶれると彼女は物置への扉が開けられたことに気付き、セルゲイに金を取りに行かせる。彼が紙幣があふれんばかりになった袋を抱えて出てきたところで下手から署長たちが登場(こうして見るとさっきの警察署とこの部屋がつながっているようにも見える)。客たちは起き上がる。署長はカテリーナに花束を渡した後、物置の扉を開けると一度目をそむける。1人袋を抱えて逃げようとしたセルゲイは警官たちに捕まり、リンチされる。

 第4幕、4トン車くらいのトラックが後ろ向きに2台止まっている。上手は女囚用、下手は男囚用。囚人たちがトレーラーの後ろから下り始めた状態で老囚人の歌が始まる。下手端には警官たちが整列。囚人たちは歌いながらトレーラーから降り、トラックの脇に奥から並んで横たわる。セルゲイは1人トレーラーの端に寄りかかっている。奥からカテリーナが出てくる。第1幕で身に付けていた明るい青の靴下を履いている。彼女の希望の象徴ということか?2台のトラックの間で警備している警官に銀貨を渡してセルゲイの元へ行くが、彼は相手にしない。彼女は男用トラックの荷台に上がって横たわる。
 女用トレーラーの奥からセニェートカ、茶色の紙袋に入った麦粒か何かを食べながら出てくる。靴下をほしがるのでセルゲイはカテリーナの元へ行く。足を引きずる振りをしながら彼女を上手端まで連れて行き、青い靴下をもらう。その間に女囚たちは起きてセニェートカの周りに集まっている。セルゲイはカテリーナに向かって踊って見せ、セニェートカに靴下をプレゼントして一緒に下手へ退場。舞台中央まで追ってきたカテリーナを女囚たちがからかう。彼女たちが奥へ去るとカテリーナ1人に強烈に明るいスポットが当たり、「森の奥の茂みに湖がある」を歌う。下手から抱き合いながらセルゲイとセニェートカが出てくる。朝になり、出発の合図がかかると囚人たちはトレーラーの中へ戻るが、老囚人とカテリーナ、セニェートカだけは残っている。老囚人はカテリーナに声を掛けた後警官に上着を頭から被せられる。セニェートカはカテリーナの周りで踊ったり麦粒?を頭から振りかけてさんざん馬鹿にするが、カテリーナに腕を抱えられて手前まで出てくる。すると2人は無言のまま床下へ沈んでゆく。囚人たちが最後の合唱をうたう間にトレーラーのシャッターが徐々に下りるが、完全に閉まっても歌声は続いている。
 カテリーナがセニェートカを巻き込んで沈む所は緞帳の手前で、舞台の床の色と異なり、黒くなっている。自殺という悲劇的結末ではあるのだが、不幸しかなかった現実社会から逃れることで、カテリーナにはようやく救いと安らぎが訪れたのかもしれない。だから無言なのだろう。では、セニェートカは?悲鳴を上げる間もなかったのか、それともカテリーナと相通じるものがあったのか?

 このオペラに登場する人物たちはほとんど全て表と裏の顔を持っている。しかも裏の顔の方が表の顔よりはるかに強く、みな抑えるのに苦労している。ボリスは暴君だが最大の関心事はカテリーナを抱くこと、従業員たちはみな面従腹背、警察署長や警官たちは正義を守りたいのか甘い汁を吸いたいのかよくわからない、司祭も聖より俗の匂いの方が強く、結婚式の場で新婦を称える振りをして実は口説いているつもり。しかし裏表のない人間はろくな目にあわない。アクシーニャは男たちに襲われ、ジノーヴィは妻に殺され、セニェートカはカテリーナの道連れにされる。ボロ服の男も殺人事件の第1発見者にはなるが、それで何か報われた様子もない。
 カテリーナも上流階級の妻と言うより欲求不満の女だったわけだが、彼女は裏の顔を抑えきれず表に出してしまった。彼女にそれを可能ならしめたのは、裏表のないセルゲイだった。結局2人とも結末は不幸なのだが、一時的にせよ自分の欲望を実現させたという点で2人はヒロイン&ヒーローなのである。
 ジョーンズの演出は登場人物たちの抑え難い裏の顔を時にはコミカルな仕草で、時には趣味の悪い舞台装置で、時には強烈な照明で、自在に観る者に訴えかける。観ているうちにだんだん自分たちの姿に重なるところも出てきて、いつの間にか舞台上の出来事が異常でなく身近な物語に感じられてしまうところが、不思議でもあり空恐ろしくもある。これが彼流のマジックなのかもしれない。

 フリーデはやや声質が明るいかもしれないが、力強い声が最後までよく通り、カテリーナの悲痛な叫びは十分表現されていた。ルトシュクも脂ぎったくらいのエネルギッシュな声がセルゲイにぴったし。この2人をアレクセイエフの重厚で朗々と響くバスが終始支える、と言うより、掴んで離さない感じ。内山もこの3人に声、演技とも負けていなかった。出来田、高橋、妻屋も存在感十分、森山の嫌らしさはカルメン仕込みか。
 ソリストたちの充実ぶりに加え、合唱は敢闘賞+技能賞もの。複雑な演技をこなしながらしっかりした声と歌いぶり。最先端の演出でも十分対応できる実力を見せつけた。
 シンケヴィチ指揮の東響もショスタコーヴィチに欠かせない暗い響き、皮肉っぽい響き、攻撃的な響き、グロテスクな響きを見事に表現。

 昨シーズンの「軍人たち」同様新国にとっても聴衆にとっても記憶に残る公演となった。

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