新国立劇場「ワルキューレ」(5回公演の4回目)
○2009年4月12日(日)14:00〜19:45
○新国立劇場オペラパレス
○4階3列34番(4階3列目ほぼ中央)
○ヴォータン=ユッカ・ラジライネン、ブリュンヒルデ=ユディット・ネーメット、ジークムント=エンドリック・ヴォトリッヒ、ジークリンデ=マルティーナ・セラフィン、フリッカ=エレナ・ツィトコーワ他
○ダン・エッティンガー指揮東フィル
(16-14-12-10-8)
○キース・ウォーナー演出


ヴォータン監督、結果オーライの成功作 

 先月の「ラインの黄金」に続くリング・サイクル再演の2作目。既にあちこちで指摘されているが、「ライン」では2回あった土日公演が「ワルキューレ」では1回しかない。今シーズンの目玉公演の一つなのにもったいないと思ってしまう。もちろんほぼ満席。

 舞台前面中央やや下手に赤一色のノートゥングが床に刺さっている。
 第1幕、一旦舞台は暗転になり、しばらくすると赤い矢印の槍を持ったヴォータンが客席に背を向けて立っている。奥が横からの照明で明るくなり、下手からジークムントが逃げ、男たちが追う。ヴォータンが槍先を剣を重ね合わせたり、下から上へ上げたりすると、彼の前にフンディングの家がせり上がり、天井から巨大な赤い矢印(トネリコの木)が家の天井の穴を通り抜けて下りてくる。木にはノートゥングが埋め込まれている。矢印の先にはジークリンデ、巨大なテーブルの上に横たわっている。テーブルを挟む椅子も人の背より高いこれまた巨大なもの。下手端にフンディングとジークリンデの等身大の結婚写真。フンディングに代表される俗界の虚栄の象徴か。ジークリンデは黒っぽいワンピース姿、自殺するつもりか、薬の小瓶を開けて飲もうとするが誰か入ってきたのに気付いて止める。ジークムントは上手の戸(人の背の倍くらい)を開けてテーブルの下を通って手前に来るが、ジークリンデはしばらくテーブルに横たわって仰向けのまま歌う。水を求めるジークムントの声に初めて起き上がり、下手の椅子の奥から降りて写真の陰から木のコップを持って彼に渡そうとする。彼が彼女を見つめたままなので、先に一口飲んでから再び勧める。彼は彼女の両手ごと抱えて水を飲む。彼は「疲れは去った」と歌いつつ膝をつくのでジークリンデは蜜の酒を持ってくる。ここで彼は彼女に先に飲むよう歌うが、水を先に飲ませた後だけにいつもとは違った意味合いになる。つまり彼女に毒見をさせるのでなく愛情表現になっている。彼女の方もそれを承知の上で飲み終わった後飲み口を彼の方に向けてコップを渡す。つまり間接キスが成立するのである。「快く休息できました」と歌いつつ彼は再び膝をつく。
 帰宅したフンディングが上手の戸を開けたところで赤っぽい照明が白っぽく変化。手下たちも続いて入り、遠巻きにジークムントを見つめる。手前に来たフンディングは帽子をジークリンデに渡そうとするが、彼女が取るのを待たずに床に落とす。脱いだコートも押し付けるように彼女に渡す。ジークムントは上手、フンディングは下手の椅子にそれぞれ立ち、ジークリンデがボウルに入れた食べ物を順次出す。名乗るようにというフンディングの言葉を無視するようにジークムントはテーブルに座り、フンディングに背を向けて貪り食っている。フンディングは「妻のために名乗ってくれ」と歌いながらボウルを置いたジークリンデを無理矢理ジークムントの方へ向ける。食事を終えると2人は椅子から降りる。ジークムントの話を聞くうち奥の手下たちがさっきまで追っていた敵だと知り、襲おうとするのをフンディングは制止。フンディングがジークムントに明朝勝負することを告げ、ジークリンデに寝酒の用意を命じると、彼女は写真の陰から酒の入ったコップを取り出し、密かに眠り薬を入れる。それをフンディングに渡す。彼は酒を飲んだ後彼女を無理矢理抱いてキスし、下手の戸から寝室へ。手下たちも上手の戸から退場。照明が暗くなる。
 舞台にはジークムント1人。ノートゥングのテーマが鳴ると剣に赤い照明がしばらく入る。再び暗めになり、彼はテーブルの上で横たわる。ジークリンデがスリップに白い毛糸のカーディガンを羽織って出てくる。彼女の話を聞くうち彼は興奮して降りてくる。春が入ってくる場面で両端の二つの戸が開閉し、舞台も明るくなる。下手の戸の奥ではフンディングが大の字に寝ている。床から緑の矢印が生えてくる。2人が歌う間に少しずつ伸びて等身大を越えるくらいまでになる。2人は左右の椅子に分かれて登るが、ジークリンデがジークムントに「あなたは本当にヴェーヴァルトという名前ですか?」と聞く前の和音でテーブルの上だけにスポットライトが当たる。ジークムントが「ノートゥング!」と叫び始めるとそれに呼ばれるかのようにトネリコに埋め込まれた剣の柄が開店して手前に倒れてくる。それを彼は楽々と引き抜く。剣を持った2人は写真のフンディングとジークリンデの間を裂き、寝室で寝ているフンディングにこれ見よがしに剣を振りかざす。ホリゾントが開き、奥は森らしき風景。そこへ向かって2人は走り、手を取り合って飛び降りる。

 第2幕、舞台全面に真四角の枠、その内側には定規の目盛りが付いている。枠の中の床はフンディングたちが住んでいる地域の地図、"OSKOGOT""Prince George"などの地名が書いてある。下手手前は「ライン」の第2場に出てきた仮住まいの床や壁が残骸のように組まれ、その内側は○にWのマークが入った段ボール箱や本、フィルムなどが散乱している。「ヴォータン映画会社」の秘密の撮影現場という感じか。上手奥には下手奥へ伸びるヴァルハラへの通路。そこから登場したヴォータンは黒のスーツ姿、赤矢印の槍を持って事務所に入り、床に書かれた地図の縮小版の紙にお箸くらいの長さの赤い矢印を3本刺す。ブリュンヒルデは上手手前から木馬にまたがって登場。銀色の胸当てをし、剣を振り回して歌う。フリッカが来るのを知ると剣だけ段ボール箱に突っ込んで退場。
 フリッカは「ライン」最後の場の神々の衣裳で奥の通路から登場。怒りで紙の地図を破り捨てる一方、ヴォータンが「ジークリンデとジークムントを祝福してやれ」と歌いながら手を顔に当てるとしばらく彼に寄り添ったり、彼を非難して両手を上げて殴りかかるも胸にすがったりする。2人のやり取りに決着が付きかけたところでブリュンヒルデは雄たけびを上げて舞台に戻るが、しばらくは奥に立って2人の様子を見て見ぬ振りをしている。ここで彼女はなぜか胸当てをしていない。フリッカは去り際にブリュンヒルデの顔に手をかざそうとするが拒否される。
 ヴォータンは怒りで槍を両手に持って振り上げるがその後ろからブリュンヒルデが取り上げる。少し落ち着いた彼は彼女が両手に持ってぶら下げている槍に近付いて後ろ手に持つ。過去のいきさつを彼女に聞かせるため、彼は映写機を回す。その傍らに腰を下ろして彼女も映像を見ている。エルダから彼女が生まれたことを聞かされたところで、彼女は当時の写真やフィルムがないか事務所の中を探し回る。彼は段ボールの中からヴァルハラ(「ライン」最後の場の舞台)のミニチュアを取り出し、"das Ende!"(終末だ!)と歌いながら引きちぎる。アルベリヒが子どもを作ったいきさつを歌うところで映写機に別のフィルムに付け替え上映を再開するが途中で時を止めようとするかのようにフィルムを引きちぎり、槍先をリールの穴に差す。彼が去った後彼女は事務所にある銀色の兜を取り上げながら「武具が重い」と歌う。
 ブリュンヒルデは事務所の床に落ちている太めのフィルムを取り上げ、それを引っ張りながら上手へ退場。事務所のセットが下手に下がるがフィルムはまだ延びている。その先からジークリンデとジークムントが上がってくる。ジークリンデはスリップの上にジークムントの皮ジャンを羽織り、フィルムの反対の先を持っているが、上手端まで行ったところでフィルムは彼女の手から離れてしまう。上手中央にフンディングの館のミニチュア、天井から3本の赤い矢印が降りてくるがその指す方向はしばらく揺れて定まらない。矢印にルーネ文字が書かれている。ジークリンデとジークムントのやり取りの間矢印は徐々に上がっていき、やがて見えなくなる。ジークリンデが上手手前で角笛が鳴っていることを知らせるあたりからジークムントは舞台中央に横たわる。つまり通常であればここから先は彼女の妄想の世界になるはずだが、この演出では逆に彼の夢ということになる。したがって、うなされる彼女の歌は立った状態で歌われ、「ジークムント!ああ」の後も立ったまま剣を持っている。
 ブリュンヒルデは奥の通路の壁にある戸を開けて登場。白い剣道の面をかぶっている(第3幕のワルキューレたちも同様)。ジークムントを呼ぶと彼は起き上がる。2人のやり取りの間ジークリンデは剣を前に掲げながら枠に沿ってゆっくり一周し、上手手前に戻って横たわる。ブリュンヒルデがジークムントへの加勢を約束して去ると、再び彼は舞台中央へ横たわる。角笛が聞こえると彼は起き上がり、剣を持って下手手前へ退場。ジークリンデは手前に転がって起き、枠の上から頭を出して戦の様子を眺める。
 フンディングはミニチュアの小屋の中から屋根を突き破って登場、ミイラのような顔をした手下たちも現れる。ジークムントは上手手前に登場。奥の通路入口に上手からフリッカ、ブリュンヒルデ、ヴォータンの順に並ぶ。奥にいるフンディングに向かって剣を振るうとその剣は叩き落されるが、ヴォータンの一声でノートゥングは折れ、取り囲んでいた手下たちに散々に殴られてジークムントは息絶える。ブリュンヒルデは自分の剣と赤い十字型の楯を置いてジークリンデを上手手前から逃がし、折れたノートゥングを取りに戻ってから自分も上手手前から退場。ヴォータンは槍を支えにジークムントのそばに立つが彼に対してそれ以上のことはしない。フリッカは満足して退場。ヴォータンの2回目の"Geh!"(失せろ!)でフンディングと手下たち全員倒れる。ヴォータンは右手に槍、左手にブリュンヒルデの残した剣を持ち、それらを両横に広げた姿勢でゆっくり手前に歩いていくところで幕。

 第3幕、冒頭の「ワルキューレの騎行」はここまでのウォーナー演出の中で最も痛快な場面である。「ライン」最後の場と同じヴァルハラの白い床、白い壁の逆V字型の空間、両脇に5つずつあるドアの上に救急ランプがある。中央にベッドが1つ、音楽が始まるとランプが次々と点き、天井や壁にデジタル数字の時刻が明滅する中、ワルキューレたちが忙しくキャスター付ベッドを出し入れしながら英雄たちを次々と城の奥へ向かわせる様子は、ドラマ「ER」を連想させる緊迫感とアホらしさが見事に融合している。ただ今回はベッドのドアへのぶつけ方がおとなしかったかも。プレミエの時は音楽に負けないくらいガッシャンガッシャンやっていたはずだが。
 上手手前からまずブリュンヒルデ1人が逃げてくる。しばらくしてジークリンデが折れたノートゥングの乗ったベッドを押して登場。他の英雄たちと同様ノートゥングにも青い問診表が付いている。助けを求めるブリュンヒルデに対し、ワルキューレたちは一度は拒否して退場してしまうが、しばらく後に再び入ってくる。ファフナーの森へ逃れるよう助言されると、ブリュンヒルデはノートゥングをシーツで巻いてジークリンデに渡す。ジークリンデは下手手前から退場。
 ブリュンヒルデをかくまうべくワルキューレたちは手前にベッドを5台横に並べ、シーツを敷き、中央のベッドの手前にブリュンヒルデは隠れる。奥からヴォータン登場、ベッドの奥側に並ぶワルキューレたちを奥へ追いやり、次いでベッドを1台ずつ奥へどける(下手から2台目のベッドの上に敷いていたシーツが床に落ちたまま残る。どうするかと思っていたら、ワルキューレの1人がヴォータンに慈悲を願うべく迫る時にうまく拾っていた)。中央のベッドをどけてもブリュンヒルデはまだ頭を抱えてうずくまっていたが、重なるヴォータンの呼びかけにようやく立ち上がる。
 罰を宣告したヴォータンは上手手前に進み、「ヴァルハラ城ER病棟」はブリュンヒルデも残したまま奥へ下がってゆく。奈落から両足を上げた巨大なグラーネの書割がせり上がってくる。ブリュンヒルデはグラーネの下をくぐるようにして前に進む。グラーネの手前に彼女の兜、胸当て、剣が置かれている。ブリュンヒルデが釈明する間ヴォータンはグラーネの後ろへ行ったりして彼女を避けているが、臆病者を遠ざけるよう火で囲んでほしい、と頼まれるとようやく表情が緩み、彼女の後ろから抱きに行こうとする。しかし、今度は彼女が彼をかわしてグラーネの背に登る。降りたブリュンヒルデはようやくヴォータンと向かい合い、フルオケがフォルテでE−Dis−Cis−Hのフレーズを鳴らすところで抱き合い、クライマックスで彼女は父から離れて泣き出す。ヴォータンが彼女の瞳にキスして眠らせると2人の手前に緞帳が降りる。
 下手端の白いドアから出てきたヴォータン、緞帳手前の狭い通路を伝って上手端の赤いドアにたどり着き、ローゲを呼ぶ。ヴォータンの最後の歌詞"Wer meines Speeres Spitze furchtet durchschreite das Feuer nie"(私の槍の先を恐れる者は、この炎を決して越えてはならぬ)が先取りされて緞帳上方に煙を吹きながらテロップで流れる。緞帳が開くと中央に金属製の巨大なベッド(第1幕のフンディングのテーブルと同じくらい)にブリュンヒルデは眠っている。彼女は兜、胸当てを付け、胸当ての上には戦場に忘れてきたはずの赤十字型の楯も置かれている。上手手前に木馬のグラーネ。ベッドの縁が火で覆われるのを見届けたヴォータンは下手端の映写機の傍らに座り、映像を眺めている。

 ジークリンデとジークムントによるハッピーエンドを目指したヴォータン監督の第2作は、途中誤算もあったがブリュンヒルデの成長物語に切り替えたおかげで結果的に成功したということか。

 エッティンガー指揮のオケは、第1幕前半のジークリンデとジークムントの出会いの場面ではたっぷりと弦が歌い、ホロリとさせる場面もあった。この場面や第3幕後半でブリュンヒルデが歌う合い間の「ヴォータンの不機嫌のテーマ」などは思い切ってテンポを落としていた。他方第2幕の序奏や後奏における付点のリズムの連続は流されがちだし、同幕の戦の場面に先立つ間奏や後奏で金管が刻むDis−Hなどの音型におけるアクセントも甘い。また、時折指揮者の力が入り過ぎるのか、声に対してオケが大き過ぎる場面もあった。例えば第3幕でジークリンデが「愛の救済」を歌い別れを告げる場面では声がほとんどかき消されていた。
 ラジライネンは「ライン」に続き張りのある明るい声で、働き盛りゆえに挫折の苦悩が深いヴォータン像を確立。ネーメットは力強い中にも端正さを失わない声。セラフィンは高音のフォルテになるとややおきゃんな感じになるが、全体的には芯の強い声。リドゥルはフレージングこそ少々荒いが、低音の迫力はぞっとするほどで悪役にぴったし。ツィトコーワも「ライン」に続き安定した歌いぶり。ワルキューレ役の日本人歌手たちも、激しい動きの中で足がもつれかける場面もあったが全体的には歌、演技とも敢闘賞もの。唯一の弱点はヴォトリッヒ。歌い出しからのどにかかった声で心配したが、案の定第1幕後半は響きが伸びなくなり、最後の"so bluhe denn, Walsungenblut!"(ヴェルズングの血よ、栄えよ!)だけは辛うじて乗り切ったという感じ。

 残り2作は来シーズンになるが、やはり今から待ち遠しい。

表紙に戻る