HKグルーバー指揮都響
○2009年1月27日(火) 19:00〜21:05
○サントリーホール
○2階P6列33番(2階ステージ後方6列目上手側)
○ケージ バレエ音楽「四季」(8-6-4-3-2)
 一柳慧「ヴァイオリン協奏曲」(循環する風景)(V=山田晃子)(14-12-10-10-8)
 同「交響曲第2番」(アンダーカレント)(14-12-10-8-6)
 コリリアーノ「ファンタスマゴリア」(オペラ「ヴェルサイユの幽霊」による)(日本初演)
 (16-14-12-10-8)(下手から1V-2V-Vc-Va、CbはVcの後方)

コリリアーノ演奏史に新たな1ページ
 
 僕は通常この手の現代音楽ばかりの演奏会は苦手である。最後まで聴き通す根気がないからだ。しかし、ジョン・コリリアーノの代表作の一つ、「ファンタスマゴリア」を日本初演するとあっては、自称親米派としては行かないわけにはいかない。しかも、ケージの珍しい作品もある。というわけで今年初めてサントリーへ足を運んだのだが、意外と客の入りがいいのに驚く。7割近くいただろうか。ホールの中に入ると片山杜秀氏が曲目紹介をされていた。また山下洋輔氏を発見。
 指揮のHKグルーバーは43年ウィーン生れ、作曲家、シャンソニエ、コントラバス奏者など多彩な顔を持つ。黒ズボンの上に黒灰色のシャツといういささかラフな格好で登場。

 「四季」は1947年初演、ニュー・ヨーク・シティ・バレエのための作品で、ケージが書いた初のオーケストラ曲だそうだ。前奏曲と各季節の音楽がセットになり、秋から始まって夏まで来ると最初の前奏曲に戻る。つまり全部で9曲あるのだが、2曲目の「秋」以降最初の前奏曲に戻るまで、どこで曲が切れるのかわからなくなってしまった。じゃあなぜ最初に戻るのがわかったかと言うと、ClとFlのソロ、それに続いてピアノ奏者が弦を木琴のバチで叩くところを覚えていたからだ。音楽の作りとしては、単純なフレーズや和音を「貝殻を選ぶように」並べてゆく手法なので、余計各曲の特徴をつかみづらい。ただ「秋」はあまり楽しそうな感じじゃなかった。「夏」(たぶん)は金管が咆哮するにぎやかな音楽で、アメリカ国歌に出てくる「ドミソド」の上昇和音も顔を出す。その間のどこかに出てくる、分散和音風のメロディをピアノとチェレスタがつなぎながら弾いていくところは面白かった。

 一柳のヴァイオリン協奏曲「循環する風景」は83年初演。もう25年以上前の作品なのか…山田は水色のキャミドレス、礼をしてから眼鏡をかけて楽譜を見ながら演奏。
 第1楽章前半の静かな部分はまたも捉えどころがなかったが、テンポが速くなり、オケの行進曲風伴奏の上にヴァイオリンが無窮動的なメロディを弾いてゆくあたりからこちらの気分も乗ってきた。第2楽章ではVcとCbがまるで通奏低音のように土台を作り、その上をヴァイオリンが落ち着いた歩みで歌う。第3楽章も静かに始まるが、ヴァイオリンがまた細かく速いフレーズで突っ走るうちにだんだん盛り上がり、頂点に達した後しぼんでしまう。最後も静かに終わる。山田のヴァイオリンは癖のない美しい響きで、いい意味で初々しさが残っている。相当な難曲のはずだがさほど苦労する様子も見せずに弾き切る。カーテンコールで作曲者が舞台に上がる。

 後半最初も一柳の作品、交響曲第2番(アンダーカレント)は97年初演。1楽章構成だが3つの部分から成り、第1部はFlの水滴のしたたりを思わせるようなモチーフと、ヴァイオリンの静かな響きが印象的。第2部ではヴィオラが速めの細かいフレーズでオケ全体をリードし(ショスタコの8番第3楽章冒頭に少し似ている)、あちこちで水が吹き出るような雰囲気に。それが一段落すると、第3部ではCbのEs−Fの下降音型の繰り返しに1Vがpppの高音のトリルで加わり、しばらくすると木管が歌舞伎の開演を告げる拍子木風のリズムで同じ音を鳴らすフレーズがいくつも重なり、だんだん盛り上がる。Tpもヴィブラートを効かせた持続音で加わる。一旦静まった後再度盛り上がって終わる。15分ほどの作品で、交響曲より交響詩に近い雰囲気。カーテンコールで作曲者は客席で立ち上がったがステージに上がらず。
 2曲続けて聴くうちに、彼のスタイルが少しわかってきた。オケの奏者にあまり奇抜な奏法をさせず、むしろロマン派までの奏法を使って、そこにケージ風のトランプ並べ的手法やフランス風の色彩感も取り入れながら、彼独特の響きを生み出している。

 さていよいよ「ファンタスマゴリア」である。この曲は92年メトで初演された歌劇「ヴェルサイユの幽霊」を元に作られ、2000年に初演されている。日本初演まで9年もかかったのは不思議と言う他ない。Phantasmagoriaとは走馬灯、あるいは一連の幻想といった意味。
 歌劇冒頭の冥界を表す不協和音で始まり、Obがマリー・アントワネットのアリアのメロディを奏でる。やがて「フィガロの結婚」「セヴィリヤの理髪師」のメロディが顔を出すフィガロのアリア、第1幕終盤のドタバタ(ボーマルシェの劇中劇にワグネリアンが反発する場面も含まれ、「トリスタン」のメロディが登場)に続き、第2幕で台本に逆らい始めた劇中劇の人物たちを従わせるため彼らの世界に飛び込んだボーマルシェとマリー・アントワネットを中心に歌われる六重唱(Hrで始まる)、そしてマリーが死を受け入れる最後の場面の音楽で消えるように終わる。元のオペラを観たことのない聴衆にはこれが一番聴きづらかったかも。
 僕にとっては、もう15年以上前のオペラ公演を思い出しながら聴くだけでも感慨深いものがあったが、あの時よく見てなかったピットでの意外な演奏ぶりがこの組曲でわかるのが、実に楽しかった。例えば冒頭の弦の高音はVcが弾いていたこと、六重唱後半ではTpがバロックTpに持ち替えていたこと、しかも首席奏者は2種類の弱音器を使い分けていた。オケの奏者たちはみな健闘していたが、打楽器がもう少し派手に鳴らしてくれるとさらにこのオペラの雰囲気が伝わったと思う。
 とにかく少々時間はかかったが、日本におけるコリリアーノ演奏史に新たな1ページを開いたことは間違いない。HKグルーバー氏と都響のみなさんに感謝。

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