新国立劇場「ラインの黄金」(5回公演の4回目)
○2009年3月15日(日)14:00〜16:55
○新国立劇場オペラパレス
○3階2列50番(3階2列目ほぼ上手端)
○ヴォータン=ユッカ・ラジライネン、アルベリヒ=ユルゲン・リン、ローゲ=トーマス・ズンネガルド、フリッカ=エレナ・ツィトコーワ、ファゾルト=長谷川顕、ファフナー=妻屋秀和、ミーメ=高橋淳、フライア=蔵野蘭子、エルダ=シモーネ・シュレーダー他
○ダン・エッティンガー指揮東フィル
(16-14-12-10-8)
○キース・ウォーナー演出


伏線と謎に満ちた序夜
 
 2000〜01年シーズンから1作ずつ上演されてきた「ニーベルングの指環」が今シーズンと来シーズンにかけて、今度は2作ずつ再演される。4作まとめて観たいファンにとってはイライラするかもしれないが、オペラの「常打ち小屋」であることを使命として開場した新国としては、一歩ずつ階段を上がる途上にあると見るべきだろう。ほぼ満席の入り。

 指揮者はあらかじめピットに入っており、暗転の中から音楽が始まる。ホリゾントから客席に向かって一筋のまぶしい光、次第に弱まるとそれは映写機から出ているのがわかる。その脇にヴォータンが座る。舞台が再び暗くなると上底と下底を左右にした台形状のスクリーンがせり上がり、ライン川の水しぶきが映し出される。やがてその手前に映画館の座席が2列せり上がりってくる。
 第1場、手前の列の奥から羊のぬいぐるみが客席に向かって現れる。ぬいぐるみは人間の半分くらいの大きさで、ラインの乙女たちが頭から被って顔を出している。ぬいぐるみの胸には"Wog""Well""Flos"と3人の名前の前半分だけ書かれた名札が付けられている。じゃれ合う3人、そこへ上手から赤一色のスーツ姿のアルベリヒ登場。乙女たちはぬいぐるみをはずし、白の体操着姿に。上手側の背もたれが一つだけ手前に倒れる。アルベリヒは手前の列の向こうで乙女たちを追いかけるが、相手にされず逆にもてあそばれる。やがて日の光が差し込んでくると、乙女たちは奥の列のさらに奥に隠れ、しばらくすると手前の列から白のスクール水着にゴーグル姿で再登場。スクリーンに黄金のジグソーパズルが徐々に組み合わされ、最後に中央の1ピースがはめられてラインの黄金の完成。乙女たちが黄金の秘密について歌う間スクリーンには化学式らしき数式があちこちに記される。黄金を盗むことを思いついたアルベリヒはスクリーンに向かって飛び込む。するとスクリーンに彼の映像が現れ、中央のピースを奪って去る。パズルは崩壊。乙女たち、絶望して座席の列の奥へ消える。
 間奏曲の間、映画館の座席は下がり、スクリーンも上に消え、舞台は平らな床だけになる。上手からピース型の黄金を抱えたアルベリヒ、下手からヴォータンが現れる。上手側がスクリーン、下手側が映写機という位置関係。2人はすれ違う。アルベリヒはヴォータンに気付かないが、ヴォータンはすれ違った後アルベリヒの方を振り向く。
 アルベリヒが映画の中に入り込んで黄金を現実の世界に持ち込む。これにより、映画の中だけの話が(神々などにとっての)現実へと変わる。

 第2場、スクリーンと同じ形の切り穴がある箱が上手から移動してくる。切り穴を囲む壁は黄色、化学式とジグソーパズルのピースがびっしり書かれている。穴の中は黒タイルの床と壁、下手端に下へ伸びる階段、中央やや上手に木のテーブルと椅子、部屋の隅には段ボールが積み上げられている。箱には丸にWのマーク、それに続いて"Inc"と記されている。ヴォータン映画製作会社といったところか。奥は腰より少し上の高さまでの壁、その向こうは外で真っ暗。
 さて、この場はどこかということだが、もちろんヴァルハラ城ではない。神々はまだ入城していないからだ。でも建物の中ではある。さしずめ神々たちの仮住まいというところか。城が完成したので荷造りをし、引越の準備万端ということだろう。
 ヴォータンは白のガウン姿、槍を手前の長箱にしまい、座ってテーブルの上の図面を眺めて満足そうな表情。黒のコート姿のフリッカが現れると長箱を開ける。ヴォータンは再び閉める。何やってんねん、という感じだが、2人が気にしているのは槍ではなくそこに刻まれた契約である。ヴォータンは忘れたいから箱にしまい、フリッカは思い出させたいので開けたということだろう。フリッカがコートを脱ぐとグレーのOL風の服。フライアは下手から階段を駆け上がってくる。ピンクの上に薄青のお姫様風ドレス。兄たちを呼ぶがまだ現れない。ホリゾントに時折"WALHALL"の文字がゆっくり上昇してゆく。映画会社という設定なら当然"HOLLYWOOD"のパロディのつもりだろう。
 奥からサーチライトを照らしてファゾルトとファフナー登場。黒スーツに黒ネクタイ。ヴォータン、巨人たちに報酬を要求され、さすがに槍を再び出さざるを得なくなる。フライアは上手端の段ボールの隅に隠れるが、その後ろの扉を開けて手を伸ばしたファゾルトに引っ張り出され、あわてて戻る。上手端の段ボールから黄金のリンゴを取り出す。
 ようやくドンナーとフローが下手階段を駆け上がってくる。巨人たちに向かおうとする2人をヴォータンが止めると、下手端手前の段ボールから爆音とともに煙が上がり、中からローゲ登場。燕尾服に黒マント、山高帽にステッキという手品師の出で立ち。フローが段ボールの中から小型カメラを取り出して映像を取り始めるが、レンズのキャップが閉まったまま。フリッカがキャップを取ってたしなめる。ローゲが女性の愛に勝るものはないと歌うと、ヴォータンとフリッカ、急に近付いて抱き合い、キスする。ローゲ、フライアの代わりを探していた話を続けながら、彼女からリンゴを取り上げ、テーブルの上に置いた山高帽の中に入れる。続いてラインの黄金の話をすると、フリッカまで興味を持つ。すかさずローゲはハンカチの中から花を出して彼女に渡す。彼女はその花をヴォータンに渡して黄金を手に入れるよう勧める。ドンナーとフローも寄って来る。神々が集まり、ヴォータンが"So rate, wie?"(どうすればいいのか?)と問うとローゲが"Durch Raub!"(強奪するのです!)と歌うのでフリッカ、ドンナー、フローの3人はショックで倒れる。巨人たちがフライアを連れ去った後も彼らは立ち上がれない。フライアとドンナーは手前の切り穴の縁にもたれ、フローは倒れたまま。ヴォータンも槍にもたれて肩膝を付いたまま立てなくなる。リンゴのせいだと気付いたローゲは帽子の中のリンゴを取り出してヴォータンに渡す。一口食べて少し元気になった彼はリンゴをテーブルの上に置く。ローゲとともにニーベルハイムへ旅立とうとするヴォータン、ガウンを脱いでジャケットを羽織る。フリッカがテーブルの上のリンゴに手を伸ばすが、ヴォータンはそれに気づいて先に奪い取る。下手の階段を降り、手前の通路を通って上手に退場。

 第3場、舞台は上手へ移動し、第2場の箱の続きに似たような形の箱が現れる。ただし、切り穴の形はさっきと左右逆、穴の周りの壁は黒で、上手下方に"NIEBEL"、下手上方に"HEIM"の文字がいずれも逆さまに記されている。文字は金色の小さい正方形のタイルでできていて、風の動きに揺れ、明るさが変わる。ヴォータンとローゲが下手側へ向かうのに一旦上手へ退場したということは、2つの箱の間がライン川ということだろう。
 穴の中は白い階段状の床、白い柱が4本。床は上手に向かって高くなり、一番高い床にやはり木のテーブルと椅子、テーブルの上に指環や隠れ兜の図面らしき紙が何枚か置かれている。奥は坑道らしく、働く小人たちの赤い手袋がチラチラ見える。
 上手からアルベリヒがミーメの耳を引っ張りながら登場。アルベリヒは赤地に金や緑のモザイクが入った派手なジャケットになっている。指環はライン川で奪ったピースと同じ形。ミーメは赤黒く汚れたつなぎ服にゴーグルをおでこにかけている。隠れ兜は円筒形を切り取ったような枠の目の部分に長方形の穴が一対開いている。アルベリヒがかぶると手前にジグソーパズル型の板が現れ、その奥に消える。ミーメは見えないアルベリヒにいたぶられ、小人たちは黄金を入れた黒のアタッシェケースを坑道から手前に次々と置いてゆく。
 ヴォータンとローゲは黒壁の上手端の扉を開け、黒壁の手前を通って下手端の階段からニーベルハイムへ入る。ミーメに事情を聞いた後、下手からアルベリヒが、白の水着にコートを羽織った女を連れて登場。ヴォータンやローゲの質問に答えながら嫌がる女にキスしたりセックスを強要したりしている。アルベリヒが大蛇に化けると尻尾が上手手前に、頭が下手天井から現れる。カエルに化けると切り穴の下の辺上に現れ、すかさずローゲに捕まえられ、アタッシェに閉じ込められる。2人は急いで元来た道を帰ってゆく。
 舞台が第2場へ戻る間、ニーベルハイムに残ったミーメはアルベリヒが座っていた椅子に座る。女はすかさずテーブルに座ってミーメを誘惑し、2人はキス。果たしてハーゲンは誰の子なのか?

 第4場、舞台は第2場と同じ。ただし段ボールはきれいに片付けられている。クロネコかペリカンが先にヴァルハラへ運んだのだろう。ローゲが床にアタッシェを置き、開けるとアルベリヒが両手を縛られた姿で床下から登場。小人たちに黄金を運ばせるため、右手の縄だけ解かれる。小人たちは床の手前の通路に並び、アタッシェを頭上でリレーして床に並べてゆく。並べ終わると、第3場で悲鳴を上げた音楽に合わせてアルベリヒを嘲笑しながら退場。ヴォータンは鉈くらいの長さのナイフでアルベリヒの指を切り落として指環を奪う。アルベリヒが指環に呪いをかけると、ヴォータンはそれに対抗するかのように彼の目の前に指環を突き出す。アルベリヒはその指環に向かってさらに呪いをかけ、さっきヴォータンが使ったナイフで自分の腹(股間?)を2度突いてから下手階段より退場。
 入れ替わりにフリッカたちが戻ってくる。巨人たちも手前の通路から登場し、フライアの入った大きな黒トランクを下手手前に置く。開けると中からフライアが姿を見せる。ファフナーは下手の階段を上がって中に入るが、ファゾルトは通路にとどまり、フライアと見詰め合っている。いつの間にか2人はいい仲になったのだ。しかし、黄金の分量を決めるため彼女は再びトランクの中に消える。ローゲたちがアタッシェケースに入った黄金(遠くてよく見えないがおそらくジグソーパズル型のかけら)をトランクに移してゆく。2つ目くらいまでと最後のアタッシェにはかけら状の黄金がたくさん入っていたが、途中は空。隠れ兜もトランクに入れ、いよいよお別れとばかりファゾルトも階段を上がり、トランクの上から覗き込む。指環を要求されたヴォータンはかたくなに拒み、フリッカたちを振り切って切り穴の縁まで出てくる。巨人たちはフライアの両腕を抱えて連行しようとする。
 そこで部屋の中は暗くなり、下手下方の壁がジグソーパズル上に開く。中で横たわっていたエルダが出てくる。彼女が歌う間ヴォータンだけが見下ろしている。伝えるべきことを伝えて戻ってゆくエルダを追ってヴォータンは壁の手前にまで下りてくるが、ジグソーパズルの扉は閉じてしまう。ヴォータンは指環をはずして後ろに放り投げ、ファゾルトが受け取る。巨人たちは手前の通路に戻って帰ろうとするが、分け前をめぐって喧嘩になる。ファフナーはヴォータンの使ったナイフでファゾルトを何回も刺し、フライアがナイフを取り上げる。彼女のスカートは血まみれに。ドンナーが雷を呼び始めると他の者たちは退場、彼1人になる。ハンマーで床を叩くと壁の中央(切り穴を挟んだ上下)に亀裂が入る。

 舞台は下がってゆき、奥に真っ白な三角状の空間が現れる。両壁には等身大の"WALHALL"の文字が立てかけられ、ヴォータンたちは白の正装?姿で正面を向く。ただしフライアだけは下手側のLの字に向かってうつむいて立っている。ファゾルトの死のショックから立ち直れないのだろう。天井から七色の風船が降ってくる。これが虹のつもりだろう。壁には扉があり、その上に例えば「↓1」といった感じのサインが吊るされている。それが1から10まである。天井中央には奥に向かう矢印のサイン。
 キリストやイザナギ&イザナミなど様々な地域の神々が上手手前から入場し、招待状をローゲに渡す。やがて三角形の奥の頂点が左右に開き、神々はヴォータンとフリッカを先頭に入城してゆく。その様を見ながらローゲは手品風に左手に火を出し、それで煙草を吸う。その手前を打ちひしがれたラインの乙女たちが上手から下手へ通り過ぎる。1人はアメリカのスーパーにあるみたいな大きなカートに乗せられ、それをあとの2人が押してゆく。最後の音が鳴り止むと舞台は暗転になるが、一瞬ローゲの火が残る。

 この演出を一言で言い表すには何がいいだろうと、今でも考えている。「ジグソーパズル・リング」?「矢印リング」?ただプレミエの時には「ワルキューレ」までしか観れなかったので、その答えはまだ出ていない。改めて答えを出すべくあれこれ考えてみたいと思うが、「ライン」に限って言えば様々な伏線を張り、謎や疑問を投げかけている。観客としてその全てを受け止めるのは大変な作業である。しかし、もっと大変なのはこの後だ。ウォーナーから受け取ったものを僕たちはできるだけ頭に残した状態で「ワルキューレ」を観なければならない。
 ちなみに、プレミエの時と演出面で変わったところはまずないと言っていい。それだけ完成度の高い演出だったということだろう。

 ラジライネンは明るく力強いバリトン。シュトゥルックマンほどあくは強くないが、若々しいヴォータン像。リンは中低音はだみ声なのに高音が明るく伸びる。今まであまり聴いたことがないタイプの声だが、邪悪な中にもどこか間の抜けたアルベリヒにピッタシの声かも。ローゲ役にヘルデン・テナーとキャラクター・テナーのどちらのタイプを配するかはいつも議論になるが、今回のズンネガルドは前者。ローゲにはもったいないくらいの清潔な声質。ツィトコーワは声は出ていたが、やや歌いぶりが単調。日本の歌手たちは外国組と全く遜色なく、特に長谷川、妻屋、高橋はいずれも存在感十分で、立派な歌いぶり。
 エッティンガーの指揮は、やや遅めくらいのテンポか。強調したい音やフレーズはきちんと聴こえていたと思う。間も長めに取っていたが、1ヶ所だけ第4場で指環を奪われたアルベリヒが"Ha!"と叫んだ後、通常は少し間を入れるはずだが、この日はすぐ続けて"Zertrummert!"(砕かれた!)以下を歌わせていた。東フィルはパートごとではよく頑張っていたと思うが、全体のアンサンブルのタガがもう一息引き締まらない。

 身体の全神経をフル回転させたので疲れたが、早くも来月の「ワルキューレ」が待ちきれなくなってきた。

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